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気になるCF

最近気になるCMが二つある。
ひとつはグリコのカフェオレ。コーヒー味のオトコとミルクタイプの王子様。どっちもスキだから、〜白黒つけないカフェオレ〜とさり気なくほんわか歌うCFソングとあどけないアニメーションが印象的だ 。

もうひとつは何かの健康飲料(名前覚えてません...)。豚のぬいぐるみを着た女の子がバレエを軽やかに踊る画像。〜タケダさんの送別会、そんなに親しくなかったのに、哀しんだり、はしゃいだり、そんな私は.....健康飲料の名前〜みたいな内容のCFソングで、最後に豚のぬいぐるみ女の子が冷蔵庫から飲み物を取り出して、ドアに貼ってあった脂肪....あと何だっけ? そういうワードがバラバラ落ちてく....。

なんだか女の子の生きザマが、出てるよね〜
マッチョなタイプもいいけど、しなやか王子様タイプもいい。 どっちともほどよく仲良くして楽しんじゃう。 コーヒーもミルクも混ざった状態がアタシよ、みたいな。そーゆー前向きな曖昧ガールって、今のコっぽいと思う。それを悪びれることもなく、サラッと音楽にのせて歌ってしまうところがこのCMのすごいとこ。カフェオレがおいしいとか、品質がいいとか、そういうことヌキで女の子の世界観に働きかけているところが面白い。

一方豚のぬいぐるみのCF。そんなに仲良くなかった同僚の送別会で、やたらはしゃぎ、泣いたりするのって、やっぱりリッパな黄色信号なのだ。都会で生きる女の子は忙しい....。毎日仕事に追われるうちに、泣き言すら言えるヒマもスキもない。登校拒否とか出社拒否とか、素直に落ち込んだり、元気を失ったりすることもままならないのだ。そんな女の子(いや、若いコだけでは決してないと思うが...)が、どんな風にマイッタを吐露するかがとてもよく現れているとおもう。

豚のぬいぐるみを着せた女の子にバレエを踊らせたのも秀逸だ。

シリアスなことをとぼけたイメージでメッセージしているところに、ものすごいリアルを感じる。豚のぬいぐるみ+バレエ.......なかなか思いつかない取り合わせである。

最近ではネットやなんかが増え、コマーシャルも一昔前とは事情が変わってしまった。TV-CFが絶対的な存在ではない時代になり、CFもちょっとつまらなくなったな〜なんて思っていたのだが、こういうい時代感のあるシュールなCFがさり気なく出てくると、CF世代としてはなんだかホッとする。〜白黒つけない、カフェオレ〜なんて歌って、だからといってコンビニへ行ってグリコのカフェオレを選ぶ件数が増えるとも思えないが、商品のリマインドには十分なのかもしれない。

オトコのパワーを喝采するリポビタンDとか、
オトコのキビしい世界にくつろぎを与える缶コーヒーだとか、
やたらエモーショナルに訴えかけるのがオトコの飲み物の常套句だった。が、もはや女性への働きかけもエモーショナルになりつつある。それだけキビしい世界で女もがんばっているのだ。

来年あたり、ボスならぬヒメ、というネーミングの缶コーヒーが出てもおかしくはない...
ありえるよね〜

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鯨のノルウェー風

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今晩のおかずは、鯨のノルウェー風。
火曜日がサービスデーのスーパーへ買い物に行き、お魚屋さんの目玉品で発見した鯨。鯨なんて今やなかなか食べる機会がないので、ついつい買ってしまった。

買った以上はあのメニューを再現!

とばかりにカンで「鯨のノルウェー風」を作ってみた。生姜とお醤油と酒、味醂に漬け込んで下味をつけ、竜田揚げ風に揚げる。それを甘辛いタレにからめてみた。給食のは肉の味がほとんど噛みしめられないくらい、衣が多く、味ももっと甘かったな〜

そう、鯨のノルウェー風は私達が小学生の頃、人気のメニューだった。長い間何の肉か知らずに食べていて、毎月父兄向けに配られていた給食メニュー表を見て、「鯨のノルウェー風」という名前を知った。ボウルのお椀に入った大のおかずと、パンのプレートに入って出てくる小のおかずがあったが、これは小のおかずの人気メニュー。めっちゃお醤油や片栗粉を使っているのに、どーゆーところがノルウェー風なのかは未だに不明である・・・。

だいたい給食のおかずでよく食べさせられたのが、カレー、シチュー、かき玉汁などの煮込みものだった。特にカレー、シチューはあまりおいしくないのによく登場した。そして好き嫌いのあまりない私でも初めて食べられなかったのが「かす汁」である。いつもより白い豚汁と思って食べたら、

「なんじゃ、これ!!?」

私はかす汁というものを給食で初体験し、その時のあまりのまずさに初めて給食のおかずを残した。かす汁独特の甘酸っぱいような味は、それまでまったくデータの入っていない子供の舌にはあまりに驚きで、あまりにマズ過ぎた(今では大好きになっているが・・・)。私が初めて給食のおかずを残した時であった・・・。

うれしかったのは、大のおかずにサラダが初めて登場した時。ケンコーマヨネーズのサウザンアイランド風ドレッシングがついており、ドレッシングをかけてパンにはさんでサンドウィッチにし、カフェ風メニューに(今勝手にそう付け加えたのだが・・・)。いつもは1枚残す食パンもその日は全部食べられ、お腹が一杯になったことを今でも覚えている。時々お砂糖をまぶした揚げパンが登場したり、アイスクリームが出たりとまずいなりにも時々サプライズもあり、私は毎日楽しく、元気に給食を食べる小学生だった・・・^^

と、まあ、当時から食い意地が張っていたせいか、私の中で給食の思い出って結構鮮明に残っている。しかし当時の給食を今毎日食べさせられたらどうだろう・・・。たぶん3日も食べられないと思う。オトナになるということは、いかに美味いものを経験していくかということが改めてわかる。

あ、ちなみに今ググってみると鯨のノルウェー風は、鯨を揚げたものにケチャップとソースでからめるのだそうだ。記憶を辿ったつもりだったが、生姜をきかせた竜田揚げに甘辛いタレというマイレシピは完全に酒飲み風にアレンジされたものである・・・。

ケチャップとソース、オトナには思いつかない味付けであった・・・。

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進化するコトバ

ひと昔前に、糸井重里の「オトナ語の謎」っていう本があった・・・。
(たぶん、現在も引き続巻が出てると思うのだが)
社会が変われば言語も変わる、というわけで、オトナ社会にはコトバにおいて教科書では教えられない独特の挨拶や暗黙の決まりがある。さらに繊細な言葉選びと微妙な言い回しで、真意を伝えようとする複雑なカンバセーションがなされる。それらを取り上げて、解説してくれるという画期的な本で、"オトナ語"というものに初めて市民権を与えた。例えば、

お世話になります〜。

なんて言葉は学生時代は、読んでそのままの意味でしか使わなかったものが、職場では毎日ご挨拶の枕詞のように使われるコトバである。もちろんメールでの冒頭にも。社会人になって一番に覚えなくてはならないコトバかもしれない。てな具合に基本的なオトナ語に始まり、

