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Reading Glasses

毎日平均12時間パソコンの前に座ってるような生活をしていると、急に目が怪しくなってきた。夜になって新聞や雑誌を読むのがつらい・・・。昨日は夜ご飯のタラの身をほぐすのさえ見づらかった。

ヤバ~~~wobbly

遂に老眼の仲間入りだ。私の場合毎日目を酷使しているので、それは時間の問題だと思っていた。それを恐れて毎日ブルーベリーアイを飲んでいたのだが、アントシアニンもその勢いを抑えられなくなったようだ。

映画「Sex & The City」の中にこんなシーンがあって印象に残った。

夜ベッドで寝る前に読書しているビッグの隣にキャリーも並ぶ。キャリーが本を朗読し始める時ひょいとビッグの眼鏡を拝借する。つまり2人が既に「Reading Glasses」の年代であることを表している。30代で始まったこのドラマも、今はキャリーもシャーロットもミランダも40代。サマンサはもう50歳という設定だ。美しくファッショナブルだけど、チラリとそんなシーンがあると同世代としてはきゅっと胸が痛む。

でもあのシーンが印象的だったのはそれだけじゃない。キャリーは寝るときもシルクっぽいキャミの上から長いパールのネックレスをしていた。「Reading Glasses」となっても、少しも衰えない女としての意識、どんな時も忘れないおしゃれ魂、みたいなものも象徴してるように思えた。

ま、現実的にはあんなものして寝たら痛いし、パールも傷めてしまうが・・・。

いくら若く見せてても、会議などで資料を見る時ふっと眼鏡をかけたりするととたんに歳がバレる。老眼ってなんか老いのシンボルのように思っていたが、なってしまえば思ったよりも淡々としたものだ。

だって仕方ないじゃん、そんな歳なんだもんsweat01

で、これは決してあきらめではなく、肯定なのだ。認めたくないけどやっぱり自分の歳を認めて歳相応の女として勝負したいと思ったりする。

そして来月、私はまたひとつ歳を重ねる・・・crying

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モロヘイヤと手羽先のスープ

ここのところ、飲みすぎで少しも胃腸を労わってあげてなかったので、栄養たっぷりのやさしいモロヘイヤスープをつくってみた。これはコウケンテツのお母さんの本に載ってたレシピをちょっと応用したもの。いつものことだけど、簡単でおいしい。

Dsc_0399

ごま油をひいいたフライパンにつぶしたにんにくを加え、手羽先の皮目を3,4本ほんのりきつね色になるまで焼く。

そこに水を1リッターぐらい加えてコトコトと煮る。

半分ぐらいの量になったら、モロヘイヤの葉だけを一袋分洗って入れる。

塩コショウで味付けして、最後にレモンを1/2個分絞って入れるだけ。

手羽先から染み出た出汁が良い味を出し、モロヘイヤがスープにとろみをつけてくれる。さっぱり仕上げなのでいくらでも食べられる。

こんな健康的なスープだけにして、今日こそは休肝日にしようと思ったのに、柔らかく煮上げた手羽先が美味しかったのでつい白ワインを飲んでしまった。こういう時、箱ワインというのはいかんな~と思う。冷蔵庫から取り出して、シュッとひねったらサッと飲めちゃう。

ボトルだと開けるのにやはり考えてしまう。1度開けると明日には味が変わってしまうから、今日はやめとくかってなるからセーブできる。

味はもちろんボトルの方が美味しいのでそっちを飲みたい。でも「いかんな~」と言いながら少々まずくてもついつい保存がきく箱ワインをいつも常備してるのだから、まったく矛盾している。

「さ~飲むぞ~」っていうのもいいんだけど、結局酒飲みというのは日常のこの「ちょっと一杯」が止められない人のことを言うんだと思う。

今夜も「ちょっと一杯」が待ち遠しい・・・wine

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なんでこんなとこで・・・!?

久しぶりに大阪のエージェンシーの人と京都で飲んだ。

四条河原町から店を探して歩き、結局三条まで来てしまった私達はどうせならもう少し足を伸ばしてうまい店に行こうということになり「赤垣屋」へ。

まだ6時ぐらいなのに店内は混み合っていて、やっと2人が座れる席を作ってもらえた。おでんやしめさば、焼き鳥など本当にオーソドックスな料理(またこれがうまい!)をつまみながら、近況報告などしあってビールのジョッキが1杯2杯と空いていく。そのうち客も入れ替わり、新しい客が入ってきた。入り口の傍に座っていた私が何気なしに、その客を見ると・・・

え~っっ!?

お~~~!?

