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女子会

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土曜日は編集者とカメラマンのコ達をお招きしてでウチで飲み食い、いわゆる女子会。春に出る2冊の京都本の出版で、年末まで怒濤のような仕事に追われていた私達のお疲れ会でもある。編集のコは31日の日付が変わる寸前まで仕事をして、大雪の中飛び込んだ赤提灯で年を越したそうだ。

シブイ・・・smile

彼女らより一回りぐらい上の今の私には到底マネできない。きれいに出来上がった雑誌や本、その裏側には日々ハードな仕事に追われる女子達の血と涙と汗が滲んでいるのである。
売れて欲しい〜!

お山の名物(?)ちゃんこ鍋をメインに、ひととき楽しい時間を過ごした。こういうお招きゴハンの時って、メインのメニューよりも意外と脇役が大事。おしゃべりしながら、飲みながら、つまめるおかず、その中にはあまり主張せずに箸休めになるものを必ず用意する。今日の場合はスナップえんどう&ヨーグルトディップや蕪と柿のなますなど。しかも野菜なら尚女子にはうれしい。

午後の2時からスタートしたら、遅くても7時にはお開きとなる予想だったのが、ま〜、みんなしゃべるわ、しゃべるわ、あっという間にお山の上のバス最終時間になってしまったsweat01

女子×おしゃべり、というのは相乗してどんどんパワーを放つ。女子からしゃべりを奪ってしまったら、ほとんど死んでしまうんではないかというほど、命の源である。

さてと命のチャージもできたので、また明日から1週間、がんばるとすっかhappy01


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心に刃が突き刺さる時

人は何気ない言葉ひとつで、誰かを傷つけている・・・think

きっと私も知らないうちに無神経な言葉を投げかけ、誰かの心にグサッと音を立てて刃を突き刺していることがあるのかも知れない。

傷つけているかもしれないが、私だって傷つけられている・・・・。

ふいに思いも寄らぬ言葉が私の心に突き刺さり、その衝撃が時間を凍り付かせてしまう。痛みに声を上げる間もなくその言葉は刃となってずぶずぶと深くささっていき、目の前の視界は途絶え、息も絶え絶え、その場に倒れ込んでしまいたいほどうちひしがれてしまうことだってあるのです・・・。

久々に私を一瞬にしてそんな奈落の底へ突き落としたのは、その日やってきた灯油を巡回販売して回るバイトの兄ちゃんの何気ない一言だった。

眉毛を細く剃り上げ、高校時代はバイク乗ったりナンパしたりということしか記憶が残ってない、というようないかにも軽い風体。愛想はいいけど、粗暴なふるまいが前々からどうも気に入らない若造でした。

すっかり日も暮れてしまい、暗いので奥にあるタンクに灯油を入れてもらうのは今度にして、普通のポリタンクに入れてもらう、というようなやりとりを家の前でその兄ちゃんとしていたら、その言葉が突如私の体を貫き、撃沈された。

「お母さん、ほんなら土曜日の昼間に来た時にタンクにいれるわ」

「・・・・お、お母さん・・・!?」


「だ、誰に言うとんじゃ〜い!」

そんな言葉さえもちろん返せなかった・・・。それほど瞬私は間フリージングしてしていた。いくら暗いとはいえ、いきなりの「お母さん」呼ばわりに、ほとんど意識が遠のきそうになった。

家に入ってからも、決して自分のこととして受けとめたくなかったその言葉が、ぐわんぐわん頭を駆け巡り、血液という血液が逆流していそうだった。苦しみに身もだえしながらも、それでもやっとのことで私は言葉を絞り出す。

「あのクソガキ・・・」

確かにお母さんと呼ばれても全く不思議ではない年齢である。しかしまともにそんな風に呼ばれたのは初めてだったので、気を失いそうだったのだ。なんというか、あんな見ず知らずの兄ちゃんから見た自分が無邪気に「お母さん像」になっちまうという残酷な事実にしばし打ちひしがれたのである・・・。