午後イチ
ご査収ください
ウラをとる
フィックスする
焦げつく
夜の部

などなど、いろんなオトナ語が取り上げられマジに解説されているのがおかしい^^ 
こうして改めてスポットをあててみると、オトナになって知ったワード、言い回し、隠語はいろいろとある。「アゴアシマクラ」なんかは全国ネットだが、個人的には代理店時代、さすがにこの本には載っていなかったが「パッチをはく」というコトバが衝撃的だった。営業の人がよく使っていて、最初まったく意味がわからなかったが、私にしたらオトナ語ワールドを感じた瞬間だった。「パッチをはく」とは要するにウソで装うことで、後で予算を削られた時のために予め多く見積もっておくなど、パッチを脱いでも大丈夫なようにという意味らしい・・・たぶん。

こんな調子でオトナ達は、社会に出て自らの語学を習得していき、それらを使い分け、微妙な言い回しでコミュニケーションするのである。そしてコトバというのは時代と共にどんどん変わっていく。

オレ的にはアグリーできかねるんだよね〜

てなオトナ語も私達はわかるが、たぶんお父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃん達にとっては「もう何語?」って感じなのだろう・・・。コトバというのは常に進化し、新しくなっている・・・。女子高生のメールを見て、私達が既に理解できないように、世代によってコトバ格差というのが生まれており、ヘタしたら70歳の人と15歳の人ではもうコトバが通じないかもしれない・・・。

最近ネットコミュニケーションの仕事をしていると、ブログやメルマガというツールでは会話でもないが、文章でもない独特のコトバ使いが求められていることを痛感する。ネットコミュニケーションというのは、書き言葉として敏感に”今の感覚”が反映される。ブログやメールって、会話でもなく手紙でもない。じっくり読み込む媒体でもないので、コトバの文化も瞬間瞬間でかなり自由に生まれていることがわかる。しゃべりの抑揚のように文章にメリハリをつけ、絵文字やカタカナを多く用いて多分に感覚的である。軽くてすぐ浸透するコトバやスピード感が求められる。

そう、カタカナ使いが多くなっているところが何より感覚的なのだ。

一言で言えば、ものすごく可愛い人でした・・・。
というよりも、
ヒトコトで言えば、モノスゴ可愛い人でした・・・。

という方が漢字を使わない分、その軽さに感覚的な響きというか、表情が出てくる。一言をヒトコトとし、大人をオトナと表することで、漢字で限定されるイメージを払拭しまっている。つまりブログ語にしろ、オトナ語にしろ、本来のものをくずすことが、今っぽいのではないだろうか。おしゃれにおいても、上から下まで全部キメるんではなく、どこかはずすことがイカしてるってことになる。そのくずし方もルールがないようでルールがある。コトバのくずし方もみんながうなずける今っぽさが必要なのだ。それが共感を生む。「オレ的にはアグリーできかねるんだよね〜」なんてコトバだって、きっとお役所の人は言わないんだろうが、業界的にはこういう言い回しをする自分も、聞く周りも、そーゆーコトバを使うことによって仲間意識を高め、ある種の帰属意識を強めてるのではないだろうか・・・。

まあ、こんな風にカタカナを用いた新感覚ルールや、英語だって完全にまるめこんでしまう"時代の日本語"とはすごいパワーと勢いで進化している。それらは生きているとごく常識的に習得していくわけだが、それだけコトバはあふれ、多様になっている。英語でyouはyouだけだが、日本語ならアナタもお前も、あんさんもてめえもある。もともと多様な日本語。それを選び、並べ、アレンジするセンスも問われるところが日本語独特の面白さなのかもしれない。私達はオトナ語を使って会話をし、ブログコトバでネットコミュニケーションをし、ビジネスでは、「拝啓 時下益々ご繁栄のこととお喜び申し上げます」と綴る。別に語彙が豊富なわけではないが、その時々でさまざまなコトバを使い分け、いつの間にかみんなドメスティックバイリンガル(?)になっている気がする・・・。知れば知るほど、使えば使うほど、ニホンゴというのはフクザツである・・・・。

小職、皆様のお知恵拝借しながら、ドラスティックに話しておりますが、ほんわかモードでご笑覧いただければ幸いです。って、オトナ語いっぱいいっぱいでシメてみました・・・。さすがに意味不明・・・!?

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甘やかさない!

ここのところ、月に1,2度は岩盤欲で思い切り汗を流して、カラダの調子をご破算している。こないだ岩盤浴へ行ったら、日曜の晩でとても空いていた。岩盤浴内は私ともう一人の女性だけ。私が通う岩盤サロンでは、基本的に手足をつけて仰向けで3分、うつ伏せで5分、最後に仰向けで10分という基本形がある。慣れてくると守らなくてもいいのだが、私はきまじめに与えられたタイマーにそって汗を流していた(とゆーか、このペースでいっぱい、いっぱい)。しかしもう一人の女性はタイマーなど使いもせず、なんと浴室内の薄暗い灯りの中でうつ伏せになって文庫本を読んでいる。

お〜、すごい余裕・・・!

その岩盤サロンでは土曜の晩、岩盤浴ヨガなども催してるが、なかなかヨガなどできるものではない。入っているとかなり暑くなって汗が噴き出してくるので、横たわってるだけで精一杯。ラスト5分はタイマーを何度も見てしまう。そんな状態で本を読むって、随分な余裕である!その人をかなりの達人と見た・・・。

サロンの人と話をしていると、その女性は多いときで週2回ぐらい来るそうで、普段の日はかなりお酒を飲むので、その分岩盤浴で汗を流すそうだ。一応1人2時間だが、だいたい私達は途中休憩を入れて18分×3セットで、正味1時間半ぐらいだと思うが、その女性は5セットぐらいを消化し2時間みっちり使い切るそうだ。その分汗の出る量も半端ではなく、大量に水を飲んで大量に汗をかくので、翌朝は確実に3㎏は体重が減ってるのだそうだ。スタッフの人も、その女性の使用後のバスローブやタオルは、他の人と比べてずっしり重いと言っていた。

なかなか気合いの入った人である・・・。
というか、その方が何歳かは知らないが、ある程度の年齢になれば、こういう努力はもう当たり前なのかもしれない。飲むなら汗を流す、肌を焼けばエステに直行し、食べ過ぎたらダイエットや運動を敢行。針がふれたままでいくと、もう若い頃のように自然に戻りはしない。オーバーしたら、自らの力で針を戻すしかないのである。しかしこの自らの力で自らの生命力の均衡を保つことが結構大切なんだとこの頃思う。やりっ放し、ほったらかしではいい作品は生まれない。飢餓感あっての飽食、危機感あっての美肌。マイナスあってのプラスにこそ奥深〜い醍醐味があるのだ。均衡を保つために美容器具だとかサプリメントだとか、いろいろ便利なものもあるが、なんといっても大切なのは自分をコントロールし、甘やかさない姿勢が美しさと健康の鍵だと私は思う。

と、書きながら自分に言い聞かせている私であーる。^^:
今日は自分を甘やかしすぎたので、明日は飢餓デーの予定。・・・・・(>_<)

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カレー丼

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大阪のオフィス街などに行くと、お弁当を売るのは当たり前。車にコンロなどを備えてオムライスや丼もの、タコライスなど簡単にクックできるランチを販売していて、お昼休みなどは列ができている。そんな光景を見ながら私ならこんな丼ものを出すな、と勝手に構想しているのがこのカレー丼。鰹と昆布で出汁をとって、お醤油と味醂をお酒でうどん出汁をつくる。そこへたまねぎ、豚肉、しいたけなどを入れて少々煮込み、カレー粉を入れて最後に片栗粉でとろみをつける。これがなかなかうまい!カレーライスよりあっさりしていて、和風出汁がきいてごはんによく合う。今日はちょっと具が多くなってしまったが、近くで見ると、とろっと透明なカレーがごはんにたっぷりかかっている。

