« 演歌の生まれない時代 | トップページ | 死の本 »

鍋の季節

鍋の季節である。
ネットで仕事の資料を探している時、TV-CMでムーディー勝山が歌う、みん鍋ソング「おなべのうた」が6番まであることを発見し、ミツカンのホームページへとんだ(*^^*)。仕事柄、6番までの歌詞がどのような苦労の末に生まれたのか、ちょっと胃がしめつけられつつも、動画でたっぷり楽しんだ(笑)。

鍋といえば、人数があってこそできるメニュー

そう思っていたのは昔のことで、今は「ひとり鍋」というのが定番になっている。ここ数年でコンビニやデパ地下などではハズせない人気商品となり、需要は拡大している。

ひとり鍋

と聞くと、なんかもの哀しいイメージを抱いていたのも昔の話。簡単で野菜もたっぷり摂れる「ひとり鍋」を、単身者が夕食に食べるのはありとしても、なんと家族であっても「ひとり鍋」なのだそうだ。核家族化し、おまけに仕事やら塾やらで、みんな食事時間がバラバラなのでそれぞれで「ひとり鍋」をするのが都合が良いのだそう。石狩鍋、しゃぶしゃぶ、ちゃんこ鍋と、デパ地下で好きな鍋をそれぞれの子供達に買って帰るお母さんもいるという。

人が囲まない鍋って・・・
それってもう鍋料理の醍醐味は失われている。

そもそも日本人ほど鍋料理が好きな民族も他にはあるまい。
中国にも火鍋、タイにはタイすき、スイスにはチーズフォンデュがあるが、「冬は鍋やろ〜!」っていう日本人ほど染みこんでいない。中華ではやっぱり料理を取り分けて、ワイワイがやがやがが基本だし、欧米でも大皿盛でそれぞれがお皿を回して料理を取って、食卓を囲む。ひとつの鍋をつつきあうというMethodがここまで浸透しているのは、やはり日本だけという気がする。

鍋料理は簡単だし、おいしいし、あったまるし、もっと世界的に普及してもおかしくないと思うのだが、ヨーロッパのブイヤベースにしても、ロシアのポトフにしても、鍋ごと食卓に置いて分け合うだけで、直火にかけながら鍋をつつくという行為にはつながらない。

日本人はなぜこれほどまでに鍋が好きなのか・・・!?

日本人の鍋好きは、銭湯の習慣とどうもつながるような気がしてならない。
親睦会なんかで「魚すき」なんていうのはよくあること。知らない人同士でもひとつの鍋をつっつくという行為は、知らない者同士が裸でお風呂につかる習慣ととても似通ってると思うのだ。

日本人は口べたで、恥ずかしがり屋。

だからこそ、いっそのことお風呂で裸になったり、1つの鍋をみんなでつつきあうことで親しくなれるキッカケをつくりたかったのかもしれない。恥ずかしがり屋のくせに、やけに大胆な行為を介在させることが逆に安心だったりする。つまりコミュニケーション術として、そういうシチュエーションや演出が必要だったのではないだろうか。そりゃぁ、スーツ姿で向かい合うより、裸でお風呂に浸かっている方が随分親しい間柄になれるだろうし、銘々のお膳でかしこまってご飯を食べてるより、ひとつ鍋で

「あ、それ私のお肉ですから」
「○○さんは早すぎ、左手で食べてください!」

とか言ってる方が随分とコミュニケーションは図れると思うのだ。
そう思うとお風呂でも、食事でも、それはいつもコミュニケーションの場だったのだと思う。
ひとりで鍋つっつく夜があってもいいと思うが、みんなで鍋を囲む醍醐味は忘れたくない・・・。

ほんじゃま〜
そろそろ特製ちゃんこ鍋でも囲むか〜!♪\(^ワ^)ノ 


ちなみにムーディー勝山のおなべのうたはコチラから↓↓
http://www.mizkan.co.jp/nabe/pro/cm/popup04.html


|

« 演歌の生まれない時代 | トップページ | 死の本 »

「お気に入り、イチオシ商品」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/129800/8905613

この記事へのトラックバック一覧です: 鍋の季節:

« 演歌の生まれない時代 | トップページ | 死の本 »