そしてやがてそれは怒りに変わった。
その夜、あのガキからはもう絶対に灯油を購入しないことを心に誓ったのである・・・。

商売するなら、もうちょっと女心を勉強してから来て欲しいものだ。

あっかんべ〜bleah


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まぐろと鴨の鍋

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年が明けてから毎週末のように新年会が続いている。

今回はカリフォルニア、ナパバレー帰りのAちゃんがワインをお土産に持ってきてくれたので、ちょっと珍しいまぐろと鴨の鍋をした。お出しにささっとくぐらせたまぐろにたっぷりの黒こしょうをかけ、こんがり焼いた白ネギと一緒にいただく。赤ワインでも白ワインでも合う。

白ネギはこの季節の名わき役だ。

関西生まれの私にとって白ネギはどうも大味な気がしてさほど関心のない野菜だったが、おいしさに目覚めたのは大人になってから。煮込んだり、焼いたりすると甘みが増して、俄然存在感を増す。玉ねぎより奥ゆかしく、青ネギより応用範囲が広い。チーズと相性がいいので、最近は洋風アレンジもお気に入り。

まぐろをひとしきり食べたら鴨と水菜を投入。あっさりとした東北産の鴨は噛むほどに滋味豊か。赤ワインが進む。締めはそばを入れて鴨なんばに・・・。締めの楽しみも鍋ならではである。

いろんな具材を入れ込む鍋もいいが、まぐろと白ネギ、鴨と水菜、という具合にミニマムな材料でやる鍋はちょっと大人な感じがする。味を高めあう選りすぐった食材と美味しいお酒・・・。やっぱり冬は鍋がいちばん!

来週の新年会は何の鍋にしようかな~  食いしん坊な脳の中で構想と食欲が渦巻き始める・・・。

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雪の日の顛末

お山の上は、人間事情にお構いなしの四季のダイナミズムが味わえる。

なんて前回言ってたら、翌日大雪の影響でえらい目に遭ってしまった。朝、降り積もった雪の上をサクサク歩いてゴミ出しに行ったら、バス停から戻ってくる人達が。不安な面持ちで尋ねてみると、

「バスが全線運休らしいです・・・」
「え〜〜〜〜っ、まさかcoldsweats02

前日から降り続いた雪で銀世界と化したお山の上。久しぶりにバスも運休するほどの事態となってしまい、まさに人間事情にお構いなしの厳しい冬の猛威に見舞われたのである。・・・。お陰で月曜日というのに学校や会社に行けない人がたくさん。

「俺、帰って寝るわ〜」

ラッキーな休みとなって家で寝れる高校生はいいが、私は午後から取材に出掛けなくてはならない。なのに、年末からの忙しさで車はスタッドレスの履き替えが出来ておらず、バスも運休ときたもんだ・・・。バスの営業所に電話をしてみても、問い合わせが殺到してるのだろう、何度かけても話し中でつながらない。家にいても落ち着かず、再びバス停へ行ってみると、運休を知らずにおばあさんがやってきた。

「今日、バスは運休してるみたいですよ」

私が教えてあげると「あら、まぁ・・・」と、予想だにしなかったというおばあさんのリアクション。バスが止まるなんてよっぽどなので、その朝はよっぽどの事態だったのである。そこでしばらくおばさんと立ち話をしていると、車が通りかかった。

「下へ行くなら、乗っていきますか」

やさしそうなおじさんが声をかけてくれた。お山の上の人達はこういう時、助け合い精神が根付いている。私の目は一瞬ハートマークとなったがlovely、よく考えれば鞄も財布も何も持っておらず、ストーブもつけっぱなしだ。

「ありがとうございます、でも下りられても、帰りの足がありませんので・・・」

私が応える前におばあさんがそう言った。なるほどその通りである。乗せていってもらっても、このままバスが止まったまんまでは、ヒッチハイクするか、歩いて帰ってくるしか仕方がない。

仕方なくおばあさんとバス停を離れて歩いていると、今度は家の前で雪かきしてたおばさんが話しかけてきた。

「バス、止まってるでしょ〜?」

ええそうなんです・・・とそこでまた立ち話。おばさんは長年このあたりに住むちゃきちゃきした人で、私達の不安な顔を見たからか、今後の見込みを語ってくれた。今日は天気がいいのでもう道路の雪も溶け始めている。昼頃にはバスも動き出すだろうと。

午後1時のバスに乗れれば大丈夫だった私は、内心希望がつながった。

しかし家に戻っても相変わらずつながらないのがバスの営業所で、連絡が取れない限り、めどは立たない。これは絶対問い合わせがうるさいので受話器をはずした状態にしているとしか考えられない!とまで疑うようになっていた。

恨めしい気持ちで真っ白になった庭を眺めていると、隣のおじいさんが出てきてガレージに駐まっている車の雪を払い出した。

もしや・・・お出かけ・・・??
乗っけてもらえる・・・!?