このカレー丼と、甘辛くたいた出汁に天かすを入れて卵でとじるB級味が魅力の天とじ丼、野菜たっぷり八宝菜がのっかったような中華丼は、私がよくお昼につくる三大丼である。もしも移動式ランチ屋さんをやるようなことがあれば、ぜひ出したいお手軽メニュー。

てなことを想像しつつ、カレー丼一丁!
満腹、満足のランチでした・・・。

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隙間の時間

パソコンの前にいる時間が長いせいか、最近ついついネット通販のページを巡り歩くことが多い。昨日など偶然、めちゃくちゃ可愛いスペインのエスパドリーユ専門shopを見つけてしまい、寝る前まで見入っていた。それでも、なかなか決心がつかない。ブランド品のように、百貨店なんかでモノを見れる定番のものなら別だが、服や靴はやっぱり実物を見たり、履いたりできないのでなかなか勇気がいる。結構実物とは違っていたりして、ガッカリした経験も少なからずあるので・・・。

しかし、今時はショッピングスタイルも変わっているようだ・・・。

パソコンの画面に出てくるビジュアルでさえ、迷いまくっているという私などはもう完全にネット社会のスピードについていっていない・・・。今時は気に入ったものがあれば、携帯電話でポンポンと買ってしまう時代なのだ。というのも今日、とある衣料系得意先の定例会議に出席していて、携帯電話に発信されるメルマガで商品を購入する人が実は意外と多いということを知った・・・。しかも特に若い世代というわけではない。OLや主婦層がそうなのだ。パソコン画面でも迷いあぐねている私など、携帯のあんな小さな画面で、どうやって商品を認識できるのかと思ってしまうが、これが結構いるのだ。携帯の場合、メルマガを送ると即日クリック→即日買いというスピードで、事がすすむ。それくら手軽でテンポの良いスタイルが、時代に合っているのかもしれない。

購買意欲のある人が、モバイルで買い物をするのか、モバイルという手段だから、ユーザーの購買意欲を誘うのか、そのへんのところはまだよくわからない。けれどもつくづく思うのは、携帯電話というのはもはや電話ではない、ということ。ゲームもできるし、音楽も聴ける。あらゆる情報を即座に手に入れられるし、ショッピング機能も、お財布機能もある。いうまでもなく多様な機能を備えたコミュニケーションツールであり、ヘビーに使いこなす人にとってはもうほとんど自分の一部になっている・・・。だからそういう人達にとってはモバイルで買い物をすることも、ごくごく自然な行為なのだろう・・・。

昔ウォークマンが世に出た時に、私はいいな〜と思うより、何かしら嫌悪感を抱いたことを覚えている。電車に乗っている時でも、ジョギングをしている時でも、どこでも音楽を聴けるのは退屈しないで済むし、楽しい。けれども電車に乗っている時はぼんやり車窓を眺めてみたり、車内の雑音の中に身を置いたり、そこにいれば自分もその情景の一つになって良いと思うのだ。ジョギングする時はその時々に聞こえる小鳥の声や風の音、風景の中にいる自分を認識する、というか・・・。敢えて音楽の世界に入り込んで周りから自分を遮ってしまわなくとも、それぞれのシーンに自然に身を置く時間があっていいんじゃないだろうか。一見退屈でムダな時間かもしれないが、そういう自分の身を置く"隙間の時間"っていうのも結構大事なんじゃないかなって思う。

電車の中や待ち合わせの場所なんかでも、今はみんな携帯を触っている。誰かにメールしたり、ゲームをしたり、気になることをググッてみたり・・・携帯があると、退屈な時間なんて作らせない。駅のホームでボーッと夕景を眺めることも、道ゆく人の表情を観察してみたりっていうような隙間の時間も、昔に比べればなくなっていってると思う。みんな実世界から遮断して、さっと自分の世界に浸ってしまえる。そこに居ながらそこにはいないのだ。それはつきつめれば、自分が楽しめる、興味ある以外の居場所は要らない、と言う風に社会を遮断していくことにはならないだろうか・・・。隙間の時間に生まれる肌合いや情緒というものを感じなくなっていくのは、実はとっても怖いことのように私には思える。

ネットの買い物からえらく飛躍してしまったが、便利な一方で必ず失われていくものもあると思う。人類が未だ見ぬネット社会、さてこれからどんなストーリーが待っているのだろうか・・・。果たして私は結局どのエスパドリーユを買うのだろうか、買わないのだろうか・・・まだ決めかねている優柔不断な私であーる(^_^:)

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香りのたしなみ

ほぼ桜の花盛りは過ぎ(遅咲きの御室の桜は今が見頃かもしれないが)、京都の観光客はひとまず落ち着いた。年々京都の観光客は増えているが、殊に春秋のシーズンは目を見張るばかりである。そんな京都のおみやげはいろいろあるが、私がおすすめのひとつにいつも上げるのは、松栄堂のお香。自分が香り好きだからということもあるが、女性は結構喜ぶ。かさばらずに、和のおしゃれなが堪能できるので、外国へのおみやげにも良い^^ 烏丸の二条をちょっと上がったところに落ち着いた雰囲気のお店があるが、店内には仏壇のお香というイメージを覆す、それはそれはおしゃれなお香がたくさんある。

京都には雅な遊びやたしなみがたくさんあるが、香りもそのひとつ。平安時代には着物に香をたき込め、そこに移った香りを「移り香」として楽しんだり、室内で香をくゆらす「空薫(そらだき)」などの習慣が生まれたという。戦の時にも香りで心を鎮めて出陣したというから、昔から日本では香りのリラクゼーションや沈静効果が日常的に利用されてきたのだ。フランスで、カラダの体臭や街が臭いから香水が生まれたのとは、ちょっと違う(あの香水という映画の予告を見たから言うわけではないが)。そのルーツにも品格が漂っている。

そういえば、昔仕事で出会ってとても印象に残っているのは、聞香(もんこう)だ。「香りを聞く」と書いて「聞香」。聞香は、いわゆる香道で、香木の香りを楽しむもの(ぜひトライしてみたいが、未だやったことはない)。香炉から漂う香りを「かぐ」のではなく、心から味わうように「聞く」のである。なんと雅な言葉だろうか。外国の香りのとらえ方はどちらかというと官能的だが、日本の場合、香りに対する高尚なとらえ方が伺える。江戸時代にはひとつの芸道として確立されたと言うから、それくらい日本人というのは香りの奥深い魅力をよく知っている民族なのだろう・・・。

今だって洗濯物は好きな香りの柔軟剤で仕上げたいし、お気に入りのオーデコロンをつけると心落ち着く。時々好きなお香を焚いてリラックスしたいし、お風呂に香りの入浴剤は欠かせない。もうすぐバラの香りのサプリだって飲み始める・・・。香りって、もうほとんど暮らしの大切なエッセンスになっている。

