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開幕黒星発進!

遂にやってきた!
プロ野球セ・リーグが開幕する時がやってきた!
仕事をしながら、もう5時頃からTVをつけて、その時を逃すまいとエキサイトする私・・・。春の高校選抜のため、開幕戦は毎年甲子園ではないが、今年は地元大阪の京セラドーム。やはり球場は満を持しての超満員である! 冬の間、プロ野球を見なきゃ見ないで、その生活に慣れてしまうのだが、こうやってエキサイティングなプレー、沸き上がる歓声、興奮するアナウンサーというのを見て、聞いて、体感しまうともう暮らしがこのリズムになってしまう・・・。毎日毎日、勝負の行方を見守りながら、ビールをかっくらうシアワセな季節がやってきた・・・^^

やはり、お隣も同じ気持ちのようである・・・。

逆転の場面、シーツのあわやホームランかと思うあたりを、レフトが好捕球。大きなため息が近所から聞こえてきた。この季節ならではの連帯感を感じる瞬間である・・・。

今年はエース井川がYankeesへ行って、誰が開幕投手かと思っていたら、なんと下柳! 大好きな選手なので応援していたが(愛犬ラガーも大好き!)、38歳にして初めての開幕投手というのに緊張したのだろうか、広島カープに打たれていつものねばり強さがない。途中打球を足にあてるなどもあり、やむなく降板した。しかし「38歳にして初めての開幕投手」というのはすごい!だいたい38歳で現役というだけでもすごいのに、投手王国の阪神タイガースで井川の後開幕投手の座をゲットするなんて!! (福原、安藤のケガ情報もあるが・・・) 若い頃、活躍するのは当たり前でも、こういう努力して着実に自分の道を究めた"大器晩成型選手"というのは、本当に尊敬に値する。勝ち負けは別として、とりあえず開幕のマウンドに立てただけでもファン的にはオッケーである。

2007年 開幕初戦の阪神-広島戦は、惜しくも阪神の負けに終わったが(全然惜しくはなかったが・・・)、私はさほどガッカリはしていない。相手が広島ということもある。なんといっても阪神の3番シーツ、4番金本は、広島からいただいた選手だ。手塩にかけて育てたところで阪神がいただき、クリーンナップに据えて優勝チームとしての威厳を保っていることを考えれば複雑な気持ちである。そして今日の黒田は素晴らしかった。黒田投手はFAで各球団から引く手あまただったのに、広島に残ることを選んだオトコ。そういう意味で広島というチームに対して阪神ファンというのはちょっと一歩下がったキモチになるのである・・・。

いや〜、負けた相手が広島でヨカッタ!

それにしても我が阪神タイガースは、ピッチャー下柳はじめ、金本も今岡も、力が入りすぎてカチカチだった。バッターボックスへ入っても、打つ気マンマンが過剰に見て取れた。しかし優勝した年も開幕は負けから始まっている。だいたい優勝を期待されているチームだけに、初日はカチコチになるのである(中日は7点も入れて逆転勝ちしていたが・・・)。これこそ常勝チームならではのツライ開幕症状。2日目からの伸び伸びした活躍が見物であーる^^

がんばれ〜、タイガース!!

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かやくごはんの春

ここ2,3日で急に暖かくなって、もう春まっさかり。
毎年のことだが、春への移り目はなんだか体調がよろしくない。頭が痛くなったり、カラダがだるくなったり・・・意外とデリケートなカラダであーる。完全に春になってしまえば大丈夫なのだが、こう、急にもあ〜っと暖かくなっていくのが、なんだか体調を狂わせてしまう。昨日は最悪で、お酒も飲まずにお茶漬けだけ食べてベッドへもぐりこんだ。しかし一夜明けて元気回復! 本日の仕事の合間に、春の定番料理「かやくごはん」を作った。

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ゴボウ、にんじん、お揚げ、こんにゃく、鶏肉、そして筍を入れたかやくごはん。春になったお印のように食べたくなる。私の得意料理のひとつ^^ ポイントは水加減、味加減。これがなかなか難しい。4合のお米に対して、いちいち具材を計って切り刻むわけではない、その時のノリ。だからそれに合わせて水加減しなくてはならない。もちろんそこへお醤油やお酒が入るから、それを考慮したまるでカンだけが頼りの水加減。やわらかごはんはイヤなので、いかにほどよい硬さで炊くかが最大のポイントなのだ。そしてごはんの上に入れる一枚の出し昆布。これだけで味はダンゼン変わる。

今日の味加減はグンバツ! ごはんはかすかに柔らかめだったかもしれないが、OK範囲。かやくごはんというのはちんまり炊くわけにはいかない。やはり4合も具材入りで炊き上げると、混ぜきれないほど炊飯器の釜がいっぱい!かなりの量になる。いたむのも早いので、友達に配りまくってこそのかやくごはん。

みんなも春を感じてくれるだろうか・・・。

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トラットリア・ニーノ

最近評判のイタリアン、トラットリア・ニーノへ出掛けた。
三条河原町を上がったところにある、古い町屋のお店。北イタリアのピエモンテと、南シチリア島、それぞれの本格的な郷土料理が味わえるという。シャンパンのように強い発砲で辛口のスパークリングワイン、カステルブランチ ブリュット ゼロも美味かった。

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前菜盛り合わせ。
鴨のスモークや熟成生ハムはグンバツ。
タコのマリネやホタルイカも申し分なし!

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手打ちパスタを二種。
一つめは豚の挽肉と白インゲン。
ソーセージを食べてるような
味付けが美味かったな〜

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これはたっぷりチーズのかかった
セージと生ハムのフェトチーネ。
やっぱり手打ちパスタはうまい!

