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ココロの曲がり角

 ウソかホントか知らないが、女性は37歳を過ぎると、肋骨などの胸部を覆う「胸郭」という骨格がだんだん閉じてくるらしい。

 するとどうなるかというと、ときめいたり、ドーンと気分が落ち込んだりとか、要するに激しい感情のぶれがなくなるという。
 
 エステシャンの人のハナシである。

 彼女もよく、30代の頃はワケもなく落ち込み、よく先輩に「もうアタシ死にたいです〜sweat01」と、泣きながら電話をすることがあったらしい。しかし40歳を過ぎた今、「誰がそんなキモチになってたん?」てなもんで、元気いっぱい仕事に勤しんでいる。

 37歳を過ぎるとキモチが落ち着くなんて、全くもってその根拠は不明だが、言われてみれば思い当たる節もある。

 37歳という年齢は定かではないが、歳と共に確かにトキメキの度合いも回数も、減ってきたような気がする。っていうか若い時みたいにむやみやたらにはキモチがはやらないという感じ。
また状況は昔も今もさほど変わっていないのに、そないに孤独に苛まれたり、不眠症になるほど思いつめることもなくなったと思う。

 これって果たして歓迎すべきことなのか、そうではないのか・・・sign02

 落ち込んであまり悲観的にならなくなったのはいいとしても、トキメキが減ってしまうというのは何か哀しい。それってココロの弾力性が失われてるってことじゃん、まるでお肌みたいに・・・sweat01

キツぅ〜〜〜bearing

 だからキモチが落ち着くということなのだろうが、理屈から言うと沈まないと弾まない。弾むばかりではいられないものなのだろうか。

 孤独や不安を受け入れつつ、揺るぎない内面を作り上げていけば、しっかり張った太鼓の皮で弾む音のように、外から受ける刺激にいい具合に共鳴していけるのではないだろうか・・・?

 なんてことをムリやりこじつけてみる。

 歳をとることは何にも動じない、サンドバッグのような人間になることではない。太鼓の皮を締めつつ、年々いい音を出していくことだと思いたい。

 胸郭が閉じているのか開いてるのか知らないが、心まで閉じてしまわないように・・・。お肌も内面も、日頃のお手入れを怠らないようにしたいbleah

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タイムサービス非国民

仕事帰りにスーパーへ立ち寄った。店内をうろうろと買い物していると、

karaoke只今より、タイムサービスです。現品から3割り引き・・・云々

というアナウンスが流れた。どこかのワゴンで特価品が売られるのだろうかと思いながらも、私は特に気にするわけでもなく、必要なものを買ってレジへ並んだ。すると私の買った商品をレジに通していたお姉さんが、

「これ、3割引になりますよ」

「へ?」

「今、タイムサービスでこの商品は3割引になるので、売場でシールを貼ってもらってください」

どうもタイムサービスの3割引は、精肉コーナーでやっているらしかった。お姉さんが指摘するのは私が買った「鶏の手羽元」。売場にいる係にシールを貼ってもらうと、3割引になると言う。

でも5本ぐらい入って200円という既にお安い値段だし、「60円ぐらい」というキモチも正直あった。レジも混み合っててここで中断させても迷惑だし、売場まで遠いし・・・って考えてると、レジを一旦離れかけたのだけど「別にいいや」と思って、

「あ、でも、いいです」

と言ったら、それでもレジのお姉さんが、「いいんですか〜?でもこれ3割引になる商品ですよ」と、さも信じられないという表情で私を見る。そんな大層な・・・と思いながらも、面倒くさいので私は

「えぇ、いいんです、いいんです」

と、さっさとレジ打ちを促そうとすると、今度は隣のレジ係のおばさんまでもが、レジを打ちながら口をはさんできた。

「レジは取消にしといたらいいし、シールもらってきた方がいいよ」

レジのお姉さんも、後ろに並んでるお客さんも、隣のレジのおばさんも咎めるような眼差しで私を見ている。

「・・・・・」

一瞬皆さんの視線に圧倒されて、何か自分が大罪を犯したような気にさせられた。なんかもう有無を言わさずシールをもらいに行かざるを得なくなり、私はすごすごと「手羽元」を受け取って、レジから離れた。