それでは、白檀の香りでひと息ついて、もうひとふんばりしますか〜

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薄れゆく品格

日曜のお昼、どの家でもごはんでも食べてるか、のんびりくつろいでいる時間。
にわかにドドドド〜ンと音がして、天井が揺れた。揺れは10数秒ほど続いて止まったが、久々の大きな地震を体感した。すぐにNHKをつけたら、さすがにNHKは早い! のどじまん大会の平和な映像を流す一方、ものの1分ほどで、地震の告知があり、津波を警戒するスーパーが出た。東海地方の地震で、このあたりは震度3だった。夕方にもまたもや揺れがあり、なんだか余震がまだ続きそうだ。

ついこの間金沢を襲った地震も日曜日だった。この頃日曜は地震警戒デーである。

それにしてもこういう時、NHKというのは頼りになるなと思う。災害時の情報発信などは明らかに民放とは姿勢が違うし、やはり何かあると皆NHKをつけるのではないだろうか・・・。いろいろと不祥事を起こして、国民の信頼を失っているようだが、不祥事を起こす前からNHKの受信料を払っていない人は多い。

実はお山の上も、忘れられていた地域なのか、なぜか長い間受信料の集金にこなかった(ウチだけだろうか・・・)。だから私はしばらく未払いでNHKを見ていた。最近になって、やっと集金のおじさんがやってきてお金を払うようになった。最初玄関のドアを開けると、そこに立っている集金鞄を肩から提げた初老のおじさんは、見るからに疲弊しきっていた。そして、驚くほど低姿勢にNHKの受信料を払ってくれるよう私に請うた。最初から払うつもりだったので、私が素直に銀行振り込みの支払いに応じると、ふいに全身の力が抜けたようにおじさんの顔がゆるんだ。ボロボロになった皮の鞄から、用紙やらを取り出すその手はしわくちゃで、節くれ立っていた。いつもいつも、玄関扉の向こうで居留守を使われたり、ドアホン越しに支払いを断られたり、罵声を浴びたりしてきたんだろうな、きっと・・・。私がねぎらいの言葉をかけると、おじさんはほっとしたように笑顔でお礼を返した。後ろ姿おを見送ると、おじさんの靴底もボロボロだった。

NHKの社内の人間は責められる立場にあるだろうが、集金の人たちは変わらず自分の仕事をまじめにやっているだけで、何ら責められる理由はない。会社の不祥事のお陰で、それでなくとも支払わない人が多い受信料を集金する仕事はさぞ大変だと思う・・・。だけど他のチャンネル同様、NHKを見てるんだったら、きちんと支払うべきだと私は思う。ニュースを見てその日にあった出来事を知り、衛星のスポーツでヤンキースの試合を楽しみ、災害が起きたらその様子をチェックする、という風に実際に利用しているんだったら、料金はきちんと払うものだと私は思う。もともとそういうしくみで成り立っている放送局なのだから。結構社会的地位の高い人でも、時々受信料を払っていない人がいたりする。どうやって言い逃れているのかは不思議だが、たかだか2月で2400円ぐらいの料金を不払いで、派手な外車など乗っている人にはなんだか品格が感じられない。

そういえば最近は払えるのに給食費の支払いをしない親も激増しているそうだが、昔の感覚だったら信じられない話である。日本人からは品格やら品位やらがどんどん失われているように思えるのは、私だけではないだろう。というか、品格やら品位といったマインドがもはやイメージできない人が増えているのではないだろうか。それくらい品格や品位と言ったものが、普段からどんなシーンでも問われなくなってきたからではないだろうか。その代わり、あれこれと言い訳をつけて言い逃れる知恵やエネルギーだけがいたずらに蓄えられている。

なんかヤな世の中ですよね〜(>_<)

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南禅寺しいや

代理店時代の元同僚&上司と久々の飲み会。
最近マンションの一室や町家の一角のような、隠れ家的なお店が流行っているが、ここはその元祖的存在。普通のお家のリビングがお店になっており、知ってる人しか絶対訪れることのできない所である。普通の家といっても建っているのが南禅寺の西側、永観堂の北側という、京都市内でもズバ抜けてお品のいいエリア。瓦屋根の大きな邸宅や料亭が建ち並んだ情緒あふれる通りは、殊に春秋のシーズン、観光客が大勢歩いている。桜の時期は特に情緒があり、地元の人間もちょっとした観光気分である。

そうやって春の夜気を心地よく感じながら、白川通りをしばらく歩き、二条通を超え仁王門通りの手前までくるとその隠れ家、「しいや」さんはある。格子戸をくぐると、普通の家らしい玄関があり、リビングのドアを開けて、いつも着物姿の女将さん(というか、お姉さん)が迎えてくれる。廊下のつきあたりが20帖くらいあるフローリングのリビングになっていて、そこにこじんまり3席ほどのテーブルが置かれている。お部屋にある一つひとつの調度品も少しアンティークな格調あるものばかりで揃えられており、しっとりと落ち着ける雰囲気だ。

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お料理は基本的には和食。昨日のメニューは、突き出しに始まり、菜の花とホタテの和えもの、若竹煮、あんかけの茶碗蒸し、名物豚の角煮、自家製チゲ鍋、そしてごはんのコース(確か春の特別メニュー¥3500だったと思う)。家庭らしい雰囲気でありながら、味は料亭級!お出汁がきいていて、素材の美味さをそのまま活かした味も淡すぎずちょうどいい。珍しく、チゲ鍋が登場したのだが、これも辛いもの大好きな私にはうれしい逸品!味噌仕立ての水餃子入りというのもしつこくなくてヨカッタ^^

久しぶりに会った男性諸君と卓を囲み、飲みながら、しゃべりながら、時計はあっという間に過ぎた。現在はそれぞれ仕事は違ってはいるが、なんだかんだ言ってもかつて一緒に仕事をした仲間というのは、時々こうして元気な姿を見せあったり、グチを聞いてもらったり、時には熱い議論をしてみたりできる、なかなか貴重な存在である。

街の桜はもう散ってしまったが、ここのテラスでは見事な八重桜が咲いていた。桜に見守られながら、気のおけない宴を楽しんだ夜だった。

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母は元気ハツラツ!

昨日の阪神-中日戦が、阪神の勝利で終わった瞬間に電話が鳴った。
頼まれていた洗顔石鹸を送ったので、母からのサンキューコールだ。タイガースが勝ったので声もはずんでいる。そこからはタイガースの話に始まり、最近友達と食事に出かけた時の話や毎日近所の友達とウォーキングしていることなど、次から次へとご機嫌でしゃべり続けていた母。私はほとんど「ふん、ふん」「へぇ〜」と相づちをうつだけだった。

10年前に夫を亡くしてから、福岡で一人暮らしを続けている母(通称マサコ様)。もう75を過ぎているので(娘の私が言うのもなんだが、とてもそんな風には見えない)、"独居老人"と言われてもおかしくない年齢であるが、そんな言葉を粉々に砕いてしまうかのようなハツラツぶり。タイガースに熱狂し、頭の体操に麻雀卓を囲み、友達とあちこちへ出かけ、おしゃれとおいしいものへの欲は未だ衰えていない。

私はこんな母が、何よりも"子孝行"だと思っている。

友人のお母さんなどは、体の具合が悪かったり、入院したり、どこかしら心配なことのひとつやふたつあるものだが、ウチの母に関してはまるでない。人生の終盤でマイライフを存分に謳歌しており、今のところ悲哀というものには無縁の生活だからだ。しかしこれほど"子孝行"なことはない。「亭主元気で留守がいい」という懐かしいセリフは、ある意味真実だろうが、「親は遠くて、元気がいい」というのもありがた〜く真実である。