このあとは鯛のアクアパッツァを食べてお腹いっぱい。
ホントに地元で出されているような、ネイティブな感じの料理がいーねー!
サービスもちゃんとしてて、なかなかヒットのイタリアンであーる^^

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養え!トラフィック能力

忙しさにかまけて部屋の掃除を怠っていたため、今日は夕方から寝室の掃除をした。
ドレッサーの中も押入の中も、いらんものでイッパイ!放っておくと増えていく本、資料や書類のたぐい、化粧品などの細々したものなど、前々から気になっていた。こういった雑多なモノを処分し、すっきりキレイにした。

は〜・・・(*_*)

私も整理整頓が苦手な方だが、一応目に付くところはそこそこきれいにしている。デスクの上も、さほど汚くはない。そういえば、かつての上司(女性)も整理整頓が苦手だった。デスクの上はいつも資料や本の山でほとんどデスクの機能は果たしておらず、空いてるわずかなスペースで企画書を書いたりしていた。しかし散らかっていながらも、彼女の頭の中では一応どこに何があるのかは把握されているからすごい。「○○の書類をください」などと誰かが来でも、あふれかえるデスクの上を怪訝そうに見ているその人に、「あ、それは左の山の下の方にあるから」とか言って、資料の山をかきわけてその書類を取り出してみせたりする。散らかっていても、その散らかりようがコントロールできているのだから不思議だ。

だったら、もう少しデスクの上が整理されていても良さそうな感じだが、整理整頓能力というのはやはり「トラフィック力」というものが必要なのだ。要するに日々増えていくモノや資料を要不要に瞬時に分けて、然るべきところにしまう、あるいは処分する能力。使ったらしまう、見たら戻す。仕事をしながらも、あるべきものをあるべき場所にしまうという習慣。これがトラフィック能力に欠けている私やその上司などは、仕事と平行してできない。私も忙しいとこれらの能力や機能はマヒするが、溜まってくるとその場の散らかりようにイライラさせられるので、自らトラフィック能力を奮い起こして、とりあえずかたづけている・・・。

私の母はキレイ好きで、実家はいつ行っても、部屋のどこを開けても整然としている。なぜ、その血を受け継がなかったのかが今となっては大変惜しまれる。だからかたづけ能力というのは、持って生まれた才能だと思っていたが、最近そうでもないと思うようになってきた(ある程度は持って生まれたものだが)。後天的にその能力は養われるものではないかと・・・。相変わらず日常的に整理整頓することは苦手だが、前ほど掃除をすることがさほど苦にならなくなってきた。実際整理整頓、きちんとかたづいていると心も安定し、清々しい気持ちでいれる。

心を糺す

とでも言うのか。かたづけることで物理的に居心地良くすることは、結局自分のモチベーションを保つことにつながるように思う。それは心の余裕でもある。部屋が荒れてる時というのは、心も荒れている。身の回りをきちんとかたづけ、居心地良くするということは、心を糺して毎日を大切に生きる姿勢の表れなんだろうと思う。

船越栄一郎の奥さん、松井なんとかっていう人が、キレイにしないと幸運も舞い込みません。というのは、ある意味説得力ある言葉に聞こえる最近の私であーる・・・・^^;

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淋しい公園

ここのところ春は遠ざかり、寒い日が続いている。
お山の上は今日も朝からチラチラ雪が降り、昼間でも深閑としている。で、もっと深閑としているのは、お山の上にできた新しい児童公園だ。何の変哲もない、住宅街によくある児童公園なのだが、あまり人通りもないところにできたためか、子供達が遊んでいる風景を見たことがない。子供が誰も遊びにこず、カラフルにペンキが塗られた真新しいブランコやジャングルジム、すべり台や鉄棒が、風に吹かれている姿は寂しさを誘う・・・。

だいたい、今の子供達はジャングルジムやブランコなんかで遊ばないんではないだろうか。楽しいゲームだっていっぱいあるし、女の子なんかはナルミヤインターナショナルじゃないが、早くからファッションに目覚め、とてもジャングルジムに登っていきそうもない。ふと公園の遊具が時代遅れにさえ思えてくる・・・。

そういえばお山の上にある公園でずーっと子供が遊んでいる姿を見たことがない。小さな子供がお母さんやおじいちゃんおばあちゃんに見守られて遊んでいるところは見たことがあるが、せいぜいが1時間ぐらい。日がな一日子供達が道端や公園で遊ぶ風景には出会ったことがない。大抵公園は「空き」である。お山の上は公園だけでなく、遊び場にできる野原や森もたくさんある。子供達だって結構いるはずなのだが、一体彼らはどこで遊んでいるんだろう・・・きっと、遊んでないのかもしれないな〜

私が小さい頃などは、子供というのは日がな一日遊ぶ生き物であった。
いつも誰かが道端や広場で遊んでいて、街は子供の声であふれていた。私も夢中になって遊んでいて、気が付くと日が暮れてることなんてしょっちゅうだった。お習字や塾へ行かされることもあったが、それもガチガチではなく、遊びの合間にあるといった感じ。私の兄などは何を習わせても、その時間に帰ってこないので、毎回母親が探しにいくのが大変で遂に、何も身につけられなかったという。

そんな大らかな時代だった・・・・(ウチだけ・・・?)^^

だけど少子化が進んだとはいえ、こんなに街中に子供がいないものだろうか・・・。一体子供は学校から帰ると、何をしているんだろう・・・!?子育てをしていないので、事情がよくわからないが、知らないものにとってはふと奇異に思えてくる・・・。

ちなみに小学校で夢中になった遊びというのはいろいろあったが、私の場合、特にゴム跳び、縄跳び(みんなでやるやつ)、そして百人一首である。クラスで流行っていたゴム跳びと縄跳びはもう大好きで、無邪気に毎日毎日やったものだ。6年生ぐらいになると、なぜか百人一首が流行する。これにもかなり夢中になった。今考えるとちょっとオタクな遊びかもしれないが、毎日放課後にやる時間だけでは足りず、朝早く学校へ行ってみんなが登校する前の朝一からカルタ取りをやっていた。さすが、子供の脳は記憶力後柔軟性に優れている。意味もわからず歌はすぐに全部覚えてしまっており、上の句を読んだとたん「ハイ!!」とみんなでカルタを取り合いしたものである。それがその後古典の才能につながらなかったのが哀しい話ではあるが・・・。

ゴム跳びや百人一首でたくさん遊んだ小学校時代。今ゴム跳びさせられれば、飛び方すらろくにできないだろうし、百人一首も下の句には詰まってしまう・・・。遊びが何かの役に立ったとは思わないが、あの時夢中になって遊んだことはとても貴重な経験だったと思っている。

今の子供達って、楽しいことに夢中になる心はどんなところで養っているのだろう・・・。もしも遊びに夢中になる経験も味わうことなく大人になるとしたら、なんだか恐ろしい気もする。誰も遊び手のいない、淋しげな公園を横目で見ながら、ふとそんなことを思ってしまった。

