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そうだ、京都行こう

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さっぶぅ〜〜〜いsnowここ数日の京都。
なのに桜はもうこんなに満開!今週も取材ウィークで、京都のいろんなお寺を巡っているのだが、とにかく寒いし雨が降るし、厳しい状況の中、とたんに心を華やかにしてくれるのが桜の花々。

左は山科にある小野小町ゆかりの随心院の桜。ここは小町が昔子供達と踊ったというはねず踊り(はねず=梅のうす紅色)で梅が有名だが、梅が散るとバトンタッチするように桜が咲く。右は大好きな北白川天神宮のしだれ桜。いよいよシーズン到来という感じである。

となると、ミヤコにわんさか人が押し寄せることになるのだが、中でも近頃では関東方面からやってくる人がやたら多くなっている気がする。メディアでいろいろ取り上げられ、京都ブームということもあるだろうが、私は今回の取材でその原因がひとつわかったことがある。それはJR東海の「そうだ、京都行こう」の広告効果だ。

この広告は誰でも一度は目にしたことがあるのではないだろうか。関西の人にはピンとこないかもしれないが、「そうだ、京都行こう」の広告は関東方面では未だに続行中で、毎年毎年駅貼りやら、CMやら雑誌やらで、人々の心へアプローチし続けているのだ。つまりあの、ザ・京都な美しい風景が、手を変え品を変え毎年刷新されては多くの人の目に晒されているということ。京都の名勝と言われる神社仏閣には大抵このポスターが貼ってあって、既に2枚あるところもある。

それくらいこの広告は長年続いており(1993〜)、広告で踊らされている人もめったにいないイマドキ、このCMやポスターだけはそこに表現された一風景が鋭く関東人の旅情を誘っているようだ。例えば泉涌寺の中秋の名月のポスター。月輪山の麓に建つ泉涌寺、仏殿の背景にはうす紫色に暮れなずむ空に浮かんだ満月。幻想的でありながら皇室の菩提寺らしい静謐な雰囲気が、見事に泉涌寺の魅力を象徴している。最新の仁和寺は、境内一帯を染め上げる満開の桜が、思わず「行かねば」という気にさせられる。

遅咲きのサクラです。
見なければ「春の義理」が果たせない、と
京都の人は言うのです。

なんていう、ちょっと意味深な、ひとひねりされたキャッチコピーが印象的だ。実際「春の義理」が果たせない、と言う人に私は出会ったことはないが、数々の桜の名勝が多い京都の中でも仁和寺の桜の存在感をキャッチで引き付け、リードコピーで上手に補足しれている。もはや通りいっぺんのことを言っても心に響かない。それくらい東京の人は地元の人より京都に詳しい。

でもこれこそ、ポスターやCMでしか表現できないものなのかもしれない。こんなポスターをふと家路へ向かう駅で目にしたら、「そうだ京都行こう!」って本当にその気にさせられるように思う。

そして今年もたくさんの「そうだ京都行こう!」って人が、まもなくミヤコ中を埋める時期がやってくる。

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京都の喫茶店

先週は仕事で京都の喫茶店をあちこちをめっぐっていた。
つまり京の喫茶文化を伝えるというテーマ。しかし"お茶をしばく場所"は既にカフェに取って代わった今、なんで今更「喫茶店」なんだろうと大して興味もそそられなかったのだが、これが大間違い。やっぱり京都ってスゴイ!改めて感じ入ったのでありました・・・。

私は代理店時代に「喫茶フェスティバル」などという、まるでアカデミックな側面のない「ほれ飲め、ほれ食べ」のイベントに関わっていたせいか、喫茶というイメージにあまり高尚なイメージもその業界の奥深さも感じていなかった。ちなみに執りしきるオジサン達の趣味で、「ミス喫茶」なるコンテストもあった。ミスコン流行りだったとはいえ、こんなコンテストにまでたくさんの応募があったことを今更ながら思い出す・・・あそこで優勝した人って、「ミス喫茶」でどれほどのハクをつけたのであろうか・・・(笑)