「あんた達に迷惑かけないように、食事に気を遣い、健康に気を配っているのよ」というのはいつも母の口から出るセリフ。子供は親に面倒をかけなれているので、いい大人になってもどこかしら甘えが出てくるもの。しかし親はいつまでたっても親という意識がぬけないのか、子供に迷惑をかけることが何よりも苦痛なようだ。

ま、ウチの母がそんなことを考えているゆえに元気なわけではないとは思っているが。それは建前で、ホントは子供のことなどあまり眼中になく、要は今の自分の人生に夢中なのだ。でもその「勝手にエンジョイ志向」が母をいきいきとさせ、離れて暮らしている娘の私達をも安心させてくれるのだ。「孫と遊ぶことだけが楽しみ」とか「家事をするだけの日常」とか、年とったらありがちなひきこもり&依存派でない母を心から頼もしく、また有り難く思う。この調子で100歳まで生きてくれたら・・・(^^)  さほど夢でもないような気もする。

しかし妻を亡くした夫はその後元気を失い、後を追うように亡くなることが多いが、夫を亡くした妻のなんと元気なことか。女はやっぱり強い・・・!! 

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近江の桜紀行

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取材のため、滋賀県の石山寺を訪れた。
石山寺は紫式部が源氏物語を書いたところとして知られている。今でいうカンヅメ。紫式部は新しい物語を書き上げるため、この寺に1週間ほどこもっていたそうだ。ここは結構な観光地で、瀬田川に沿って道路を進んでいくと、にぎやかな茶店やレストランなどが寄り集まった場所が見えてくる。これが石山寺の入り口で、大型の観光バスが何台も停まり、平日にも関わらずお花見見物の人であふれていた。

息苦しいほどの満開の桜を想像してやってきたのだが、あいにく見頃は過ぎたようだ。花をいっぱいにつけた桜というのはあんなに華やかなのに、所々葉桜に変わてしまっただけで急にみすぼらしくなってしまう・・・。わずかに本堂の前に咲き誇るソメイヨシノが、堂々と観光客を迎えていた。あまり知られていないが、文化財の多さは京都、奈良、東京に次いで弟4位!そのほとんどが、三井寺、日吉大社、近江神宮、そして石山寺にあるのだそうだ。

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石山寺という名の通り、境内には要所要所でワイルドな石が力強い造形美を見せている。天然記念物に指定されている珪灰石の奇岩越しに、国宝の多宝塔がそびえるという有り難い光景も目にした。小高い山を登っていくと見晴台があり、そこから瀬田川の風景を見渡せる。隣にいた団体客を引率するガイドさんによると、「石山の秋月」、「瀬田の夕照」と言われ、近江八景のひとつとして有名なのだそうだ。なるほど、石山寺から見渡せるのどかな瀬田川の流れ。川沿いや山に植えられた桜が薄紅色に染まり、なかなかの風景だ。「あれが名神高速道路で、あれが・・・」ガイドさんの言うとおりに自分も視線を合わせていると、目に映ったのは大きな川にかかる瀬田大橋。まっすぐつっけんどんに向こう岸へ伸び、底部の鉄骨部分がミントブルーにカラーリングされたこの橋のなんと色気のないことか。石山寺の力強い石の造形美とは正反対の、あまりに洗練されていない橋のデザインに、瀬田の夕照も台無しである・・・・。紫式部もこの風景からはとても物語を生むことはなかっただろう・・・。

石山寺を出て、観光クルーズ船がゆったりと進む瀬田川沿いを戻っていくと、「瀬田のしじみ」や「瀬田の鰻」などの看板がやたら目につく。来るときも大いに気になっていたのだが、お昼は済ませたし、夕飯には早すぎるので、泣く泣く通り過ぎた(次回は鰻としじみを目指して来ることを決意した)。

近江大橋に近づいてくると、桜が咲き乱れている箇所がある。膳所城跡公園だ。わずかに城跡らしき白壁、瓦屋根の建物が琵琶湖の畔に建っており、北側は広い公園になっている。満開の桜が林立する園内は、さすがに見頃の時期。家族連れでお弁当を広げる人やたくさんの子供達のはしゃぎ声であふれていた。疎水の桜、お堀の桜はよくあるが、湖の桜はなかなかない。ワビサビではなく、おおらかな湖を背景に鑑賞する桜はちょっとアメリカっぽい気がした。

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落ちていた桜の花があまりにも完璧なキレイさだったので、ティッシュに包んでそっと持ち帰ってきた。こんな色、こんな花弁の形、やっぱり桜でしか目にできない完璧な美しさ。お風呂に浮かべて、桜湯を楽しんでみようか。よい句はこんな時に生まれるのかもしれない・・・。

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豆ごはん

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子供の頃は嫌いだった食べ物が、大人になったら不思議と大好きになってることってよくある。私の場合、豚肉、鰻、鮎、ミョウガ、そしてエンドウ豆がそれにあたり、いずれも今は大好物ばかりである。豆ごはんは母が好きでよく作っていたのだが、私は豆だけをどけて、最初に食べてしまってから(残すと叱られるので)塩味のごはんだけをいただいていた。ところがいつの時点で好きになったのか皆目わからないが、今では大好きメニューのひとつに堂々ランクイン!春になると豆ごはんを何回作ることだろう。

豆ごはんのコツは、豆とごはんを別々に炊いて最後に合流させてやること。そうすると、グリーンが鮮やかな見た目も美しい豆ごはんになる。炊飯器で一緒に炊いてしまうと、どうしても豆が白くあせてしまい、ほどよい硬さも保てなくなるからだ。ごはんを炊く前に塩を入れて(1.5合で小さじ1杯ぐらい)、昆布を一枚ひく。炊きあがる前にさやから出したうすいえんどうを、塩を入れた水で5分〜10分ぐらい炊く。ほどよい硬さを残したところで火をとめ、さっとざるにあげて水にさらす。すると豆があっという間に鮮やかな緑色になる。こうして炊いた方が、豆の甘味も引き立つのです!で、ごはんが炊きあがったら昆布を取り除き、豆を混ぜ込んだら出来上がり!