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オタク化する仕事

最近、世の中がネット社会になっているのをかなり肌で感じている。
常日頃から、インターネットを使って情報検索したりショッピングするのはもちろんだが、仕事をする上でもネットを駆使したスタイルが増えている。まあ、メディア自体が紙からネットにシフトしているのだから当然かもしれないが。今までは新聞広告であったり、パンフレットであったり、紙媒体を制作する時は、打ち合わせに出掛けて、取材するならして、そんでコピーを書いてっていう、一応人と人とが会って、仕事が進んでいくアナログな作業が基本だったが、ネットメディアは、もう会わないでも仕事ができてしまう。ホームページ制作などは別だが、メルマガやサイトに文章を書く仕事はそれ自体がネットで成り立っているので、作業もネット上で完結してしまう。多少は電話を使って確認し合う場合もあるが、それでも会うまでには至らない。クライアントが東京にいようが、海外にいようが、私はお山の上にいながらにして、仕事の納品ができてしまう。

なんと便利なことであろうか。

ネットのお陰で地域に限らず仕事ができてしまうのは、私達にとってありがたいことである。
が、その分ややこしい作業が増えてくるのも確か。会って打ち合わせして資料をもらったり、インタビューすればその場ですぐ理解できることも、何せ、手段は基本的にネットだけなので、コピーを書くまでに煩雑な作業が増えてくるのは事実である。インターネット上の資料だけを頼りに内容を理解しなければならなかったり、コピーをアップする際にサーバー上のファイルでシステマティックな手順を踏まなければならなかったり、会わない分、こちらに委ねられる理解力や作業力は自ずと増えてくる。双方向コミュニケーションで何かを生むというより、こちらの役割がはっきり限定され、柔軟な理解力や想像力(相手先が求めているものを察する)が求められるようになっている。

これまでのライターの仕事にはないような作業が随分増えた気がするように思う・・・。ダイナミックさは必要ないが、柔軟な対応力とクイックモーションが必要とされる、というところだろうか。より仕事がオタク化しているといった方が正しいのかも知れない。それが今の時代というものなのだろう・・・。人と人とが会わずに仕事ができてしまうのは、とても便利で効率的である。それはそれで仕事として全然OKだと思う。ただ、人と会うムダもなくしてはならないとも私は思う。コミュニケーションすることで生まれる人としての相互の理解、会話をかわすことで得られる行間のニュアンス、用はなくてもムダ話をしている時に生まれるアイデアなどなど・・・ムダな時間が創り出すものも実は偉大である。

効率とムダを使い分けて、ネット時代を生き抜きたいと思う・・・。

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大根葉の炒め物

春は野菜がおいしい。
あま〜い新じゃがに、新たまねぎ、うすいえんどう、苦味が味わい深い菜の花や山菜などなど・・・・。春の野菜もいいのだが、私の場合、売っていると買わずにおれないのが葉つき大根である。今日買い物へ行くと、野菜売場で地元の大根が「葉つき」と書かれて積み上げられていた。3月に入って、そう簡単に春にバトンタッチするわけにはいかん、とばかりに寒い日が続いている。即座にカゴに入れたとたん、今晩のメニューは春から冬へ変更となった。ちょうど朝から雪がちらつくさむ〜い日である。今夜はおでんと大根の葉っぱの炒め物となりました・・・^^

葉つき大根はなかなか売っていない。私は大根も好きだが、大根の葉はもっと大好きである。栄養だって満点!ビタミンA、C、カルシウム、鉄分、βカロテンが豊富で、大根にはない栄養がたっぷり。この葉っぱを1㎝ぐらいに細かく切って、ごま油で炒める。炒め始めてすぐに塩をふって水分を出すのがポイント。鷹の爪を切って入れ、ピリ辛にするのが私流である。じゃこを入れて炒め、酒、醤油、味醂(少々)で味付け。水分がなくなるまで炒めたら、最後に白ごま、鰹節をふって出来上がり。

白いごはんにかけて食べたら、グンバツ! お酒のおつまみにもいい。実は豚バラ肉との相性も良く、一緒に炒め合わせてごはんのおかずにしても、和風チャーハンにしてもgood!。2,3日もつので、忙しい時には便利である。たった120円で、根はおでんに、葉は炒め物にと、大根ってホントに重宝な野菜だ。

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おでんと大根の葉の炒め物。
芋焼酎「晴耕雨読」のお湯割りで
くぃ〜っと一杯^^
明日へのエネルギーを養う私であーる。

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悪夢のWeekend

待ちに待ったウィークエンド★
仕事に追われて一週間。今日ばかりは久しぶりに早めに仕事をかたづけて、いっちょ、グリーンカレーでもつくってちびひびワインをやっか〜^^  なんてちょっとウキウキしてたのに・・・・しかし夕方、そんな私のささやかなワクワク気分さえも無惨に打ち砕かれてしまった・・・(-_-;)

グリーンカレーに使うチキンや野菜は買ってある。
なのにココナッツミルクがないのに気づいて、私は仕事帰りにココナッツミルクを買おうと思っていた。そもそもこれが悪夢の始まりであった・・・。缶タイプでは余ってしまって厄介なので、スティックタイプのものを探して、いつもは利用しないスーパーへ立ち寄った。そのスーパーは交差点付近にあってバス停も近くにあるややこしい場所の割に、いつも道路の前には車が前に駐まっており、普段はまず寄らない店である。しかし今日はスーパーの前に駐車車両もなかった。スティックタイプのココナッツミルクはなかなか売ってないので、それがあるかどうかだけ確かめてすぐ出ようと思って、車を駐めて店に入った。案の定そのスーパーには売っておらず、店を出ようとしたが、ふとタマゴや牛乳が切れているのを思い出した。

・・・・・・・。

牛乳や卵を買って車に戻ってみれば、

がぁぁぁぁぁ〜ん・・・・!!

