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サクラ、サク♪

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今年初めてのお花見cherryblossom
毎年桜前線は西から北上してくるのに、今年は東京方面から咲き始めているよう。
週末の京都もほとんどが3分咲きとか、ちらほら咲きなのに、ここだけ満開!
一部はもう散り始めている状態である。

あわてて打ち合わせの帰りにちょっと(いや、だいぶ)遠回りして激写したのは、醍醐寺の桜。名所のひとつなので、一度観てみたかったんだ〜!
5時閉門なのに、私がかけつけた時には既に4時を回っており、駆け足で境内を回った。

初めて来たんだけど、めっちゃ広いsweat01

広大な醍醐山上敷地に、上醍醐、下醍醐と呼ばれる伽藍に、なんと100以上の堂塔が建っていて、そのうち6棟が国宝、10棟が重要文化財。寺自体は世界遺産に指定されているという、京都でもかなりヴィンテージなお寺である。比叡山延暦寺と似てるので、ここも当時のシンクタンクのような機能だったのかもしれない。中でも五重塔は天歴5年(951)に完成した、京都府下最古の木造建造物なんだとか。

それにしても醍醐寺の枝垂れ桜は美しい!

2,3日前にテレビで観た、三宝院や霊宝館の枝垂れ桜は見事で、圧倒的な美しさだった。あまりの美しさに釣られて、満開情報を聞いてアセッて来たというわけ。残念ながら既に散り始めていたのと、時間がなかったのでそれら有料ゾーンの桜は今回は見られなかったが、境内のそこここで観られる桜だけでも十分楽しめた。

流れるような枝に、鈴なりになって咲く薄紅色の花々。
大きな木から花の息吹がこぼれたような枝垂れ桜は、通常のソメイヨシノよりドラマティックだ。

残念ながらライトアップはやっていないようだが、これ、夜観ると一層ドラマティックだろうと思う。いつかやってくれないかな〜、ライトアップ。次回は三宝院のお庭や襖絵などもじっくり見て回りたい。

京都の桜はこれからが本番。
短い命なので、人を掻き分け、穴場を狙って、惜しみなくこの時期を楽しみたいを思う。


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感動の侍ジャパン

いや〜〜〜っ、良かったわ〜侍ジャパンsign01

私はフリーですが、昨日は勝手に有給休暇とりました(笑)って、誰が有給くれんねんsweat01
もう朝からテレビの前にスタンバって、興奮しっぱなし。試合後もあまりの昂りに仕事など手に着かず、ワイドショーやニュースをはしごして、6時過ぎから勝手に祝杯上げておりました。

そのぐらい超エキサイティングな決勝戦だった。

焼き鳥屋のテレビで、予選ラウンド韓国戦に敗れた試合を見ていた時、誰がこんな決勝戦を予想したでしょうか!?侍ジャパンのみんなは試合を重ねる毎に強くなっていって、準決勝、決勝とすごくいい勝負を見せてくれた。

昨日の決勝戦は、ひとときも気の休まらない試合で、10回表までどちらにも流れが傾かなかった。日本が点を入れてもすぐに入れ返される。一気に畳み掛けようとしてもそうはさせない韓国チームの底力。9回裏でダルビッシュが追いつかれた時は、あまりの連続する緊張で気分が悪くなりそうになったsweat01 

で、この時点でもう「負け」という言葉が浮かんできたけど、でも昨日のジャパンは違った。それまでも韓国に追いつかれて勢いに乗ろうとするも、その勢いをことごとく刺してきた。ダルビッシュは同点は許したものの、後をしっかり抑えると、案の定、延長に入ってすぐに反撃に出た。

そしてやっぱりこの人がやってくれた!

10回表、2アウト、ランナー2塁3塁で、イチロー。
長い、重い、WBCの決勝戦、野球の神様はここに勝負を左右するコインを放ったのだ。真っ向勝負で挑んでしまった韓国投手の球を、胸のすくようなヒットで撃沈!

