ブームに乗って

私がそれに出会ったのは昨年の秋頃だった。

祇園にあるイタリアンレストランへ取材に行った時のこと。そのお店はいわゆるカノビアーノ系で、野菜をたっぷり使い、素材の味わいを活かすのがコンセプトで、やたらとニンニクやチーズなどを使ったりしない、ナチュラル志向な味付け。だからイタリアンなのに、むしろ日本料理のような錯覚さえ覚えるほど。

いくつかの料理を撮影した後、試食させていただいたのだが、確かスモークしたうずらの卵をうやうやしく、これにつけて食べた。香ばしく燻されたうずらの卵に絶妙にマッチしてた、まろやかな塩味。

それが塩糀(しおこうじ)との初めての出合い・・・。

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塩糀とは、いやその前に糀とは、米や麦などに糀菌を繁殖させたもの。米糀と塩を混ぜ合わせて1週間か10日ほど熟成させたものが塩糀で、調味料代わりにバンバン使える。お肉や魚はふっくら柔らかく、野菜は甘みが増して、卵焼きもふんわり仕上がる。おまけに健康や美容にもいいらしい。糀ブームの火付け役となった糀屋本店の浅利妙峰さんの糀レシピの本も購入し、すっかりハマってしまった。

今、世の中にも糀ブームの火がついているようだ。

今日たまたまランチに入ったお店では、自家製塩糀を使ってるらしく、鍋や雑炊、焼きそばなどいろいろと活用しているらしい(とてもおしゃべり好きなご主人だった)。

私は平安神宮近くの糀屋さんで出来上がった塩糀を買っていたのだが、「そんなん作った方が安いで〜」とご主人に言われたので、近所の味噌屋さんで糀を買って作ってみることにした。

そしたらお店の人が「塩糀作らはるんですか〜?もう私ら最近糀ばっかり売ってます」って笑っておられた。なんでもテレビで紹介されたらしく、美容やダイエット効果があると聞いて、連日お客さんが糀を求めてやってくるそうだ。

「家内に頼まれまして〜」
会社帰りのサラリーマンの男性もやってくるという。

今まで見向きもされなかった糀が一躍注目の的に・・・。恐るべしメディア効果。で、みんなものすごい早いよね、火つくのが。たちまちオンエア後はもう火花散ってるし。

糀屋本店の浅利妙峰さんは、なんとか昔から日本の食文化に根付いている糀の存在を知ってもらおうと塩糀や甘糀などを編み出したり、レシピを開発して苦心してこられたそうだから、その努力が実ってよかったと思う。大分にある糀屋本店の塩糀は何日も待たないと買えないらしい。恐ろしく忙しい毎日を送っておられることだろう・・・。

私も早速買ってきた糀と塩(ちょっと上等なものにした)を合わせて、塩糀を仕込んだ。来月の初めには自家製塩糀が出来上がっているはず。塩糀を使ったレシピ開発も楽しみだ。

毎度食いしん坊な話題で失礼しますsmile

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電子レンジのある暮らし


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気まぐれで買ったこのシリコンスチーマー、大活躍しております。
特殊なシリコン樹脂でできたこのお鍋、熱がまんべんなく行き渡るようになっている。野菜や肉や魚をちょちょっと味付けしてこの中に入れ、電子レンジで加熱するだけであっという間に調理できてしまって、予想以上に便利・・・!

そもそも私の家には1,2年ほど前まで電子レンジというものがなかった。
人に言うとよく驚かれたものだが、電子で温める、調理するという発想自体がなんか"My感性"にそぐわず、場所も取るのでずっと置かなかったのだ(私らしい!?)。

野菜は茹で、冷ごはんは蒸し、レンジでチンするイマドキの冷凍食品もほとんどストックされていなかった。ストーブがついている季節はみんななんでもストーブの上に置いたら温かくなったので、特に必要性にせまられなかったのだ。

それが母に電子レンジも買えないほど困窮しているのかと思われるのもシャクで(笑)、購入しとたん、ヘビーユーザーになってしまった。今では冷蔵庫の冷凍コーナーがいろんな冷凍食品で埋まることがうれしく、なんでもさっと温めて食せるチンの恩恵を日々被っている。よくもまぁ電子レンジなしで生活していたものだ。以前の暮らしが原始時代のように思えてくる・・・・。

