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手描き無精

所用でお礼の手紙を書いた。
なんか便箋にペンで文字をしたためるというのはえらく久しぶりで、きちんと揃った便箋や封筒を探し出したり、どのペンがいいかを選別したり、その行為へ突入するまでに何やら緊張感があった。お友達ではなく、ビジネス関係の方に送る礼状なので、一発では絶対間違えるに違いないので、あらかじめ下書きに文章も書いてみた。ところがたった数行のお礼状を完成するまでに、私は3回も辞書を引いたのである。

まず「お忙しいにもかかわらず」のかかわらずは、
「関わらず」ではなく「拘らず」かどうかを念のため確かめた。

次に「感謝の念にたえません」
あれ?「たえません」は耐える?絶える?堪える???
これは辞書になかったのでネットで調べた。yahoo知恵袋でどこかの賢い方が
それぞれの意味を示して解説しておられた。
正解は「堪えません」だった。

そして最後に、「些少ですが」の
「些少:さしょう」が書けなかったのでまたまた辞書を引いた。

これなど典型的な"キーボード頼り文字"。普段はパソコンでポンと一発変換されるので、明らかに書き文字として手が覚えていない字なのだ。「感謝の念に堪えません」もキーボードに「かんしゃのねんにたえません」と打つだけで一発変換されるので、手では覚えていない文字である。「拘らず」が合ってるかどうか不安になったのも、いざ「書く」となると急に文字の重みが伝わってきたからだ。

辞書を引き引き、出来上がった文章はどことなく威厳がなく、
書かないためにどんどん下手になっていく文字で綴られた文章は心許ない。

もう一度書き直そうかとも思ったが、時間がなかったので見てみぬふりして封をした。
ほんの数行の手紙で3回も辞書を引くなど、仮にも文章を書く仕事をしている人間としてはもう失格→退場かもしれない.....(**)しかしそれほど今の私にとって文字は指先から発信され、書かずに打ち出すものになっているのが現状なのだ。

ふと小学生の頃の「かきかた」の授業を思い出した。
点線の文字にそって丁寧に鉛筆を走らせ、きれいな字を書くことを学んだ「かきかた」の時間。少しずつ字を覚え、お手本通りにきれいな文字が書ける時の快感と達成感を幼いながらにも味わった。ああいうのも、小学生からパソコンをやってたらもしかしたら必要なくなるのかもしれない。その方が速いし、たくさんコトバも覚えられる。パソコンって本当に便利だけど、その一方で文字をぞんざいに扱うようになったのもまた事実なのかもしれない...。

たまには手描きでお手紙、
ってゆーのも大切なことだったりして〜♪

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料理のグローバル化

昨日はKさんのお誕生日ディナー。
やたら火の星座(おひつじ座・いて座)が多い私の周囲。3月末から4月ににかけて、11月末から12月にかけては、親しい人のバースデーラッシュ。プレゼント貧乏になる時期でもある。

八坂神社のすぐ傍にある最近注目のイタリアン「キメラ」誕生日にも関わらず久々に上等のイタリアンとバローロのワインを堪能させてもらった....^^

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美しいお料理の数々が、
にぎにぎしく登場したのに
カメラを忘れて
携帯画像なので甚だ残念!

2Fのオープンキッチンの席はいっぱい
ということなので(上は相当賑わっていて
音声だけはまるで居酒屋のようであった)
私達は1Fの個室で。

これは新鮮なサヨリと
菜の花のソース。
上からカラスミを
すり降ろしたものがかかっている。
春らしい一品でスタート。


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鹿児島産の筍と
炭火焼のオマール海老の一品
ムースのような筍のソースと
オマール海老のミソのソース
二色の味わいがおしゃれ!

上にたっぷりちらした木の芽も
爽やかなアクセント。

ワインは赤ではなく、
辛口の白にしたらよかったな〜
とこのあたりで思う...。
赤のバローロ、美味しかったけど
ちょっと立ちすぎて
デキャンタでもう少し時間を置いて
欲しかった;;

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パスタは大好きな富山産
ホタルイカがたっぷり。

底の方にはイカスミのソースが
隠れていて、細めんのカッペリーが
ちょうどよくからまる。

青いお野菜は何だったけな?
三つ葉だったっけ
菜の花だったっけ忘れました^^

そうそうこの日のディナーは
量もちょうどヨカッタな〜
イタリア人なら
絶対物足りないサイズだと思うけど...

その他にお魚はヒラメ(これも美味かったな〜)、メインは仔羊のソテーだったけど、なんかほとんどイタリアンを食べたという気はしない。旬の魚介やお野菜がふんだんに取り入れられているところといい、見た目の楚々とした美しさといい、まるでオリーブオイルを使った日本料理という感じ。

最近こういうイタリアンやフレンチって多いし、日本料理もフレンチのようなソースを使ったり、新しい素材を使ったりと、トータルでは和を主張しているが洋の要素がほどよく取り入れられている場合も多い。だんだん和と洋の距離が近づき、かつてのようなはっきりとしたボーダーラインもなくなってきているように思う。料理もグローバル化ってことだろうか。


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Chimeraの表
すっかり桜で彩られていた
艶やかな祇園の夜。
東山通りから八坂神社の方へ
入った所にあるここは昼間は観光客で
溢れる最も賑やかなエリアのひとつ。

旅館のような、料亭のような侘びた
佇まいからは想像できない
モダンな店内。そのギャップから、
もうこのお店のサービスは
始まっているのだろう...。


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サクッと親知らず

親知らずを抜いた。
口臭の原因は歯垢ではなく、どうも親知らずの虫歯が妖しいということで、上の歯は比較的ラクなこともあって即刻抜いてもらうことにした。それでも前の日からドキドキ・・・(* *)予約の時間が迫ってくると仕事もそっちのけ、思わず友達にメールをした。

今日、親知らずぬくねん・・・涙マーク

友人の歯医者、その奥さんであるKちゃんがわざわざ長男コータローを連れて病院に来てくれた。青い顔をしているワタシを見てコータローが

ボクがついてるからがんばってな!