フロントグラスに燦然と輝く「駐車禁止」のマーク・・・。
今日遂に私はあのグリーンの制服着た駐禁おじさん達から、洗礼を受けてしまった。ほんの10分ぐらいのスキに、アイツらどこに潜んでやがったんだ!そんな姿はちっとも見受けられなかったのに・・・。何年ぶりとなる「駐禁」だろうか・・・。かねてから駐禁ほど悔しいものはないと思っていた私にとって、そのノーテンキなまでに明るいイエローのステッカーは、気分を害すること甚だしい・・・。週末のウキウキ気分も一挙にトーンダウンしてしまった・・・・*_*

だいたいいつも車が駐まってる所に「駐まってない」のは妖しいに決まっているのだ。
そもそも普段は利用しないスーパーに行ったことが間違いだったのだ・・・。
いや、そもそもグリーンカレーを作ろうとしたことが、間違いだった・・・。
いや、スティックタイプのココナッツミルクを買うことに固執しすぎていたのだ。
いや、タマゴや牛乳が切れてたのが悪かったのかもしれない・・・(* *)

それからは頭の中は、どの地点で悪夢は始まっていたのかの堂々巡り・・・・。駐禁って、何年も捕まることがなかったと思えば、ふとしたことで捕まる時は捕まってしまう。日常の心のスキに入り込むコワ〜イシロモノなのである。そういえば前回捕まった時も普段は利用しない銀行で、慣れない両替作業をしていたわずかな時間だった。

悪夢は悪夢を呼ぶものである。夕方からまたもや仕事が押し寄せ、結局グリーンカレーどころか、グリーンサラダにもありつけずにこんな時間になってもポテトチップをかじって空腹をしのいでいる私である・・・。私のウキウキWeekendはどこへ行ったのだろうか・・・。もうそんなことを望んでいたことさえ忘れてしまいたくなる・・・。私に限っては、Weekendとはいつまでたってもendしないweekのことなのかもしれない・・・(*_*)

かわいそ〜!!

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恐怖の胴体着陸

正直言って私は飛行機が好きではない。
かつて飛行機に乗る仕事をしていた癖に(少なくとも志願して飛行機に乗っていた割に)、実は飛行機が怖い。ついでに言うと高いところも、ジェットコースターも大嫌いである。不思議と機内で働いている時は、そこは単に職場なため、次々とデューティーに終われているという状況にあるからかもしれないが、恐怖感は感じない。しかしオフで乗客として飛行機に乗ると、とたんにどこかで恐怖感が芽生える。今でも福岡の実家へ帰る時は、必ず新幹線を使う。母などは、ちんたら乗っているのがたまらんと行って、スピーディーな飛行機で移動するが、私は時間がかかってもいつも地に足が着いた乗り物の方を選んでしまう。

今日ラジオから流れてくるニュースで「胴体着陸」という言葉が聞かれたが、どこかの梅が満開というニュースと同じトーンでアナウンサーがしゃべっていたので、全日空機が高知空港で決死の胴体着陸をしたなんて思いもしなかった。夜のニュースでその様子を見てびっくりした。一旦、タッチ&ゴーで滑走路に後輪で着いて衝撃によって前輪をしまった扉を開けようとしたり、火災を起こさないよう燃料を使い果たすために120分空中を旋回したことなど、リアルな状況が見て取れた。

コ、コワ〜イ!!  (*_*)

そりやあ、地面を走る列車だって一昨年のJR福知山線の事故のように、いつ何時悲惨な事故を引き起こすかもしれないが、飛行機というのは無理からにあんな巨体を空に浮かべて移動させているのだ。列車なら何かの不具合が起きても止まれば良いが、飛行機の場合止まると落ちるしかない。特に私は高所恐怖症なので、1万メートルもの高さから落ちることを想像しただけでも、下半身の血の気が引いていくのがわかる・・・。

それにしても今回コクピットは36歳という若さの割に、見事なランディングに成功した。ブラボー!ひとまず天晴れをあげておこう。しかし「前輪が出てこない」「燃料を使い果たすため旋回します」「今から胴体着陸します」と言われた側の乗客はどんな気持ちだっただろう・・・。車の後部座席に乗っていて、運転手役の人からしばらく走ります、燃料使い果たします、と言われているのとはワケが違う。自分が変わって運転するわけにもいかないのだ。

乗客乗員60人の命が、パイロット一人の技術にかかっている・・・。

なんと恐ろしいことであろうか。しかもコクピットの中なんて、どこをどういじっても私らではさっぱりわからない。最後は乗客全員いわゆる"衝撃姿勢"をとって(アタマの中でエマージェンシー訓練が蘇る)、胴体着陸を迎えたらしいから、もうかなりの極限状態である。いくらお金持ちでも、ハーバードで博士号取っている人でも、もうその場面ではただただ、アンタ一人に命預けるしかないのです!!いや〜、乗客の人達の気持ちは察するにあまりある。もう書いてるだけでも汗ばんできた・・・。

今日のこの事件は、やはりあの空中に浮いてる恐怖、密室の恐怖、集団パニックの恐怖を再び私に実感させた。長らく海外旅行へも行けずに地上の営みに追われていると、"空を飛ぶことの不自然さ"を改めて目の当たりにしたような気がする。今度海外旅行へ出掛ける機会があると、私はその恐怖に耐えられるだろうか・・・正直言って不安である。ただひとつ回避できる方法は、

機内で働くことである。

どうか、私を働かせてください。目的の地へ着くまで・・・( >_< )


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同窓会嫌い

日曜の夜、携帯に電話があった。
見慣れない着信ナンバーなので、誰だろうと訝しげに電話に出た。

「○○ですけど」

男性の声で親しげに話しかけくる。そんな名前の友達はいないと思って、は?と何度も聞き返すとようやく相手が誰だかわかった。小学校時代の同級生のN君だった。あ〜、久しぶり!なんて急によそいきの声から普段の声に変わってしまう私。何だろうと思うと同窓会の案内だった。小学校の同窓会はつい2,3年前、担任の先生の定年だか何かの表彰をもらったかの記念に開催されたばかりだ(それすら忘れた・・・)。

「え?またあんの?」

と全然嬉しくない私。
前回の同窓会の時は同級生の女の子から直接自宅に電話がかかってきて、どうしても来てほしいと言われて、彼女とも仲良かったので無下に断ることもできず、とりあえず出席の返事をした。彼女は唯一6年3組の同級生同士で結婚して、今でも同じその町に住んでいて、同窓会の幹事役をやっていた。