そしてこのシリコンスチーマーsign03

ついこの間衝動買いしたところ、ほぼ毎日活躍している。ゆで野菜に茶碗蒸し、ミートローフ、蕪蒸しまでカンタンにできた。1人分のご飯も炊けるし、だいたい素材の水分で蒸し上げるので野菜の栄養も逃げず、低カロリー&ヘルシーなのも気に入っている。

電子レンジ&シリコンスチーマー、ここ最近のMVPですwink


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ちょっと宣伝happy01

企画からちょうど1年、コツコツ作り上げてきた電子書籍「京菓子の美」が、本日ようやくアップルストアで販売された。
京都の和菓子の美しさと奥深さに触れて企画を提案。出版社らの共感を得られて(制作はとんとん拍子とはいかなかったのだけど)、一から携わった出版物が初めて電子書籍という形で世に出た。

感慨もひとしおheart04
この後、書籍でも出る予定です。

iPad、iPhoneをお持ちの方は、ぜひご購入くださいませ!
450円です


菓子にこのような文化・芸術性があるとは・・・
やっぱり京都というのはすごいところだな〜と、知れば知るほど実感する。
http://itunes.apple.com/jp/app/id488055254

ホンマ、ネタには事欠かない町です・・・。

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嵐山にて・・・

嵐山は大堰川、
上り桟橋で船に乗り、船上から嵐峡の景色をめぐること10分。

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密かに辿り着く、水辺の私邸。

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そこには俗世間から離れた
静かな世界が広がっている。

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百年前の建物を再生させた中は
洗練された和のお部屋。

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春は桜、夏は青葉、そして秋は紅葉。
なんといっても部屋からの眺めが一番の贅沢・・・

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星のや京都でした・・・shine

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酒飲みの救世主

嘔吐、胸焼け、頭痛・・・・
いく度となく見舞われた、あの恐ろしい記憶・・・。
お酒好きな人なら一度ならず経験したであろう二日酔い。その度に、もう二度と飲むまいと誓うのだが、不思議なことに翌日になるとあの苦しみの記憶が遠のき、また手を出してしまう。

出産時に陣痛に苦しんだ妊婦さんが、苦痛だった記憶を和らげる物質を自己分泌すると聞いたことがあるが、そういうような物質が二日酔いの時にも出ているのではないだろうか。ひとつの生命を産み落とすという、偉大な作業と一緒にされるのは誠に失礼な話かもしれないが・・・。

ぐらい、忘れてしまうんだよね〜

空腹でお酒を飲まない、
飲む前に牛乳を胃に流し込む、
お酒の合間に水を飲むなどなど、

いろいろ試してみたが、大した効果はなかった。やはり飲み過ぎると翌日は頭朦朧、世界が回っている・・・・。

だったら飲み過ぎなければいいじゃないか。

要はそれだけの話なのだが、それができないところに人生の苦悩と奥深さがあるのだ。

・・・・sign02

ところがそんな迷える子羊も、今は食品メーカーのハウスさんに手を合わせたい気分・・・heart04

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ご存じのヒット商品、飲み会のお供「ウコンの力」。肝機能を高めてくれるウコンを飲みやすい飲料にしてある。特に「ウコンの力 スーパー」は威力倍増で、少々飲み過ぎたって翌日はへっちゃらだ。いや〜、頼もしい存在です!飲み会やごはん食べでついつい飲み過ぎそうな時は、コンビニで買ってさっと飲めばいいからとってもお手軽だ。ウコンが二日酔いにいいって発見した人、えらいな〜

おかげで元気にお酒を飲む毎日smile

次に目指しているのは、ワイン飲みの私にとって「酸化防止剤」抜きの美味しいワインを手に入れること。酸化防止剤は劣化を防ぎ、風味を保つため、たいていのワインに入っている。しかしこれがなかなかクセもので、添加物だし体によくないのはもちろんのこと、さらに肝臓というのはこの酸化防止剤から分解し始めるという。だから酸化防止剤を分解してからアルコール分解へ進むので、自ずと時間がかかるのだ。