「おはようございます〜heart04

私はすぐさま庭に出て話しかけていた。おじいさんの軽自動車はノーマルタイヤなのだけど四駆らしく、走れるかどうか試してみるというのだ。娘さんがバスが止まったお陰で会社にいけずにいるらしい。走れたら一緒に乗せてあげるというので、またまたここでハートマークlovely

ぶぉぉん、ズルズルズル・・・dash

でも結局エンジンをふかして何度か前後に車を動かしてみたものの、スリップしたり、庭木にこすったり、見るからに危なっかしい・・・返事を聞く前にムリだとわかった。

ガックリdown

もうすぐお昼。電話は通じないし、乗せていってくれる人もいない・・・・。
これはもう、担当さんに取材変更の電話を入れるしかない、と番号を押しかけて「最後にもう1回」と営業所にリダイヤルしてみた。

「はい、○○バス営業所」

今度はあまりにすぐ出たので一瞬間違えたのかと思った。が、ようやくつながったのだsign01そしてバスもお昼から動き出したことを告げられた。

よかった〜sign03
仕事に穴を開けずにすんだ〜happy02

すぐにお隣にも電話をしてバスが運行したことを教えてあげた。
そして次のバスで無事に隣の娘さんも会社に行け、私も取材場所へ余裕で到着することができた。午前中は気が気でない時間を過ごしたものの、とりあえずほっと安堵。そのほっこりとした気持ちはバスが動き出したからだけではないような気もする。

普段何事もなければ「おはようございます」ぐらいしか近所の人と言葉を交わさないのに、その日は午前中だけで一体何人の人としゃべっただろう。バスの運休を報せ合ったり、車の同乗に声かけてくれたり、困った人を見かけたら声をかけるし、困っていたら声をかけてくれる。そういうことを心得ている人達がいたことに私は密かに安堵していたのだ。

雪、バスの運休という共通の危機に見舞われからこそ見知らぬ人とのコミュニケーションが広がった。逆に言えば何もなければ、みんなが不自由なく暮らしていたら、コミュニケーションというのは特別に意味を持たなくなるということだ。無縁社会なんて言われてるけど、それって平和の温床?いや、世間様に平和なふりをしていなければならないおかげで、ますます闇が広がっているのだろうか。

昨日は奇しくも阪神・淡路大震災発生から16年目の日。
たくさんの尊い命も失われたが、たくさんの助け合いも生まれた。人間関係が希薄な世の中だけど、つながる必要性がなくなってきているのだから仕方がない。けれども1人の人間として思いやりの絶対値だけは低下させずにいたいと願う。

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ひとりブイヤベース

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日本海側を中心に大雪の恐れ、平地でも積雪のところあり。

昨日からの天気予報でさんざん言われていた通り、お山の上は朝から雪が降り続き、夜になっていっそう冷え込んできた。今日はウチで新年会だったが、この雪では延期もやむを得ない。

ということで、メインに予定していたブイヤベースを1人でいただきました。
鱈、イカ、あさり、ほたての魚介がうまい!白ワインが進みすぎて・・・でも明日は月曜日。飲むのをちょっと控えた分、食べ過ぎてお腹いっぱいになってしまったhappy02

窓の外は、ここはどこ?っていうくらい北国と化している。
そういえば年末の京都はすごかったのだとか。
私は福岡にいたので豪雪京都体験はしなかったのだが、カメラマンのお友達が写メしてくれた。それがこの写真。今まさにお山の上がこんな感じ。