で、とりあえず出席したのだが、正直言って全然つまらなくて、二度といくまいと思った。
私が住んでいた町の居酒屋の2階を借り切って、20人ぐらい集まってただろうか・・・。とりあえず大学時代まで何かと交流のあった男の子と一緒に出席して、そのコの隣に座っていたが、気楽にしゃべれるのは彼ぐらいで、他のメンバーでおもしろそうなコはほとんどいなかった。つーか、男子なんかは皆ただのオッサンで、別にオッサンでも良いのだが、気の利いた会話のひとつもできないし、"いい顔"をしてる人が一人もいなかった・・・。そこに集まって来ている人達というのは、ほとんどが地元にいる人か、それほど遠くない地域に住んでいる人。来て欲しいなと思っていた人はほとんど東京や海外など遠いところに住んでいるか、行方知れず。同窓会にやってくる人達というのは、皆ある程度保守的で地味な人が多かったように思う(私達の同窓会の場合)。長い間会いもしていないし、話もしていないのに、どーしてか私の職歴・経歴などを知ってるところも不気味であった・・・。

もう一つの居心地の悪さは、なんか過去の話ばっかしになるのがつまらないのだ。「あの頃はこうだったね」とか、「小学校の時はこんなことして、バカだったよね」とか。話のとっかかりとしてはいいが、そんな話ばかりだとどーも飽き飽きしてくる。今、どんな仕事をしていて、何に夢中になっているとか、昔の何々ちゃんが今はこういうことしてがんばってる、みたいなインパクトが全然ないのだ。過去を共有しつつも、その後どんな"今"を生きているのかの方が私は興味がある。けれども、"今"の話への盛り上がりは見られず、なーんとなく話題が持たずとっても手持ちぶさたなのだ。

昔話に花を咲かせて、過去を懐かしく振り返ってほっこりしたひとときを過ごす・・・。

みんなそう思っているかもしれないが、私はそんなことを望んでいないんだな、と思った。
唯一今の話を共有できたのは、アメリカ人と結婚してテキサスに住んでいるB子だった。彼女は相変わらず面白い人で、ひととき楽しい時間を過ごした。そこでまたしても傍にやって来た幹事役のMちゃんらが昔話を切り返しにきた。私のウチにに遊びに来た時、お好み焼きを食べた話(全然覚えてないが)。ウチではお好み焼きをフォークとナイフで食べていたらしく(そうだったかもしれない)、すごい上品な家庭だと思ってびっくりしたと言っていた。本人はすっかり忘れている、そんな突拍子もない話を突然披露されるというのも同窓会ならではなのかもしれない。私もつられて大笑いしたが・・・、断っておくが、別に上品な家庭だったわけではなく、単にウチの母親が九州出身なのでお好み焼きの基本スタイルを単に知らなかったというだけの話なのだ。

と、まあなんだかとりとめもない話をつなぎ合わせて終わったあの時の同窓会。私はその後二次会の誘いを丁寧にお断りして、同級生に駅まで送ってもらって出町柳行き京阪電車に乗った。なんだかどっと疲労感が押し寄せてきたのを覚えている。名刺交換をしたので、その後何人かからメールや電話がきたが、私は誰にも返事をしなかった・・・・。

「仕事忙しいから、今年は欠席させてもらうわ」
○○君にはそう返事しといた。しばらく共通の友達の話をしたが、彼はまだ何人かに電話しないといけないからといってそそくさと切った。みんな楽しかったのだろうか、あの同窓会・・・。なんかとっても手持ちぶさたなあの状況、私はたまらなかったのだが・・・。かなり自分と周りの人達との間に隔たり&違和感があったのは間違いない。もっと大人数で立食パーティーとかだったら雰囲気は違って、カジュアルにしゃべる機会もたくさんあったのかもしれないが、居酒屋の2階のせせこましいシチュエーションで久しぶりに膝つき合わせる同級生っていうのもなんか妙だった・・・*_*。

昔の思い出は昔のまま、自分の記憶の中でひっそり生かしている方が良いように思う。子供の頃はみんな子供だったけど、大人になると、いろんな大人になる。もしこれから同窓会へ出席する機会があっても、いくつになっていても魅力的な大人の顔で人前に出たい。ふとそんなことも思った・・・。

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オヤジの読み物

今読んでいる司馬遼太郎の「坂の上の雲」がやたらおもしろい。
昨日も疲れているのに読んでいくうちにどんどん目が冴えて、眠るどころか夜中の2時半頃まで読みふけってしまった・・・*_*。この本は日露戦争前後の話なのだが、全8巻、今4巻目でちょうど日露戦争の前半ってとこ。戦争の話なんてあまり好んで読まなかったが、特に軍の話なんて興味も持てなかったが、これは違う。いや、3巻ぐらいからは戦争そのものを語り、軍や戦場が舞台になってくるのだが、人間像や人間関係の描き方が秀逸なのだ。しかも「あんた傍で見てたん?」ていうくらい描写が詳細で、ディテールまでリアルなのだ。やはり、ブラボー司馬遼!である。

日露戦争というもののリアルな背景を初めて知ったが、 そこにはいろんな複雑な要素が絡み合っていたことがわかる。明治維新からまもなくというその時代は進化の途上まっただ中で、まだ幕府や藩の名残があり、国内の安定感もままならない。産業も技術もない当時の日本というのは、欧米に比べるとそれこそ未開の地である。それでもアジアに押し寄せる帝国主義が、日本を襲ってくる。

けれども明治の人というのは気骨にあふれている。そして優秀で勤勉である。主人公は幾人かいるのだが、中心的な人が秋山兄弟。日本の騎兵隊の基礎を築いたと言われる兄、好古と、日露戦争を勝利に導いた参謀、弟の真之である。他にも正岡子規(彼は戦争とは関係ないが、秋山兄弟の幼友達である)や、開戦まもなく洋上に散る広瀬武夫や、連合艦隊司令長官の東郷などなど、本の中でそういう魅力的な人達にふれあうたび、自分が日本人であるというルーツを誇りに思うくらい、彼らの生き様が素晴らしい。

なんといっても彼らには仁義というか、礼節というか、例え敵国に対してもすごく尊厳があり、第二次大戦時の軍人イメージとはほど遠い。この時代というのは、武士としての美学、大和魂の真髄みたいなのが精神風土を十分支配していたのだろうと思う。かつて祖先は実はこういうものを持っていたのだと思うと、失われてしまったものがあまりにも大きすぎたような気がしてならない・・・。