お互いこんなところで何で会うねんという顔をして仰天してしまった。

そこに立っていたのは東京に住んでいる兄夫婦だった。私達は相当おったまげて、可笑しくてゲラゲラわらってしまった。

「もしかして来てるんじゃないかって言ってたのよ。まさかホントに来てるなんて・・・」

仕事の都合がついてたった1日だけの夏休み、急遽京都に来ることになったという。私はそんなこととは露知らず、たまたま久しぶりに、それこそ前回兄夫婦を連れて来て以来、赤垣屋にやってきて、彼らと会うなんてなんという偶然だろうか・・・

「こちら、アタシのお兄ちゃん」と紹介したにもかかわらず、連れのH氏も途中まではそれはお兄ちゃんと呼ばれる親しい友達と思っていたらしく

「ほんで2人はどういう関係なん?」

「そやから実の兄妹やっちゅーに」

「え~!?ホンマに兄妹なん?」と驚いていた。

結局みんな業界の人なので、しばらく仕事の話やら日本の歴史の話(H氏はかなり語っていた)で盛り上がり、そのあとH氏は帰っていったが私と兄夫婦は二件目へ移動した。

赤垣屋を出る時、店の人が兄夫婦にしゃべりかけた。

「いつもありがとうございます。今日はえらい偶然やったみたいで」

「そうなんですよ、妹に会っちゃいましたよ」

って、アンタらどんだけこの店来てんねん!?東京に住んでるくせに・・・。私は彼らの赤垣屋への入れ込みように驚いてしまう。東京、特に彼らが住んでる渋谷区周辺にはこんな店がないといって、京都を訪れては「赤垣屋」と上賀茂の「今井食堂」に通いつめている2人。

ま、とにかくたった一日の夏休み、大好きな赤垣屋で英気を養い、今日からまた元気に仕事に励むことだろう・・・。

いや~、びっくりしたsign03

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隣家の声援

この頃早寝早起きのリズムが崩れてしまった。

11時頃ベッドに入っても、

「お~っsign01

「やった~heart04

と隣の家から歓声が聞こえてくる。ちょうど寝室が隣家の居間側に面しており、夏場は窓も開いてるのでオリンピックウォッチングしている隣人の声がまともに聞こえてくるのだ。

気になってベッドからついつい起きだして居間のテレビをつけると、

なでしこジャパン逆転sign03

とか、

ジャマイカのボルト世界新記録shine

とかやっている。

知らなければ知らないで翌朝なんぼでもテレビでやるので、私としては早く寝たいのだけど、「お~っ!」とか「よし~!」とかという声を無視しながら寝るというのは至難のワザだ。え~、何が起こったんやろ~!?何、何、勝ってるの~?と気になって寝付けない。隣家の歓声によって強制的に見さされているという感じ。

結局隣が寝静まる頃に、私も就寝している。

「おはようございま~すsun

翌朝ゴミ出しの時に爽やかに挨拶をされると、ひとこと言ってやりたい気持にもなるが、ま、気のいいご近所さんなので、そんなことはもちろん言わない。

でも隣にどんな人が住んでるかもわからないような暮らしより、オリンピック見ては「お~っ!」とか「あぁ~!」とか声援を送り、阪神タイガースの試合見ては「よっしゃ~!」とか「あ~ぁ」と大声出してる隣人がいる方がなんか健全って感じはする。

今夜もたぶん、陸上リレーあたりで聞こえてきそうな気がする・・・sweat01

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お金になる整理

時々ネットで調べ物をしていて、自分のブログにヒットすることがある。
そんな時、こんな拙い自分の文章も世の中に無数にある情報の中のひとつに数えられているんだということを改めて認識する。

調べ物において重要なポイントが「探す」から「整理」に変わったのは、情報社会と言われるようになってからだろう。昔は調べ物というと、図書館や関係機関へ赴き、該当する書物や資料を探し出す作業に骨を折ったものだ。でも今はパソコンのネット検索ひとつで大概のことに関して欲しい情報にたどり着ける。その代わり数多ある情報を子細に整理されることがますます重要になってくる。

やっぱりGoogleの出現は大きい。私などはGoogleなしにはもはや仕事が成り立たない。
Googleがすごいのは情報時代においていち早くこの「整理」という点に着目し、高度なテクノロジーを駆使して新しいしくみを作り出したことだ。検索システムはもちろん、広告ビジネスや企業内の情報整理など世界中のありとあらゆる情報を整理してのける。

おかげで私達一般庶民は「イタリアン 京都」なんていうキーワードを入れると、話題のイタリアンレストランや比較サイトなどが出てきて、じゃ今夜はここにすっか、となる。どこかへ出掛けたり、何かを買う時など、何か行動を起こす時は必ずGoogleをクリックするようになり、既に私達の行動指標となっている。Googleがなかった時代はどうやって生活していたのか、もうイメージすらしにくい・・・。

で、Google自体が何かの情報を提供してるわけではなく(ま、Google Mapは別として)、情報はみんなどこかヨソが作ってるサイトであったり、人様の情報であったり、Googleはただ整理してるだけっていうのも考えれてみればすごいことである。そんで今や年商はなんと7000億を超えてるらしく、5年間で年商が43万7115%も伸びてるって・・・え〜?こんな伸び率見たことある!?どんだけ稼ぐねん!整理ひとつでこれだけお金儲けできるとは、ほんの10年前に誰が予想したでしょうか・・・!?