   ↓
   ↓

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とりあえずFreezingsweat01
お腹いっぱいになってワインを飲んだらだいぶあったまったのだけれど、寝室の窓には霜が覆い、開けっぱなしになっていたお風呂の窓が凍り付いて閉まらなくなっていた。もう家ごとフリージング状態である。

それでもって新年会が延期になったり、明日バスがちゃんと動くだろうかと心配したり、朝起きて雪かきしなくちゃとかとか、いろいろと厄介なことも多いこの季節。


でも、だから春が待ち遠しい・・・heart04


四季のダイナミズムを味わうなら、やっぱりお山の上fuji
人間様の事情なんてお構いなし。
そういうところになんだか営みの実感が感じられるのですsmile

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高感度な人

今年はうさぎ年。
うさぎはおとなしくて可愛いのでペットとしても人気のようだが、同じ動物でもきつねとなるとビミョーに怖いイメージがつきまとう。噛みつくとか、人を襲うとかというのではなく、「取り憑く」というタチの悪い話が昔から聞かれるからだ。

カメラマンのKちゃんは、元気で明るい30代女子。しかし見かけによらず霊感が強いらしく、昨年伏見稲荷大社を一緒に取材してたららやたら唸りまくっていた。ご存じ伏見稲荷大社は、おキツネさんとも呼ばれ、広い境内には守り神であるキツネの石像木像があちこちに祀られた、おそらく日本一キツネ密度の高いエリア。

境内を進んでいくにつれKちゃんは「あ〜、このキツネさんは怒ってる」とか「あのおキツネ様が睨んでる」とか、いちいちびびりまくっていた。私には何も見えないし感じないので、彼女の言葉がふざけているようにしか聞こえない。でも彼女はマジで、そこ此処に佇むおキツネ様の気配を感じるらしい。

おキツネ様は大抵狛犬のようにお座りしているスタイルが多いのだが、稲荷山全体にいくつものお社や祠がある伏見稲荷大社で、目の病に御利益があるという眼力社というお社には逆立ちするように後ろ足を跳躍させた一風変わったおキツネ様がいる。口にはめこまれた竹筒から水が流れるようになって、下のつくばいに水が溜まるようになっているのだ。この像を撮影するのにお尻にのっかってた落ち葉を私が払っていると、

「あ”〜〜〜〜〜っっ、な、なんてことを・・・」

とわなないている。私にすればつくばいにエンターテイメント性を備えたような単なるキツネの像に過ぎないのだが、見える&感じる彼女にとってはおキツネ様のお尻を払うなんて恐れ多い行為なのだという。なんだか自分があまりに鈍感な人間のように思えてきたが、敏感過ぎる彼女が一方で気の毒な気もした。

ところがその後、最近目が悪くなってきたらしいKちゃんがちょうど目の神様だからご祈願していこうと手を合わせたら、またまた唸り始めた。

「す、すごいですぅ〜、視界が冴えてバシバシに見えます!」

「ホンマかよ」とにわかには信じられなかったものの、霊感を感じる人というのは、御利益を受信する力もその分あるということだろうか。「やたら見えてしゃーない」といいながら、その後ゴキゲンで撮影を進めている彼女を見ると、やはりおキツネ様の力が及んだのであろう。しかしそんなにも高感度に霊気をキャッチしてしまうKちゃん、御利益はゲットしたがよくもまぁ悪いのに取り憑かれず帰ってこれて良かったものだと思う。

取り憑かれついでに話しておくと、最近ちょっと親しくさせていただいている年上のお姉様がいて、この方はなんと「生き霊」に取り憑かれているという。なんだか今回はコワ〜イ話めいてきた・・・shock

何でもその人Yさんは今はもう辞めてしまったのだが、一時期ある宗教に入信していたのだそうだ。そこの宗教が霊感によって病を取り除くというシステム(?)らしく、感度の強いYさんはすぐにそこの幹部信者らしき人の生き霊に取り憑かれたのだという。ひどい時は四六時中耳元で話かかけてきたり、時には汚い言葉で罵ったりするのだそうだ。声だけでなく、あり得ない場所にその人がす〜っと前に表れたりもするらしく、もうノイローゼになりそうだったとYさんは言っていた。