「じゃ・・・」

私がシールをもらいにいくことを確認するや否や、再び時間が動き出したように、レジ係の人は軽快にレジを打ち、お客さんは元のようにぼんやりと視線をはずして並んでいた。

見ると、並んでいるお客さんのかごには精肉のパックが3つも4つも入っていた。私はこの店へ時々しか来ないし、まして時間など決まってないのでタイムサービスのシステムも知らなかった。しかしみんなこの時間目がけてお肉をゲットしにきてるようだ・・・。それにしても

行かな損sign01
安してもらわな損sign01

という女性達の執念には一瞬殺気だったものを感じた。私だって決してお金持ちではないので節約意識は持っているつもりだったが、まだまだ甘いようだ。値引きに面倒という意識は存在しない。

手羽元200円の60円引きsign03

その値引きの重みをこれほど感じたこともかつてあるまい。「60円ぐらい」な〜んて思っていた自分がなんだか非国民のように思わせられた。そんな考えでいると、これから大不況時代へ突入した時、私はいつか60円に泣く日が来るのではないかとすら思えた・・・。

精肉売場には高校生のアルバイトのような男の子が立っていて、「あの・・・」と言ったら何も言わず私の買った「手羽元」のパックにぺたっとシールを貼ってくれた。

かくして3割引と貼られた「手羽元」やその他のお野菜などを買って、私は店を後にした。

せっかく60円得したというのに、そのあと気まぐれに立ち寄った花屋で予想外にたくさん苗木を買ってしまったので、2000円以上無駄遣いしてしまったsweat01

こんな私は、将来きっと60円に泣きそうな気がする・・・sweat02

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大根賛美

この季節、ヘビロテ野菜と言えば、大根である。
ただでさえも刺身のつまからたくあん、大根おろし、お味噌汁の具、おでんなどなど活躍の場が広い野菜。そんな風に一年中食卓に登場する野菜ではあるが、そりゃぁやっぱり寒くなって甘味を増したこれからの季節のものが一番だしょうsign01

ストーブを使う季節になると、大根と厚揚げ、ゆで卵、そして少々の鶏肉をお出汁で煮込む「偏りおでん」をよくする。ちゃんとしたおでんにしないのは、練り物があまり好きでないというのもあるが、私の場合、大根を食べるために厚揚げと卵を脇役として添えていると言った方がいいかもしれない。だから愛情を込めてちゃんと面取りもして、米のとぎ汁で下茹でしてから調味する。

しかも味付けは薄味、しかしお出汁は濃い目が基本のウチの場合、おつゆがしっかりしゅんだ、翌日のものが美味いsign01 さらにネギのみじん切りというトピングも重要で、ぱらぱらっとかけて、はふはふ言いながらいただくと、3つや4つはすぐに食べてしまう。やわらかな大根が口の中でとろけてしまうと、冷たい白ワインでクールダウン。焼酎のお湯割の場合は、食べるほどに、飲むほどに、ほかほかと温まってくる感じがたまらない。

そういえば居酒屋の聖地「赤垣屋」で出て来るおでんの大根は惜しみなく大きいサイズなのだが、ここは決して煮込まないのが特徴だ。表面は割と濃いめにお出汁が回っているが、お箸を入れると実はしっかりしていて中は白いまま。最初はなんだ、煮込みが足りなかったのかな?と思ったが、いつ行ってもそうなので、煮込んでしまうより、食感を活かしたがっつり大根というのを信条としているようだ。あれはあれでなかなか美味しい。

私だけでなく日本人は大根を煮込んで、ホクホクとした食感を楽しむのが大好きという気がする。あのホクホク感に私達は「和み」や「癒し」や「平和」を感じているのではないだろうか。

