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暮らし力の欠如

昨年末、友人のダンナさんが救急車で運ばれて一命をとりとめたことがあった。
血液ドロドロ、血管ボロボロの動脈硬化によるもので、その原因は毎日コンビニのごはんやラーメンばかり食べ、運動もほとんどしない生活習慣が原因だ。幸いにも短期間の入院だったものの、生活習慣を改善し薬を飲み続けながら、今も再発の恐れと戦っている状況である。

今日取材で会った方も、友人のダンナさんと同じ。いや、さらにworseなケース。
ある月曜の朝、出勤前にシャワーを浴びていた時に突然倒れ、そのまま救急救命センターへ運ばれた。7日間ICUで生死を彷徨った末に、2ヶ月間植物人間状態。その後奇跡的に意識を取り戻し、血のにじむようなリハビリに耐えてやっと杖なしで歩けるまでに。右半身に麻痺が残り、言語障害もあるが、倒れて約1年後にはハンドルグリップをつけて車を運転するまでに回復したという。ここまで回復できたことはご本人にとってもご家族にとっても、本当に喜ばしいことだと思う。

聞けば、大企業の営業課長さんだったという。
営業という仕事は大好きだったそうだが、課長という立場上ノルマなどストレスとの戦いもつきもの。おまけに倒れた前々日にはスピード違反で切符を切られ、前日にはシートベルトでも捕まったらしい。そういう交通違反を会社にどう言い訳するか、なんてことも出勤前の月曜の朝ボーッと考えていたらしい。ちなみに脳関係で倒れる人というのは、月曜の朝が多いのだそうだ。ストレスの多い人にとって、マンデーモーニングは最もキケンな日ということである。

それだけではない。
実は予兆はあった。当時乗っていた車のボディには、いつの間にか小さなキズだらけ。既に方向感覚が少しずつ失われつつあったのだ。当時は単身赴任中で、朝昼晩の食事はマクドナルド。車が好きで普段はほとんど歩かない。175㎝ぐらいで体重は100㎏を超えていたという。

聞くだけでも、恐ろしい話であるが、まさに友人のダンナさんと同じである。
仕事中心の生活で、無頓着な食生活、運動不足。ストレスが身を蝕むと同時に、食べ物や運動不足が、どんどんと命を縮めていたのだ。

彼ら二人を見ていて、いかに現代社会には「命をおとしめる罠」があふれているかが思い知らされる。手を伸ばせば手軽に空腹を満たしてくれる食べ物は山ほどあるが、それらはおいしそうな姿をしていても毒としての側面も持っている。便利になった生活は、ことごとく人の生活から労力を省いていった。毎日パソコンの前に座っても、野原を歩く時間は必要とされない。カラダを動かさないで済む罠。中でもストレスという目に見えない「罠」を逃れる術は、一筋縄ではいかないのがさらに恐ろしいところである。

思うに、こうした現代社会の罠にはまりやすい人というのは、ある種「暮らし力」のようなものに欠けているような気がする。私が思う「暮らし力」は、お金を稼ぐことではなく、日常生活を送る力のこと。料理をしたり、洗濯をしたり、子育てをしたり、日頃から人の営みそのものに関わることが実はとても大切だと思う。それは家事というニュアンスとはちょっと違うのだが、例えば男は家事なんてしなくてもいい、という風潮がこの国では未だに根強くある。が、それこそが男の命を縮めていることだと私は思うのだ。家事を行うことによって暮らしに目を向けることが、食事を考えることであり、環境を考えることであり、人間らしく生きることに触れるきっかけになる。それが結局自分自身の根本的な生命を支えることにもなるのだと思う。いくら仕事が出来る人であっても、奥さんがいなければ自分のゴハンも作れないようでは、それはもう自立した生命体としては成り立たないのである。そういう「暮らし力」が欠けていると、現代社会の命を脅かす罠にはまりやすいのではないかと思う。

世界の発展途上国などでは、今も飢餓と貧困と闘いながら生きる人達がいる。
生きるか死ぬかの状況では、営業成績を上げることよりも「食べる」ことが何よりも優先されるのは明白である。飢餓と貧困に晒され、私達よりもずっと厳しい状況にいる人達に鬱やストレスで悩む人がいないのはなぜだろうか。豊かな国に生きているはずの私達が、あふれる食べ物や便利な生活によって命が蝕まれているのはなぜなのだろうか。

ただひとつ言えるのは、どんな国に生まれようとも、与えられた「命」を決して無駄にしてはいけない。友人のダンナも今日会った方も、倒れたのは40歳前後。その年齢にいる私達は、もう少し命に敏感になってもいい年頃なのだと思う。

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ひじきの炊いたん

Hijiki

テキトーなごはんしか食べていなかった先週。みなぎる食欲がそうさせるのか、クッキング熱が腕を鳴らすのか、週末のランチにはちゃんとお料理をしたワタシ・・・^^ メニューはちょっとおふくろ風に、豆ごはんとひじきの炊いたん。

ひじきの炊いたんは、京風のあまり具も入っていないあっさりしたものではどーも物足りない・・・。だからワタシの特製ひじきは、豚バラ肉と味噌味がキメ手!

お鍋にごま油をひいて、1㎝ぐらいに切った豚バラ肉を炒める、そこへごぼうのささがき、にんじんの千切り、薄揚げ、こんにゃく、さらにひじきを入れて炒める。今回は具が多すぎて、生ひじきだけでは足らず、くらこんの戻さず使える芽ひじきも加えた。全体をサックリ炒めたら、お酒、だし汁、醬油、みりん、砂糖、そして赤みそを入れて味付ける。コトコト炊いて約20〜30分。

これを一度食べると、普通のひじきでは物足りない。ごはんにすっごく良く合うので、箸がすすむこと、すすむこと(ごはんの食べ過ぎに要注意! )。お昼に作って、夜にいただくと、甘辛い味がしゅんで尚一層美味い!アツアツごはんに混ぜ込んで、ひじきごはんにしてもGood!

