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雪の日の顛末

お山の上は、人間事情にお構いなしの四季のダイナミズムが味わえる。

なんて前回言ってたら、翌日大雪の影響でえらい目に遭ってしまった。朝、降り積もった雪の上をサクサク歩いてゴミ出しに行ったら、バス停から戻ってくる人達が。不安な面持ちで尋ねてみると、

「バスが全線運休らしいです・・・」
「え〜〜〜〜っ、まさかcoldsweats02

前日から降り続いた雪で銀世界と化したお山の上。久しぶりにバスも運休するほどの事態となってしまい、まさに人間事情にお構いなしの厳しい冬の猛威に見舞われたのである。・・・。お陰で月曜日というのに学校や会社に行けない人がたくさん。

「俺、帰って寝るわ〜」

ラッキーな休みとなって家で寝れる高校生はいいが、私は午後から取材に出掛けなくてはならない。なのに、年末からの忙しさで車はスタッドレスの履き替えが出来ておらず、バスも運休ときたもんだ・・・。バスの営業所に電話をしてみても、問い合わせが殺到してるのだろう、何度かけても話し中でつながらない。家にいても落ち着かず、再びバス停へ行ってみると、運休を知らずにおばあさんがやってきた。

「今日、バスは運休してるみたいですよ」

私が教えてあげると「あら、まぁ・・・」と、予想だにしなかったというおばあさんのリアクション。バスが止まるなんてよっぽどなので、その朝はよっぽどの事態だったのである。そこでしばらくおばさんと立ち話をしていると、車が通りかかった。

「下へ行くなら、乗っていきますか」

やさしそうなおじさんが声をかけてくれた。お山の上の人達はこういう時、助け合い精神が根付いている。私の目は一瞬ハートマークとなったがlovely、よく考えれば鞄も財布も何も持っておらず、ストーブもつけっぱなしだ。

「ありがとうございます、でも下りられても、帰りの足がありませんので・・・」

私が応える前におばあさんがそう言った。なるほどその通りである。乗せていってもらっても、このままバスが止まったまんまでは、ヒッチハイクするか、歩いて帰ってくるしか仕方がない。

仕方なくおばあさんとバス停を離れて歩いていると、今度は家の前で雪かきしてたおばさんが話しかけてきた。

「バス、止まってるでしょ〜?」

ええそうなんです・・・とそこでまた立ち話。おばさんは長年このあたりに住むちゃきちゃきした人で、私達の不安な顔を見たからか、今後の見込みを語ってくれた。今日は天気がいいのでもう道路の雪も溶け始めている。昼頃にはバスも動き出すだろうと。

午後1時のバスに乗れれば大丈夫だった私は、内心希望がつながった。

しかし家に戻っても相変わらずつながらないのがバスの営業所で、連絡が取れない限り、めどは立たない。これは絶対問い合わせがうるさいので受話器をはずした状態にしているとしか考えられない!とまで疑うようになっていた。

恨めしい気持ちで真っ白になった庭を眺めていると、隣のおじいさんが出てきてガレージに駐まっている車の雪を払い出した。

もしや・・・お出かけ・・・??
乗っけてもらえる・・・!?

「おはようございます〜heart04

私はすぐさま庭に出て話しかけていた。おじいさんの軽自動車はノーマルタイヤなのだけど四駆らしく、走れるかどうか試してみるというのだ。娘さんがバスが止まったお陰で会社にいけずにいるらしい。走れたら一緒に乗せてあげるというので、またまたここでハートマークlovely

ぶぉぉん、ズルズルズル・・・dash

でも結局エンジンをふかして何度か前後に車を動かしてみたものの、スリップしたり、庭木にこすったり、見るからに危なっかしい・・・返事を聞く前にムリだとわかった。

ガックリdown

もうすぐお昼。電話は通じないし、乗せていってくれる人もいない・・・・。
これはもう、担当さんに取材変更の電話を入れるしかない、と番号を押しかけて「最後にもう1回」と営業所にリダイヤルしてみた。

「はい、○○バス営業所」

今度はあまりにすぐ出たので一瞬間違えたのかと思った。が、ようやくつながったのだsign01そしてバスもお昼から動き出したことを告げられた。

よかった〜sign03
仕事に穴を開けずにすんだ〜happy02

すぐにお隣にも電話をしてバスが運行したことを教えてあげた。
そして次のバスで無事に隣の娘さんも会社に行け、私も取材場所へ余裕で到着することができた。午前中は気が気でない時間を過ごしたものの、とりあえずほっと安堵。そのほっこりとした気持ちはバスが動き出したからだけではないような気もする。

普段何事もなければ「おはようございます」ぐらいしか近所の人と言葉を交わさないのに、その日は午前中だけで一体何人の人としゃべっただろう。バスの運休を報せ合ったり、車の同乗に声かけてくれたり、困った人を見かけたら声をかけるし、困っていたら声をかけてくれる。そういうことを心得ている人達がいたことに私は密かに安堵していたのだ。

雪、バスの運休という共通の危機に見舞われからこそ見知らぬ人とのコミュニケーションが広がった。逆に言えば何もなければ、みんなが不自由なく暮らしていたら、コミュニケーションというのは特別に意味を持たなくなるということだ。無縁社会なんて言われてるけど、それって平和の温床?いや、世間様に平和なふりをしていなければならないおかげで、ますます闇が広がっているのだろうか。

昨日は奇しくも阪神・淡路大震災発生から16年目の日。
たくさんの尊い命も失われたが、たくさんの助け合いも生まれた。人間関係が希薄な世の中だけど、つながる必要性がなくなってきているのだから仕方がない。けれども1人の人間として思いやりの絶対値だけは低下させずにいたいと願う。

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