半分親に言わされながらも、心強い言葉をかけてくれた。
診察台に座ると先生が、

「ほな、サクッとぬいとくから」

って、マスクの上の目はうれしそうな顔をしていやがる。

「ゼ・ッ・タ・イ、痛くせんといてや!!」

と念を押して口を開けると、奥歯に何やら刺さる感触。

え、え〜〜〜〜、もう始まってんの!?

ジワジワ麻酔が注入され、もう抜く体制。

ミシミシ・・・☆

その音に卒倒しそうになってカンシを一旦抜いた瞬間に

「ムリ〜!やめて〜!コワイ〜!!」

と叫ぶワタシの傍にコータローが来て、手を握ってくれた。

「何ゆ〜てんねん、ほら抜くで」

と再び口を開けてものの30秒で

「はい、抜けましたよ〜」という看護婦さんの声。

え〜〜〜!?もう抜けたん?

あまりの速さに驚いていると、血だらけになった歯の模型のようなリッパなカタチをした親知らずがゴロンと台の上に置かれていた。診察台に座って10分も経過していない。それまで24時間以上親知らずを抜く恐怖に怯えていたことがバカバカしくなるようなあっけない終わり方であった。

ちなみに親知らずは生えてくるのが遅いので、昔は寿命が短かったために生えてくる頃には親が亡くなってる、というので親知らずという。しかし現代では"親知らず"ではなく、余裕で"親知ってる"歯である。そういえば"親知らず"に背くかのように、今日母親からサプリメントやおかずやらお菓子やらが詰め込まれた荷物が届いていた。何もこんな日に送ってこなくとも・・・(><)

痛くもなく、あっという間に終了したら急に元気になったワタシ。
親知らずを抜いた後に詰められた綿もとって、帰りに河原町三条にある韓国伝統茶のカフェ「素夢子古茶家(そむしこちゃや)」で応援団のKちゃんとコータローと共にお茶を飲んだ。ちょっと珍しい韓国のお茶を楽しんで世間話をする頃には、親知らずを抜いたこともほぼ忘れていた。

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携帯画像で見にくいけど、
鮮やかな色の十夢母茶(ジュモンモチャ)
爽やかな甘さの生姜茶。
コータローははと麦シェイク
町家をオリエンタルに改装した、
すっごい味のあるインテリア
今度は薬膳カレーやかなり
マニアックなお粥をいただきたい☆


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見知らぬサンクス・カード

見慣れない字で書かれたエアメールが届いていた。
封を開けると、イマドキ珍しい粗末な紙を使った手作りのカード。開くと片側のページには日本語で、もう片側のページには英語でメッセージが書かれていた。小さな文字で丁寧に。最初は誰から来たカードなのかさっぱりわからなかったが、にわかに思い当たった。

昨年、不要な服の廃棄に困り、ネットで調べたフィリピンのボランティア団体に送った。そのサンクスカードが今頃届いたのだ。冒頭に「お礼が遅くなってすみません」と書かれてあったが、記録を調べると送ったのは10月11日。なのでピンとこないのもムリはない。日本人スタッフとフィリピン人スタッフ両方がそれぞれしたためたもので、ワタシが送った荷物はちょうどクリスマスシーズンに届いたそうで、地元の人達の良いクリスマスプレゼントになったと書かれてあった。

今、日本の廃棄物がアジアの国々に流れ込み、環境汚染をもたらす問題になっており、気軽に捨てることができなくなってきた。が、基本的に不要になったものがどこかで役だってくれることは有り難い。中古のパソコンや電化製品が正しく生まれ変わるなら、ワタシは喜んでそこへ持って行きたい。古着や日用品なら行き着く先は生活の場なので、そこで子供達が身につけたり、暮らしに役立ててもらえるなら本当にうれしい。わざわざ郵送料を払ってでも送ろうと思うのはやっぱり「こんなもので誰かが喜んでくれるなら・・・」というキモチでしかない。

もう一度手作りのカードを見た。
小さな子供がいるわけでもないので、マジックで描かれたこんな手描きのカードを目にするのは本当に久しぶりだ。電話も、もちろんインターネットもないようなフィリピンの小さな島なので、メッセージカードもこんな風に手作りで作るしかないのだろう。

彼らの生活と私達の生活は明らかに違う。インターネット以外でも、そんな見知らぬ島の人々とはるか海を隔てて日本に住んでいるワタシとをつなぐ手段があるのだなと思った。それは機能的ではなく、スピーディーでもないが、たどたどしいながらも確かにつながるコミュニケーションだった。

今年はワタシもメッセージカードを入れてクリスマスプレゼントを贈ろうと思う。

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いたたまれない!

かつて病院嫌いという上司がいた。
嫌いな理由は病気を宣告されるからでもなく、注射でもなく、待合室がイヤだという。

「あそこにいると"いたたまれなくなる"のよ」

確かにご年配の方を中心に、顔色の悪そうな人々が所狭しとベンチに腰掛けている風景は誰が見ても清々しいものではない。病院への足が遠のくキモチもよくわかる。

ワタシが"いたたまれない"と感じるのは、FAX。
特に送信がダメだ。自宅レベルのFAXだと、こちらから送信しても自動切り替えにならず、そのまま取った人の声が聞こえてきたりする。

「もしもし、もしも・・あっ」

なんて電話だと思って受話器を取ってからFAXだと気づく様子が、電話の向う側から聞こえてきたりする。ワタシにとってはあの瞬間がなんかと〜ってもいたたまれないのだ。悪いことをしてるわけでもないのに、妙な罪悪感が沸き上がってくるのはなぜなのだろう。

時には相手が「もしもし、もしもし」と出て、ピーというFAXの音声が出る前に、無言電話かと思われてガチャ!なんて乱暴に切られたりすると、ものすごくショックになる。何一つ悪いことをしていないのに、もう一度送信するのにとても躊躇われてしまう・・・。だからちゃんと相手がFAXに切り替えてくれたり、留守番電話で自動に切り替わる時は妙にホッとする。

そんな風だからワタシはFAXを送る時は送信ボタンを押したら、トイレに行ったり別の部屋へ行ったりして、なるべく生々しい声を聞かないようにする。こんなことにいたたまれなくなるワタシは変なのだろうか・・・!?