今日ちらかった机の上やら本棚やらをいっちょ整理整頓しようかと思ったが、急にそんな気持ちが失せてきた・・・。お金にならない「整理」なんてアホらしすぎる・・・bearing
そして私の部屋はますますちらかっていく・・・
そしたらGoogleでいい掃除機でも探そsign01


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映画「Sex & The City」

映画「Sex & The City」を観た。

先行ロードショーのためか、映画館にはキャリー・ブラッドショー役のサラ・J・パーカーに影響されているようないかにも、といった女の子達が其処ここにいた。テレビの人気ぶりが伺える。

2時間半という長い映画だったけど、私は十分楽しめた。テレビドラマを見ていたわけでもなく、サラ・J・パーカーのファンでもなかった私でも楽しめたのは脚本が良かったから。全編名ゼリフであふれていた。例えば冒頭から、

女の子達がニューヨークに探しにやってくるのは2つのL。それはLabelsとLove

なんて、このドラマの核を匂わす。Labelはブランドのこと。そしてニューヨークで手に入れるのが最も難しいのが、空き室と愛。ニューヨークってやっぱり特別な街で、そこに暮らす女性達もスペシャルな感じがする。

理想の男性ビッグの恋人になったセックス・コラムニストのキャリー、結婚して家庭と弁護士の仕事を両立させているミランダ、再婚して幼女をもらって家庭生活を築くシャーロット、そしてPR会社を経営して若い恋人をハリウッドに売り込むサマンサ。みんなそれぞれにゴージャスで貪欲。衣装やライフスタイルの煌びやかさだけでなく、ニューヨークで生き抜くには相当なエネルギーがいることも痛感させられる。

キャリーがビッグと盛大な結婚式を挙げる直前に破談してしまう。貪欲な彼女らが手に入れるものも大きい分、失敗した時のダメージも激しい。ものすごい量の衣装や荷物を新居の豪華なアパートに運び入れたのに、それを再び元のアパートへ戻す作業も失意の中で驚くほどのエネルギーがいると思う。だけどそんなこともあり得るのがニューヨークという舞台。そしてどんなことも許されるのがニューヨークという街。

キャリーが結婚するきっかけとなる有名モデルの話も象徴的だ。ウェイトレスから成り上がった一流モデルが富豪と結婚し突然捨てられる。でも無一文になった彼女は富豪からもらった装飾品をオークションにかけてお金を得ようとする。ニューヨークで生きるゴージャスな女性には、どんなことにも立ち向かうタフさと、転んでも必ず立ち上がる逞しさが潜んでいる。

サラ・J・パーカーって、決して美人じゃないが、ファッショナブルな衣装の影響だけでなく、見ているうちにとてもチャーミングに思えてくる。こういうリアルなドラマの主人公ってやっぱ美人過ぎるより、観れば観るほど味が出てくるようなキャラの方が人を惹きつける。結婚が破談になって悲嘆にくれ、驚くほど老けていたサラはちと恐かったけど・・・sweat01

一緒に観にいったAちゃんと私が共に口を揃えたのが、キャリーの恋人ビッグ役について。「あの男、誰か他のキャストにでけへんかったん?」私達の目には高橋英樹を大きくしたような男にしか見えず、どーも魅力的には思えなかった。ちなみにAちゃんはしきりにサマンサの若い彼がいいと言って、携帯でプロフィールを調べていたけど・・・coldsweats01

「結婚より、ボトックス(シワ取り)を信じてるわ」というサマンサの生き方も爽快だ。地位もお金も手に入れ、いくつになっても女であることとセックスに貪欲な彼女に年齢というブレーキはない。若い彼氏と別れるときにはきっぱりと言う。「あなたより、私の方が大事なの」って。自分の人生を謳歌している彼女は清々しい。