これも二日酔いを誘因する。

酸化防止剤を含まないワインも出ているが、ジュースみたいでかなり旨味に欠ける。日本の優秀な酒造メーカーがいつか、開発してくれるだろうと期待しているのだが・・・・。

あぁ、酒飲みの悩みはまだまだ尽きない・・・(笑)

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春の和菓子

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今和菓子の仕事をしている。
キッカケはある取材で出合った和菓子の奥深さに、私のアンテナの感度がふれまくったことに端を発する。タイミング良く和菓子写真集の話がまとまり、老舗の和菓子店の方にお話を聞いたり資料を読みあさるうち、ますます和菓子という世界にハマっている。

写真は俵屋吉富さんの3月の上生菓子。

春らしい意匠で目にも微笑ましい。左から2つ目、白いういろうから透けて見える仄かな紫色、その隣の桜の微妙に移り変わるピンクのトーンなど、奥ゆかしい美意識と職人さんの技が感じられる。一番右は蕨餅。夏にきな粉をかけていただく冷たいわらび餅しか知らなかったが、本来はわらびの季節、春のお菓子。蕨粉を使ったつるんとした食感の中身はこしあん。これはちょっと美味しいゾ!

美しい色と造形、行事や神事にちなんだお菓子もいろいろあって、昔の人がいかに和菓子を季節の愉しみの対象にしていたかがよくわかる。意匠、つまりデザインや銘(名前にも意味が込められている)にも歴史と伝統が感じられて、それはそれは奥深いのです、京菓子の世界って。

もともと洋菓子系よりあんこ系が好きな私。

それでも家でおやつ、っていう時にまず上生菓子という発想はなかったが、これからは上生菓子っていう選択肢もアリだな〜と思っている。

上生菓子はお茶席でいただくもの

だったのかもしれないが、今はそんなのに関係なく美しいもの、美味しいものは身近に愉しめる。次々と新しいスイーツが世に登場してくるが、そんな時だからこそ和菓子の世界に目を転じてみてもいいのではないだろうか。ちょっとおもたせっていう時にも新鮮だと思う。

私的には朝、濃い緑茶と上生菓子っていうとりあわせの「おめざ」がお気に入り(笑)。濃い緑茶で目をさまして、上生菓子の糖分を脳に補給。理にも適った朝一番の口福である。

いかがですか、上生菓子
目にも舌にも悦びを運んでくれますよheart04

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春支度

2月もバタバタしているうちに、気が付くともう後半。

そういえばお山の空気も雪が降り出しそうなほどの冷たさはやわらいできた。

もう春は近い。

春の訪れを感じるのはお天気だけではない。そう、まぎれもなく鼻と目が既に季節が冬から春に移り変わっていることを知らせてくれている。

今年の関西地方の花粉は5倍とも、10倍とも言われているが、聞くだけで鼻がムズムズしてくるようだ。私はスギも、イネ科も、ブタクサも、ついでにハウスダストもダニも、アレルギー反応があるオールラウンダーなので、夏場のイネ科までは油断ならない。

そういうわけで万全の態勢で春を迎えたいわけだが、今年は医者も替えて、最近出たという新薬にも代えてもらい、1週間に1度はプラセンタ注射も打っている。このプラセンタ注射が一番効くんだけど、4日目には明らかに症状が出てくる。つまり注射1本で3日が限度。そんなにしょっちゅう打ちにも行けないので、4日目からはぶり返す症状と向き合っている。

イオンがいいと教えてくれたのは誰だったか・・・

なんでもマイナスイオンが、+の花粉成分を中和させ、吸着・ブロックしてしまうという・・・まことしやかな科学的根拠がいかにも効きそうである。早速それも購入しようとドラッグストアへ赴いたが、探していたイオンスプレーなるものが2軒とも売ってなかった。

仕方がないのでジェル状のものをゲット。鼻の周りに塗るタイプ。説明を読むと、鼻に塗ってイオンの膜をつくるようである。犬の鼻みたいにテカテカになるのは恥ずかしいなと思って、店員さんに聞くと、そんなことにはなりませんよ~(笑)、薄いジェルですから。化粧の上からも塗れます、と言っていたのでとりあえず買ってみた。