私、ハッキリ言って泣きましたcrying

韓国側にとったら、悔やまれる作戦ミスだったと思うが、この人に勝負を決めさせる神様の計らいもなんとイキなのだろう!しかも、9回裏でダルビッシュが抑えていれば、こんな舞台は巡って来なかった。そう思うとより大きな感動をもたらしてくれたことになった。

イチローって、やっぱり持ってる(笑)

WBCが始まる前は、他のチームと違って選手がなんか小粒で、その上イチローが全然打てない。なので、ほぼ90%、優勝など予想だにしていなかったが、このように裏切ってくれるとは・・・

ちょっぴり残念なのは、最後のマウンドに藤川球児が立っていなかったことsweat02
だけど何度も繰り返してオンエアされる優勝の瞬間は、やはりビジュアル的にダルビッシュであろう(笑)

今日もまだ優勝の余韻を引きずって、ワイドショー&ニュースめぐりをしている私。
こんなに感動的なWBCを観てしまったら、これから始まるプロ野球のシーズンがなんだか色褪せて見えてきてしまう・・・。

でもホント、感動を届けてくれてありがとう、侍ジャパンsign03

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花背「花竹庵」にて

春の三連休。
ようやく暖かくなって、行楽のタイミングを待っていた人々が一挙に吐き出されたように、京都はえらい人混みだった。四条通は、あふれんばかりの人。ちょうどこの時期、清水寺から青蓮院の方までライトアップされる「花灯路」が開催中。高台寺前のねねの道は、日が沈むにつれてたくさんの人で埋まった。

しかも観光客には大学生らしき男女や、20代のカップルなど、やたら若い人が目立っていた。思い返して自分が学生の頃、連休や週末に神社仏閣を見て回ろうという発想があっただろうか。彼らの様子を見ていても、若い人達みんながみんな、こうした京都の歴史や文化に興味を持って観光しているとは思えない。「花灯路」というイベント的なノリや、ロマンティック・プレイスとしての関心があるんだろうなという気がする。

ということで、連休2日目は人混みを避けて花背へ____。

左京区の山奥、花背には有名なお蕎麦屋さんがあり、こういう機会でもないと行けないのでAちゃんの車で向かった。10年以上前に来て以来、訪れたことのなかった花背。鞍馬よりさらに奥にある山里は、思いのほか遠かった。しかも道が細く、鞍馬を超えて花背に向かう道はさらに険しく、人家などひとつもない杉の生い立つ山道を進んでいかなければいけない。細い道の上、カーブしているので、運転するAちゃんも大変そうだ。

「こんな道のりを経てまで、わざわざ蕎麦食べに行く必要性あるんやろか」

蕎麦食べる、という以外にさしたる目的もなかった私達は、だんだんそんなキモチになってきた。幸いお天気が良かったので、たまにはこんなドライブもいいかって感じで杉林の中を抜けて行くと、ようやく前方に小さな集落が現れた。日本昔話に出てくるような山間に、民家がポツポツ建っている。

その集落へ入ってすぐのところにある茅葺き屋根の民家が、花背そば「花竹庵」。

既に2時を回っていたが、駐車場はほぼ満員。品川ナンバーや神戸ナンバーなど、ちょっと通な観光地として知られているのか、京都以外の人達から人気があるようだ。趣ある民家は、内部も昔の造りそのままが活かされていて、黒光りする板の間や天井の高い座敷がいくつかつながっていて、囲炉裏もしつらえられていた。

店内は満杯だったが、ちょうど入れ替わりで席につくことができた。
メニューはそんなにない。Aちゃんは山椒を効かせた大根おろしをぶっかけていただく「花背そば」を、私は錦糸卵と椎茸をのせてゴマだれでいただく「ごま」をオーダーした。満員の上、蕎麦を茹でる時間もあるので、オーダー後結構待たなければならない。しかも結構なお値段だ(いずれも1680円)。