夕方お友達宅に、このよろこびをデリバリー。
よろしゅうお上がり(^^)


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わがまま @Life

昨日新しい一眼レフのカメラを購入する夢を見たせいか、一眼レフのカメラは買わなかったが、はずみで携帯電話を新調した。タワーのS氏から届いたばかりのホドリーゴ・ホドリゲスのごきげんブラジルサウンドなんか聞きながら、うれしくて、あちこちにメールしてたら、Aちゃんから返信が返ってきた。

やっとかよ〜(-_-;)

と、にべもない返事。確かに、もう3年ぐらい替えていないワタシのクラシックな携帯に、彼女は冷たい視線を送り続けていた・・・。に、しても調子にのってデコメールとかしてくる日曜日のハイテンションなワタシとは、どうも不釣り合いなトーンのAちゃん・・・・。

なんと日曜の今日も仕事で、本日で8連勤目だとか・・・!

しかもこのまま13連勤へ突入予定だという・・・。労働監査局の方がお聞きになっていたら、間違いなく摘発ものの勤務状況である。

Aちゃんは今をときめくテレマ業界で働いている。テレマといえば、アウトソーシングで企業のコールセンターなどを取り仕切る、情報社会において成長著しい仕事。なんでも今度新しいプロジェクトが立ち上がり、400人以上ものスタッフを従え、現場の責任者である彼女はてんてこまいのようだ。

テキパキと働き、甘えたガキを軽く叱りとばすような、口も腕力もたつAちゃんから仕事の話を聞く度に、ワタシはどうも「野麦峠」という映画が思い出されてならない・・・。

製紙工場で糸を紡ぐ女工の後ろで、手の止まる女工をひっぱたく、
あのコワ〜イ女監視員にである・・・。
(言っときますが、あの映画自体はリスペクトしております)

女工さんではないが、Aちゃんの職場ではドモホルンリンクルのCMに出てくるようなお姉さん達(中にはオバさんも、男性もいるそうだが・・・)が、パソコンを前にし、ヘッドセットなどをしてたくさん並んでいるわけである。そこに貫禄ある女が1人、厳しい眼差しでお姉さんたちの業務を見守っているのだ・・・。しかしみんながみんな、思うように働いてくれるわけではない。何かあるとコミュニケーターに指示を出し、Aちゃんがトラブルを処理し、何百人もいるスタッフを率いて業務をこなしていくためには、時にはパワハラまがいのおコトバも浴びせることだってあっても不思議はない・・・。「殺すぞ〜!」「きゃ〜、Aさんコワいですぅ〜」・・・・今、職場の風景がフラッシュバックされました・・・(笑)。

Aちゃんは管理職だが、朝早くから夜遅くまでよく働いている。しかも13連勤ぶっ飛ばすような過酷さだ・・・。当然高収入のAちゃんであるが、無論それだけ責任ある立場ゆえの報酬である。しかしそれらの半分は「犠牲代」とも言える。高収入の人ほど、ほんとによく働き、自分を犠牲にしている。毎日満員電車で通勤し、会社へ通うことだって大変な労力であるが、普段の日は24時間のうち寝る時間以外はほとんどが会社に拘束されているようなもの。ソリの合わない上司や、生意気な部下のことで悩まされることも多々あるだろう。ど〜んと休みをとってサマーバケイションというわけにもいかない。そういうさまざまな犠牲の代償と思えば、もっといただいても良いくらいである。

その点、ワタシなどは申し訳ないくらい気楽な稼業である・・・・。当然、大した収入はないが、通勤地獄も味あわずにすみ、打ち合わせや取材など以外、基本的にはお昼を何時にとろうが、夕方サボって映画を見に行こうが、仕事さえ仕上げればアタシの勝手なのである。ヤな上司に仕えることもないし、会議に時間を取られることもない。そりゃぁ、守ってくれる会社も、安定したサラリーもないが、持ち前の"鈍感力"でなんとかなっているようだ(笑)・・・。結局、自分をゼンゼン犠牲にしていないという点では、Aちゃんより、ワタシの方がうんとわがままなのだと思う。

つまりワタシはサラリーマン不適応者なのである。こんなにお天気が良い日に、一日中会社にこもって仕事をしなければならない、ってことに到底耐えられないタイプなのだ。四季の移ろいや暮らしの実感を伴わない生活はどーしても耐えられない。金銭的に優雅でなくとも、こういう優雅さを失うと、とたんに破綻してしまうのだ。考えてみると、ワタシにとってこのペースが一番大切なことで、このわがままぶりが、今日のワタシを創り上げているといっても過言ではない・・・・(^_^;)

しかしこのわがまま=マイペースぶりは、年々加速しているような気がする。例えば仕事が一段落した週末の夜、ウチで一人ワインを飲み出して、気がついたら1時すぎ。音楽かけまくって、ノリノリ&ベロベロ・・・・・・・。翌朝、二日酔い気味の重いアタマを抱えながら、一人でベロンベロンになってる自分がちょっとコワかったりする・・・。

多少は、何かに囚われる自分があってもいいのではないか・・・。
そんな風にも思う今日この頃である・・・(*_*)。

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ムダ話三連発

大阪というところは恐ろしいところである。
「本町」のとあるデザイン会社へ行くのに、いつもと違うルートで来たら、なんと本町駅は3つもあった。地下鉄四つ橋筋の本町、中央線の本町、そして私が降りた堺筋線の本町。

ひゃ〜〜〜っっ

普通同じ名前の駅名ならつながってるか、ゆーてもターミナルはさんだ向う側とか、そういうもんではないのだろうか・・・。地上へ出てもさっぱりわからない。

「あんたがゆーてんのは、どうも四つ橋筋の本町みたいやね。それはここですわ」
と駅員さんに地図を見せられながら説明される私。

大通りを2本ほど越えて、目的地までは軽く2㎞はありそうな距離。そんな距離は電車でいくものだと決めつける駅員をふりきり、もちろんボディシェイプのため、大阪のビジネス街をせっせと歩いて目的のデザイン事務所へ向かった。5月の、お昼前の、紫外線たっぷりの陽射しを浴びつつ・・・。