中華であまり大根が主役のメニューというのが思い浮かばないが、強いて言えば点心に登場する大根餅。あれは細切りにして餅のネタとして使うので、ホクホクという感じではない。欧米人が食べるのは大根ではなくラディッシュの方。ローストビーフに添える薬味として欠かせないが、大根のシチューとかグリルとかはあまり見たことがない。

あのホクホク感、愛して止まないのはやっぱり日本人だけという気がする。

自ら出汁を吸って白い肌を染め、しかし決して煮くずれることなく柔らかく煮上がっていく様には、気品すら感じられるshine クセがないのにクセになり、生でも火を入れても、主役としても脇役としても活躍できる奥深さがスゴい!

ぶりと大根、手羽先と大根、豚バラと大根という具合に、動物性脂肪ともよく合う。上手に動物性の旨味を吸って、しっかり自分の味にしちゃうところもサスガという感じなのだ。シンプルに大根だけを煮る場合も、よくオムライス用とかって売ってる細切れの鶏肉を少し入れる方が、お出しだけよりダンゼン美味しくなる。

で、私は大根の葉というのがまた大好物で、ごま油で豚バラ肉と鷹の爪と一緒に炒めておかずにする。ところがスーパーで売られている大根は葉が切り落とされていて、日頃はなかなか手に入らない。でもこの間大原の朝市に行った時、見事なほどの緑葉をつけた大きな大根を買って、丸ごと食べ尽くした。葉も実も、大根おろしにする時は皮まで使うし(ここに本当は栄養が詰まってる)、ホント捨てるとこのない野菜である。

大原の朝市に行ったらいつも見慣れない野菜が並んでいてとても楽しいのだが、この時も大根に3色あることを初めて知った。一般的な白大根、そして大きさは普通だがラディッシュのように赤い赤大根、そしてなんと黒大根というのまであったsign01 黒いのも赤いのも中は白く、表面だけに色がついてる。

黒大根は次回にして、とりあえず赤大根を買って帰った。

「カワはむかんと、生で食べて」

と生産者のおばちゃんが言ってたので、その通り、千切りにしてごま油のドレッシングとカリカリじゃこと一緒にサラダにしてみた。

甘味があってしっかりした歯ごたえはサラダにぴったり。どちらかというと蕪っぽいかな。
これはローストビーフにくるんで和風ソースで食べても美味そうsmile 

しかし白から赤から黒まで、大根にこんなに種類があるなんて、京野菜というのはやはり奥が深い。まだまだ知らない野菜があるので、朝市に通ってはさまざまな京野菜にチャレンジしなければならない。

次回はとりあえず黒大根でwink


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イヌのキモチ

Changesign01

のかけ声のもと、アメリカではオバマ大統領(しかし「おばま」と打つと、小浜と変換されて若狭の民宿が思い浮かぶ<笑>)が次期大統領となり、ホワイトハウスでは2人の娘達のWishでイヌを飼うと約束したそうだ。で、長女が欲しがっている犬種が「ゴールデンドゥードゥル」というんだそうだ。TVでそのイヌの写真が紹介されてて、ワタシはおったまげてしまったsign03

これが、べらぼ〜にカワイイheart04

始めて知った犬種なんだけど、ゴールデンレトリバーとプードルの交配種らしく、両方ともカワイイんだもん、これがMixして可愛くないはずがないsign01 しかもおりこうで毛が抜けない。おまけにちょっとダグ顔で、大きさもちょうどよく、ワタシは一目惚れしてしまったlovely

More Goldendoodle

俄にイヌへの想いが募る今日この頃・・・heart02

そういえばこの間兄夫婦からアメリカにはアニマル・セラピストという職業があるということを聞いた。なんと動物の言葉が理解できるんだそう。だから言葉が通じない動物たちの代弁者となって飼い主に意志を伝えるらしい。