蕎麦が出てくるまでの持ち時間に、ぬか漬けのお漬け物、おちょこに一杯の日本酒(これが美味しかった!)、ちょこっとの蕎麦の実の雑炊が出てくる。私はこういう民家の雰囲気も好きだし、美味しい日本酒も味わえたので(Aちゃんの分まで)、結構ハッピーだった。

一方野を越え、山を越えわざわざやってきて、しかも待たされた上に高い値段で、さして合掌造りの民家などにも興味がなさそうなAちゃんはそれほど楽しそうでもない。場持ちもしないので、蕎麦が来るまでの間に、民家の外にあるトイレに行った。

用を済ませて玄関へ戻ってくると、背後で「ごめんくださ〜い」と若いカップルらしき男女が入って来た。私は別に関心もなかったので、顔も見ずそのまま靴を脱いで席に戻って来た。Aちゃんとたわいもない話をしていると、先ほどのカップルが席が空くまで囲炉裏端に姿を現した。私の座っているところからは女の子の姿が見えた。何気なく彼女に目をやって、私ははっとした!あの顔はまさしく、

吉川ひなのちゃんじゃない!?

しかし次の瞬間、その女の子が顔を上げると別人だとわかった。「な〜んだ」と思ったけど、ひなのちゃんに違わず可愛らしい顔立ち。その後立ち上がってこちらの部屋へ歩いて来る姿を見て、彼女は絶対モデルか芸能人だと思った。あまりにも顔が小さくてスラ〜ッと背が高い抜群のプロポーションをしている。

知る人ぞ知る「花竹庵」だし、モデルや芸能人が訪れてもおかしくない。するとそのカップルが私達の後方のテーブル席に座った。ちょうど私の座っているところからは彼女らがよく見える。座ったとたん、男の子の方と目があった。

・・・・・・sign03

今度こそ、私の目は芸能人を捉えた。
芸能人に関心の少ない私ではあるが、なぜかその人物が誰だか識別できてしまった。若いカップルの男のコの方は松田龍平クンだった。私の見た感想は、なんかごくフツ〜の男の子という感じ。それぐらいさり気ない普通のカップルだった。

これは芸能人大好きなAちゃん(今はハリウッド俳優の故ヒース・レジャーに発情中だが)にとっては、かなりうれしい出来事のはず。東京では芸能人に出会うことなど日常茶飯事だろうが、京都も結構芸能人と遭遇する。でもこんな山奥で、しかもこんな至近距離で会うって、私はさしたる感慨もないが、芸能人好きのAちゃんにとっては結構エキサイティングであろう。私はAちゃんの友人Sさんの話を思い出す。

「今、隣にホテイがいるんです〜〜〜heart04

そう言って声をひそめながらも彼女は興奮してAちゃんに電話をしてきたという。ホテルのレストランで食事をしていると、隣にホテイ夫妻がやってきたという。確かに有名人が隣にいたりすると少しはハナシのネタにはするが、その場で誰かに電話してライブ中継するという発想はない。

松田龍平クンの名前が出てこない私は、声をひそめて「後ろに松田優作の息子がいる!」とAちゃんに伝えた。けげんな顔をして冷静に「どっち?」と返すAちゃん。弟を知らない私は「お兄ちゃんの方、絶対!」と念を押したものの、何気なく後ろを振り返るAちゃんは目が悪いので確認できない。おまけに彼は携帯ゲームに夢中なのか、なかなか顔を上げない。

忙しい芸能人が、金土日に京都なんかにいてるか〜?

声を出して会話するのもはばかられるので、メール画面を私に見せてくるAちゃん。あくまで芸能人ベタな私の目に疑惑のシセイを崩さない。席に着いてからはほとんど会話をしていなかった彼らだが、しばらくすると松田龍平君が顔を上げ彼女と会話し始めた。

そうやわ〜flair

声で判別できるとは、さすが芸能通。するとにわかに興奮を隠しきれないAちゃん。といって食事を楽しんでるところへ声をかけたり、写真を撮ってもらうのも不躾だし、チラチラ背後を振り返ったり、途中お店の人が2人のテーブルへ来て松田クンカップルと話しているのを小耳にはさむのがせいぜい。