しかし何度話を聞いてもその現象を実感として理解することができず、Yさんには同情できるものの、心情をおもんばかることも、妥当なアドバイスを返すこともできない。大体死んだ人の霊が取り憑くならまだなんとなくイメージできるが、生き霊が取り憑くとは一体どういうことだろうか。生きてる人がどうして他の人間に乗り移ることができるのか、まったく意味不明である。

おキツネ様の霊を感じるKちゃんも、生き霊に取り憑かれるというYさんも、私にすればまったく迷惑な話だが、その手の感度が高い人というのは、つまりいい人だからなんだそうだ。やさしく情にあふれた人なので、そういう人だと霊も入り込みやすいのだとか。

いい人じゃなくてよかった〜

そんな気配が微塵も感じられない私などは、霊の方々からすればチョー嫌われる部類に入っているのだろう。嫌われて大いにけっこう。戯れ言に耳を傾けず、余計な情けを浪費せず、リアルワールドを生き抜くゾ!

そんな風に誓う年始めです・・・smile

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今年最初にハマったこと

新しい年となりました。
昨年末は忙しさにかまけてすっかりブログを見て見ぬふりしてきたので、いろんな人に身体でも悪いのでは?とメールをいただきましたsweat01 ごめんなさいm(_ _)m

今年はマメにアップしようと誓ったものの、年明け早々仕事に終われ、今朝やっと納品を済ませブログページを開いたところ。外はドカ雪、昨年の間に雪に備えてスタッドレスタイヤに替える暇も、雪かき用のスコップも買う間もなかったので、新年早々雪に埋もれております・・・snow
ま、こーゆーのも割と好きなので、今日は一日ストーブの傍でMacブック打ってそうです。

そろそろお正月気分も抜ける頃だが、そういえば今年は実家に帰っていたのに初詣にも行かなかった。何をしていたかというと、三が日はなんと家族でオール麻雀漬けhappy02 お正月って実家帰ると結構ヒマでしょ、外へ出掛ければどこも人混みだし、行きたい所は正月休みだったり・・・。

じゃ、麻雀でもすっか〜

割と自然な流れでした。60歳を過ぎて何を思ったのか麻雀のカルチャースクールに通い出した母、若い頃に麻雀に狂ってた兄、私と兄'Sワイフが初心者で兄と母から速攻手ほどきを受け、仕舞ってあった炬燵を引っ張り出して麻雀大会が始まったのでありました・・・。

しかしこれがオモシロイsign03

なかなか役やルールも難しいので、最初はオープンで指導を受けながらやってたんだけど、覚え始めると誰ともなくパイを隠してプレイするようになり、回を重ねる毎にビギナーの兄'Sワイフも私も目の色が変わっていくのがわかった。役がないのにないたり、揃ってもないのに上がったり、度々チョンボをしつつもタンヤオやサンショクという役が決まるようになると、もう辞められない・・・sweat01

周囲に麻雀好きの人を何人か知っているが、よくも徹マンなんてするもんだと思っていた。だがそれも今では理解できる。だって半チャンなんてすぐ。ロンだのポンだの言ってる間に4、5時間なんてすぐ経ってしまうので、驚くほど一日が早い。結局4日の夕方に帰る寸前までやってたので(笑)、今年のお正月は飲む、食う、麻雀と、ほぼこれだけsmile 神様仏様に手を合わせたのは、牌を取る時だけという、不謹慎きわまりない新年のスタートだったのである。

私はこっちへ帰ってきたその夜もまだ夢の中で麻雀をやっており(笑)、大負けして兄に八つ当たりしているところで目が覚めた。ソートーはまってしまったようである・・・。

今、密かに麻雀教室に通う計画を立てている。

だってせっかく基本を覚えたのに、このままやり続けないと忘れてしまう。といって私レベルの雀友がいるわけではないので、まだまだコツコツと腕を磨く必要がある。なんだか今年の目標が見えてきた(笑)。来年のお正月、兄と母を見返している自分にほくそ笑んでしまう。同じことを兄'Sワイフも考えているような気がしてならない(笑)

それにしても趣味が酒、ゴルフ、麻雀となったら、もう並のオヤジよりオヤジらしい(笑)。今年もますます深化しているようである。

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