本屋さんに行くと"いたたまれない"という人もいる。
Sちゃんは本屋さんに入って並んでる本を目で追おうものなら、たちまちもよおしてくるという変わった習性を持った、ちょっと別な意味で"いたたまれない"人なのである。とてもゆっくり選んでなんていられなくて、絶対に本屋で本を買えない可哀想な人である。最初に聞いた時は

はぁ〜!?

と意味がわからなかったが、全国には"本屋さんに入るともよおす"という人が結構いるそうで、インクの臭いと何か因果関係があるのか、それとも一冊一冊本を見つめることの心理的な影響なのか?何かしら科学的根拠もあるのかもしれない。これがまた本屋を出ると不思議と落ち着くのだそう。そんな変わった"いたたまれなさ"にはまったくもって共感できないが、ちなみにSちゃんは本だけでなくビデオでも同じ現象が起こるという。

気の毒な人である・・・。

人はいたたまれないキモチを何かに昇華して生きているのか、あるいはいたたまれずにもよおしてしまうのか。少なくともワタシはいたたまれないキモチが生理的現象に直結していないでヨカッタ!
そんな乱暴な終わり方にも、またいたたまれなさを感じるワタシでした・・・。


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メシ&お風呂

久しぶりにYちゃんとメシ&お風呂。
三条京阪のkyoenにある韓国料理「まだん」で晩ごはんを食べた。

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我らが食べた¥3,800のコースは前菜から生春巻き、お刺身、サラダ、韓国風鉄板鍋などいろいろとお料理がもりだくさん。しかし甘辛いコチジャン味のものが多く、少々食べ飽きる。韓国風鉄板鍋は、名物料理のようだが、肉、もう少し入れてくれ〜!

Yちゃんは、お肉大好き♪
食べたくなったら1人ででも焼肉店へ出掛け、じゅ〜じゅ〜Myselfしてるらしい。
私は決して嫌いではないが、普段焼き肉など、"うし"はあまり食べない。この間も病み上がりで体力をつけようと思ってカルビを焼いて食べたら、胃がびっくりして痛くなり、あわてて胃腸薬を飲んだ。

その点Yちゃんは肉好きのためかいつも血色が良く、風邪すらひいてるところを見た事がない。聞くところによると、小さい頃は鰻を食べるとよく鼻血を出していたそう。ニンニクや鰻など、精のつく食べ物をあんまり食べると交感神経が発達してしまい、眠れなくなったりするなどギンギラギン症状を引き起こすのだそう。なんというハイパフォーマンスなカラダ!サウナに入っても15分ぐらい汗が出て来ない、低速回転のワタシなどはYちゃんのハイパフォーマンスが羨ましい限り!しかし...

あんた、オトコでなくてヨカッタね〜

としみじみ言っておいた。そのようなギンギラギン体質、オトコで生まれていたらある意味苦労してたかも...。「んだ、んだ」彼女もうなずいていた。

ごはんの後はYちゃんところが会員になっている、EXV「八瀬離宮」の温泉へ入りにいった。平日というのに相変わらずの繁盛ぶりの八瀬離宮。駐車場には外車も目立つが、それ以上に目立っていたのが尾張小牧ナンバー。やはり名古屋方面、潤っておるな〜

そして早くも週の半ばでリラックスしてしまう私達〜☆
風が気持ちいい露天風呂にしばし浸かったら、ラベンダーの香りいっぱいの岩盤浴でうつらうつら。出てきてまた温泉に入ってた〜っぷり温まったのでした。EXV「八瀬離宮」を銭湯代わりに使うという、なんと贅沢なことでしょう♪

しかしお風呂上がり、ボディから立ちこめる塩素の匂い...。
まるでプールへ行ってきたみたい。う〜ん、これにはちょっとショック。温泉も殺菌する時代なのだろうか...。シティ派リゾートの限界をちょっと垣間みた気がした...。

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M1層の制覇

関西にはまだないが、関東で成功を納めている「R25」というリクルートの情報誌がある。
タイトル通り、25歳以上、いわゆるM1層(20〜34歳男子)と呼ばれるビジネスマンをターゲットにしているのだが、この成功は業界でもかなり画期的な出来事。これを成功させた若き編集長の講演を取材に行ったのだが、なかなか面白かった^^

同じ世代でも「Hanako」やら「ホットペッパー」やら「ケイコとマナブ」やらと、ツカミまくりの女子F1層とは違って、M1層ねらいの情報紙は意外にも空白地帯。なぜならM1層というのは「活字を読まない、行動しない、消費しない」と言われるヒジョーにつまらない人達で、出版業界でも彼らをターゲットにした雑誌が生まれては消えていく状態だったらしい。

そんな人達のハートをガッツリつかんだ、しかもフリーペーパー、とはどんなものなのか。
カタチは50頁ぐらいの薄いA4版、週1回の発行で、ビジネスの情報から深夜TV番組の情報まで硬め→柔らかめ情報が20数個掲載されている。どれも800字のコラム形式で構成されており、間には有名人のインタビュー記事なども差し込まれている。一見なんでもないような情報誌だが、これがよく考えられている。