話を元に戻すと、とにかく京都には50年とか、60年とか変わらず営んでいるお店がザラにあるわけ。立派な風格もあるお店もあれば、ごく普通の喫茶店風情の店もある。そういう時代を感じさせるお店に足を踏み入れ、代々守り継いでいるお店の人達から話を聴くと、1つひとつのお店にそれぞれのストーリーがあってなんとも奥の深い文化を感じさせるのである。

今食べてもめちゃくちゃ美味しいケーキとか、こだわりぬいたコーヒーとか、カフェと称する今流行のお店がなんだか色あせて見えてくるほど。本当にそんな時代からそんなもん出してたの!?というメニューが普通にあったりして、都の感性はそのままハイカラな文化へと変貌していったのだということを目の当たりにした感じでした。

詳しくは今語れないが、ファッションじゃなくてその街に、人々の間にちゃんと息づいている感じがする。やっぱ喫茶店っていいな〜って思わせられた。これからはお茶をしばきに行くならダンゼンカフェじゃなくて喫茶店で!通な京都はやっぱそれが正解です・・・。

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ご存じ、フランソア喫茶室。
昭和16年に建てられたイタリアンバロックの建築が麗しい。

イノダコーヒーもクリーム&砂糖入りだが、
フランソアの場合はホイップクリーム入り。

甘いコーヒーを飲みながら、
心地よいノスタルジーに浸れるのです。


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おうちケイタリング

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美味そうなお料理が並んでいますが、ここはレストランではなく、おうち。
評判の飲食店へ出掛けることはもちろん、デパ地下に、お取り寄せに、数々の料理本やクッキングサイト。美味しいものにありつくのには、いろんな手があるワケだが、この度はケイタリングという手を初めて知った。

お友だちのKちゃんのお家でイタリアン。

どんな料理を作ってくれるのかと思ったら、ご本人もテーブルに着席。その道のプロ、つまりイタリア料理店のシェフがやってきて、本格イタリアンのランチへご招待してくれた。「おうちで本格イタリアン」を楽しめるなんて・・・グルメの領域は遂にここまで来たか〜、という感じでした!

ケイタリングというと、公のパーティーや結婚式とかで、場所だけ借りて食事は持ち込み。みたいな、大人数の集まりで会社や施設が利用する、家庭とは全く対極にあるようなイメージだった。だけどKちゃんちはデカいとはいえ、普通に家族が暮らす家。訪れるといつものキッチンに見知らぬシェフが立ち、その家のお鍋やフライパンを使い、その家のお皿に盛って、テーブルに運んでくれる。

友達んち、ということで気安い割には、フォアグラやらジビエやら、ウニと白子のパスタやら、出てくるものは家庭ではちょっと味わえないラブリーなメニューのオンパレード。もちろんその場で作ってくれるから、できたてホカホカ。家に人を喚ぶと、料理に追われて本人はなかな落ち着いて食事ができない。けれどもケイタリングなら、ホスト役のKちゃんも私達と一緒に食事を楽しめて、「これ、おいし〜い!」というリアルな瞬間をシェアできるのである。

ケイタリングって、アリですよね〜sign01

というものの、ケイタリング=大人数のパーティーという一般的なイメージで、しかも美味しいというイメージを持ってる人は少ないのではないだろうか。鶏の唐揚げやらサンドウィッチやら、せいぜいテリーヌやパスタなど、それもガサッと盛られた冷めた料理をついばんでいる風景が甦る。

という点では、このおうちケイタリングは開眼ものであるlovely

今回のランチで1人当たり¥5,000という予算(ご馳走様でした!)。家まで来てもらって作ってくれて、あとかたづけまでしてくれる。もちろんワインは自分達で持ち込めるんだから、このお値段は決して高くはない。