「堺筋本町は本町とちゃうねん」

大阪人に言わせたら中央線と四つ橋線の「本町」が本町らしい・・・。道理で二つの駅は地下でつながっている。大都会大阪の街、"知ったか"して歩くものではない・・・。

そんな大阪の街を朝からエクソサイズしていた私であるが、実は今日はムリして大阪へ行かなくてはならない用事ではなかった。去年から携わっていた不動産関係の仕事がすべて終了し、制作物の刷り上がりをもらうのとごあいさつがてら、ムダ話のひとつもしに、わざわざ出掛けたのだ。しかしこのムダ話が、案外大切な仕事だと私は思っている。最近はメールで連絡事項も事足り、制作物も郵送してもらえば済むのだが、それではあまりに味気ない。時々はちゃんと顔を見せ、「どうですか、最近もうかってまっか?」の話ぐらいして、若いスタッフにツッコミのひとつでも入れて笑いを残していくぐらいのことはしておきたい・・・。

私達ライターやデザイナーといったクリエイターの場合、自分のやった仕事が営業になるのも本当である。「このコピーいいね」「このデザインやってる人、紹介して」と言う風に、作品を見てもらうことによって仕事が広がる。しかしそれだけではいけない。そういう体勢だとついつい受け身になりがちで、黙々と仕事をすること以外、ムダなことをしなくなってしまう。それがヒジョーによくないと最近つくづく思うのだ。

わざわざ出掛けるまでもないが顔を出してみたり、直接仕事と関係なくても、得意先や仕事仲間とムダ話に時間を割いたり、あるいはプライベートでも面白いと思うことはどんどんやってみたり、知らない世界を積極的にのぞいてみたりすることも実はとても大切だ。そういうことをすることによって、コミュニケーションの新陳代謝が上がるのだ。つまりムダなことも含めて自分自身をいつもオープンにしておくことで、人と人との出会いや接点が高まり、同時に自分自身のアイデアや可能性も広がっていく。案外ムダな部分に重要なヒントやチャンスがあったりもする。やっぱりパソコンに向かって仕事をするだけでは良い仕事はできない。仕事がどんどん内向化してしまう。常に開かれた自分を持っていないと、今ある自分のスタンダードは越えられないと思う。

というわけで、デザイン事務所に顔を出した後も、せっかくなので久々に大阪の代理店の人に電話してお昼ごはんを伴にした。オヤジが居並ぶお昼の鮨屋で、冷やしうどん付きすし定食をつつきながら、話は最近の大阪の面白そうなイベント情報からはるか石垣島の話までに及んだ。ま、ほとんどムダ話で終わったわけだが、それはそれでまたムダな爽快感があるというものだ・・・^^

その後京都に戻ってさらに、別のデザイン事務所で90%がムダ話となる打ち合わせをした。
いや〜、今日はムダ話3連発の一日であった・・・。な〜んて余裕かましてましたが、家帰ってさすがにアセッて仕事しました・・・( *_*;)

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バベルを観に行く

映画「バベル」を観た。
モロッコ、アメリカ(メキシコ)、日本、それぞれの国で起きた出来事が最後はひとつにつながっている、という設定のストーリーはとても斬新だった。その設定は同時に登場人物たちのバラバラになった心がつながることを意味している。映画のテーマはバベルというタイトルが象徴している。遥か遠い昔、世界はひとつじの言葉で通じ合っていた。けれども神に近づこうとした人間たちが、天まで届くバベルの塔を建て、神の怒りにふれた。以来世界はバラバラになった、という旧約聖書のバベルの街の物語からきている。

心が離れてしまったアメリカ人夫婦、
言葉が通じない異国でのもどかしさ、
ささやかに生きる人々のむなしさ
言葉がしゃべれない聾唖者のいらだち、
心が通じない父娘など、
いずれの世界にも、通じない、満たされない、やるせない思いが渦巻いていて、それらがすごくうまく演出されている。けれども最後にはひとすじの光を残すところが、観るものをやさしくいたわり、この映画の後味をよくしている気がする。

それにしても菊池凛子のモロ露出度が多いのにはぶったまげた。まさしくカラダを張った演技で、彼女の度胸は敬服に値する。アカデミー賞にノミネートされるくらいだから、その演技力はやはりズバ抜けていた。母親に自殺された聾唖の少女の満たされない心が生々しかった。この人、今回はダメだったが、いずれアカデミー賞なんて軽く手にするだろう。。。

だけどちょっと不自然だったのが、なんでアメリカ、メキシコ、モロッコ、そしてなぜ日本だったのだろうか....。
国境を接しているアメリカ、メキシコはわかる。イスラム教で発展途上国で、銃の発砲もありそうな荒涼とした舞台のモロッコもわかる。しかし彼らに銃をもたらしたのが日本人という設定がどうも不自然。東京の高層マンションに住むお金持ちの男(役所広司)、趣味がハンティングらしく、モロッコでハンティングしてその時のガイドにお礼に銃をあげたという。モロッコでハンティングする男なんて、あんまし聞いたことがない。だいたいどうやって銃を日本から持ち出したのだろうか....?東京や日本人を描き出したかったから、4つめの国が日本になったのか、映画公開後の市場として日本が重要だから、マーケティング的戦略で日本が選ばれたのか....。

ま、そんなこと深く考えずにこの世界にどっぷり浸って楽しんでほしい映画ではある。結構賛否両論あるようだが、スパイダーマンやパイレーツオブカリビアンが好きな人にとっては、クラすぎるかも....。

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女を新調!