まずM1層のビジネスマンというのは忙しい。
朝起きてから会社へ行って遅くまで仕事をして帰宅して寝るまで、忙しい彼らのどのスキマに入り込んでこの雑誌を読ませるのか。そこからこのマガジンの設計は始まっている。実は「帰りの電車」というのが唯一のスキマであり、この帰りの電車というのがM1層ねらいの情報紙成功のいろんなヒントが隠されていたという。

まずM1層というターゲットをシビアに分析すると、次のような具合なのだそう。
・情報に敏感で、多忙な中、時間を有益に活用したがる。
・自分の価値に一番関心があり、自信過剰でカッコつけ。
・そこそこイケてると思っているが、確信は持っていない。
・顔には出さないが不安感がある。だから実は助言が欲しい。

ここだけ聞くとなにひとつ美徳を見つけられないM1男子というのは、ちょっと救いようのない気もするが、一見イケてるようでも、実は自己愛と見栄に苛まれている世代でもあるのだろう・・・。

この分析結果が如実に表れているのが、「日経新聞」とのおつきあい。
サラリーマンたるもの「日経新聞」ぐらいは読むべきと思っているクセに、そんなヒマも予備知識もない。それを表には決して出さないが、日経新聞に書かれていることぐらいはかみ砕いて理解したいと願っている。という具合に活字を読まない彼らの本音をうまくたぐり寄せた功績は大きい。

若き編集長は情報に対するM1層を犬に例えてこんな風に分類していた。

①情報にまじめな成犬
②情報に好奇心旺盛な子犬
③情報消化不良のやせ犬
④情報を自分であさるのら犬
⑤情報に興味を失った老犬

つまり④の「情報を自分であさるのら犬」、つまりネット主導派が増えたから活字を読まなくなったと最初は想定していたが、いろんな調査で実は「①情報にまじめな成犬」を装った「③情報消化不良のやせ犬」が増殖していることをつきとめたのだ。それが前に述べた日経新聞とのおつきあいに表れている。

ということで日経新聞を読み解くような彼ら目線の記事を編集することで方針が決まった。で、彼らがこのマガジンを読むのは帰りの電車の中。そこで東京の地下鉄の一駅の区間が平均約2分ということに着目し、1区間で読み終える800字以内のコラムにこだわった。さらに帰りの電車の中というのはアタマの中が会社モード(ON)→プライベートモード(OFF)に切り替わるタイミング。最初の方はビジネス関連の話題で、後へいくほどオフタイムをっぽいやわらかめの記事で構成したという。

さらにさらに、M1層の習性は電車を降りて家へ向かう前にコンビニに立ち寄って、なにか晩ご飯なりつまみなどを買って帰る。そのためコンビニに置かれる商品やサービス、あるいはコンビニ自身から広告宣伝をゲットする作戦に出た。こうして広告主からは冷たい扱いしかされなかったフリーマガジンに、ナショナルクライアントがオンパレードするという情報誌の地位を築いたのである。

ホントーによく考えられていて、たかがフリーマガジンと言って読み捨てられなくなる気さえする。結果として話してしまえばカンタンだが、ここへ辿り着くまでにはきっといろんな苦労や失敗もあったのだと思う。が、それでも軌道修正してしっかりサクセスへ導く若き編集長はタダモノではない。リクルートという会社はつくづく多彩な才能が渦巻いている所だと思った。物腰のやわらかな、ガツガツしたタイプには決してみせない爽やか系の若き編集長、例えて言うなら、

時代に敏感なデキル系飼い犬

そんな感じだろうか・・・・!?

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花粉症になって気づいたこと

遂に今年、許容量を超えて花粉症デビューしたワタシ・・・。
ハッキリ言ってこれにだけはかかりたくなかったのに、どないもこないも避けようがなく毎朝ハナをズルズル言わせている。医者からは花粉が多い日、非常に多い日はマスクをして外へ出るように!と言われたので、鬱陶しいがマスクをつけるようになった。

ところがマスクをして歩いていると、どうも街の臭いが気になる。
高機能フィルターのマスクだというのに、匂いの粒子だけはやはり通してしまうのだろうか、どこを歩いていてもほのか〜に臭くて、気分が悪い・・・。なんだろうこの臭い、何でマスクしてたらどこを歩いていても同じ臭さが漂ってくるのだろう・・・。

もしかして、これって自分から漂ってる・・・!?

試しにマスクを取ってみると、変な臭いはしない。
え、ええ〜〜〜!!?もしかしてこれって、自分の口臭〜〜!!!?

特に餃子を食べたワケでもなく、胃が悪いわけでもない。
ワタシは恐ろしすぎる事実を認めたくなかったが、マスクをはずした時の爽やかさがすべてを物語っていた。

口臭のするオンナ・・・・!

ワタシは深くプライドを傷つけられながら、家に帰って歯を磨きまくり、マウスウォッシュで執拗にうがいをして、さっぱりしてから早速ネットで"口臭の原因"を調べてみた。口臭の90%は歯垢による腐敗発酵らしい(歯槽膿漏や歯周病もあるらしい)・・・。歯を磨いているつもりでも、食べカスが残っていて、これらが細菌となって口の中で腐敗発酵、そして培養していくらしい・・・。

きゃ〜〜〜〜☆
並のオカルト話よりコワイ・・・!!