今日はおかずがな〜んもなかったので、たっぷり出汁をきかせて、有明の海苔を巻き込んだふわふわだし巻きたまごがメイン。あとはしば漬けやら梅干し。しかしながら、豆ごはんの美味さが際立ち、質素なおかずでもなんだか贅沢な味わいが楽しめた。

旬とは本来こういうことではないのだろうか・・・。

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星座の相性

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昨日はAちゃんのちょっと前倒しのお誕生日パーティー。
今さらお誕生日など、できればこないで欲しいくらい、嬉しくも何ともないが、かといってまったく無視して通り過ぎれるものでもない。決して年齢には触れずに、飲み食いイベントのひとつとして開催されている。この日のために、料理は得意だがお菓子作りは苦手な私が、ケーキ大好きなAちゃんのためにバースデーケーキにチャレンジ。「絶対失敗しないスポンジケーキ」というレシピを見て作ったのに、なぜか失敗してしまったチョコレートケーキも一応テーブルにディスプレイ(全然膨らまなかったのだ)。今日のメニューのハーブたっぷりのレバノンチキンやポテトグラタン、パスタやサラダを食い尽くした後、ケーキにキャンドルを灯して吹き消すなんていう儀式もすることなく、AちゃんとSちゃんはさっさとケーキを切って食べ始めているではないか・・・。

「パンと思えば味はおいしい・・・!」

がはははと笑って、私の失敗作のケーキも頓着なく食いまくっていたAちゃんとSちゃん。彼女らは相変わらずの食欲である。Aちゃんのダイエット作戦は一体どこへいったのであろうか・・・。今回もまたいつのまにか、旺盛な食欲に決意が吹き飛ばされてしまったようだ。

そうそう、昨日は誕生日ということもあって、星座の話で盛り上がった。私は血液型とかはあまり気にならないのだが、星座の相性というのが一番当たると思っている。例えば私はてんびん座だから、水がめ座やふたご座と共に"風の星座"である。同じ風同士は自然と気が合う。そしてAちゃんはおひつじ座で、Sちゃんは射手座。二人とも"火の星座"で、風を受けて炎を舞い上がらせる火と風の関係で、相性はとても良い。こんな風に親しい人達の星座を上げてみると、私の場合ほとんどは風か火の星座にあてはまるのだ。逆になんとなくしっくりこないな〜と思うと、大抵は水か土に属する星座の人であったりする(殊に鬼門はうお座の男!トラブルなしで済んだことがない)・・・・。Sちゃんもそれを実感するらしく、

気が合わないな〜と思ったら蟹やった〜!!とか、
この人面白いな〜と思ったら、射手座だった!とか、

職場の人間や友人関係も火、風、水、土に分類するとはっきりとその結果が出るらしい。やっぱり!! ちなみに只今別居中のダンナさんが、乙女座、つまり土っていうのもなんだか意味深ではあるが・・・。Aちゃんもしきりに、気の合わない上司であるTさんの"ヤギこきおろし"を叫んでいた。くれぐれも、蟹座や山羊座の人は気持ちを害さないでいただきたいのだが、天秤や射手にとって蟹や山羊の方々はどーも、苦手なところがあるようなのです・・・。それは蟹や山羊さん達にとっても同じなんでしょうが・・・。

そんなこと気のせいだと言われてしまえばそれまでだが、私のこれまで生きてきた経験上、この火、風、土、水の相性関係式は「なるほど」という真理が潜んでいる・・・。やっぱり水は大地に染みいり、風が火を煽る。火は水に消されるし、土と風は相容れない。それぞれの星座の陰で、自然の力がどこかしら働きかけているように思う・・・。不思議だが、やはり人は自然の摂理にはかなわないのである・・・。

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春満開!

黄砂開けなのか、今日は久しぶりに快晴のお天気だった。青空を背景にお山も稜線までくっきりと浮かび上がり、木々の緑まで鮮やかに見て取れる。お山の上の桜はまだ三分咲きだが、今はちょうどこぶしの花が盛りである。お家の庭先を飾る花木として、ハナミズキと共にこの辺りでは結構ポピュラーなこの木。山にも大きなこぶしが植わっており、左右に伸ばした枝々に白いパフスリーブのような花をたくさんつけた姿は、白いオーナメントを灯したクリスマスツリーのよう。桜も美しいが、私は大ぶりな花をたくさんつけるこぶしの花も春の楽しみのひとつである。

ウチには残念ながらこぶしは植わっていないが、ユキヤナギが滝のように白い花を咲かせている。寒い冬を越して(今年はそうでもなかったが)、春になると草木が芽吹き、一斉に花が咲いて、あたりが急にカラフルになる。ウチの庭も、パンジーやビオラ、クリスマスローズやアネモネなどが咲きまくり、派手ハデ状態である。

しかしこの花々が日々の心を癒してくれる貴重な存在なのだ。朝起きて、ブラインドを開けるたびに眺め、仕事の途中でひと休みしては眺め、食事中にごはんをかき込みながら眺めして、目と心を楽しませてくれる。以前は部屋の中に切り花を飾る習慣だったが、いつの間にか庭の花が切り花変わりになっている。こっちのほうがスケールがデカいし、はるかに経済的である。最近ホームセンターなどで売られている花は苗で買っても安くて、簡単に植えられ、さしてガーデニングの技術も必要なくして何ヶ月も花をつけ続ける。時期が来て枯れたら捨てて、また来年好きな苗を植える。

まさに近頃は花も使い捨てだ。

冬を越え、春になると毎年決まったように蕾をつけ、自然のサイクルの中で花開かせる桜やこぶしに比べると、そこにストーリー性はないし、力強い植物としての魅力もない。でもシーズンを健気に精一杯咲ききる花も可憐である。

春の陽射しをめいっぱい浴びて、窓の外では今日も花達は笑っている。

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バラ色のサプリメント

もう2年ぐらい前から、TVでもお馴染みの「ブルーベリーアイ」を飲み続けている。
私などのように、一日の多くの時間をパソコンの画面を見て過ごす人間にとって、目の酷使は避けられない。このままいくとどんどん老眼を誘発していくようで恐ろしく、近所のお友達が飲んでいて「いい」という「ブルーベリーアイ」を飲み始めた。確かに疲れや目のかすみは幾分軽減され、飲まない頃より状態はいいような気がする。以来毎日欠かさず飲んでいる。

毎月決まった時期に送られてくるのだが、最近その「ブルーベリーアイ」のわかさ生活から広報誌が送られてくるようになった。どうせブルーベリーアイの次は、ラズベリーノーズだか、ワイルドベリーイヤーだか、そういう健食ものが列挙されてるのだろうと、さして興味もなくトイレへ持ち込んでページをめくっていたら(*_*:)、にわかに心惹かれる商品を発見!!鮮やかな薔薇色をしたサプリメント。

1粒口にするだけで、吐息がバラの香りになり、
続けていくうちに体がバラの香りに包まれます。
ローズサプリメント「ソフィアローズ」!!

その紹介文を見たとたん、口から、カラダから、バラの花がフワフワと飛び散る漫画のような光景が浮かんできた。香りものに弱い私は釘付けになり、あわててトイレから出てきた。遅まきながら、飲んで、カラダから香りを漂わすという発想のサプリメントってものがあることに感動! しかも配合されているローズオイルは女性特有の症状にも穏やかに効くらしく、お肌にいいビタミンEやレチノール入りだ。まさに女性ねらい商品で、ノセられて買う人がいっぱいいるんだろうな〜、と思いながらもすぐさまフリーダイヤルしていた私・・・・。

私:「あの、次回からブルーベリーアイと一緒にソフィアローズも一袋お願いします」
OP:「ありがとうございます!!」と嬉しそうなオペレーター。
OP「今回ご注文なさったのは、広報誌をご覧になられたからですか?」
私:「え、えぇ・・・そうです」
OP:「ありがとうございます」とさらにワントーン声が上がるオペレーター。

広報誌→購買行動という私の一連の動作を見破ったかのように、すぐさま切り返してきたオペレーターのものいいにちょっとたじろいだが、やはり広報誌を見て注文が殺到しているのだろうか・・・。きっと、私のように「吐息がバラの香り」という殺し文句にやられた女性が全国各地に出没しているに違いない。

餃子を食べた後でも一粒かむと、吐息はバラの香り! これから汗ばむ季節になっても、私のカラダからはバラの香りがたちこめているかもしれないかと思うと、ついうれしくなってしまう・・・・。

