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断捨離のすすめ

「断捨離」という本が静かなブームだ。

仏教の修行のようなタイトルだが、もともとヨガの断捨離行法からきているらしい。「断」とは入ってくるいらないものを断つこと。「捨」とは家にはびこるガラクタを捨て、そして「離」はモノへの執着から離れること。つまり、家のガラクタを片付けることで、心のガラクタも整理して、人生を再起させるという、モノと自分との関係性を問い直すという考え方・メソッドである。

居住空間を向上させるという目的での整理整頓の話ではない。モノを整理することが人間の心のあり方にかかわり、ひいては人生にもつながっているのだという掃除嫌いの人にはある意味耳の痛い話なのである。

断捨離の作者ではないが、かたづけ士といわれるある専門家の人の話によると、整理することと、整頓・掃除とは違うという。整理とは1つひとつのモノと向き合って、「要る」「要らない」を判断していく作業。整頓は整理されたものを効率的に収納することで、掃除はモノの置き場所が決まった上で、掃いたり、拭いたり、磨いたりすること。整頓し、掃除するためにはまず整理から始めなければならい。整理ができれば片付けも掃除もラクにできるというのだが、なかなかこの整理というのが難しい。

私もデスク回りは比較的整理されてると思うのだが、押入れ、クロゼットへ目をやると不要なモノや衣類が山とある。毎年入れ替えだけして袖を通さない服、使わないバッグやアクセサリー、捨て置かれたままの年賀状の余りや古い資料、キッチンではここ数年使っていない調理器具や食器などが引き出しの中を占領している・・・。これらを一掃すると、家の中のモノ密度が30%ぐらいは減少しそうである。

なぜ整理ができないかは、いくつかの理由がある。まずそれらのモノと向き合おうとしないこと。私の場合、とりあえず居住空間を侵さない程度にモノは楽屋裏へ追いやられているので、押入れやクロゼットの向こうがどんなことになっていようが、生活空間にいる限りさしたる支障はない。

それに捨てることが煩雑さを伴うということもある。電化製品は引き取りに来てもらわなければならないし、まだ着られる衣類ならリサイクルへ持っていこうと変に仏心が出るし、燃えないゴミの日しか出せないガラクタもたくさんある。むやみやたらに捨てるというわけにもいかないのでいつしか溜まってしまう。

かたづけ士の先生によると、モノの整理ができないのは、これまでの自分の生き方や価値観、思想が問われるからだとキッパリ。なんかタイソーな気がするが、整理する作業は確かに過去の自分と向き合うことになる。使わない、要らないとわかっていながら捨てられないのは、「これは高かったから」「後で必要ようになるかもしれないから」「思い出の品だから」などと、後から後からみみっちい考えが押し寄せてはその手を引き留めていることに気付く。それぞれのモノにいちいちつまらない所有欲と執着心があって、それらに絡みつかれている”捨てられないジレンマ”に陥っているのである。

不要な過去への執着を捨てる!

つまりと捨てるということは、そういうことのようである。自分が得たモノは自らの生活の軌跡。忘れていたモノと向き合うことは、過去の自分と向き合うことであり、正しい片付けができれば、自分の過去の行いのうち、要らない執着は捨て、新しい自分と出会うことのゆとりを確保することなのだそうだ。いつまでも片付けられない人は、モノやスペースはもちろん、自分自身の本当の力さえも過去に埋もれさせてしまっているという。

うず高く積もったゴミに埋もれていく自分の映像が浮かんできて、思わず身震いしてしまう・・・coldsweats01

確かに整理するって、物理的に要る・要らないを仕分ける作業である反面、何か身を切るような勇気と精神的にも葛藤を伴う作業である。モノを捨てながら過去の自分や執着といちいち決別しているからだろうか。だから整理整頓されてこざっぱりとした空間を前にすると、気持ちまで晴れ晴れとしてくる。インプットばかりでは中身も滞りがち。でもインプットとアウトプットがちゃんと機能していれば、良い循環も生まれてきそうである。

断捨離が日常的に身についていれば、いつもこざっぱり、Neatな状態を保ち続けられる。そういうことができる人が過去に執着しない、前だけ見て進める人になるとは思えないが、捨てることで自分にとって必要なものが見えてくるような気はする。

テレビに断捨離を決行したという人が出ていたが、引き出しの中はモノが重なるということがなく、必要なものだけが標本のようにしまわれていた。これを見て私は、自分がいかに贅肉のついた暮らしをしているのかと思わされた。本当に必要なものなんてそんなにたくさんないのである。最小限のいいもの、気に入ったものだけで、シンプルに暮らすことって、潔くてとっても快適なんじゃないだろうか。

これだけモノや情報が溢れた時代になると、それらを集めることではなく、そこからどれだけ必要なものをチョイスするかが重要になってくる。断捨離とはまさにその取捨選択を極める大切さを教えてくれているのだと思う。モノや情報がたくさんあればあるほど、自分にとって必要なものを見極める能力が必要とされている。でなければますますモノに埋もれ、情報に踊らされていき、本当に大切なものが何なのか、本質はどこにあるのか私たちはますます見失っていく。モノでも情報でも必要なものをいかに選びとるか。それは自分自身を知ることであり、生き方や暮らしを洗練させていくことでもあるように思う。

今のところ、まだ押入れのモノとは向き合っていない(笑)。

でも断捨離の考え方は日常的に応用したいと思っている。とりあえず手始めに毎日必ず触れ、生活になくてはならない存在になっている冷蔵庫から。かなり長期間見て見ぬふりをしてきた、いつ購入したかわからない佃煮や調味料の断捨離から始めようと思っているbleah

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