口臭には下記のような種類があるらしい。
・スカトール・・・屎尿の臭い
・イソ吉草酸・・・靴下のムレたような、脂の腐ったような臭い
・メチルシクトペンテノロン・・・砂糖が焦げたような、卵が腐ったような臭い

口の中から、靴下のムレたような臭いや屎尿の臭いが漂ってきたりしたらえらいことである。今に電車に座っていても、ワタシの前からは蜘蛛の子を散らしたように人が消えていくであろう・・・(><;)
想像するだけでも脂汗がにじんでくる。

「あのオンナ、サイテー」
と、周囲の人達から凍るような冷たい視線を浴びる前に、ワタシは直ちに歯医者の友達に、歯石とりの予約をねじこんでもらうべく行動を起こした。

スキンケアするとか、痩せるとか、若づくりするとかっていう前に、皆さん、己の口臭にはくれぐれも注意しましょう・・・(* *)〜☆

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黄色いコート

2,3年前、たまたま立ち寄ったビブレで、可愛いコートを見つけて購入した。
鮮やかな黄色の春物コートで、バーゲンで確か¥8,000ぐらいだったと思う。

このコートを着ていたら、いつも周囲から何かしら反応が返ってくる。
ある時若いデザイナーの男の子とカフェで待ち合わせした時には、隣に座っていても全く気づかれないでいた。「おしゃれな人だな〜と思ったんですけど、こんな色のコートを着る人は自分の知り合いではないと思って気づきませんでした」と後で言われたが、本当に気づかないで彼はコーヒーを飲んでいた。

兄の奥さんは、「このあいだ、黄色いコート着てたじゃない?ああいう色もいいわね」と油絵科を出ているためか、カラーには果敢に反応してくる。

今日も仕事先で全然関係ない方(割と年配の女性)が、しかも全然関係ないタイミングで「このコートいいわね〜すごくきれいな色」と声をかけてきた。あまりに唐突だったので、「や、安物なんですよ〜」と他になんと言っていいかわからない自分がなんか可笑しかった・・・。

思いもよらず黄色いコートに対しての反応は喧しい。
たった¥8,000円ぐらいの、コットンのなんでもない黄色いコートが、これほどまでに周囲から反応を受けることに自分としてはちょっと驚きである。私は黒やベージュやグレーも好きだが、黄色やグリーンやオレンジなどの鮮やかな色も好きだし、自分としては素直に好きな色を似合う範囲で楽しみたいだけなのだ。「ええ歳して派手な色着て」と思われてるのかもしれないが、逆に言えばそれだけ人々は色を着こなしてないっていうことではないだろうか・・・。

黒を着ていたらカッコ良く見える、茶やグレーなどの色を着ていたら安心する。
というのはとっても保守的な感覚だと思う。差し障りのないファッションで安心してしまっているだけで、アピールすることはもう差し控えているということである。もちろんそれがエッジーなおしゃれな場合もあるが、ファッションはやっぱりアピールしてこそなんぼのもん。それは若くても大人になっても変わらないと思う。特に大人になればなるほど鮮やかな色が着こなせられるのに、なぜみんなはそのおしゃれを楽しもうとしないのだろうか・・・。

春だし、明るい色を着て華やかな気分を装いたいというキモチを自然に表せばいいと思うんだけど、何やら「大人=地味な色」という方程式が成り立っているようだ。黄色いコート着てただけであれこれ言われ続けて、なんか私はそんな風に思った。

という経緯があるわけだからではないが、今春は明るいペパーミントグリーンのカトップスを探している。その心には黒やベージュやグレーに落ち着いてしまう自分がイヤというキモチも大いに働いているが、あそび心は大人になってこそカッコいいスパイスになると思う・・・。

それはファッションだけの話ではない。
キモチもそんな風にありたいと思っている。

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美しい日本男子

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伊集院静の「羊の目」と、白石一文の「心に龍をちりばめて」。
どちらも私が大好きな作家の本だが、二作とも伝えるところは全く違うが、偶然にも共通していることがある。それは主人公がヤクザくずれということ。そしてどちらも見事な入れ墨を背中にしょっており、小説の中のキー的存在になっているところ。そしてどちらも"美しい日本男子"が描かれている。

"くずれ"というのは、「心に龍をちりばめて」では女性の主人公ともう1人の主人公が元ヤクザ。「羊の目」では主人公が「俠客(きょうかく)」という、限りなくヤクザに近いと思われるカテゴリーに属している。

「俠客(きょうかく)」を辞書で引くと、

強気をくじき弱気を助けることをたてまえとする人。任侠の徒。江戸の町奴に起源。多くは賭博・喧嘩渡世などを事とし、親分子分の関係で結ばれている。おとこだて。

とある。強気をくじき弱気を助けるなんかスーパーヒーローのような人のようだが、"たてまえとする"という表現が微妙である。こういう方々には出会ったことがないし、もはや任侠の世界はほとんど途絶えたともいえる現代に生きる私にとっては今ひとつ実感がわかないが、小説中でも「ヤクザではない、俠客だ」という台詞が何度も出て来るから、よほど俠客という種類の人間の存在感や価値を伝えたかったに違いない。

今時はこんな世界流行らないのかもしれないが、私は大好きである。特に伊集院静は今までの本を読んでもそうだが、任侠の世界の男の美学にすごく執着しているように思われる。男の器量というのはどういうところで決まるのか、ハッキリした定義を持っている人である。そしてそんなイイ男には必ず孤独感や切なさがつきまとい、後を引くその情感がために男の印象がさらに深く染み入るのだ。

孤独と切なさという点では、「心に龍をちりばめて」も負けてはいない。
ヤクザくずれの男の宿命といい、過酷な人生の中においても失われないキモチの純粋さといい、涙を誘うところは多々ある。そして私がいつも白石一文作品に共感するのは、世の中のメジャーな部分で輝いている人ではなく、片隅で生きている人のかけがえのなさ、ひたむきさみたいなのが伝わってくるところだ。