ますますアリですね〜

しかし残念ながら、そうそう気軽におうちにケイタリングを利用している家など見たことないし、そういうサービスをやってるところも知らない。だいたい一般家庭で4,5人集まってお食事という時に、ケイタリングという発想自体がない。でもおうちケイタリングではシェフ曰く、4人ぐらいが一番作りやすいそうだ。

今はまだなかなか出会えないおうちケイタリングではあるが、これからのグルメ市場に間違いなく新しいカテゴリーが築かれていくような気がする。一緒におよばれしたチャイニーズ料理を教えているMちゃんはこの日、新しいビジネスの展望を見たようである。

ガンバレ〜motorsports

いや、それにしても、ラクで美味しいおうちケイタリングのせいで、ランチといえども夜までのロングラン。恐ろしいほどしゃべり、飲み、笑い、胃と口と肝臓が休まることのない一日を過ごしたのでした・・・shockでもさ、一番のご馳走はみんなの笑顔かなheart04

ってことでsmile


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お役立ちコピーライター

コピーライターをやっていて、ふだんあまり誰かの役に立つということはあまりない。mobilephone

「私のキャッチコピー、考えてくれないかな」

「この気持ちよさ、100字以内でまとめてくれる?」

なんてあまり言われないし、飼い犬や飼い猫のネーミングを頼んでくれる人すらいない。お店でモノを売っている人なら安くしてあげると喜ばれるし、教師なら専門分野について尋ねたい場合のライフライン(ミリオネア風に言うと)になるし、電気関係の人なら、電化製品が壊れた時、ちょいちょいっとドライバーひとつで修理してあげることができる。

でも昨日はちょっと人の役に立つことができた。

ダンナさんのご両親に毎年結婚記念日にお花を贈っていたという、友達のKちゃん。今年の金婚式を前に、お義父さんが突然なくなってしまった。今年もお花を贈ろうか迷ったようだが、50年というあゆみを考えれば、やはりお花を贈るべきだと思った。でもまだ亡くなって3ヶ月ほどで、本来なら白い花を贈るべきだろうが、白い花ばかりでもうウンザリだろうから、お義母さんを元気づけたいという思いもあってやさしい色合いのものを贈ることにしたという。失礼にならないよう、ちゃんと気持ちが伝わるよう、

アタシの気持ちを文にして!

そこで私がカードにしたためる文案を頼まれたというわけ。そうきたか〜
確かに私の技術と経験を活かせる。いつもKちゃんご夫婦にはお世話になっている身、こんな時こそ恩返ししなければと、早速サクサクッと3案ほど書いて送った。自分で言うのも何ですが、他人言だとすぐ書けるんです。残念ながら公開することはできませんが、Kちゃんの嫁としての格をぐ〜んと上げられるよう、お義母さんがどういうリアクションを返してくるかまでを想像しつつ、書きました。


mobilephoneKちゃんからは感涙の電話が入り、めでたくGood Jobとなりましたsign03

普段はいわばギャラをもらうために仕事をしてるんだけど、こういうノーギャラであっても、誰かが喜んでくれるというのは気持ちいいものである。アタシの中で目覚める、清らかなボランティア精神・・・。断っておきますが、たまにやるからそう感じるわけで・・・(笑)。

そういえば、かつての同僚コピーライター(男子)に、面白い人がいた。なぜコピーライターになったかというと、ソープ嬢の代筆がキッカケだったのだそう。学生時代彼はソープランドでバイトをしていて、ソープ嬢がお客さん宛に書く手紙を手伝うようになった。そのうちに彼が書く文章がだんだん評判を呼び、ソープ嬢からはひっぱりだこになり、営業成績は上がり・・・。そして誰かがコピーライターという職業を教えてくれたのだそうだ。

彼の活躍は今も耳に届いている。
人間どんな出会いやキッカケがあるかわからないものです・・・・。


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私もあちこち取材して回った、
タビハナ京都(JTBパブリッシング)
が、今月出版されました〜!

最新の京都の旬がたっぷり☆
春の観光シーズンは、
女子と京都とタビハナと

よろぴく〜!