とうとう蕎麦を食べ終わり、お会計を済ませて私達は店の外へ出た。

かつてフランスでトシちゃんと遭遇し(ふる〜happy02)、ツーショット写真を撮ってもらった経験があるAちゃんは、当然のようにここで出待ち体勢。しばらく店の外で彼らが出て来るのを待っていたが、一向に出てくる気配もないので結局あきらめた。駐車場には彼らが乗ってきたであろうと思われる車もないので、きっとお迎えが来るまでしばらくいるに違いないと思ったのだ。

かくして「記念写真」は実現しなかったが、帰りの山道、Aちゃんは上機嫌だった。古民家の風情も、美味しいお蕎麦の味わいもほとんど楽しむことはなかったが、芸能人登場で“わざわざ花背まで来た甲斐”ができたというわけだ。

早く明日会社に行って、誰かに言いた〜いsmile

ちなみに忙しい芸能人が連休に京都に現れた理由は、「剣岳」という新しい映画のキャンペーンのようだったらしい。帰ってくると、早速Aちゃんは携帯でググッて周辺情報を調べ上げ始めた。なんと一緒にいた奥さんは日露ハーフのモデルで、弱冠21歳らしい!可愛かったも〜ん

果たして花背には何をしにいったのか、私としてはちょっと疑問が残らないでもないが、予想外の花背ドライブだった。これから花背を思い出す度、のどかな山里でもなく、打ち立ての蕎麦でもなく、松田龍平クンの顔が浮かんで来るに違いない。

に、しても、ああも芸能人一人で活気づいたり、憧れスターに目が♡になれるAちゃんのような人って、ある意味羨ましい気もする。スターという存在が、人をときめかせ、人生に輝きを与えくれる。効く人には効く、ココロのカンフル剤となっている。

しかしヒース・レジャーという、遥か外国の俳優で、しかももう亡くなった人に本気で恋をし、携帯に取り込んだ写真にうっとりしているAちゃんの姿は、悪いけど私にはやっぱり理解できない(笑)

でもま、目が♡になっているAちゃん、ハッピーで何よりですwink


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花背「花竹庵」の店構え
酸味の効いたごまだれが美味しかった。
食前酒の「八坂鶴」がお気に入り!

帰り道で立ち寄った「円通寺」は残念ながら本日終了。


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ビミョーに違う

なんかここのところ、急にあったかくなって、昼間は初夏のような陽射し。徐々に気温が上がって春を迎えるのではく、この間まで寒かったのに突然暖かくなって、なんだか季節の変わり目がだんだんスピード化していて情緒が感じられない。こんな暖かさだと、桜も一斉に開きそうだ。

桜で思い出したが、今日桜餅についての文章を書いていて初めて知ったのだが、桜餅は関東と関西では違うらしい。

関西は(つーか、それしか知らないんだけど)、もちもちっとしたおはぎのような生地で(正確には蒸した餅米を乾燥させて荒く砕いたもの、道明寺粉という)こしあんを包んで、塩漬けした桜の葉でしっかりくるんだ、表面はとしっとりしたお餅だ。

一方関東で桜餅といえば、クレープのような桜色した小麦粉の薄皮であんこをそっとくるんだもの。桜の葉で包まれているが、さらっとした表面だ。関西で言う羽二重餅のような感じで、カタチも羽二重風やらふくさ包みなどいろいろある。関西風桜餅はその原材料から「道明寺」と関東では言われているそう。

桜餅=つぶつぶ餅の香り良い葉にくるまれたものがユニバーサルだと思っていたが、うん十年生きてきてそれは完全に「関西ローカル」だったとは・・・なかなか衝撃的な出来事だった。

しかし関西と関東では味や食べ物がこんな風に違うことがままある。
お雑煮のお餅だって、関西は丸餅だけど関東は角餅。「たぬき」と言えば関西ではそばだけど(京都だけはあんかけ)、関東は揚げ玉入り。あとお稲荷さんも関西は一般的に三角だけど、関東は俵型なのだ。大きく異なるのではなく、その違いのビミョーなところに奥深さを感じてしまう(笑)