確かに。

うっす~いジェル状のものを塗ると、てかりも粘着性もなく、一瞬にして乾くとごく自然な鼻のままである。その名もクリスタルヴェール(エーザイ)。ネーミングはいまいち鼻炎で苦しむ人にとってはとんちんかんな響きという気がするが、なかなかいいようである。外へ出かける時は塗っているが、確かに症状がひどくなるわけでもなく、鼻がすーすー通るような気がする。しばらくは使ってみたいと思う。

私だけでなく、多くの人がこの季節アレルギー性鼻炎に悩まされているが、驚いたことに半分以上の人が(あるいはそれくらい)通院せずに市販の薬で凌いでるのだそうだ。

道理で・・・ドラッグストアは今どこでも入ってすぐのところに花粉症向けのさまざまな薬が山積みになっている。効きそうなものにはついつい飛びついてしまう。花粉症のこのシーズン、ちっともありがたくないが、製薬会社にとっては大切な稼ぎ時なのである。

花粉症は景気とは関係ないからね~

なんだか恨めしい気もするが、とにかくこの時期、医者だろうが、市販の薬だろうが、碾茶だろうが、すがりつくものにはすがりついている私である。

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スーパーに行けば春野菜が並んでいる。

新じゃが、新玉ねぎを見ると必ず作りたくなるのが肉じゃが。

ひさしぶりにごはんらしいごはんをいただきました・・!

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ピッタリの誘惑

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NHK大河ドラマ「江」の舞台のひとつ、滋賀県の安土町を取材で訪れた。

信長が建てた安土城があったところなのだけれど、今は長閑な山里である。一部を復元したミュージアムはあるものの、幻の名城と言われる城自体はもうその姿を拝むことができず、石垣や居城跡を辿って頭の中で戦国ロマンに浸っていただきたい。しかし大河ドラマというの影響で、今年は長閑な山里にも例年より多く人が押し寄せるに違いない。

しばし歴史トリップをした後、おもいがけず竜王IC近くにアウトレットモールがあったので帰りに立ち寄ってみた。大阪の鶴見にあるアウトレットより大きいし、フェラガモやコーチなどのブランドものもたくさん入っていてなかなかの品揃え。見るだけ、のつもりがやっぱり入って見てみると、マジでショッピングしてしまった・・・。

で、まったく買う予定もなかったショート丈のダッフルコートをトミーヒルフィガーで購入してしまった。ついついそそのかされてしまったのは、店員のせいでもなく、お値打ち価格のせいでもなく、私の心をつかんだのはコートの「袖丈」であった。

何を隠そう、トップスの服選びで私が一番気にしているのは、袖の長さ。

とにかく私にとって日本製の服はたいてい袖が短い。夏場なら問題ないが、冬服の場合は特にアウターの袖の長さに要注意なのである。袖が短いとにょきっと出た手首が寒々しく、中のセーターとかが必要以上に突出して、なんかこうすごく貧乏臭い気持ちになってしまうので絶対避けたいポイントなのだ。

この日もバーニーズニューヨークでとても気に入ったニットがあったのだが、はおってみると、やけに手首が寒々しい。こぶし一つ分ぐらい肌が露出しまっている。七分丈とか八分丈に作られているのではない、明らかにShort of Sleeve。店員さんにも見るなり「すいません・・・」と謝られてしまった。

ショック・・・・down

そんなこともあったせいか、トミーヒルフィガーで試着したダッフルコートの袖丈はぴったりshine デザインも気に入ったのだが、この「袖ピッタリ感」が私を買いモードへ一挙にふれさせた。全体的にタイトに作られているのに袖丈だけはたっぷり長いという、この得も言われぬバランスが「わかってるね~」って感じ。この感慨は袖丈で悩んだことのない人にはおそらくわかるまい。

私の場合は腕の長さだが、太ももが張ってるとか、なで肩だとか、服選びの時に人それぞれ体型の悩みというのはあるに違いない。私は大手下着メーカーの仕事をしてるからわかるのだが、これはバストの場合もっと顕著なのである。