下着の仕事に携わっているせいか、最近ネットでもショップでもついつい下着に目がいく。
思えば下着革命を起こしたのは、野口社長が築いたピーチジョーンだろう。海外の下着と比べると日本のはキュートなものやドラマティックなものがなく、お値段も高い。そこで海外から安くてチャーミングな下着を仕入れて売ったら大当たり!それ以降、下着業界にさまざまな影響を与えた。それまではなんとなくシャイな世界だった下着の世界も、カラフルな色遣いやドラマティックなデザインが増え、随分とハツラツとしてきた。最近では、ブラやインナーをわざと見せるおしゃれが、LA経由で流行している。ブラやストラップを大胆に見せた肌見せルックで歩いている若い女のコ達を見ると、ちょっと年配の方なら

ま〜、はしたない!

なんて思っているに違いない。しかし最近の下着はそれくらいかなりおしゃれで自由なデザインだ。ついついワタシも若人のノリにつられて、ピーチジョーンで試し買いをしてみた。実はネットで下着を買うのははじめて。実際試着もしないで、手にもとってみないで下着がフィットするのだろうか、と思いながら頼んだので失敗してもいいように、アウトレットでお安いブラを2つほど購入。な、なんとひとつ

850円!!

アウトレットとはいえ、これは安すぎるやろ〜!?
という多少の不安はあったものの、到着して早速身につけてみたが、そう悪くはない。確かに安っぽさは否めないが、ジムナスティックタイプはソフトでフィット感上々。もう一つのストラップ取り替え自在のメッシュの半カップブラは軽くて着け心地がいい!850円でも意外と使えるとは驚きである。それにしても新品の下着を身につける時というのは、ちょっとウキウキする。このウキウキ感、長らく感じていないなら、それはイケてない証拠デス・・・・。

下着デザインも行ってる小悪魔のカリスマ蝶々さんのブログで、下着をどれくらいの頻度で買い換えるかということが話題になっていた。なんと蝶々さんは毎月新調するのだそうだ。

え〜〜〜!?ま、毎月は買わんやろ〜

という周りの人から指摘され、
外側はブランド品でかためてるのに、古い下着を着てるとはどーゆーこっちゃ!?
んなことでは、ゼンゼンイケてない! 女がすたる!!

と豪語されておった(やや関西弁に脚色されてますが)。
ワタシはこの発言にはかなりのショックを覚えた。下着って、毎月新調するようなものなんだ〜
さすがに周りの方からは、1シーズンに1回くらいかな〜、1年に1回でしょう、とか色々意見があったようだ。買い換えの頻度などその時の気分次第であまり意識したことがなかったワタシだが(彼氏がいるといないでも大きく左右される^^)、思わず考え込んでしまった・・・。着心地の良いものはヘビーローテでかなり伸びきっているこの現状・・・(*_*;)。まさにイケてない女の権化である。

こんなことでいーのだろーか!?

と落ち込むワタシ・・・。
でも友達のSちゃんは、もう何年も同じ下着を身につけている。ひところ流行った矯正下着(今も流行ってる?)一式をかなりのプライスで買って、毎日身につけているうちにブラやガードルがもうカラダの一部になってしまったという・・・。あちこち破れもほころびも出ているそうだが、どーせ人に見せるもんやなし、なんて言いながら本当に彼女のボディは肌身離さず同じ下着である・・・。

でも、交通事故にあったら終わりやけどな〜
救急車の中でこんな下着姿見られたら、
アタシはもうそのまま意識失うしかない〜!!

ま、交通事故に遭うまでもなく、キレイな下着を身につけることはやっぱり女のたしなみであろう。そーゆーところから、気持ちの持ちようは変わってくる。それにまたカワイイのがいっぱいあるから、下着選びは楽しい!! 見せよーが見せまいが、そーゆーところにこそ自己満足していたいのである・・・。

ということで、今週末は古い下着を処分して、同時にイケてない自分も決算処分しよう!!

うふ^^

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知られたくない過去

現在の職業からはどこをどう辿ってみても、フライトアテンダントという仕事に結びつかないためか、私の場合、何かの拍子に過去スッチーだったことがバレたりすると、

え〜〜〜!?

とえらく驚かれることがある。
同じように、「あの人って今でこそただのデブだけど、昔はテニスでインターハイで優勝したテニス少年だったのよ〜」とか、とてもグレイスフルな女性が、実は昔は相当ワルで、バイクを乗り回したり、ハイライトを一日2箱も吸ってたなんて話を聞くと、

え〜〜〜!?

と驚くことが時々ある。
誰しも明かされたくない過去というのはあるものだ。殊に現在とのギャップが激しい若い頃の姿や、自分の記憶から抹殺したい恥ずかしい過去の思い出などというのは、今を生きる自分の中ではすっかり封印されているものである。しかしひとたびそんな過去が、現在の姿しか知らない人々に晒されるようなことになると、かなりのショックを与えることになる。

得意先のある会社の常務さん。
話のわかるとてもいい人で私もよくなついている。50代半ば、太ってはいないが、アタマはもうかなりヤバく、そのライトなヘアーをなでつけ、メガネをかけ、誰しもがごく普通の過去しか想像できないような、ごく普通のおじさんである。今でこそ周りにすっかり埋もれてしまうおじさんルックスだが、その昔はなんと

\\ アフロヘアー //

だったのだそうだ・・・。
え、ええ〜〜〜!?
太いとか痩せてるとかはまだ想像できても、そんなささやかなヘアーの方がかつては豊かな髪を惜しげもなく爆発させたアフロヘアーであったとは・・・。私はにわかにはイメージすることができず、旅先などにある武士やお姫様の絵に、顔だけ入れる、あの張りぼてのパネルに描かれたアフロヘアーから、顔だけ出したO常務の姿しか浮かんでこなかった・・・。

「普通ね、昔の写真とか見ても、な〜んとなく面影って残ってて、だいたいわかりますやん。あ、これ、誰々さんでしょって。でもO常務だけは、ゼンゼンわかりませんでしたもん。これ、誰ですか〜?って、聞きましたよ」