いずれにしても「Sex & The City」は女性の憧れと共感をたくさん散りばめられて、上手く作られていると思う。日本では女同士って、結婚したり、子供を産んだりすると、妻や母になってしまい、シングル女性とは隔たりができてしまう。けど、この映画の女性達がどんな立場になってもいつまでもいい仲間なのは、みんないち女性として生きてるからだと思う。アメリカとはカルチャーが違うので、私は彼女らのようなライフスタイルに必ずしも共感はできないが、役割や立場に拘らず彼女らのようにいち女性として生きる意識は忘れないでいたいなと思う。

自分にちょっと良い刺激を与えてくれた映画だった。

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オリンピック開幕

北京オリンピックが始まったhappy01

すごい人を動員して、ド派手に行われた開会式は驚かされたが、いろんな問題をはらんだ状況だけに複雑な気持になった。

でも競技が始まると、純粋にスポーツを楽しむ気分で盛り上がるup

水泳は日本選手の活躍も楽しみだが、アメリカのフェルプスのようなとてつもない速さで水中をばく進するスーパー選手を見るのも楽しい。どんどん世界の選手にお株を奪われている柔道も、日本人選手の巻き返しに期待がかかる。

あと普段は見ない競技も見れる。バドミントンなんて見たこともなかったが、オグシオのお陰で映像で試合を見た。21点までの3セットで戦うことも初めて知ったし、選手がシャトルの交換を審判に要請する光景も物珍しかった。世界ランク1位の日本選手が出場するセーリングなんかも放送されればいいのにな~tv

だけどオリンピックの舞台で活躍する人というのは本当に輝いている。女性選手など化粧ひとつしてないけど、すごく凛々しくてきれいだなと思った。特に力を出し切った選手達の美しさの前には、例えばガンガン有名女優が登場する椿のCMもかすんでしまうと思う。柔道で銅メダルを取った中村美里ちゃんはメダル授与の時、慣れない頬のキスをされ、ハゲ頭の授与者のおじさんとごちんとさせていた。そういうのがまた初々しくて可愛いheart04

これからどんな感動が待っているのか・・・。でもいろいろ不安要素も多いこのオリンピック。とにかく最後まで無事に全競技が行われることを祈っている。

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水着がない!?

この間鳴門の旅行へ行く時、ふと水着に困ってしまったyacht

20〜30代の頃は毎年のように買っていた水着。いつからかそれは遠い存在になり、もう何年も水着を買っていない。大人になると、プールサイドや砂浜で服を着たまま眺めているだけ、という人も多いが、私はビーチやプールを目の前にして、決して眺めるだけでは終われないタイプ。といってタンスを開けても、昔のハイレグタイプの派手な水着があるか、この年齢では大胆すぎるビキニがあるだけだ。

最近の水着はほとんどがセパレートタイプで、パレオやキャミがついた3点セットというのが一般的。しかしそんなものは買ってないのだから持っていない。しかもひと夏に1度泳ぎに行くかいかないかのために水着を買うのもちょっと・・・。結局私は可愛くもなんともないが無難なユニクロのセパレートタイプの競泳用水着を持って行った。

鳴門へ行って、「やっぱり違うな」と思ったのはイタリアから一時帰国している友人のIちゃんだ。彼女は既に真っ黒に日焼けしていた。大人っぽいビキニを着て、足の先まで小麦色をした彼女はさすがイタリアンマダムという貫禄がある。

やっぱイタリアや欧米諸国の人って夏を楽しんでるな、って思う。歳をとっても、お腹が出てきても、ビキニを着てビーチやプールサイドでサンタンを楽しむ。お肌に悪いかも知れないし、ビジュアル的(造形的に?)にそう美しくない人もいる。それでも堂々と水着を着てバカンスを楽しむ姿は羨ましいなと思う。日本では夏は子供と若い人達だけのものという気がする。大人はいつも「暑い、暑い」と言って家にひきこもるか、「日焼けなどとんでもない」と言って完全防備で外を歩いているかだ。大人がリゾートできる場所もあまりない。

だけど大人ももっと楽しめばいいと思う。スーツや制服を脱いで、肩書きや役割からリリースされて、もっと自由に夏を楽しんだらいいのに。夏ってそんな開放的になれる季節なんだと思う。水着って、さしずめそんな夏へのパスポートのようなもの。

ユニクロの競泳用水着しか持ってない、
なんてやっぱちょっと淋し過ぎするweep

私はしみじみ思った。ハッキリ言ってそれはイケてないsign03 ブランドもののバッグよりも、高価な宝石よりも、トレンド感あるお気に入り水着を持っていないことのほうがよっぽどイケてないように私には思える。

来年こそは新しい水着を買って、それを活用する夏であってほしいものだ・・・。しかしそれは単に日本人がどうとか言う前に、私個人の経済状態やスケジュールという事情が大いに関係している。

イタリアンマダムへの道は遠そうだ・・・gawk

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