女性の胸というのは100人いれば100通りで、A70とか、D80とか、既成のバストサイズというのは実はほんの目安に過ぎず、カップの大きさ、ワイヤーの大きさ、アンダーバストも本当はそんなにきれいにあてはならない。サイズにぴったりな人の方が少ないのだ。けれどもブラジャー選びはそういうものだと思い込んでいるので、皆何かしら違和感を感じつつ着用しているわけである。

私は実はここ数年もうオーダーのものしか着けれられなくなった。それはクセになるというより、やっとここにたどり着いたという自分の原点のようであり、既成サイズにはないピッタリ感がこれまた得も言われぬ快感なのである。

モノでも人でも下着でも、自分にピッタリsign01に出会ことはそう簡単なことではない。自分にピッタリが、何なのかを自分で認識することすら時間がかかるのだから。だからこそ見つけたらうれしいし、大切に長く付き合っていきたい。

立春を過ぎて少し暖かくなったので重いコートではもう暑苦しい。袖丈ピッタリのショートコートが活躍しています・・・wink

happy01ちなみにブラオーダーならココ

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箸方ヘビーユーザー

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最近すっかりヘビーユーザーになってしまった箸方化粧品。

紫外線で顔が荒れて以来、あれもこれも買ううちにひと揃えした。ビジュアル的には許しがたいパッケージだけど、これがミソ。パッケージや宣伝にお金をかけない分、1000円の化粧水とか500円の美容クリームとかが実現したのだ。なのでこれだけ揃えても3000円。しかも皮膚科の女医さんがつくっているとあって、お肌にやさしくって安心。

実際に肌荒れした顔にもやさしく浸透し、私はこの化粧品のおかげで正常な肌を取り戻した。そしてさすが皮膚科の化粧品。購入した際にもらった、お肌に関するちょっと学術的な本を読むと、自分がどういう状態でどのように肌を傷めたのかが知り得た。近所の皮膚科ではろくに説明もしてもらえなかったお肌のトラブルが、この本を読んで理解することができたのだ。

なぜか豊中にある皮膚科の病院で販売されている以外、京都には祇園や清水寺、金閣寺という観光地に専門店がある。この間町屋ステイした元スッチー仲間を連れて行ったら、買うわ、買うわ、みんなその値段に嬉々として大人買いしていた。

百貨店でも時々期間限定で販売してるが、「最後尾」というプラカードを持った店員さんがいるほどすごい人気だった。そりゃそうだ、500円や1000円で買えるまともな化粧品というのは女性にとって救世主ではないだろうか。美容にのめりこんでいくと、だんだんお金に糸目をつけなくなる女子も多い。そういう人にはちょっと目からウロコかもしれない。

とりあえず浮いたお金でリッチなランチでも・・・

そんなこともできてしまう激安化粧品です。

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断捨離のすすめ

「断捨離」という本が静かなブームだ。

仏教の修行のようなタイトルだが、もともとヨガの断捨離行法からきているらしい。「断」とは入ってくるいらないものを断つこと。「捨」とは家にはびこるガラクタを捨て、そして「離」はモノへの執着から離れること。つまり、家のガラクタを片付けることで、心のガラクタも整理して、人生を再起させるという、モノと自分との関係性を問い直すという考え方・メソッドである。

居住空間を向上させるという目的での整理整頓の話ではない。モノを整理することが人間の心のあり方にかかわり、ひいては人生にもつながっているのだという掃除嫌いの人にはある意味耳の痛い話なのである。

断捨離の作者ではないが、かたづけ士といわれるある専門家の人の話によると、整理することと、整頓・掃除とは違うという。整理とは1つひとつのモノと向き合って、「要る」「要らない」を判断していく作業。整頓は整理されたものを効率的に収納することで、掃除はモノの置き場所が決まった上で、掃いたり、拭いたり、磨いたりすること。整頓し、掃除するためにはまず整理から始めなければならい。整理ができれば片付けも掃除もラクにできるというのだが、なかなかこの整理というのが難しい。

私もデスク回りは比較的整理されてると思うのだが、押入れ、クロゼットへ目をやると不要なモノや衣類が山とある。毎年入れ替えだけして袖を通さない服、使わないバッグやアクセサリー、捨て置かれたままの年賀状の余りや古い資料、キッチンではここ数年使っていない調理器具や食器などが引き出しの中を占領している・・・。これらを一掃すると、家の中のモノ密度が30%ぐらいは減少しそうである。