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練習嫌い

今朝、きれいにOBする夢で目が覚めた。

しかし気持ちは不思議と悔しいとか、情けないとかという気持ちではなかった。結構楽しんでます、って感じ。ゴルフの練習はキライだが、ラウンドするのは大好きな私。だから全然巧くならないのだが、ゴルフ自体は楽しい。

打ちっ放しだけは、いつまでたっても楽しいと思えない。この間月1回はアマチュアの競技にも出ているほどゴルフの巧いMちゃんは、練習の方が大好きと言っていた。「だってラウンドしてたら、打ち直しできないけど、練習やったら何度でも打てるもん」

私はそういう人の気が知れない・・・。

同じ場所で、同じ景色で、ただ打つだけの練習がなんでそんなに面白いと思えるのだろう・・・。言い替えれば、私はゴルフというスポーツを少しも極めてないのかもしれない。しかしゴルフというのは、気持ちいいグリーンの中、カーン、コーンと打って、自らを叱咤激励しながらホールを攻略していくのが面白いのである。自分のスイングをチェックしたり、テクニカルな技を身につけたり、私にはどうもまどろっこしく、「早くグリーンに出たいな〜」と、練習場にいながら常にゴルフ場へ思いを馳せている次第である。

私にとって大切なのはテクニカルなことではない。もちろん握って、儲けようというバクチの対象でもない。日常から離れ、友達や仕事仲間と自然の中へ出てほんの半日一緒にラウンドし、あーだ、こーだ言いながら一喜一憂し、フィジカルもメンタルもスカッとさせて帰って来る。ゴルフを、そういうお風呂も入れるピクニックのような感覚で捉えている。つまり私にとっての積極的リラクゼーションだ。

あるいは、お昼休みのバレーボールとも言える。例えばお昼休みに工場で働く人達が、持ち場から離れ、屋上や中庭など空の下で同僚とバレーボールをする(をする平和なお昼休みちょっと昔チックだけど)。「誰々さ〜ん、はい、パ〜ス」とか言いながら軽くカラダを動かしつつ仲間と交流を図る。適当にカラダをほぐし、適度に言葉を交わすレクリエーション。しかしお昼休みのバレーボールのために、体育館へ通って技を磨く人がいるだろうか・・・!?同僚に向かって時間差攻撃でスパイクキメてどうすんだ・・・!?

でしょう?だから私もムキになって練習しないんです・・・(笑)

おそらくMちゃんは、新しい電化製品を買ったら、ちゃんと取説を読んでから製品を動かすタイプではないかと思われる。私は必要なパーツさえ確認したら、とりあえず早く動かしてみたいタイプ。動かしているうちに変てこな音を立てたり、ストップしてしまったりさせながら、その電化製品の性質を体得していくのである。って、よーするに少しも理論的じゃないってことか?その通りかも知れないが、そういうタイプの違いというのもあるかもしれない・・・。

私が練習するとしたら・・・

理想はハワイみたいに、そこら中にゴルフ場がある環境で、アフター5とかに気軽にサッと立ち寄って友達2人ぐらいでハーフを回る。週に2,3回そういうことをしながら技を磨けられたらと思う。いいな〜、そんな環境だったら。今頃は80台ぐらいスコア出してるかもしれない・・・(笑)もちろん、そんな環境に身をおけるはずもなく、まして庭でスイングの練習しようなんて思ったこともないので、現在も、これからも、変わらず進化しないであろうと思われる・・・。

そんな私ですが、どうぞ見捨てないでくださいね〜sweat01

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女子力とカレセン

今日は雛祭り、そう女子の日である。

「女子力」という言葉が使われ始めたのはいつ頃からだろうか。
コピー的には3年ぐらい前から使用し始めたような気がする。某下着メーカーのお仕事などで、やたら「女子力アップ」とか「女磨き」のような言葉が喜ばれるようになった。

女子力とは、若い女性がキレイになることへのモチベーションを高める言葉とでも言おうか、堂々とオンナを売りにすることをはばからない、しかも男性に向けて媚びを売るのではなくて、女を称え合う言葉というか、一緒に切磋琢磨する前向きなニュアンスがあるように思う。