と同時にこの本の面白さというのは、現代を感じさせてくれることだ。200年ぐらい遡り、時代や社会背景はまったく違うのだが、人間像であるとか人間関係だとか、あるいは戦略やマネジメント、外交といったものなどにいちいち「今」を感じさせるものがあるのだ。そういう何か普遍的なメッセージを読み取ることも、この本の面白さではないだろうかと思う。とりあえず私自身が最後まで読んで、また詳しく語れたらなと思う。

昔、仕事仲間の人で(私よりずっと年上の方だが)、司馬遼太郎の大ファンの男性がいた。語り出したら止まらなくなり、オヤジのくせにもう、ウットリ+ハートマークって感じで、そうやって多くのオヤジの心を虜にしている「司馬遼」といえば、「なんかオヤジ臭〜!」ってイメージが強すぎて、正直言ってなかなか手が出せなかった本のひとつである(エッセイならいくつか読んでる)。

とんでもない!!

なんと浅はかで無知だったのだろうか・・・。あまりに遅すぎるデビューを後悔するばかりだが、でもこれから全巻読破の読む楽しみができたというものだ。っていうか、オヤジオヤジって、言うてるけど自分も十分オヤジやん!

で、やっぱり「司馬遼」はオヤジの読み物やったっつーわけですわ。納得*_*

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近頃の若いコは!

つい3日ほど前は、日中汗ばむような暑さだったのに一転、今日などはお山の上は雪もちらつく寒さ。こんなに劇変する毎日では、コートを出したり引っ込めたり、身体の機能もおかしくなりそうである・・・。今週はやたら忙しくて、睡眠不足&疲れ気味。こういう時に風邪菌はやってくる。しかも仕事の納品が済んだとたんに熱が出たりするので、要注意だ。

なんでこんなに疲れているかと言うと、今佳境を迎えている仕事がひとつあって、その作業に追われているからだ。作業に追われているのは仕方ないのだが、直接やりとりしている担当者の若いデザイナーの男の子が、とてももどかしいということが大いに関係はしている。その人、顔だけ見たら、めちゃくちゃカッコいい(^_^)。なのに、しゃべったとたん、検品ならぬ"検男チェック"ですぐハネられてしまうタイプである(*_*)。モゴモゴしゃべって何を言ってるかわからないし、すご〜く説明がヘタ。「これは、どういう意味ですか?」と私が追求しても、上手に答えられたためしがない。最近では、こういうこと?あーいうこと?と質問してる私の方が一人でしゃべりまくって、帰納法的に彼が言いたいことの本質へ辿り着くというパターンが一般化している。彼はだいたい「いえ」とか「はい」とか言うだけで会話を終えてることが多い。でも性格は良さそうなので、それは品質チェックで◎をあげておく。

説明がヘタなのはしょうがない。口べたな人だって世の中五万といる。ただ、余裕がないのか自分のことで精一杯って感じで、私の作業段取りまでなかなか頭を回してくれないのがちょっと困ったところ。だから今日言って、今晩中に提出とか、え〜!?今からこんな直しの作業あんの?とか、少しも段取りを予告してくれず、いきなりのフリに追いついていくのが大変なのだ。私は彼相手にだけ仕事をしてるわけではない、という認識が不足しているようだ。しかし私はイラ立ったりはしない。やはりそれは"年の功"・・・^^。もう完全に"若いコ"として見ているところがあり、責め立てるよりどうにかサポートしようという気持ちが働いている。アタシって、えらいね〜!!く〜っ・・・^^;

"若いコ"といえば、

今日打ち合わせした代理店の男のコも、若い。とあるパンフレット制作で、急に呼び出されたのだが、どうも段取りとクライアント側の意向がよくわかっていないようだ。しかも、さっき担当の総務部長からその制作のペンディングの電話が入ってきたという。話をよくよく聞くと、一部改訂で済むパンフレットの制作費見積もりを全改訂で提出しているらしいことがわかった。

当たり前でしょーが! 

一から作るとなると、費用も時間もかかるし、だいたい、そんなべらぼうな見積もり出してたら、クライアントから信頼を失ってしまう。そんな大雑把な仕事をしていてはいけない。私はそこでも、そのコに今日すぐクライアントに電話して、「こういう構成にしたら一部改訂で済みますので、再見積をお出しします」って言いなさい。そんでその後GOサインが出たら、その総務部長にアポイントとって、今回の改訂のポイントを私と一緒に確認しに行って、スケジュールや段取りの確認をしにいく・・・・・云々かんぬん、アンタの上司じゃあるまいし、なんでそこまで指示せなあかんの?と思いながらも、ついついしきっていた私。彼は逐一メモを取っていた・・・。

これって若いからなのか、アタマの問題なのかわからないが、とにかくこの頃仕事の現場で年齢のギャップを感じてしまうことが多い・・・。それなりの歳の人と組んだら、仕事の進め方やコミュニケーションの取り方なんかで違和感は感じないので、やっぱり若さというのは、それだけ周りが見えてないってことなんだろうな〜なんて思う。

「最近の若いもんは・・・!」

なんて、私は決して怒鳴ったりはしない。なぜかというと、自分も若かった頃はこんなだったんだな、と彼らを見てつくづくそう思うからである。そう思うと歳を取ることも悪くないな〜って思う^^。とりあえず自分が若い頃に、そうやって各人、各方面にご迷惑をかけた償いを粛々と行うべき時が来たようである。

お姉さんに、任せなさ〜い!!^^

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偽妊娠騒ぎ

得意先の方から、仕事のついでにおもしろいメールをいただいた。
なんでもMさんの飼っている猫が「想像妊娠」したのだそう!! する、するとは聞いていたが、猫でも本当に想像妊娠するものなのだ。想像でも妊娠したことがない私は、猫の"エセ妊娠"ぶりを聞いてびっくりした。急にお腹のあたりに大きめのシコリが4つも5つもできて、お乳も張って急に食欲も猛烈に出てくるらしい。食後はすぐデロ〜ン(その方曰く)と横になるし、もしや・・・と思ってお医者さんに連れていったら、