なぜ整理ができないかは、いくつかの理由がある。まずそれらのモノと向き合おうとしないこと。私の場合、とりあえず居住空間を侵さない程度にモノは楽屋裏へ追いやられているので、押入れやクロゼットの向こうがどんなことになっていようが、生活空間にいる限りさしたる支障はない。

それに捨てることが煩雑さを伴うということもある。電化製品は引き取りに来てもらわなければならないし、まだ着られる衣類ならリサイクルへ持っていこうと変に仏心が出るし、燃えないゴミの日しか出せないガラクタもたくさんある。むやみやたらに捨てるというわけにもいかないのでいつしか溜まってしまう。

かたづけ士の先生によると、モノの整理ができないのは、これまでの自分の生き方や価値観、思想が問われるからだとキッパリ。なんかタイソーな気がするが、整理する作業は確かに過去の自分と向き合うことになる。使わない、要らないとわかっていながら捨てられないのは、「これは高かったから」「後で必要ようになるかもしれないから」「思い出の品だから」などと、後から後からみみっちい考えが押し寄せてはその手を引き留めていることに気付く。それぞれのモノにいちいちつまらない所有欲と執着心があって、それらに絡みつかれている”捨てられないジレンマ”に陥っているのである。

不要な過去への執着を捨てる!

つまりと捨てるということは、そういうことのようである。自分が得たモノは自らの生活の軌跡。忘れていたモノと向き合うことは、過去の自分と向き合うことであり、正しい片付けができれば、自分の過去の行いのうち、要らない執着は捨て、新しい自分と出会うことのゆとりを確保することなのだそうだ。いつまでも片付けられない人は、モノやスペースはもちろん、自分自身の本当の力さえも過去に埋もれさせてしまっているという。

うず高く積もったゴミに埋もれていく自分の映像が浮かんできて、思わず身震いしてしまう・・・coldsweats01

確かに整理するって、物理的に要る・要らないを仕分ける作業である反面、何か身を切るような勇気と精神的にも葛藤を伴う作業である。モノを捨てながら過去の自分や執着といちいち決別しているからだろうか。だから整理整頓されてこざっぱりとした空間を前にすると、気持ちまで晴れ晴れとしてくる。インプットばかりでは中身も滞りがち。でもインプットとアウトプットがちゃんと機能していれば、良い循環も生まれてきそうである。

断捨離が日常的に身についていれば、いつもこざっぱり、Neatな状態を保ち続けられる。そういうことができる人が過去に執着しない、前だけ見て進める人になるとは思えないが、捨てることで自分にとって必要なものが見えてくるような気はする。

テレビに断捨離を決行したという人が出ていたが、引き出しの中はモノが重なるということがなく、必要なものだけが標本のようにしまわれていた。これを見て私は、自分がいかに贅肉のついた暮らしをしているのかと思わされた。本当に必要なものなんてそんなにたくさんないのである。最小限のいいもの、気に入ったものだけで、シンプルに暮らすことって、潔くてとっても快適なんじゃないだろうか。

これだけモノや情報が溢れた時代になると、それらを集めることではなく、そこからどれだけ必要なものをチョイスするかが重要になってくる。断捨離とはまさにその取捨選択を極める大切さを教えてくれているのだと思う。モノや情報がたくさんあればあるほど、自分にとって必要なものを見極める能力が必要とされている。でなければますますモノに埋もれ、情報に踊らされていき、本当に大切なものが何なのか、本質はどこにあるのか私たちはますます見失っていく。モノでも情報でも必要なものをいかに選びとるか。それは自分自身を知ることであり、生き方や暮らしを洗練させていくことでもあるように思う。

今のところ、まだ押入れのモノとは向き合っていない(笑)。

でも断捨離の考え方は日常的に応用したいと思っている。とりあえず手始めに毎日必ず触れ、生活になくてはならない存在になっている冷蔵庫から。かなり長期間見て見ぬふりをしてきた、いつ購入したかわからない佃煮や調味料の断捨離から始めようと思っているbleah

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