と言ってたのはO常務のアフロ過去をバクロした部下のI氏。O常務の若かりし頃の写真を見つけて、驚きを隠せない様子だった。「ホントですか〜」と言いながら、私もその話に思いっきりびっくりした後は、失礼ながら思いっきり笑い転げてしまった・・・。実物を見てもいないのに(>_<)

「え〜!?って、ボクが今のアタマと見比べるようにした視線が痛かったんでしょうかね〜。O常務が半分怒ったように言いました。あの頃のパーマ液がたたって、今こんななってんのや〜!!」

私はさらに爆笑したのであった。
O常務、すみません。アナタの知らないところで、すっかり笑いのネタにしている私をどーぞお許し下さい・・・。いや〜、昔が仮の姿なのか、現在の自分が借りの姿なのか、人って、わかりませんね〜(^_^;)

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よろめかない主婦

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奈良への取材ついで、奈良トモと久々のランチをした。
最近奈良で流行のスポット、古くからの町家が並ぶならまちにある「ラパン」というフレンチレストラン。主婦というのはどうしてこう、気の利いたレストランのランチをいろいろ知っているのだろうか。ふだんの優雅な暮らしぶりが伺える・・・。羨ましい・・・!!

ここがなかなか美味くて、お昼からとっても満足した。しかしこれらのウマウマ料理、ワインなしでいただく辛さを久々に味わうことになった。仕事で来ているのでさすがに飲むわけにはいかない(しかも車)。まあ結局、辛さを感じる間もなく、久々にあった私達は機関銃のようにしゃべり続けておったのだが・・・。彼女とは小学校からの友達。性格もタイプもゼンゼン違うが、なぜかこんな歳までなが〜〜いお付き合いが続いているのである。

彼女は小学生の子供二人をリッパに育てる、バリバリの主婦。それでも独身時代はコンパや夜の遊び場で浮き名を馳せた、別の意味でバリバリだったOL。今でもいつもキレイにしていて、今日もセリーヌのサングラスをかけ、エルメスのバッグを斜めがけにし(とりあえず私がわかったブランドはこれだけだったが)、巻髪を揺らせてベンツに乗って私を迎えに来てくれた。最近主婦の浮気が流行っていると言われているが、っつーか、ホント周りにそーゆー人がいてもゼンゼン珍しくなくなったこのご時世、

「そんなん、どこで知り合うのか教えてほしいわ〜」

なんて笑い飛ばして、昔のイケイケの面影すら吹き飛ばすようにひたすら子育てと家事に生き生きと熱中している彼女も、やはり知らず知らずのうちにオンナとしてのオーラは放たれていたのだろう・・・。先日なにやらあぶない出来事があったらしい。ある時大阪ですっごいカッコイイ人と道ですれ違ったらしい。背が高くてガタイが良くて、おしゃれな服をラフに着こなしてて、ああ、カッコイイ人だな〜と思いながらもそのまま普通にすれ違った。そしたらその人、彼女の歩いていった方まで戻ってきて、な、なんと、声をかけてきたらしい。

「あの、お茶でも一緒にどうですか?」

ぽか〜ん!!

彼女はまさかそんなセリフを自分に向けられているとはすぐさま認識することができず、アタマが真っ白になったのだそう。そんなこと言われるのは結婚して以来初めてだったらしく、しかもカッコイイな〜と思った人からいきなりお茶のお誘い・・・。

「え!?ほんで、ほんで! よろめいたん!?」

とあせって聞く私。
「それがさー、思わず時間がないからってあまりにも愛想なく断ったのよ」
そしたら「メールアドレスだけでも教えてもらえませんか?」とめげずにそのオトコは攻めてきたらしい。それでも「いえ、子供が待ってますから」って逃げるようにしてダッシュしてきたらしい。昔のイケイケ娘はどこへ行ったん?というような、えらくウブな態度じゃん・・・。

「やろ〜!!?アタシも後ですっごい後悔してさ〜、
せめてメアドだけでも教えて上手くやればよかった〜」

と本気で悔しがりつつも、ホンマにメアド教えてたら、それはそれでコワいが・・・。それでも男の人から声を掛けられたことは彼女にとってかなり「うふふな刺激」となっているようだった。結局主婦はよろめかず、その後待っていた旦那さんと子供のところへ行って
「アタシ〜、今日声掛けられちゃった〜(ハートマークぅ)」みたいに、すぐさまその状況を自慢げに説明したらしい・・・。

ま、ま、これでよかったんだろうな〜と、どっかでほっとしたように胸をなでおろす私・・・。

彼女は主婦業をイキイキとこなし、幸福な家庭生活を送っているからいいようなものの、もしも、その時彼女に多少の不幸が訪れていたり、主婦ってつまんな〜い!なんて思っていたとしたら、また別の展開が待っていたのかもしれない・・・。きゃ〜〜、コワい!!独身のアタシがそのオトコについていったとしても、あまり危ないストーリーができそうにないが(普段から危ないってか!?)、主婦になったとたん、危なさ倍増!!女であるか、主婦であるか、日々せめぎ合うあやうさやもろさがそこには隠れている・・・。

いや〜主婦って、かなり危ない存在ですよね〜(*_*)

Nara3_2

で、よろめかない主婦は、やっぱ食い気に走る
ってことで、これは大変美味かった「ラパン」のデザート、
りんごのブランマンジェキャラメルアイスクリーム添え。
近頃はもっぱら美味いもんばかりによろめいてるアタクシでした・・・(^^)

いや〜、ケンコー、ケンコー!!