それで面白いハナシがあって、彼らがアメリカに住んでた時、アニマル・セラピストにお世話になった友達がいたそうな。すごくイヌ好きで、ゴールデンレトリバーとバーニーズマウンテンを飼っていたそう。で、ゴールデンの方はシェルターからもらってきたイヌだそうで、少し吠え癖があった。普段は随分慣れていい子になのに、時としてしつこく吠えることがあったのだそう。

そこで飼い主がアニマル・セラピストに相談し、電話でゴールデンレトリバーの吠えている声を聞かせたそうだ。そしたらアニマル・セラピストが言うには、

「何かグリーンのものがどうした、こうしたって言ってますね」

「グリーンのもの・・・!?」

「緑色のものを彼の身の回りに置いてませんか?」

緑色のものと言われても、何のことやらさっぱりわからなかった飼い主はしばらく考えてあるものが思い当たったそうだ。毎晩、寝る前に、「今日も1日いいコだったね」と言ってイヌのおやつをひとかけあげるんだそうだ。それが緑色だった。

「彼はそれがひとつじゃイヤで、もっと欲しいと言ってます」

「え〜っsweat01そんなことだったんですか!?」

シェルターから引き取ったイヌなので、何か心に傷でもあるのでは?という飼い主の心配はまったくの杞憂で、ゴールデン君はただひたすらおやつの量を訴えていたんだそうだ。飼い主も、なんか笑っちゃうやら、カワイイやら、ほっとしたやら・・・coldsweats01

しかしアニマル・セラピストって、スゴイshine
電話の声だけでも訴えてることがわかるなんて。どうやってイヌの気持ちがわかるんだろう!?一体どんな訓練を積んで動物の言語を理解できるようになるんだろう!?きっと日本でもそんな人が一般的に活躍する時ももう近いのだろう。イヌを飼う時にイヌコトバの勉強をすれば、飼い主ももっと深く楽しく過ごせるに違いない。

ちなみにイヌにご褒美をあげる時は、量より回数なんだそうだ。よく訓練風景を見てると、トレーナーの人が上手にできる度に何度も小さくちぎったおやつをあげてるが、あんな風に、何度もあげるとイヌは満足するんだそう。だからこの飼い主さんがやってたことは、ゴールデン君に相当なストレスを与えてたのかもしれないsweat01

ただひとつ疑問だったのは、イヌって色盲じゃなかったっけsign02

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充実の2泊3日コース

父の13回忌の法要が京都の西本願寺で行われることになり、母と兄夫婦が久々に京都に集合した。法事でもなければなかなか京都で一堂に会する機会もないので、ここぞとばかりに昼間は観光、夜は宴会という濃密な週末を過ごした。

1日目:西本願寺→御所→菜根譚(昼食)→東寺→宴会 at home
2日目:比叡山延暦寺→石山寺→北白川ラジウム温泉→宴会 at home
3日目:大原の朝市→賀茂街道→寺町→錦市場

ワタシが組んだ2泊3日の充実コース。
我ながらすばらしいチョイスだったと思う(笑)。東寺の秋の特別拝観もまだ人が少ない平日に見れたし、秋の観光シーズンで超人混みになる土曜は京都を避けて滋賀県へ向かった。ちょっと寒かったけど、お陰で紅葉した世界遺産の比叡山延暦寺も拝めたし、源氏物語千年紀の石山寺もタイムリーだった。

もちろん食べること、飲むことにもぬかりはない(笑)法事後、昼食を摂った「菜根譚」は大きなおくどさんの残る、古い町屋の中華料理店。ここには坪庭に面した小さなお座敷があって、4、5人ぐらいなら結構おすすめ。しかも京料理のようにバカ高いこともなく、私達が食べたのは¥2800円の点心コース。けど、普通なら中華の懐石風お弁当(¥1800)で十分満足できる。京都の雰囲気を楽しみながらの中華もなかなかオツであるconfident

石山寺で食べたしじみの釜飯も意外と美味しかった。瀬田の名物なのでたくさんお店があって、予備知識のない私は駐車場のおじさんに「どこが美味しい?」って尋ねて従ったのが正解だった。