そうそうひなあられも違うらしい。関東のひなあられはお米を乾燥させて圧力をかけてはじかせる、いわゆるポン菓子のことらしく、甘くてサクサクとしている。方や関西は、お餅=餅米を小さく切って揚げたり焼いたりして塩や醤油で味付けしたもの。いわゆる"あられ"である。

だからどうだってことはないんだけど。もうひなまつりなんて祝うような年頃でもないんだし・・・(笑)

でも今まで、そんな風に当たり前だと思っていたものに別バージョンが存在すると知ることは、改めて地域性を感じられたりして新鮮だ。超中央集権国家の日本では、東京=スタンダードと思いがちだが、桜餅ひとつで東京だっていち地方なのだと思える。こういう東京色っていうのは割と好きなんだよね〜

そんな風に食にはスタンダーとなどなく、地方地方のバラエティが楽しい。

そう言った後にこんなことを書くのもはばかれるが、東は白ネギ文化、西は青ネギ文化。納豆でも、蕎麦でも、冷や奴でも関東では刻んだ白ネギを薬味に使うが、あれがどうも私には抵抗がある。白ネギ自体は大好きだけど、薬味はやっぱり青ネギでなければならない。

たぬきが揚げ玉でも、お稲荷さんが俵型でも一向にかまわないが、これだけは譲れない。

その譲れなさこそが、きっと関西人アイデンティティなのである(笑)


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お一人様のお年頃

この間、今超売れっ子の経済評論家の勝間和代さんが、テレビ番組の対談で自分のスケジュールを公開していた。

勝間和代さんと言えば、あちこちのメディアに登場し、働くお母さんのネットワークを主催したり、政府の男女共同参画会議の委員をやったり、そしてシングルマザーとして3人の子どもの子育てもしているというスーパーウーマン。なのに彼女のスケジュールには、スポーツクラブや家族とのお出かけなど、しっかりプライベートの時間が取られていた。

「よくお忙しいのにこんな遊びの時間がとれますよね〜」
というインタビュアーの問いに「いえ、最初から取っておくんですよ」と彼女はこともなげに語っていた。

なるほど、あのように大活躍している人なら、スケジュールに任せていたらどんどん時間は仕事に支配されていく。予めこの時間はジム、この日は家族と食事という風に優先して入れておけば、それを避けて仕事のスケジュールを調整すればいいわけだ。

きっと、これまでの経験から導き出された勝間さんなりの策なのだろうが、それもこれも独立して活躍している経済評論家だからこそできること。業界で引く手数多の立場だから、ある意味プライベートも優先できるのだと思う。

しかしふと自分のことを振り返ってみると、私はとても時間をムダにしているように思える。勝間さんのように立派な職業でもなく、超売れっ子のような忙しさもないが、自分はフリーで仕事をしていて、お勤めしている人よりずっと自由な時間が取れる。夫や子どもの世話があるわけでもないのに、なんで旅行へもなかなか行けないんだろうか。OLをしている人達の方がよほど、あちこちへ出掛けている。

私は自分のライフスタイルを振り返り、今更ながらこれまで漫然と時間をやり過ごしてきたことに俄に後悔さえ覚える。

私のようなフリーという立場は、仕事やプライベートに応じて自分の時間を采配できるのがメリットだ。けれどもしがないフリーのコピーライターという立場では、勝間さんのように予めプライベートの時間を設定しておくことはできない。だってレギュラーの仕事は別として、その都度都度で入ってくる仕事をこなしていかなければならないので、その状況に応じて動くことになるからだ。

旅行のプランを立てることもいつも躊躇われる。土日ならまだしも、数ヶ月前から平日の時間をオフにしておいたら、もしこの期間で急ぎの仕事が入ったり、プレゼンがあったり、なんていう事態を想像するとちょっと気が引けてしまうのだ。