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デキるオトコ

フリーになってつくづく感じるのは営業というのは難しいな、ということ。営業とヒトコトで言っても、ヒトコトで説明できないのが営業という仕事である。右から左へモノを売るだけの単純な作業ではない。利益を得るために、ストーリーを描き、演出し、クライアントという観客の心を動かすことが営業には求められる。そのやり方もいろいろあるだろうし、向き不向きもいろいろある。

代理店のAさんは、アタマもいいし、センスもあるし、人づきあいも上手に出来るのに、なぜかイマイチ出世しない。理想主義すぎて、商売に結びつきにくいのかもしれない・・・。逆に元デザイナーで一見おとなしめのBさんが、意外とクライアントのハートをつかんで商才を発揮していたりする。仕事をしているうちに営業力が磨かれたのか、もともとの才能なのか、見かけだけではわからないものだ。

女性営業のCさんは、アタマがキレて口も達者でいかにも仕事ができるタイプだが、なんだか"あそび"がない。クライアントとのやりとりにもムダがない分、なんとなくクライアントもさほど心を許していないように見える。スタッフがちょっと不満をもらしても、イヤなら辞めてもらいます〜!と内輪にはかなり手厳しい。そういうのを見ていると、なんだかこの人わかってないな〜って気がする。

今日久々に会ったS氏も一見デキそうなオトコには見えないが、今やリッパな社長さん。
むか〜しから知っているが、現場でデキパキと采配しているところを一度も見たことがない。いつもブラ〜っと会社にやってきては、バカ話をしたり、ボケてはあちこちからツッコまれて帰っていくような人で、一体どこで仕事をしてるんだろうかと思っていた・・・。

しかし本人曰く、一度狙いを定めたら、それをゲットするためにアタマをフル回転させているのだそうだ。その割に、書類などに目を通していたらすぐに意識を失うそうだが・・・。

それ、寝てるやん!
あ、そ〜か(笑)。

って、やっぱり仕事がデキそうにはとても見えない・・・。
でもこーゆーところが、クライアントの心を許し、「ほな、ちょっといっとこか〜」とまんまと乗せるワザなのかもしれない。さらに優秀な部下がいることもこの方の場合大いに関係してると思うが・・・。

しかしながら、驚くのは私生活である。この方、50歳を過ぎて一回り以上離れた若い女性と結婚(確か再々婚)。なんと孫のような子供がいる。しかも東京の有名外資系企業の社長秘書をやっていたようなアタマの良いお綺麗な女性(見たことないが・・・)と縁あって知り合い、見事にゲットしたところは、さすが〜!!と唸ってしまう・・・。女性を射止めるのと営業は似てるというから、ここだけを見れば、この方、仕事もオンナも、狙った獲物はしとめるハンターそのものである・・・。

ちなみに東京にいる業界で成功している友達は皆、再婚や再々婚。奥さんは一回り以上歳が離れていて子供が小さい、というパターンなのだそう。子供が小さいから、生涯現役。この人達に老後はない・・・。これからのデキるオトコというのは、仕事を取ってナンボ、子孫を増やしてナンボなのかもしれない・・・。


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町家の和食レストラン「柿沼」。
近頃有名になって、いつもカウンターはいっぱいだ。
最後に出てくるおくどさんで炊いたごはんが、
ヒジョーにうまい!!特製のお味噌も。
あれだけはなかなか家では食べられまへん。

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鈍感力

小泉前首相がインタビューで発言して以来、にわかに市民権を得てきた「鈍感力」というコトバ。
渡辺淳一が本を出しているように、彼自身が生んだ造語らしい。不倫や愛人などのドロドロした本ばかりかと思っていたら、渡辺センセーがこういう本も書いているとは意外である。

「物心ついた頃は敗戦直後で、食べることで精一杯。
そんな時、勉強のできるヤツよりも、闇市でうまいこと儲けてくるヤツの方が偉かった。
そういう生活力のあるヤツには、ちょっとやそっとのことでは動じない、
胆力としたたかさがあった。しかし現代は平和で豊かすぎるが故に、
生きるか死ぬかというほどの重大なテーマがないから
つまらぬことまで重大に考えて大人から子供までノイローゼや鬱に苦しんでいる。
こんな時こそ鈍感力が必要なのだ」

とあるインタビューで、こんな風に渡辺センセーは答えている。
今の世の中、おかしくならない方がおかしいのだ、とかねてから私も思っていた。心を痛めたり鬱に苦しむ人ほど繊細でまじめだ。自分にはある種の「厚かましさ」や「鈍感さ」があるから、明日の保証もないフリー稼業なんかでノーテンキに生きていけていると感じていた。

鈍感力があるのかどうかはしらないが、私などは要するにアタマだけで生きてはいないのだと思う。アタマだけで生きていると、どうしてもアタマで解決できると思ってしまう。それほど人間は偉くないし、人生もそれほど甘くはない。つまり心を痛めたりする人はアタマで考えすぎて、本能を優先させることが少ないのはないだろうか。なんだかんだ言っても、私はやりたいことはやるし、ぶっ放したい時はぶっ放すし、大恥じをかくこともしばしばではあるが、おかげでさんざん好きなコトをやってきたためか、これまでの人生、どんなに可哀想なフリをしてみても、世の中のストレスに負けてるとは言えない・・・・。

たまには負けて、学んだらどやねん!

なんて声も友人知人、家族の津々浦々から聞こえてきそうだが、それでも本人なりには日々考え、悩み、ストレスを感じているのである。しかし本能が自然と優先していることも多いのだろう・・・。

時々日本を出て、海外の風にあたったりすると、未知の世界に触れてなんだかちっぽけな自分を発見してしまうことは多い。普段生きている世界がいかに狭いか、ものすごく小さな単位で物事を考えてるかに気づく。特に日本という国に暮らしていると、いいオトナになったらガッチリ仕事に自分の生活をとられちゃうし、みんなが流行を追いかけ、何かと周りの目を気にして生きなければならない。知らない間にみんなが同じような価値観を強いられているので、ズレてしまうと、ズレた本人にやたらとストレスを感じさせるようなところがあると思う。私などはズレ慣れてるので、今更少々ズレても本人がズレと気づいていないっつうハナシです・・・。

渡辺センセーはこれぞ鈍感力!という代表選手に、長島茂雄と黒柳徹子を挙げておられる。この二人の人物が出てくると、要するに「鈍感力」とは「天然」のことであることがわかる。やはりこの方達もアタマで生きているとは思えない・・・。

長島氏は、誰もツッコむことができないつきぬけた言動といい、運を自分でハンドリングしてるとしか思えないほがらかな生き様といい、もう誰が見ても鈍感力の見本のような人だろう。黒柳徹子だって、まんま!! ユニセフの親善大使でアフリカや東南アジアに行っても下痢ひとつせず、現地で眠れなかったこともないのだという。授業中にちんどん屋を追いかけていくトットちゃんも、オトナになったら見事に鈍感力を花咲かせて活躍している。いや〜、オミゴト天然!!あっぱれ、鈍感力!!