「御舟。ちょっと高いけど」

って、おすすめの店を教えてくれた。兄などは「あれは自分がマージンをもらえるところを教えてるに決まってるから、信用ならん」なんて言ってたけど、おっちゃんのつぶらな瞳にウソはないと睨んだワタシは言うとおり御舟という店へ直行した。そしたらやっぱり美味しくて、大正解sign01 大都会に毒されて生きる彼の疑り深い姿勢が露呈した場面であったsmile

夜の宴会は、ドランカーの私達が一番寛げるat homewinebottle
さすがエンゲル係数の高いファミリー、食卓は連日ブイヤベースやイタリアンおつまみ、母のお手製コロッケなどで埋め尽くされた(笑)。もちろんワインはリカマンで調達して飲み放題コースにしておきましたbleah

世界遺産も巡り、紅葉も愛で、温泉や朝市も楽しんだ充実コース。
しかしそもそもは父の13回忌。お父さんのことを静かに偲ぶこともなく、こんなに大はしゃぎでいいんだろうか・・・?京都駅での別れ際、誰もがふとそんな思いをもらした私達。

「これもお父さんの思し召しやてhappy02

あくまでも楽天的な家族なのでした・・・。

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春と秋だけ見られる
東寺講堂にある
立体曼荼羅は
荘厳でした。

比叡山延暦寺。
根本中堂も
圧巻!

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比叡山は折からの寒波で
底冷えがしてたけど、
所々紅葉していて
きれいでした!

「菜根譚」
コース料理の前菜。

運転手のため、
これをお酒なしで食べた
アタシってエライ!

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東京の業界人

仕事で東京の有名なコピーライターの人の話を聞いた。

広告の仕事をしている人というのは、人前で話をするのが上手い。特にこういう有名な人は話なれてるというのもあるが、もともと広告というのは論理立てて物事を考えメッセージを「伝える」作業なので、普通の会社に勤めてる人よりはそうした訓練が日頃からできてるというのがある。

で、いつも思うのだが、"東京の業界人"というのは人前で話をしても、絶対にエラソばらない。自慢バナシになっても許せるくらい、かなり世間で話題になる広告を創り、業界で名を轟かせていても、決してそんなそぶりは見せない。講演などをしていても、ハナシの端々で自慢話に聞こえないように気を遣っているのがわかる。

それはある意味とても爽やかであるshine

もちろん彼らは人格的に謙虚であるのかもしれないが、ワタシが思うに、東京の業界人はエラソばったり自慢したりすることに対して感覚的にものすご〜く嫌悪を抱いている気がする。非常にカッコ悪いと思ってると思うのだ。なぜなら関西人や関西出身の人だと多少この傾向が薄れ、自己主張だったり自慢気味に聞こえることがある。

広告業界の人、特にクリエイティブの人は知性と感性の研ぎ澄まされたような方々ばかりである。彼らは感度の高い広告を生み出す人であると同時に、世の中のことや自分のことも鋭く非常に客観的に見ることができるのではないかと思う。だから自慢するとか、エラソばるという行為はカッコ悪すぎて許せないというのがあるのではないだろうか。

その視点は特に東京の人に特に養われている感性でもあると思う。

昔CA時代に、各地のお客様を乗せて感じたことをふと思い出す。機内食のチョイスでチキンかビーフかという時、日本人はビーフ最高峰民族なので、ビーフがなくなりチキンしかない事態になると猛烈に怒り出す人がいてトラブルになることがある。

それは必ず大阪発か名古屋発の便で起こる。

損得感情と自己主張を露わにし怒り狂う関西人に比べ、成田発の便で同じ事態になると、さすが関東人、いたって冷静である。

「申し訳ございません、ビーフがなくなりましてチキンしか・・・」

「あ、そ・・・」

この時は「なんと仏様のようなお客様sign01」と感激したものだが、東京の人ってやっぱとっても周囲の目を気にするのだと思う。そして人前でギャーギャー騒ぎ立てたり、俺が、ワタシが、と自己主張することが、とてもはしたないという文化が根付いているという気がする。