フリーというのは、自由な時間というニンジンをぶら下げられつつ、一方で未来の時間に縛られているという矛盾した側面がある商売である。

しかし・・・

仕事がかたづいた時や仕事がないヒマな時というのは必ずある(あんまりヒマなのもコワいけど)。そこで今更ながら気付いたのだが、フリーという立場を最大限に生かすには、前々から決めておかなくとも、ふいにできた時間をちゃっかり楽しむ法を身につけておく、ということ。

つまり・・・

私の結論は、お一人様の実践だ。

今まではどこかへ出掛けるにも、ついつい誰かと一緒に出掛けたり、旅行することが当たり前のようになっていたが、人に合わせていたらふいの休みや空いた時間をなかなか有効に使うことはできない。私のような立場なら、やっぱりお一人様を楽しむことを覚えることが一番なのだと思う。

若い頃に一人でパリを訪れた時は、あまりに淋しくて(特に食事時)二度と一人旅はすまいと思ったが、今はちょっと違う。その淋しさも含めて、旅を味わえるような気がする。オットナ〜〜(笑)。なんか半分そいういのに憧れているのかもしれないが、今の私には特に国内など、知らない町をふらりと訪れて気ままに歩き回る小旅行がとても楽しそうに思える。

そしてそんな風に日常から離れ、いろんなことろに出掛けてみようという好奇心やときめきを眠らせることなく、さまざまなものに触れて自分をアップデートしていくことが、一番大事なんだと思う。

というわけで、今、お一人様のお年頃を迎えております♪
さて、今度のふいの休日はどこへ出掛けようかな^^


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転勤族

夜遅くに、携帯が鳴った。
一瞬、今すすめている仕事のトラブル!?と思ったら、表示画面にY君の名前。携帯に出ると、久しぶりの挨拶もそこそこに、

「今度は浜松やね〜ん」

と電話の向こうで力ない声がした。彼は大手生命保険会社に勤めており、しょっちゅう転勤している。今思い出すだけでも、東京、福岡、宮城、千葉、京都、大阪・・・そして今度は静岡県の浜松らしい。

「うなぎ美味いで〜!」
「浜名湖で遊べるで〜!」

超前向き人間のY君だが、だんだん歳を取ると淋しくなるのか、見知らぬ土地で暮らす不安なのか、自分もさほど知らない浜松の町をやたらアピールして、私に遊びに来て欲しそうだ。私もわざわざ浜松に行く気はさらさらないので、東京へ行くついでにね〜と言っておいたら、「ついでかよ」と不満げだった。

それにしても、2〜3年に1度(時には1年ということも)は脈絡なく各地を転々としている暮らしは大変だろうと思う。それまで一緒に転勤を共にしていた奥さんと子どもは、もう大阪転勤のタイミングで家を買いそのまま定住している。

そりゃそうだろう。主婦や子どもならなおさら大変だ。それこそ友達もできない。向田邦子の本を読むとお父さんの転勤暮らしで、各地を転々とした話が出てくるけど、お母さんはお茶碗を包む紙までまた次の引っ越しの時のためにきれいにたたんで置いておくという。向田邦子は優秀な子どもだったから良かったけど、並の子ならそれだけ引っ越してたら登校拒否になってもおかしくない。

自分はそんな仕事でもなく、そんな仕事の夫を持つ妻でもなくて良かったな〜と思う。そういえば、Y君と同じ生命保険会社に勤めるHちゃんは同僚と結婚して、各地を転々とし、数年前にはついに国境まで超えていたな〜

ま、前向きに考えると、「いろんなとこに住めて楽しい」のかもしれないが、2、3年しか住まない「家」に愛着は持てないだろうし、親しい知人や友人もできにくい。だいたい新しい家を探して引っ越すこと自体大変だ。大阪の自宅へ帰ろうと思っても、福岡や宮城からそうそうは帰って来れない。

これもサラリーマンの宿命!?