白石作品には美人の主人公というのがよく登場する。
今回の本も誰もが振り返るような美人なのだが、そういうことに決してのぼせず、ふりまわされず、内面がしっかりしている。他の作品にも垣間見えるが、きっとこれは作者の抱く女性像の理想(あるいは好み)なのかな〜と思ったりする。なぜならこの小説の中でも、主人公がそないに美人である必要は全然ないように思うからだ。美しい女性と強くやさしい男性のマッチング。辿り着けばそんな着地点なのだが、後半読み手もどこかでそれを望んで叶えたいという思いがいつの間にか並走していて、最後まで一挙に読ませるところはサスガ!さらに言うと、絶対ハッピーエンドにならないと思っていたのに最後は不意にうれしかった。今回の作品では読ませるテクニックというのもとても感じた。

予想通りハッピーエンドにはならないのが伊集院作品。
読後感にも切なさが残る。が、この作品、私としては面白かったのは前半。後半はあまりにも展開が速いのと、あまりにハナシがエスカレートしまくりでちょっとついていけない。無理矢理ハナシをつなげすぎ、という感も否めない。けれども前半の夜鷹のハナシとか、俠客の世界のハナシとかはとても面白くてワクワクした。特に私は夜鷹と破壊僧の妖しげな関係がすごく印象的で、なんか鮮やかに映像として頭に浮かんできた。

このハナシには俠客という親分子分の生き方と対比して、宗教が登場する。何かにすがってしか生きて行けないというのが人間の運命なのか、そんな象徴だったのだろうか。しかしすがるものを間違えば、自らを破滅へ追い込んで行くことも避けられない。人間、純粋であればあるほど、宗教や運命に揺さぶられていくのだろうか。後半ハナシはどんどん飛躍していくが、最後にはただ主人公のあまりにも哀しすぎる運命が残る。

続けて呼んだ二作。
やっぱり哀しい運命でも報われる白石作品に今回は軍配!


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お気に入りブーツの運命

夏以外、一年を通して活躍している黒のロングブーツ。
カタチといい、皮のやわらかさといい、ヒールの高さといい、とても気に入っている。なのに左の方のファスナーが7分目ほどまできたら、それ以上あがらない。力を入れてひっぱったら上がらないこともないが、逆に脱げなくなったら困るのでムリはしていない。

気に入っているし、左のファスナー以外はどこも傷んでいないので、ファスナーだけ直してもらおうと思って「ミスターミニッツ」へ持って行った。ユニフォームの印象をかき消す、大きなピアスやらとんがりブーツやらがやたら目立つお兄ちゃんが、「う〜ん」と言いながらファスナーをチェックし出して、ヒトコト言った。

6000円

え〜〜〜〜〜っっ!?
ファスナー変えるだけで6000円もすんの〜???あまりの高額な修理代に、その場で大声を出してしまった。しかも細かく手縫いで仕上げるので修理に1ヵ月もかかるという。だったら今のシーズン、もう少し足してバーゲンで新しいブーツ買った方が賢いやん!

ひぇ〜〜〜〜〜(><)

しかし修理って、なんでそんなに高いのだろう・・・電化製品でも、靴や鞄にしても、修理代が本当に高くて、修理するより新しいの買った方が安いという構造が自ずとできている。修理して再び使うっていうスタイルは、日本では全然市民権を得ていないのだ。ゴミが増えるはずである。

昔ある本で読んだが、ドイツではちょっとしたものが売ってないのだそう。ちょっとしたものというのは100円ショップで売ってるような安価な日用雑貨など。1、2年、ドイツで暮らすことになった人が、短期間だし安っぽいけどコトは間に合うようなお鍋や食器を揃えようと思って探しに行ったら、これがなかなか売っていないという。さすがマイスターの国! ヤカンでもフォークでも、職人がしっかり作ったものしか置いてなくて、売る側も「一生使える」ことを強調する。チープな日用雑貨、日本ならいくらでもあるのにな〜とその不便さを痛感したという。

だから傷んでも、すぐにポイとはならず、修理して使うことが当たり前なのがヨーロッパ。ヨーロッパの人って、水もすごく大切に使うけど、同じようにものも大切にする。自然やモノに対する尊厳を日本人よりずっと持っているように思う。安価で大量生産できるモノがあふれていると、1つひとつのモノへの尊厳など薄れていく。だけどちょいモノがいろいろ売られていると、生活者にとってはやっぱり便利である。目先の便利さや快適さ、アジアにはやっぱりこういう文化が浸透しているんだと思う。

にしても、ファスナー以外どこも傷んでいないブーツを、ポイっと捨てるのはなんだか勇気が要る。かといって、6000円出して修理しようとも思わない。だけど黒のロングブーツはアイテムとして必須である。果たして私はこのブーツをどうするべきなのか...

誰かワタシに適切なアドバイス、下さい・・・!!


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理想巣

友人Oがとある高級住宅街に豪邸を建てて引っ越したので、お祝いを持って、お宅訪問してきた。

駅からほど近い一角、100坪以上は軽くあろうかと思われる土地に、そびえたつ瀟洒なおうち。周りにも100坪を下る家はなさそうな住宅街である。自動シャッターが開いて、私達が乗ったベンツがするするとガレージに吸い込まれて行く。そのまま玄関へ回らず、もちろんガレージからさっと中へ入れるような設計になっていた。

さすが!

思った通り、しっかり者のOのこと、ただ美しいだけでなく、お家の中はさまざまな工夫が施され、考え抜かれていた。なんといっても入ってすぐに感動したのは、玄関脇の大きなストックルーム。家族分の靴が収納できるシューズ棚やコート掛けなどがあって、玄関には決して靴がたまらない。世の奥様がきっと誰でも憧れている贅沢な収納だと思う。本物の大理石が敷かれた広い玄関ホールは、スタイリッシュなベンチや壁にかけられたオブジェなど、まるで雑誌に出てくるようなインテリアである。聞けばインテリアデザイナーも入れたらしい。

ほ〜〜〜〜っ....