生きていると、毎日あっちこっちからいろんなストレスが代わる代わる襲ってくる。しかし長島さんや黒柳さんならきっと、ストレスだとは思っていないのだろう・・・。同じ人間でもとらえ方ひとつで、随分と違ってくるものなのだと改めて思う。なんだか二人の顔を思い浮かべるだけで、鈍感力のイメージトレーニングができそうである。生きるか死ぬかという次元から考えれば、目の前の悩み事というのは命まで取られはしない、きっと本当にちっぽけなことなのだ。鈍感力とは、今の世の中を生きていく上で自分を守る唯一の防衛手段なのかもしれない。

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9連敗の夜

暑〜〜い!!

長閑な春はもうどこかへ行ってしまい、もうすっかり「夏」である。
なのにまだ冬のまま、凍り付いているのはわが阪神タイガース・・・。
ずっと知らないふりをしてきたが、さすがに今日の巨人戦ではもう全身でガックリきてしまった・・・。せっかく久々に先制点を入れて、8回までリードしていたというのに、9回表にあっさり逆転。藤川球児が打たれてしまっては、もうみんな揃ってしっぽを巻いて退散していくしかない・・・。7年ぶりという、まさかの9連敗・・・! もはや優勝はおろか、一勝することさえできないのが今のタイガースなのだ・・・。

エースがいない!
4番が打てない!
投打が噛み合わない!
ホームランが出ない!

中日と共に優勝候補に挙げられていながら、開幕してみると早々にスピンアウトしてしまっているタイガース。あらゆる負の要素が絡まり合っては巻き付き、うねりをあげて最悪のスパイラルが渦巻いている・・・。

一日の労働を終え、ほっとひと息したい時間に、タイガースがコテンパンにやられる試合を観ると、一層疲労感が募り、明日への鋭気が収束していくのを実感する。ムダに酒量が増え、自ずと気分が沈んでしまうタイガースファンは私だけではないはずだ(今日の試合終了時は、大地を揺るがすため息の嵐が聞こえてきた気がする・・・)。今日のような負け方をしたら一層の徒労感を感じてしまう・・・*_*  去年と今年でこうも違うのは、どこでどのように歯車が違ってしまったのか、野球とは恐ろしいスポーツである・・・。

しかし思えばそんなクサった毎日を何年過ごしてきたであろう・・・。
今でこそ強いタイガースに生まれ変わったが、万年最下位だった過去はそう遠い昔のことではない。あの頃のことを思えば、今のスランプなど大したことはない。長らく惨めな気持ちを味わい続けてきた阪神ファンは実に辛抱強いのだ・・・!!

と、明日こそは爆発してくれることを願いつつ、今日も阪神ファンはずっしりと疲れがまとわりつく重いカラダをひきづって一日を終えるのであーる・・・。

は〜〜〜・・・クラ(>_<)

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お山の上は花盛り

お山の上は、今日もお天気。
「今が一番いい季節ですから〜」道行く人がそんな会話を交わしているのが聞こえる。薫風爽やか、暑すぎずちょうど良い季候で、本当に今がベストシーズンだ。お山の上の家々は、それぞれの庭や垣根に色とりどりの花が咲いて、華やかな装となっている。ウォーキングのコースにあるお家に、こんな貼り紙がしてあった。

今年も木香薔薇が咲きました。
どうぞご自由に庭へ入ってご覧下さい。

と達筆な毛筆の字で表に見えるように貼ってある。その家は表玄関のポーチ周りや庭越しにいつもきれいな花が咲いている。5月〜6月にかけては薔薇の季節だ。木香薔薇(モッコウバラ)は小さな黄色い花を咲かせ、大きくなると蔓や葉が垣根を伝い、とても豪華になる。よっぽど足を止めて庭に入って見たかったが、知らない人だし、あまり時間もなかったのでそのまま通り過ぎたが、なんだかお山ならではの貼り紙だな〜と思ってしまった(^_^)

街中では「勝手に庭に入って花を見ていってください」なんてことにはなかなかならないだろう。それこそ、そんな貼り紙を見た人は「なに〜、それって自慢〜??」ってなことになるかもしれない。この辺りの人しか通らない、のんびりしたお山の上だからこそできること。「きれいな花が咲いたら、近所の人とその楽しみを共有したい」そんな素直な気持ちを何のてらいもなく表す人達が住むこの辺りの雰囲気が私は好きである。

そういえば、もう一軒、いつも見事なラベンダーをたくさん咲かせるお家があって、それは庭の中ではなく、道の通り沿いに植えてあるので、秋頃その家の前を通ると「どうぞ、たくさん持っていってください」と言ってハサミを渡される。help yourselfでいい香りをさせたパープルのラベンダーを持ち帰ることができる。咲かせてはできるだけたくさんの人に、その愉しみを分け与えたいというその家の人の心がうれしい。

花々が咲き乱れるうららかな季節。寒い冬の季節を経てこそ、誰もがその時を慈しむことができるのかもしれない。花や緑を通して人がつながり、心を和ませる。やっぱり今、お山の上はベストシーズンである・・・。