「偽妊娠です」

とあっさり返されたそう。
Mさんがもしや・・・と思ったのには根拠がある。この猫ちゃん、まだ生後11ヵ月だそうでこの間初めてのサカリを迎えたらしい。実はお家ではもう一匹先住猫のオス猫がおり、やはり若く見目麗しいメス猫が同居しているとなると、平常心ではおれない。サカリを迎えた猫ちゃんを目の前に、どうにも我慢できなかったようである。

「お代官様、そ、それだけは・・・」

時代劇といえば、悪役で登場するいやらしい代官が、若い町娘を手込めにするシーンが定番のようにある。あの、今は亡きカモカのおっちゃん(田辺聖子氏のご主人)は、ちなみに幼少の頃、時代劇を見る度に、町娘が言う「それだけは」の"それ"とは何なのかと、いつも疑問に思っていたそうである・・・。余談であるが・・・。

しかし哀しいことに、彼は既に去勢済みで、その機能は失われていたのである。彼はその気にさせられて、格好だけでも"したつもり"だったのだろう・・・。おもしろいのは、Mさんはそれでも"残りモノ"でできちゃったのではないかと、去勢手術失敗説が頭をもたげてきたという・・・(笑)そら、シコリができたり、お乳が張ったりしたら、飼い主ならあわてるに違いない。でもホントに"残りモノ"でできたとしたら、そのオス猫は男としてすげー生命力!野生界では、ハーレム級の地位になっていたであろう・・・。

メス猫がちっちゃな時は、父娘のようだったそうだが、一転妖しい仲になってしまったMさんちの猫ちゃん達。動物というのはわかりやすい。罪にも問われないので、猫社会は平和である。でも思春期を迎え、空想の中で妊娠してしまうメス猫といい、機能を失っていることも知らずがんばるオス猫といい、この話っておもしろいようでなんだか切ない気もする・・・。

今回想像妊娠の話にも驚いたが、しかし私がもっと驚いたのは、非常にお堅い会社でも有名な一流企業のMさんが、こんな話をしてくださったことである。こうゆう話をしてくれる方もいるんだ、と思うとなんだかちょっとうれしい。Mさ〜ん、楽しいお話ありがとうございました〜!

Leo_momo

今回のドタバタ劇の主役、
モモちゃんとレオ君。
モモちゃんは丸顔がキュート!

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象の足首

一日中デスクの前に座って仕事をしていると、足がぱんぱんにむくむ。
もう下半身が別の人のもののように、重たくなっている。今日は雨が降っていたのでウォーキングも出来ず(雨を理由にさぼっていたという説もあるが・・・)、おまけに昨日庭で草取りをした際に、またもや妖しい蚊に噛まれた模様で、左足の足首が象の足のように腫れている・・・。夜中、猛烈な痒みに襲われ、掻きすぎて血がにじむ痛々しい足首・・・。次第に腫れ上がってきて、力を入れると鈍い痛みも伴う。

昨日はまるで初夏のような陽射しで、4月下旬か5月上旬の暖かさだった。眠っていた蚊などの虫もあわてて起き出したのだろうか・・・。またもやこのフレッシュな血を芳醇に湛えたボディを生け贄としてささげてしまい、蚊の唾液に含まれたタンパク成分に敏感に反応し、強烈な痒みを引き起こすアレルギー反応を起こしているのだ。

足はむくむわ、蚊に刺されて腫れ上がるわ、もうこんな足は絶対人様に見せられない。今夜はお風呂も控えて様子を見ることにしよう・・・。前回は確か11月上旬に"かなりいかがわしい蚊"に噛まれてしまった太ももの内側は、未だに痒みがあり、くっきりと跡も残っている。恐るべし、美しいボディに食いつく吸血蚊!(めくらめっぽうにという噂もある!?)病院に行って塗り薬などを処方してもらいたいものだが、そんな暇もない。しばらくは曲げるとくるぶしあたりが笑えるぐらい段差になる、衝撃の象足首でいなければならない・・・。

ひゃ〜〜〜っっ!(*_*)

私の足はパンパンにはなってしまったが、汗をかきかき雑草をひきぬき、春の色とりどりの花を植えた私の憩いのガーデンはちょっとビジュアル良くなった。今日はひとしきり雨に打たれて、パンジーもジュリアンもみずみずしい美しさを取り戻している。しかしこんな痛々しい犠牲を払わなければいけないほどの、そない大層な美しさであろうか・・・。

次回からは頭からつま先まで鎧甲の衣装で庭いじりに臨みたい・・・。

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潜入!吉田屋料理店

最近噂に名高い吉田屋料理店へ行ってきた。
丸太町通りの御幸町を入って、すごい細い路地を入っていく、知っている人でなければたどり着けないような店。中へ入るとかなり古い町屋だが、それなりに改造して心地よい空間が創り出されている。にわかにしつらえられたようなカウンターが4,5席、テーブル席が4席のこじんまりした、人の家に遊びに来たような雰囲気だ。

メニューはそんなに多くはないが、今日のおすすめみたいなのが10品目ぐらいと、定番料理が10〜15品ぐらいある。ワインは3,000〜4,000円のお手頃な値段のものがいろいろある。ワインに合う料理が色々あるというのも嬉しいところである。酒飲みの女同士なら、すっかり落ち着いてしまって帰れなくなるようなお店だ。

女性二人で静かにやってるところもなかなかいい。吉田さんと言う、奥のキッチンにいることが多い、背の高い30代ぐらいの方がオーナーなのだろうが、無理からに愛想良くするわけでもなし、料理人気取りでもなく、力の入ったところが全然なく、なかなかいい感じである。いいな〜、こんな路地裏のしもたやで、自分で作るおいしい料理を出すお店なんて、憧れちゃうぜ・・・!