たぶん浪花節調の苦労話なども、人前ですることはとってもカッコ悪いと思われていると思う。昔関西系のTVで『どてらいヤツ』という大ヒットロングランドラマがあったが(こんな例を挙げるワタシもどうかと思うがcoldsweats01)、あの関西特有のコテコテ、浪花節調の感覚は笑いなら許されても、東京人にとってはマジでぞっとするほど嫌悪をもよおすものではないだろうか・・・。

スマートなんだな〜、やっぱ。

そう言えば、そのコピーライターの人の話でも、今の広告においても商品を強く押し出したり、明確なメッセージを伝えるのではなく、なんとなくそうだよね〜っていう「空気を創る」傾向にあるという。このさり気なさ、スマートさはやっぱ広告の中心である東京発の流れなんだと思う。

ワタシはこういう東京的スマートさが割と好きだが、関西風コテコテにも近頃パワーを感じることもある。

あんまりにも洗練されたさっぱり味ばかりだと、時にはB級のこってり味も食べたくなるものだ。人間もこってり風味の人が登場すると、新鮮に感じるかもしれない。

スマートな東京人に接していると、なんとなくそんな風な思いが頭をもたげた今日この頃でした。やっぱアタシも根はコテコテの関西人なんですかね〜bleah


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カマちゃん

朝起きてふと天井に目をやると、緑色の動くものがある。

・・・・・?


「カマちゃ〜んsign01


思わず私の口からは親しげなコトバがこぼれた。

その緑色の動くものはカマキリのカマちゃん。
2週間ほど前から寝室の網戸に貼り付いていて、彼女はどこかへ行く気配もなく、のんびりと居座っている。彼女というのは初めて見た時、お腹が大きかったからだ。どこかで産み落としたのか、今はお腹は出てないが、あまりにデカいカマキリなので否応無しに目に入る。

私は窓を開ける度にそこにいるカマキリに、いつの間にか『カマちゃん』という名前で呼び始めた。そしたら今朝は家の中にまで侵入していたのだ。

きっと昨日窓を開けてる間に忍び込んだのだろう。私は昨夜カマちゃんと一晩を共にしたのだmist

すぐさま天井と壁の間を危なっかしげに歩いていたカマちゃんをそっとつかみ、庭へ出してやった。

カマキリというのが素早く動いたり飛んだりするものかどうかは知らないが、カマちゃんは動作がノロく、庭に出されてもボ〜っとしている。どっか弱ってるのか、それとも天性のノンビリやなのか… 

そしたら午後になって干してるふとんを取り込もうと思ったら、今度はふとんにカマちゃんがへばりついていた。知らずに取り入れてるとカマちゃんがまた家に入ってくるところだった。

なんか、アタシに気がある・・・sign02

か、どうかは知らないが、どうも人恋しいカマキリのようだ。
私はふとんから庭へ下ろしてやったが、だんだん私もカマちゃんが可愛くなってきて、その後何度も庭に出ては彼女の居場所を確かめていた。姿が見えないと、「カマちゃ〜ん」と探している自分がある意味コワかったけど…gawk

しかしカマちゃんは遠くへは行かず、寝室から1.5mぐらいの範囲のどっかにいた。

カマキリって両手が「カマ」という武器になっているという、よく考えればめっちゃコワい生き物である。いわば自然界のシザーハンズだ。

けれどもカマちゃんはカマを振りかざすこともなく、気のせいか、私が傍に行っても触れてもゼンゼン警戒していない。おっとりした様子で、ちょっとピントのズレたあのカマキリ目でこちらを見ている。

なんだろう、この心の通い合い・・・heart04

遂にカマキリとまで話をし始めた私を見ても、
皆さん、そっとしておいてくださいcoldsweats01

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カメラ目線の
カマちゃんnote

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