南向きで明るく広々としたリビングのコーナーにもおしゃれな椅子や絵が置かれていて、確かにトーシロっぽくない雰囲気が漂う。また50インチぐらいあろうかと思われる液晶TV「アクオス」が占めているリビングの片側は、ダンナのこだわりが見て取れる。アクオスとその前にあるリクライニングチェア、普通ならこれだけで部屋はいっぱいのはずである。

優雅〜!

さらにオミゴトなのはダイニングキッチン。
まだ新しいコの字型の白いアイランドキッチンは、まるでショールームで見ているようなシロモノ。広いスペースがあればこそ実現できる贅沢なキッチンである。ひとつひとつ見せてもらったが、食器から鍋から食品のストックからす〜〜〜べて見えないように収納されていて、どこもかしこもぬかりない!こんなキッチンで料理ができたら....家政婦という道ならアリだろうか、と思わず真剣に考えた。

憧れちゃう〜♪

キッチンに続いて奥にストックルームと、コンパクトなスタディルームがあり、PCを使ったり、家事をしながら子供達の勉強を見たりできるスペースになっている。しかもその隣には将来はダンナの書斎となるべくスペースがさらにぽか〜んと空けてある。他にも8畳の和室やトイレもあるし、一体どんだけ広いねん!って感じである。

広大〜!

2階は家族それぞれの寝室だが、やはりここもOのアイデアと知恵が行き届いていて、寝室にコネクトした大きなクローゼット(もちろんウォークイン)は機能的なつくりで、"お衣裳"や"お鞄"が整然と居並んでいた。さらにバスルームが2階にあって、手前には家事室がある。洗濯機やアイロンなどが置かれている他、3畳ほどの畳スペースがある。これがOのこだわり!洗濯物を畳んだり、旅行の支度をしたり、着物の着付けをしたり、畳スペースの活用度の高さを熱く語っていた☆

(*^^*)〜♪

ここは吹き抜けになっており、下のスタディルームの上になる。彼女が家事をしながらでも、下で勉強している子供たちと会話ができるのだそうだ。それにしても吹き抜けなのに寒くないのはなぜ?天窓から差し込む陽射しのせいもあるけど、セントラルヒーティングで全館空調なのだそうだ...。

は〜〜〜〜っっ!!

自分達の暮らしに合わせて、自分達の利便性や快適をどこまでも追求して建てられた家。
本来家とはこういうものなのだろうと思う。さんざん家のコピーを書いてきたワタシであるが、実感がともなう経験を初めてである。家とはこのように生活スタイルや家族にそって、オーダーメイドで住む器を作っていくものだ。しかし実際にそれができる人というのはそうはいない。アイデアや知恵もいるだろうが、それ以上に「金」がいる。家なんて、みんなどこかしら妥協しながら住んでいるのが当たり前だと思ってきたが、これぞ理想郷、いや理想巣!というものを初めて見たような気がする...。

天晴れ〜!!


P1010016

玄関のリースはなんと生の花
お花屋さんが定期的に
代えに来るのだそう。
リュクスな生活とは、
こういうことを言うのかしらん?

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意外と....

久しぶりに奈良の友人を訪ねた。
このハナシは後日したためるとして、日も暮れてそろそろ友人宅を失礼しようかという時、まったく予定していない展開となった。

「せっかくこんな時期に来たのだし、いくっきゃないで!」

思わぬ友人の提案に、ワタシもシッポをふって飛びついたのである。そう、この時期奈良といえば、

東大寺二月堂のお水取り! 

関西のニュースでは、3月に入ると必ず春を告げる行事としてまずこのお水取りの模様が伝えられる。TVなんかでしか見たことがない春の風物詩。二月堂の欄干から火の粉をまき散らしながら大きな松明を持って駆け抜ける姿は、荘厳な東大寺の舞台にちょっとバイオレンスなノリが垣間見え、なかなか興味深いと思っていた。

とはいえ、一応ライターなんで、あのお松明は行事のひとつに過ぎず、正式には「修二会」という法会で、3月1日〜14日までの二週間、一日中何かしらの行が勤められ、観音様にお供えするお水取りのお香水が若狭から運ばれて来るとか、基本的な知識も得てはいた。なんといってもこの行事、奈良時代から一度も休むことなく毎年行われているというから、どれだけ厳かで重々しい伝統であるか、小雨が上がったばかりの濡れたアスファルトの上を歩きながら、気持ちがひきしまる思いで東大寺へ赴いた。

お天気のせいか、平日のせいか、土日に比べると随分人は少ないと友人は言っていた。
それでも二月堂へ向かう階段に近づくと、既にたくさんの人がお松明の出番を待っており、熱気が伝わってきた。そうそうあのファイヤーボール、いやお松明を持って駆け抜ける人は、僧侶ではなく童子と呼ばれる一般の人なのだそう。

「お松明が出て来るところをまず見よう」
と友人が言うので、私達は二月堂の手前、駆け上がっていく登廊の前で待機した。後方にはちょうど、食堂(じきどう)と呼ばれる建物があり、練行衆がここで食事したり、身を清めたりするのだという。

しばらくすると、後方からガヤガヤと近づいてくる話し声。
見ると作務衣を来た青年〜おじさん達が建物から出てきて、登廊に向かうべく私達の横を通り過ぎた。童子といえども、ええ歳のおじさん達で、その姿はまるで12時になって社員食堂へ向かう製造部の人達、という具合である。およそ奈良時代から続く伝統行事に携わるという重々しさは今のところ全く感じられなかった。

「意外とカジュアルなんやね〜」(^^;)

なんて言いながら、いよいよお松明点火の時を待った。
合図に続き、4、5mはあろうかと思われる立派な青竹の先に、直径1m近い茅のような玉がつけられた松明。火がついて乾燥した小枝がパチパチ音をたてると、たちまち炎を上げて火の玉と化す。すると先ほどまでの"製造部のおじさん"的雰囲気から一転、童子が大松明を抱えて、二月堂の階段を勢い良く駆け上って行く。

ほほ〜〜!