Rose

これは植物園のモッコウバラ。
近くへ寄ると香りもかぐわしい・・・。
こんなバラが咲き乱れるお庭は
さぞかし素敵だろうな〜

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情熱の民族

母を空港バス乗り場に送りがてら、時間まで近くのファミレスでお茶を飲んだ。そのファミレスは階上がホテルになっているので、旅行客も多く利用している。

ちょうど私が座っている向う側の席に、外国人観光客が4人座っていた。私の席から見えるのは大柄な中年のおばさんと若いショートカットの女性、背を向けている1人は男性だった。たぶんラテン系の人達。顔立ちもそうだし、ジェスチャーも大げさだ。日本人が座ると、ゆったりしているファミレスの席も、おばさん達の席は随分窮屈そうだった。やがておばさんの前にはハンバーグとベイクドポテト、そして塩ラーメンのようなものも運ばれてきた。大きなハンバーグとバターがたっぷりのったベイクドポテトをおいしそうに頬張るや否や、塩ラーメンをフォークとれんげを使ってとりわけて、パスタのようにして食べている。フォークでくるくる巻いて口へ運ぶのが、見ていていかにも食べにくそうだった(正直言って、行って食べ方を指導したかった・・・)。

ここのところ、母につきあって和食中心のメニューだったので、ラテン系のおばさんの食べっぷりをつい感慨深く見入ってしまった。当たり前だが、外国人と日本人では食生活がゼンゼン違う。お昼に、ハンバーグ、ベイクドポテト、塩ラーメンという量とカロリーを取るという日本人の中年のおばさんにはさすがになかなかお目にかかれないだろう。お肉をワシワシ食べて、こってりボリュームたっぷりの食事は、メタボリ日本ではもはやタブー。しかしご先祖様の時代からず〜〜〜っとそのような食事をしてきた人と(ま、塩ラーメンは食わんだろうが)、ごはんとお魚やおみそ汁をサラッと食べてきた日本人とはそりゃ〜、性格も体格も国民性も違うわな〜とラテンおばさんの食いっぷりを眺めながらしみじみそう思った。

周りを見回しても、日本人はフラットな顔立ちで、お行儀良く席に座って、食事をしたり飲み物を飲んだりしている。こーゆー民族からは、あの情熱的なフラメンコは生まれない。日本舞踊のようにしっとりしなやかな踊りが相応しい。プロ野球やサッカーなんかを見ていても、欧米人は審判に激しく激情したり、選手同士で感情をむき出しにして戦う。テニスのシャラポアなんてショットの度に、殺されそうな声をあげる。

ロブ・マーシャル監督の映画「SAYURI」も、主役を演じているのはチャン・ツィー。日本人は表情に乏しいから同じ東洋人でも中国人が演じることになったという。テーブルの脚以外はなんでも食べるという中国料理を食べてきたからだろうか。やっぱり食生活というものが、表情や性格に大きく影響しているような気がする。そういう意味では焼き肉を食べ、パスタやハンバーガーを食べ、中華料理の卓を囲む現代の日本人は、どーにも中途半端な雑食的国民性なのかもしれない。

「情熱を持って生きたい」

そう言っていたのは瀬戸内寂聴氏。80歳を超えても尚新たな小説に取り組み、精力的に活動する姿はそれこそパッションそのものである。こういうパッションってカッコいいな〜と思う。精進料理を食べていても(瀬戸内氏がそれを食べているかどうかは定かではないが、毎日ステーキ食べてるとも思えない)、何か芯の通った強い光=情熱のようなものが漂ってくる。表現こそ違っていても、情熱そのものはどの国にいても、何人だろうと本来自らかきたてるもの。静かなパッションというのもなかなか野太いカッコよさがある・・・!

表情豊かなラテン系のおばさんの食べっぷりを眺めていると、先祖からずっとお肉をワシワシ食べてきた人達というのは、食べたものがすぐ血肉になり、情熱が発露しやすいのかもしれない。私達日本人は、焼き魚におみそ汁の民族だ。少しずつカラダに蓄えながら、情熱を研ぎ澄ましていく。ラテン系を気取ってド派手な情熱をまねるより、静かな情熱で、世界を動かしたい・・・・!

なんちゃって(^^)

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親孝行、したい時には親はなし

GWに入って母孝行にいろいろと忙しく、ひさびさのブログとなった^^;
しっかし、母は元気である。とても75歳とは思えない足腰、アンド、口。
こないだは仁和寺→竜安寺→大徳寺→青蓮院と強行に回ってみたものの、帰ってくると私はもうクタクタ(*_* ) なのに母親はゼンゼン平気な顔をしている。
おまけに観光の間中、帰ってきてからも、ず〜〜〜っとしゃべり続けている・・・。竜安寺の名残八重桜にはしゃぎ、青蓮院の見事な庭に感嘆していたかと思うと、家に帰って来ると、キッチンのあそこが汚いとか、庭木の枝を切れとか、次から次へとボールを投げてくるので、受け止めるのも大変である。

今日も関西のお友達と会って、その口パワーは炸裂しているはずである・・・。
元気で何よりである・・・^^;

しかし母がやってくると、家の中のあちこちがキレイになっていくのでありがたい! 外出の合間をぬっては庭の草取りをしたり、晩ご飯のあとかたづけのついでに、シンク周りや戸棚の中が見事にかたづいていたりして、その着眼点と早ワザに関心してしまうのである。キレイ好きの母がやってくる前は、それでも私なりに掃除をしてみせるのだが、四角いところをまるく掃く私のこと、母にしたらもうスキだらけで、結局掃除とはこういうもんや!とイチから教えられることになる。こういうところは何歳になっても、渇を入れられっぱなしである。

しかし普段は離れて暮らしている母娘。あっちこっちにボールを投げられたり、渇を入れられたり、さんざん歩き回されたり、それもなんだか楽しいものである。きっと一緒に暮らしていたら、こうはいかないと思う。距離が親子円満のヒケツでもある。

親孝行、したい時には親はなし

とはマコトに真実であり、最近では「ワタシが元気でやってるから、アンタ達も安心して暮らせるのよ」と、何かにつけてアピールしてくる母ではあるが、こうして私がノーテンキにしていられるのも確かに母の元気のおかげなのである(ハイ、納得)。

ということで、明日もめいっぱいのご奉仕で楽しませようと思う私であーる(^^)


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