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20年後

取材で大阪の花博記念公園を訪れた。

まず普段まったく用事のないところであるが、たまたま訪れてみるとにわかに思い出が蘇る。そう、かつて「花と緑の博覧会」が行われたところである。なんと花博開催から今年で20周年を迎えるのだそうだ。私は花博が終わった後もそのように大阪市民の憩いの場として生き長らえていたということも知らなかった。

博覧会なんて、もうほとんどピンとこない。そういう大規模なイベントというのが、長引く不景気の影響ですっかり成りを潜めてしまっているからである。70年代、国家イベントとして華々しく行われた「日本万博博覧会」は別としても、花博が行われた20年前のあの頃というのはまだバブルまっ盛りである。何のかんのとテーマを引っ張ってきては、○○博と銘打って日本各地で博覧会が開催された。今では羨ましいくらいの散財ぶりだったが、それだけ動員もあった。

そして博覧会というと、コンパニオンである。

思えば、あの頃はコンパニオンという職業の人が随分と周りにはいたものである。花博やつくば博、なんとかEXPOなどで会期中アテンドを勤めるコンパニオンだけではなく、企業のショウルームや商業イベント、地域のイベントなどにも必ずコンパニオンなる女性がいて、あっちこっちで仕事があった。

雑誌に掲載される若い一般女性達、肩書きが家事手伝いというのも結構あったが、同じようにコンパニオンという肩書きも普通だった。今肩書きにコンパニオンとあると、地方の温泉地などで宴会に呼ばれる女性達と思われるかもしれないが・・・。

何を隠そう私も学生時代1度だけ大阪輸入車ショーのコンパニオンをやったことがある(車の横に立ってニッコリというのではありません)。あ、そうそう、今思い出したけど、もう1回は企業の展示会のコンパニオンもやりました。懐かしいな〜。今思うと、あの頃のコンパニオンのバイトってラクして、いいお金もらって、人生ナメてたって気がする。

まさに若さを売りに、バブルを追い風に、いい気になってたんですね〜(笑)だから今こんなに苦労してるのでしょうが・・・やはり若い頃は買ってでも苦労しろというのはホンマでっせ!

ま、ま、それはおいといて、あれから20年、花博記念公園はすっかり庶民の公園としておさまっていた。といってもセントラルパークのように、都市のオアシスといった美しさが漲っているわけではない。敷地だけは広いが、造園やランドスケープなどがどこか洗練されておらず、昼間のせいかお年寄りの姿がやたら目立つ。きっと週末やGWなどは賑わうのだろうが、今は冬枯れのシーズンとあって、どこを見てもうらぶれた感じにしか見えなかった。

20年ぶりに訪れた私にとってはそれがなんとなく、宴の後、バブル後20年の廃れ具合を象徴しているようにも思えた。華やかだったがイカサマで、懐かしくもあるけど痛々しい。私にとってバブルとはそういう時代だったように思う。

あの頃コンパニオンをしていた人達は、今どんな風に当時のことを思い出してるのかな・・・。

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コメント

お~、珍しいところに行ってきたものですね。
時代はバブル、博覧会もあちこちであって
若い女の子たちが割に簡単にコンパニオンや
アテンダントになれてしまった時代だったね。
20年経って、今年は記念の集まりがあるみたい。
わたくしにも案内が来て、GWに花博記念公園である
会場での式に行くことになるやもしれません・・・。
当時の賑やかだった会場を思うと、最近のうらぶれた
風情の公園と化した場所に行くのは、なんだか複雑・・。

たった半年のお祭りだったけど、
当人達にとっては、いまだ大きな思い出ですわ。

投稿: 奈良KK | 2010年2月11日 (木) 13時42分

私も現在奈良在住の花博コンパニオンに会いに行きました。
華やかな時代でしたね。。。
しみじみ。。。

ねねさんも、外車ショーのコンパニオンやってたんだ。。
くくく、ぴったりやね。
いまでもいけるんちゃう?


みんな、まだまだ輝いていますよ♪

投稿: ま~せんせい | 2010年2月11日 (木) 22時05分

K〜子ちゃん、ま〜せんせい

いや〜、今、花博記念公園を訪れると
あの華やかかりし時代がウソのように思えるけど、
いい時代に娘時代(昭和風に)を送れて
私達はシアワセだったな〜と思う・・・

コンパニオンしてた人達にとっては
明らかに人生のいい経験&思い出になったよね〜
きっとおばあちゃんになっても続く仲間なんだろうね

あの公園を取材することがなければ
私の中では完全にフェイドアウトしてた花博だけど
いろいろと懐かしく思い出しました・・・(^^;

投稿: ねね | 2010年2月12日 (金) 09時52分

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昭和50年代でしたか、尾崎巌という慶応の教授がいました。同期でした。 [続きを読む]

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