草食系男子や弁当男子が増殖し、やさしく、堅実になっていくオトコを置き去りにしていくように、ギラギラと目を輝かせ、独走している感のあるイマドキの女子。ますますどん欲にオンナを謳歌している彼女達からは、なんだか男子にはないほとばしるものを感じる。

それは若い女性に限らず、40代、50代の女性も同じである。年を追う毎にますます増幅する若さや美への欲求、一刻の猶予もないためか、オンナ磨きに執念を燃やすこの世代の女性達の真剣味は違う。中には度を超し、少々暑苦しい女性も見かけたりはするが・・・(笑)

一方、中年オトコも、「レオン」なんかの雑誌が発刊されて以来、一時はちょいワルオヤジなんて言葉がもてはやされて、お父さん達もその気になったかのように思えた。が、やっぱりこんな時代がそうさせるのか、どちらかというと"ちょいくたびれたオヤジ"の方が目立つように思う。ちょいワルやるにも心やお金の余裕がいりますからね〜 広告業界なんて、見かけも中身も含めてちょいワルオヤジがフツーにいる業界であるが、この間ばったりそんなちょいワルオヤジに会ったら、何か逆に世の中から半音ずれてる、という感じがした。

既にちょいワルオヤジも時代の最先端ではないらしい。最近では「カレセン」という言葉まで出現。そう、漢字で書くと「枯れ専」。女や出世を狙う、ギラギラとした野心も野性もそぎ落とし、悟りを開いたように静かに生きる50〜60代の男性達だ。そしてこういうカレセンを好む若い女性達も増えているとかで、年の差カップルの増加を誘因しているらしい。枯れないオンナに、枯れるオトコ。ま〜、世の中はざっとこんな傾向のようだ。

カレセンと聞いて、ある人のことを思い出した。

代理店時代、一時期一緒に仕事をしていたOさん。私の中では「枯れる」という感が最も似合っていたような人だった。ラジオのCM制作の際、スタジオに現れるディレクターで、その時すでに50歳はとうに過ぎていたと思う。かつては地元の放送局などで活躍したこともあったようだが、とっくに閑職に追いやられ、ラジオCMの録音のQ出しのためだけに毎週通ってこられていた。別に他の人でも全然構わないのだが、自分が仕切ってると主張せんばかりに詩吟のように力強く「キュー!」とどなっておられたのを思い出す。そういうどこか子供っぽいところを、周りのみんなも承知していた。

その方がもうオトコの美学に完全に浸りきっていた方だった。黒のジャンパーに黒のスラックス、オールバック、昭和のヤクザ映画から抜け出して来たような出で立ちで、道で会ってもいつも正面を睨み、肩で風を切って歩いている。オトコは黙ってサッポロビール、みたいな美学を貫いておられるのだが、線が細くて迫力に欠け、実はガラスのようなハートの持ち主。言葉を発すると、歴史の話や散文の一節などが出てくる(よく中将姫の話をよく聞かされた)。

とっててもいい人ではあるのだが、つまりま〜ったく時代錯誤が甚だしく、しかもま〜ったく世の中や周囲に順応できていないところが、見ていて痛々しいくらいの人であった。自分でも必要とされている仕事がないとわかっておられたと思うけれども、最後まで「キュー!」と吠え、周りに迎合することなく美学を貫き通したOさん。しかし環境に順応しない生物はやがて葬られる。まもなく病気をされてあっけなく他界された。枯れ木がぽきんと折れるように・・・。

オトコという生き物は、心臓が動き、血液が流れて生きているのではなく、プライドという生命装置によって生かされているのではないかとさえ思えた。Oさんも潔く好々爺になっていれば、もっと長生きしたのかも知れない。ギラギラしたものを捨て、静かに余生を生きることを選ぶカレセンと、Oさんの枯れ方ではちょっと違う。Oさんには余生などという言葉はなかったのだ。そういう観念も人生設計もなく不器用に自分の生き方を貫き、枯れ果てた。