こーゆーのって海外でもあるのかな〜???なんか転勤族って日本独特っぽいけど。
2、3年で変わっては、新しい同僚や上司、部下と一緒に仕事をし、人間関係を築いていかなければならない。いきつけの飲み屋も、ごはん屋も、一から開拓である。町になじみ、知り合いも増えたところで次の地へ。いや〜〜〜、仕事とはいえ、大変な生活だ。

お山の上に居座って、ワガママに仕事&生活をしている私などからは考えられない暮らしである。大して尊敬もしていなかったY君だが、今改めて考えるとちょっとエラいな〜と思える。

つ〜か、浜松だろうが、千葉だろうが、実は1人暮らしをエンジョイしているY君は、もはや長期の"共棲み"の方が今はしんどいと言う。なるほど、公明正大に気ままな1人暮らしができる今の生活は、すっかり彼のペースになっているのだろう。

ま、今度浜松でそのお気楽暮らしを拝見するとしよう。
東京へでも行くついでに(笑)

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了頓図子

週末、以前から気になっていた「西村鮮魚店」へ飲みにいった。
魚屋さんなのに“飲み”に行くとはどういうことか。実はここ、お昼間はお魚屋さん、夜は息子さんがそこで仕入れた新鮮な魚を使ってカウンター6席だけの飲み屋をやっている。

この頃はただのお店ではなく、こんな風に背景にストーリーのある店に人々が引き付けられてるような気がする。日本酒の魅力に惹かれたイスラエル人がやってる日本酒バー「よらむ」とか、実家が農家でそこの野菜を使っておいしい野菜料理を出す「おにかい」とか、京都にはいろいろとストーリーのあるお店が多い。

「西村鮮魚店」は六角通りの新町と室町の間にある。
この辺りは一応オフィス街で、今も着物関係の会社や問屋さんが多くあり、それらがどんどん新しくできた飲食店やオフィスビル、マンションなどに浸食されているという感じのエリアだ。

少し早く着いたので、付近を歩いていると、突如そこだけ区画から取り残されたような路地があった。周りにはビルかマンションかしかないようなところに、間口が狭い家々が並ぶ住宅街(たぶん昔は長屋形式だったのだと思う)があり、子どもがドッジボールをして遊んでいた。

オフィス街に突然現れる生活感house

不思議なキモチで路地に入っていくと、所々にお店の看板も掲げられている。すると雑誌で見たことがあるイタリアンや割烹の名前が・・・。ほほ〜、こんなところにあったのか、という感じ。もう少し進むと、通りの片隅に歴史碑のような木の看板が立てられていた。

廣野了頓邸跡

とある。足利家代々の従臣であった廣野家末裔である廣野了頓が、ここに茶亭を構え、茶道に勤しんだという。秀吉にも茶を点じたことから280石の知行をあてがわれたらしい。つまりそこは廣野家のお邸で、明治時代まで六角通りに面したところに門があったようだ。廣野はんは私有地を解放し、六角ー三条間を抜ける道をつくったという。

ちなみにこの通りは『了頓図子:りょうとんずし』と呼ばれ、図子とは家と家の間にある細い道のことを言うんだそう。つまり“了頓通り”だね。京都の街は、碁盤の目の都大路を結ぶ南北の小路を設けられたが、この辺りはかつて都の中心。大きな商家や文化人が居を構えたところで、通りに面する店を増やすために新しい道が造られたんだそう。

「路地」と「図子」、どう違うのかイマイチわからないが、路地が一般化して、図子というコトバはすっかり耳馴染みのないものになってしまったようだ。それだけに『了頓図子』というコトバはなんだか新鮮に聞こえるし、図子の両脇にポツリポツリとおしゃれなお店があって、歴史の香りも遺されているこの通りはちょっとそそられる異空間だ。三条ー六角間のほんのわずかな距離だけど、不思議なトリップができる感じ。

この辺りにしょっちゅう来ていても、未だにこんな発見があることがやっぱり京都という町はフトコロが深いsign01と改めて思わされる・・・。

「西村鮮魚店」で美味い魚との出会いも貴重だったが、『了頓図子』との遭遇もなかなか貴重な出会いでしたwink

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