さてオーダーしたのは、
ホタルイカの黒スミ和え
鴨の薫製と水菜のサラダ(ピーナッツ入りのドレッシングだった)
トラフグの唐揚げ
青ネギのオムレツ
仔羊のアラブ風ハンバーグ
オリーブとアンチョビのトルティーヤ

そんなもんだったかな・・・。写真がないのが残念だが、なんか隣の席の人が、いきなし立派なレンズのついた一眼レフでバシバシ写真を撮りだしたので、私はなんだか撮り損ねてしまったのである。

う〜ん・・・。期待したほどには、めちゃめちゃおいしいってことはなかったんだよね〜、正直言って。この頃期待しすぎて、イマイチ感により自爆してしまうことが多い。おいしいと聞いていた青ネギのオムレツも、家で作るのとさほど変わらないような(ウチならもっと青ネギ入れる)・・・。すごい斬新な組み合わせがあったわけでもなく、特にお気に入りの料理があったわけでもなく・・・全体においしいんだけど、これっていうインパクトはなかったというのが私の感想でした。ま、白ワインは一本軽く飲み干してしまうぐらい、くつろいだ時間は過ごせたが・・・。

あっさりしていて女性好みで、どの料理にもすごくセンスの良さは伺われるのだが、ハッキリ言って、私が店をやっても、かなりいい線いくのではと思ってしまった・・・(笑) お店はもちろんみんな予約で埋まっており、大繁盛の様子。一緒にいったKさんは、なんと2年前に芸妓さんとのごはん食べで訪れた時はガラガラだったらしい・・・。そんな前からあったとは知らなかったが、今やすっかり人気店となった吉田料理店。でも普通のお店に飽きた人なら絶対いいかも。

いつの日か、路地の奥の小さなしもたやで、私もこんなお店をやってみたいな〜
なんてちょっと夢を刺激させられた。きっとまた行くんだろうな〜、夢見ながら・・・。

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ここはその後お茶を飲んだメリーアイランド。
ここも相変わらず繁盛している。
ごはんも、デザートもおいしく、雰囲気もいいからね!
若い女の子から、サラリーマンのオヤジ同士までいた。
なかなか懐の深い店である・・・。

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はやオープン戦スタート!

なんだかんだ言っているうちに、プロ野球オープン戦がスタートした。
今年は何かと楽しみが多いプロ野球。なんといってもセ・リーグでもプレイオフが導入されることになるのが見物である。リーグ優勝はリーグ優勝で栄誉を与えられるのだが、その先の日本シリーズ進出は1,2,3位までが争うことになる。もう日本シリーズとは言わない、クライマックスシリーズというらしい(ネーミングはきっと100案ぐらい出たのだろうな・・・とふと仕事的に考えてしまう。だっていかにもコピーライターが72案目ぐらいで提案したよなネーミングだもん)。ペナントレースを制しても、その価値にあんまり重みがなくなりそうだが、1位以下のチームもクライマックスシリーズに出られるとなれば、一足先にプレイオフを導入しているパ・リーグのように、最後までシーズンが盛り上がるのは間違いないだろう。

わが阪神タイガースの岡田監督は「プレイオフは関係ない、1位になるだけ」と、あくまでこれまでの優勝ねらいの体勢をくずさない(思えば、タイガースも立派になったもんだ!)。だけどリーグ優勝しても、ホークスのように、毎年他チームにプレイオフでかっさらわれていく悔しさは予想できる・・・。う〜ん・・・複雑。

そして今年は松阪や松井など、日本人ビッグ選手がメジャーで活躍するのも楽しみだ。うちはBSが映らないので、なかなか試合を観ることはできないが、たぶん私以上に野球ファンの母親は(もう生き甲斐に等しい!)、夏になると、朝メジャーを観て、昼高校野球を観て、夜はプロ野球を観るという、野球漬けの至福の毎日を過ごすことになるのだろう・・・。こんな調子で長生きしてくれれば、かなりHappyな一生だと思う・・・^^;

しかし・・・私だって、これからプロ野球シーズンが始まると、6時以降の集中力を保つのが難しくなるのは確実である。その分早起きして仕事を始めるとしよう・・・。早寝早起きが習慣となって、それはなかなかいいことだ。冬の間、日常生活からすっかりプロ野球が姿を消した暮らしに慣れてしまうとなんとも思わないが、そうか〜、プロ野球が始まるか〜と思うとまたあのワクワクが蘇ってきた・・・。

タイガースのユニフォームを着て、メガホン持って、黄色いカツラ(なんぼなんでも、そこまでやるか!?っていうのも持ってます^^)をかぶって、今年は何回甲子園に行けるだろうか・・・。六甲下ろしの鼻歌が自然と出てくる私であーる・・・。

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終了!確定申告

やった〜!!
何がやったかと言うと、確定申告の提出、完了しました〜(^^)。この時期、フリーの人なら誰でも常に頭のどこかで気がかりになっている確定申告。昨日やっと作り終え(今年は早い!)、今日午後から時間ができたので提出してきた。ほっ!税務署へ行くと、今の時期税務署員の人達が総出で、お迎え&案内にあたっている中、「どんなもんじゃい」と提出してきてやった。内心は「どこか間違ってたらどうしよう・・・」「税務署の人から計算間違いを咎められたらどうしよう・・・」と、いつもかなりビクついてはいるのだが・・・。

でもやっぱり確定申告を出し終えると、心ウキウキ。面倒な作業が済んだという晴れ晴れ感もあるが、私達フリーの源泉徴収組は、確定申告による税金の払い戻しが唯一のボーナス。一般サラリーマンの人のボーナスと比べれば大した金額ではないが、それでも一年の総決算を終えて還ってくるお金というのは嬉しいものである。今時はパソコンで申告ができるようになったが、私は手描きで作り、自ら出しに行くことにしている。お給料が銀行振り込みより、お給料袋を手渡しでもらう方が実感がわくように、一年の総決算をパソコンのキーボード押して「ハイ、送信」として終わるよりも、「どんなもんじゃい」と税務署員目がけて手渡しすることに妙な意味を感じているのだ。

というわけで、税務署へ行きがてら外でランチをし、ついでに本を買ってスタバでコーヒーを飲む、という久しぶりにゆったりとした時間を過ごした・・・。お天気は良いし、お腹はいっぱいだし、「ニューヨークのとけない魔法」という本は面白かったし、束の間ごきげんタイムであった・・・^_^

しかしごきげんタイムは長くは続かない・・・。

家へ帰ったとたん、携帯が鳴って、昨日入稿したはずの印刷物の写真が足りない、という担当デザイナーからの電話。ひぇ〜〜っっ!それは私が持って帰っておりました。あたふたと写真を届けにいく私。貧乏暇無し、とはよく言ったもので、私にはどうも「ゆとり」や「落ち着き」、「エレガント」とは縁遠い日常が運命づけられているようである。来年の確定申告も、必死のパッチで書き込み、締め切りギリギリにあたふたと提出しにいってる姿が目に浮かぶ・・・。

とほほ・・・。

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