だけど今思うと、Oさんのことを閑職でも雇い続けた会社や、あまりに時代錯誤でもちゃんと尊敬し、温かく見守っていた周りのスタッフがえらかったな〜、いい時代だったな〜と思う。

オトコは枯れていくようだが、オンナはまだまだ先が長い。これから何度花を咲かせられるか、雛祭りの今日、私も密かに女子力アップを誓っておいた(笑)。

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ブログ有名人

今朝TVで、ブログから料理家デビューする人が増えているという話題をやっていた。素人の人がレシピをアップしているうちに人気が出て、本を出すまでになったという。

そういう人が1人や2人でなく、何十人もいるというのだから時代を感じさせる。ブログというものができたお陰で、世にデビューする人達が増えたのだ。高尚な研究を積んだ先生方でなくとも、毎日晩ご飯つくってる普通の主婦が料理のセンセイになる(ま、センセイ方にはちょっと職場を脅かされかねないかもしれないが)。見る方も素人の作る、予算1000円ぐらいでできる料理なので、気楽にチャレンジできるのだそう。

確かに、今日何つくろうかな〜って考えた時、私も本よりまずPCのお気に入りに入れているレシピサイトを見る。その方が簡単だし、食べたいジャンル毎で調べたりできるので便利だ。定番料理など、あのメニューの作り方はどうだったっけ?という時も、まずググッて確かめる。メニューを探す時も、レシピをチェックする時も、美味しい店を探す時も・・・食べ物文化の発展は今やインターネットなしでは考えられない状況になっているようだ。

この間は、クライアントの人の意外な一面をブログを通して知った。

40手前ぐらいの中間管理職の方、Tさんは3ヶ月で20㎏の減量に成功したのだそう。私と仕事をご一緒させていただいた時点で既に減量後。それでもまだぽっちゃりとしているので、横綱級の体格だったと思う。なんでも健康上の危機感に迫られて意を決したそうだ。Tさんが実践したのは糖質制限ダイエット。とにかくごはんや麺類、穀類などを徹底的に省くというもの。ちゃんとお医者さんに指導を受けて実践したというから決意は相当のものだったのだろう。

けれどもこのダイエットが成功したのはお医者さんの力もあったかもしれないが、Tさんの強い意志によるものかもしれない。しかしTさん曰く、一番の支えとなったのは「yahooのダイエットブログ」だったのだそう。私は知らなかったのだが、朝昼晩と、毎日食事のメニューを画像でアップし、事細かに食事や運動量などを記録していく。一種のレコーディングダイエットなのだが、ブログでは同じダイエット仲間からコメントなどが入り、同士が励まし合いながら目標に向かってがんばれるというもの。

なんとTさんさんは輝かしい成功も修めたためか、アクセス数はどれくらいか忘れたけどすごい数に上っているという。googleで検索してもトップにくるほど、この分野のダイエッターとしてバーチャル有名人になっているらしい(ハンドルネーム&アバターの顔だしだからね)。

このようなブログがなければ、Tさんはそのままブクブクと太り続け、寿命を日一日と縮めていたのかもしれない。・・・と思うと、ブログというのは人を健康にしたり、仲間を増やしたり、もっと言うと人の命を救うまでの力を持つコミュニケーションツールと化している。

侮れないぞ、ブログネットワーク♪

Tさんは忙しい合間を縫って、今日もしこしこと毎日食事のメニューをアップしては、ダイエットブログの同士との交流を深めている。最近では、ジムに行ってカラダを鍛え始め、理想のカラダづくりに励んでおられるようだ。

「本でも出そうかな〜、な〜んて(笑)」

と冗談を言っておられるが、内心その気になっている感がありありと見受けられる・・・。「ぜひ出してくださいよ〜!」と私も持ち上げておいた。その際はぜひともゴーストライターとしてお仕事をいただくつもりである(笑)。

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