多くの人が埋め尽くす二月堂の前では、欄干から松明を突き出して、激しく揺らして滝のように火の粉を散らす度に歓声が上がる。ほっほ〜〜、実際に見ると勇壮で、ワクワクしてくる。

「もっとまわせ〜!」
「こっちも〜!」
「走れ〜!!」

あちこちから観客の声が飛ぶ。
時には面白いかけ声に、周りの人がどっと笑う声も聞こえたりする。え〜〜!? このあまりに軽いノリは何だ!?まるで文化祭で初舞台を踏んだ同級生に、ヤジをとばすような感じである。先ほどまでワタシが抱いていた神聖な気持ちもどこかへすっ飛んでしまった。さすが関西、厳かな東大寺二月堂の行事をも"荒芸の吉本"かのように変えてしまう。

一方、童子の方もそんな観客をよく心得ているのか、歓声に反応してわざと激しく回してみたり、急にぐ〜んと松明の先を伸ばして火の粉をたっぷり飛ばしてみたり、いろいろと芸達者である。火の粉をかぶると一年が無病息災と言われるだけに、火の粉が舞う度にみんなもワイワイきゃーきゃー言ってはしゃいでいる。

「意外とエンターテイメントなんやね〜」(^^;)

そもそも修二会とはご本尊の十一面観音の前で、民衆に代わって罪や過ちを懺悔して仏の加護を得ることが目的だそう。お松明はその練行衆が上堂する先を照らすものだという。いつしかエンターテイメント性も備えるようになったようだが、ワタシも意外とポップな行事だと知り、以前より東大寺には親しみがわいてきたように思える。

お水取り、つかみはOK〜!!

ってとこでしょうか。
ちなみにこの後の法要はちゃんと厳かに行われていました。
クライマックスは、お水取りの儀式のある12日。長さ8m、重さ60kg以上もある籠松明11本が二月堂の舞台を駆け抜けるという。

この日観客の盛り上がりも、最高潮に達する...。
コワ〜☆


0111

なんか、ただ気味悪いだけ!?
暗くて全然上手く撮れなかった
お松明の様子。
お墓じゃないよ〜

でもなかなかエキサイティングな
お水取りでした!


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相容れない

ワタシとAちゃんは仲良しなのに、ことごとく趣味が違う。

例えば、ワタシは村上春樹が好きだけど、
彼女は村上龍派。
春樹の作品にはまったくシンパシーを感じられないらしい。

彼女はウチへ来て、ワタシが好きなラテンやジャズ系の音楽を聴いても
一度も「ええ曲やな〜」と思ったことはないらしく、
ワタシも彼女が好きなハイロウズとか、レニクラを聴かされても、
ただ右から左へ流れて行くだけである。

下手に恋愛映画やニューマンドラマのような映画に誘ったりしたら、
しばらくすると隣からイビキが聞こえて来る。
かといってワタシは彼女のように「パイレーツオブカリビアン」を
DVDまで買って家で観たいとは全く思えない。

昨日は、京都で最近有名なタルトのお店「ミディ・アプレミディ」へ出掛けたのだが、もちろんタルトの趣味も違う。ショーケースに並んでいるいろんなタルトを眺めてどれにしようかな〜と思案していると、目についたのはくるみのタルト。木の実好きではないワタシが、「ま、これはいらんな」と真っ先に選択肢から削除した尻からAちゃんは、

「すいません、ワタシ、クルミのタルト!」

となんの迷いもなく店員さんに告げていた。
本当に笑ってしまうくらい趣味が合わないのだ。

で、さらに決定的に趣味の違いを痛感したのは「絵」。
ワタシが新しく部屋に買ったマチスの絵を見て、Aちゃんは絵の装丁に興味は示したものの、マチス自体には無反応だった。そして俄に自分が好きな絵はアンリ・ルソーだと言う。それも初めて聞いたが、中学生か小学生の頃にルソーの「蛇使いの女」の絵を見てものすごく感動したハナシも初めて聞かされた。

ルソーの「蛇使いの女」って有名やな、あれ?どんな絵だったっけ?
と言うワタシに、その場でパソコンから検索して見せてくれた。

水辺をバックにした密林のようなところ
黒い肌の現地の女が目だけ光らせて笛を吹いていて
木には蛇が絡み付き、足下にも蛇が何匹か身をくねらせている。
全体のタッチは素朴だが、幻想的でミステリアスな絵である。

「え〜〜〜〜!!?
こんな蛇がニョロニョロ湧き出てるような絵のどこがええの!?」

その絵を見たとき、Aちゃんとはどこまでいっても相容れない、互いの趣味の違いというものを決定的に思い知らされた....。

Aちゃんとワタシはかれこれもう20年以上のつきあい。
こんなに趣味が違う私達を何が引き合わせているのか、自分でも甚だ不思議である。

と、そんなことも考えつつ、今夜もワイワイ鍋を囲む私達。
趣味は相容れなくとも、10年後もこの姿は変わらないような気がする。それもまたちょっとコワいような、有り難いような....(^^:)〜♪

P1010006今夜はピーラーで切った薄
切りの大根、セロリ、人参
ごぼうなどがたっぷりの
通称「シュレッダー鍋」。

干し貝柱とおこぶのダシに
主役は豚だんご。野菜と一
緒にピリ辛タレにつけて
いただく。

「美味い〜!!」
この日も恐ろしい勢いでAちゃんは鍋を平らげていた。

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