早く商品が届かないかな〜(^_^)~

しかしふと考えてみると、よく自分がにんにく臭い時、人から指摘されるが、自分ではまったくわからないということがある。体臭も自分ではわからないが、他人の匂いは敏感に感じ取れる。ということは、せっかくのバラの香りも、自分では感じられないのだろうか・・・。

う〜ん・・・・それはちょっと淋しいナ・・・。
とりあえず、商品を試してみないとまだなんとも言えない。まずはしばらく飲んでみて、"バラの香りの吐息効果"を確かめたいと思う。


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チャンポンランチ

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今日は朝方晴れていたかと思うと突然曇り、にわかに突風が吹いたかと思うと、なんとお山の上には雪が降ってきた・・・。4月の雪・・・そんな映画(確かヨン様が主演、ほとんどハリソン・フォードのランダムハートそっくり)があったような気もするが、植えたばかりの花は倒れるわ、雪は降るわで、なんだか心許ない天気だった。桜の花も瞬間冷凍されたかもしれない。

そんな激しい寒さがcomebackしてきた日には、あったか〜いチャンポン。これ、なかなかグッドチョイスでした。週間天気予報でこの辺り寒いぜ!と聞いていたので、あらかじめストーブの上でコトコト鶏ガラスープをとり、野菜も揃えていたのでありました。おいしいもののためには用意周到な私(それが仕事に活かせんか!?) なんといっても私のチャンポンは、ホンマにこんだけ胃袋に入るのかというくらいの大量の野菜が決め手。キャベツ、たまねぎ、青梗菜、白ネギ、ニラ、そして豚肉と今日は干しエビを入れ、栄養がスパークする秘伝のメニューである。

スープさえとれば、あとはいたって簡単!焼きそばの要領で、野菜とお肉、麺を炒めて、そこへ塩こしょう、お醤油、オイスターソース少々で味付けたスープを入れる。軽く煮ると野菜の甘味がしみ出して、スープがとてもまろやかになる。最後に軽く片栗粉でとろみをつけて、ごま油をまわしかけて完成(九州では絶対片栗粉は入れない。しかし関西育ちのアタクシはどうしても入れたくなってしまう!)です。

もう野菜を食べてるのか、麺を食べてるのかわからないくらい野菜だらけ。スープもおいしくてもちろん完食!!それでも野菜は決して胃にもたれない。くどいラーメンを食べた後のような後悔も残らない。素直においしい味である!。

なんて言ってるといつの間にか、外は晴れている。

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桜の魔力

いや〜、京都の街中は桜が満開。
いつも通る道や街角も、桜の花が咲き乱れていると、昨日とは全然違った風景に見える。いつもは誰も訪れることもない地味な神社も、背景を覆ってしまうほどの花に彩られると、華やかすぎるくらい。満開の桜というのは誰しもが心かきたてられるものがある。車で市内を走っていると、あちこちの桜が咲いている。この時期、いかにこの町に桜の木が多いかが改めてわかる。たった1週間あまりの華やぎ以外は静かに葉を揺らせているだけで気づかなかったが・・・。

また4月の始めに咲く、というのもドラマチックなのだ。
入社式、入学式、新しい期の始まり、新生活のスタート。ちょうど出会いや別れの季節で、この時期そのものが何か情緒的でセンシティブである。そんな時にあの淡いピンク色の花弁を惜しげもなく咲かせる桜というのは、とってもドラマチックで心に深く刻み込まれる。TVコマーシャルでもこの時期桜をテーマにしたものが多く見られるのも、そのドラマチック効果を狙ったものだろう。春=桜=ウキウキ感というのは、日本ではゆるぎない効果的アプローチとなっているのだ。

桜の花に、こうも心揺さぶられるのは、やはりあの咲き方が尋常ではないからだと思う。普通の花なら、もう少し葉や枝の存在感を考えて咲くだろう。しかし桜だけは、"咲く時は花咲きまくり"という感じで花以外、少しの猶予を残さないよう花をつける。その咲きようが、美しい反面一種の「狂気」さえ感じさせる。ようやく訪れた春という季節の盛り上がりも相まって、人の心をふと開放してしまうところは大いにあると思う。美しさと狂気が紙一重のところに、また人々はのせられ、うかれていくのだろう。桜の魔力がそこに潜んでいる気がする。

一方、桜のケーキ、桜餅入りパン、桜のババロア・・・・etc。店頭には桜を用いたデザートやパンがたくさん登場している。思わず手がでそうになるが、よく考えると桜の花は味も香りもないし、桜の葉がおいしいわけでもない。桜はあくまでモチーフで、その雰囲気にそそられてしまうのだ。桜の魔力はこんなところにも潜んでいる。「春=桜=おいしい」というアプローチにあやうくはまるところであった。

ま、はまってもいいんですが・・・。
やっぱり人はどこかしら、桜の魔力にはまってみたいのかもしれない。

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おしゃべりな隣人

町も、山も、一寸先も、かすんでいる・・・。
ただ天気が曇っているからではない、はるか中国の砂漠から風にのった黄砂が明らかにあたりを濁らせている。お山の上も、なんだかモッタリした空気だ。

ところで今日はご近所さんの話である。近所に住むHちゃん夫婦は以前から友達(さほど親しいわけではなかった)だが、最近特に親しくなった。お山に住む人は、毎年車のタイヤをスタッドレスに付け替える。ある時からついでだから、といってダンナさんが私の分まで交換してくれるようになり、お礼になんやかやと差し入れをしたりして行き来している。もともとHちゃんと友達なのだが、最近は不思議なことに、Hちゃんぬきでダンナさんと行き来することが多くなってしまった。

春先にタイヤ交換してくれた時もHちゃんは仕事で外出中。タイヤ交換をして車まで届けてくれた親切なダンナさん。Hちゃんもいないのにまさか上がってお茶でもというのもはばかられるし、深く感謝をしてお見送りした。が、その後から電話がかかってきて「暇やし、コーヒーでも飲みにこない?」というお誘い。

え!? Hちゃんもいない家に、アタシが上がり込んでいいのだろうか・・・。

ふとそんなことも気にしたが、ま、これもお山仲間のノリ。友達のダンナだし、そんな深い考えもないだろう・・・。退屈そうなお誘いを無下に断るわけにもいかないし、犬も二匹いるし(ゴールデンと雑種)、1,2時間お相手をしようと思い、お茶菓子にオレンジタルトを買って伺った。実際なんのことはない、コーヒー(お持たせのお菓子もだしてくれない!)を飲みながら、ただベラベラとしゃべる茶飲み友達のノリ。Hちゃんのダンナと差しでじっくり話すのは初めてだったが、まるでおしゃべり好きなおばちゃんのようだった。私も聞き上手、話させ上手なので、彼もすっかり暇つぶしになったと思う。で、そろそろHちゃんを迎えに行くというので、2時間ほどで辞したが、私に残ったかすかな疲労感・・・。

こないだかやくごはんを作った時も、Hちゃん宅が留守だったので、ミルクボックスにかやくごはんを入れて門扉に手紙を差し込んでおいた。そしたら電話をかけてきたのは、Hちゃんはまだ帰っていないのか、ダンナさんだった。ひとしきり電話で話して切った。

