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「音」としての日本語

かねてから、英語というのは「音」で発する言語、日本語はコトバを発する言語だな〜と思っていた。
例えば、英語でしょっちゅう使う「Hi」というコトバは、コトバをしゃべるというよりも「Hi」という音を発してコミュニケーションのキッカケを自然にもたらすような気軽さがある。「こんにちは」はコトバを発しているが、「Hi」は音を発しているだけで済むという感じ。日本語というのは「音」ではなく、「言葉」なのだ。「excuse me」というコトバは「音」なのでやすやすと口から出てくるが、「すみません」というコトバはワードそのものなので出て来にくい。だから街中や電車の中でぶつかっても、「すみません」が言えない人が多かったり、「おはようございます」のひと言が出にくかったりするのではないか、と密かに思っていた・・・。

ところが昨日ファミレスで、日本語を「音」のように発している人がいた。
食事が済んでコーヒーを飲みながらぼんやりしていると、ちょうどレジの裏側に座っていた私の席からは、支払いに来るお客の姿がよく見えた。その人はレジに近づいてくるところから、

「ありがと〜」

と、知り合いに話しかけるようにフレンドリーに発していた。「すいません」でもなく、黙ってでもなく、「ありがと〜」でコミュニケーションを始めるところに、まず好感が持てた。半身しか見えなかったのだが、日に焼けた顔といい、ラフな服装といい、明らかにガテン系男性と思われる。連れの男性に恐縮されながらも奢ってあげた様子で、潔く二人分を払って再びレジ係に、

「ありがと〜」と発してドアを押して出て行った。とびの人がはくようなニッカーポッカー風ボトムを履いた二人の後ろ姿が見えた。その「ありがと〜」はとてもフレンドリーで、まるで英語の「Thanks」ぐらいカジュアルな「音」だった。ま、正確には

「あぃやと〜」かな。

日本語もコトバではなく、音として使える言語なのだな〜とその時思った。言語の性質ではなく、話す側の姿勢や気負いのなさによって、コトバというのは装いを変えるのかもしれない。イケ面オトコのビジュアル的爽やか感というのは甚だ真実味に欠けるが、こういう"爽やか感"というのはなんだか印象に残った・・・。

「ありがとう」
「こんにちは」
「すみません」

ガテン系のお兄ちゃんみたいに、「音」のように自然に発せられたら・・・。それだけでコミュニケーションの浸透圧というのは随分変わってくる気がする。仕事の移動中にふと立ち寄ったファミレスでのひとコマ。どーでもいいことかもしれないが、どーでもいいことにしたくないような、そんな出来事だった。

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