そしたらまたまた昨日の留守中、かやくごはんのお礼に、玄関に器と一緒に小さなお菓子の箱が届けられていた。こんな風に気を遣われてしまっては、返って申し訳ないな〜なんて思いながら夜遅かったので電話するのは遠慮しておいたら、今日の夜電話が入った。「お、今日はちょっと早く仕事がかたづいたので、なんかうまいもんでも作るか〜」と、まさしく私が青梗菜などを刻み始めた時だった。Hちゃんかと思って出たら、またもやダンナ。かやくごはんのお礼を切り口に、そこからまたまた長電話が始まった。

「今日はHが亀岡の方へお泊まりで、暇やね〜ん」

といってかけてくるHちゃんのダンナ。そんな時間があれば、本でも読んだら? 映画でも見たら?と喉まで出てきたが、ぐっと飲み込み、我ながら相手が乗ってきそうな話題を提供してはHちゃんのダンナを退屈しないように、あれこれエンターテインする私・・・。自動的にそういうサービスができてしまう私も、なんか哀しすぎる・・・。だいたい、私はそんなに暇そうに見えるのだろうか・・・。私のキャラがそうさせるのか、ほとんど近所のマブ達のノリである。近場に絶好の遊び友達を見つけた子供のような、そんな具合でコンタクトしてくるのだ。結局電話を切ったのは10時前。切り際に「今からでもコーヒーの見に来る?」と言ってくるので、私がまだごはんを食べていないと言うと、ごめ〜んと言ってあわてて切ってくれた。「やれやれ・・・」と思って時計を見ると、女子高生じゃあるまいし、1時間半以上は長電話していたことになる。もう電話だけで十分やろ!って思わず叫んでいた私。もう料理する気力はなくなり、簡単にごはんを済ませてこのブログを書いていると・・・・な、なんと、10時半頃コンコンとウチの玄関をノックをする人がいる。

まさか・・・・と思ったら、へへ〜っと玄関にあのオトコが立っているではないか!

・・・え〜〜〜!!!?
その驚きを想像していただけるであろうか・・・。「あれ〜?どうしたん!? 」と努めて平常心を装い、玄関のドアを少し開けて(決して大きくは開けずにさり気なく意思表示したつもり)応対すると、「来ちゃった〜。一人やと淋しくて・・・」と、申し訳なさそうに、照れくさそうに笑うHちゃんのダンナ。

え、え〜〜!?

普通、こんな時間に、しかも女一人の家へ(犬もいない)近所の友達とはいえ、そんなに親しい間柄でもないのにそんなセリフを言って訪れてくるダンナっているだろうか・・・!? 冗談でも言って、その場を笑ってごまかしかない。それもだんだん間がもたない。あくまでも友達のダンナだし、「ちょっとこんな時間からどういうつもり?」なんて叱りとばす勇気なんて到底ない・・・。仕方なく「ほな、ちょっと上がっていくか〜?」と言わなしゃーない状況になってしまった・・・。

私は即座に、デスクに散らかった資料なんかをかたづけるふりして、今まさに、アンタのこと書いてたブログの画面を消した。コーヒーを入れて努めて明るく、男友達のようなノリでスポーツニュースなんかを解説したりした。Hちゃんのダンナは来てみたものの、案外居心地が悪かったのか、私のノリが悪かったのか、何か別の期待をしてたのか(とてもそうとは思えない!)、それとも一瞬のスキにこのブログを見てしまったのか、イマイチ話もはずまず3,40分もすると帰って行った・・・。

ほっ・・・(*_*;)

2時間ぐらい居座られたらどうしようかと思ったが、帰ってくれて心底ほっとした。たった3,40分でも誰かとしゃべりたかったのだろうか、そんなに私の話が面白かったのか・・・あるいは完全にオトコ友達と思っているのだろうか・・・しかし男友達に「1人でいると淋しいし、来ちゃった〜」なんて、言うだろうか・・・。どうも彼の行動が解せない。ってゆーか、その前にどーゆー神経をしているんだろう・・・。単なるイノセントなのか、非常識なのか、アタマ悪いのか・・・!?

そやけど、こんな友達のダンナっている〜!?
ご近所づきあいがちょっと憂鬱になってきた私であーる。

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先週とかつてデザイナーをしていたお友達の家に遊びに行った。
湖西線のはるか彼方、高島市というところ(こないだまで群だった)。途中から琵琶湖沿岸を走り、もう車窓から見る風景はちょっとした旅気分。そんなところから京都市内の会社まで毎日通っていたとは・・・通勤だけでも大変な時間である! 駅へ降りると人もまばらで、予想通りかなりの田舎だった。迎えに来てくれたBabyのコーイチ君とOさん、ちょうどお昼過ぎだったので、「どこかでランチしましょうよ」ってことになったのはいいが、

店がない・・・・!

あたりは田んぼや家ばかりで、駅前に薬局などの2,3のお店があるだけ。結局朽木まで車で20分かけて、おいしいおそば屋さんへ案内してくれた。車を持たない人は、絶対に生活できない町である。

お家へお邪魔すると、木や白壁で作られたなかなかおしゃれなお家だった。土地は分譲地らしく、5,6軒お家は並んでいるものの、あたりはほどんどが空き地。その向こうには田んぼや畑、ほとんど車の通らない道路が広がっている。とても長閑なところである。いくら土地が安いとはいえ、ここに家を建てるのは私にとってはすごい勇気を要する。ご主人は未だに車で京都市内のお勤め先に通っているというのだからスゴイ!車の走行距離ってすごいだろうな〜

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Oさんの家に伺う楽しみのひとつに、サルトルと遊ぶことがある。
サルトルといってもフランス人の哲学者のことではなく、Oさんちで飼われているバーニーズマウンテンのこと。一度ウチへ遊びに連れて来てくれたのだが、おとなしくて、おりこうで、いじらしくて・・・・私はこのワンちゃんが大好きになってしまったのだ(考えてみれば、ダグとは正反対・・・)。そもそもBabyの出産お祝いを届けることが目的だったのだが、赤ちゃんもカワイイのだが、正直言ってやっぱり私は犬の方がカワイイ・・・^^

お家でくつろいでいても、ふだんは赤ちゃんの世話にかまけて、ほとんどかまってもらえないサルトルが気になって仕方がない・・・。しばらくすると、赤ちゃんをバギーに乗せて、サルトルも一緒に連れて散歩に出た。こんなお昼間にお散歩に行けるサルトルは大喜びで、大きなカラダではしゃぎまくっていた。散歩から帰ってくるとすっかり私に心を許して、グリグリ顔を押しつけて甘えまくっていた

カワイ〜 !!!

サルトルへのラブリーハートがびゅんびゅん飛びまくっていたワタシ・・・。ダグが亡くなって1年半、やはり犬好きというのは、懲りずに何度でも飼いたくなるのであーる。Oさんちを辞する時は、旅行へ出掛ける時にはサルトルをくれぐれも私に預けてくれるように頼んでおいた・・・。サルトルのあのうれしそうな顔、デカいカラダ、グリグリ押しつけて甘えてくるところを今でも思い出してはニマニマしてしまう・・・。

あ〜、Oさん早く旅行へ出掛けてくれないかな〜

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もちろん、
OさんちのBabyもカワイーです!

4ヵ月も早く生まれたのに、
今ではこんないリッパな男の子になりました・・・!

私が選りすぐってプレゼントした
帽子とスニーカーを履いたコーイチ君、激写^^

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