« 2007年1月 | トップページ | 2007年3月 »

パニクリ男とのつき合い方

請求書を持っていきがてら、久しぶりに会ったデザイナーのF君。
仕事の良きパートナーの1人であるが、年末仕事上で大喧嘩をしたこともあり、なんとなく気まずい空気があった。いい大人になって、あれほど声を荒げてケンカすることなどそうめったにあるものではない。そのめったにない人がF君なのである。普段は温厚な男なのだが、実は激しやすいタイプ、「パニクり王子」なのだ。家へ初めて来てお酒を飲んだ時も、酔っぱらっていくうちに私の友達に初対面ながら噛みついていたっけ・・・。

原因は忙しい時に私がムリしてお願いした仕事が、モタモタ修正が続き、よりにもよってそんな時にパソコンが突如broke!・・・あるんだよね〜、こういう時に限って・・・。それでなくても忙しいのに、修正箇所をまた一からやり直すという手間を自ら作りだしてしまったのだ。この時点では少なくとも私のせいではない。それでも私はすぐさま提出を明日に延ばしてもらうように担当者に話し、彼の負担を軽減すべくいろいろと気を遣っていたのに、そこで私の些細なミスが発覚(ホントに些細なことなのに・・・)。それを引き金に、彼が突然爆発してしまったのだ。私のミスは悪かったと思うが、故意にやったわけでもない。ちゃんと謝ったし、だいたいそのミスを取り返すのにさほどの手間も要さないのに、自分のパソコンがおかしくなったことでパニクって、私の些細なミスをとっつかまえて、わざわざ電話までしてきて怒鳴られたので、思わず私も

ぶっち〜〜ん!!

とハッキリと音を立てて、切れてしまった・・・。
夜中に携帯電話で怒鳴り合う私達。それまで「忙しいのに悪いね〜」なんて非常に低姿勢で、謙虚にお願いし、わざわざ豚汁まで差し入れする気の遣いようだったのに、F君のそのえらそーな物言いの度に、ブチブチ血管が切れていき、いつの間にかどりゃ〜っと吠えまくっていた私。

すると向こうも恐れをなしたのか、私が10言っても1ぐらいしか言葉を返せなくなり、最後は勢いなく電話を切ってしまった。「なんじゃ、うりゃ〜」と持って行き場のない怒りは収まらず、その後やたら友達にメールで愚痴りまくっていたのを覚えている。ところがF君の気弱さは、もう翌日には誤りの電話がかかってくるところである。

「謝るんやったら、最初からやるなよ!」

という私のセリフを見越したのか、「謝るんだったら最初からやるなっちゅー話やから、言ったことは取り消さへんけど、ちょっと言い過ぎたと思って・・・・」。って、これってどうよ?あんだけ言うといて、すぐ謝ってくるって。やっぱりパニクって、自分のネジが飛んでたってことじゃないの!?私はF君のその激高ぶりと気弱なごめんね攻撃のギャップに、「このような男とは本気でつき合ってはいけない」とつくづく思った。大人な私は、謝ってる人にはあれこれ言わず、仕事上のつきあいもあるので上手に取りなしておいた。

そんなこんながあって2約ヵ月。今日会った時のF君のなんと低姿勢なこと・・・。私の声を聞いて、玄関に駆け足で出てくるところから、請求書のお金をすぐさま支払おうとするなど(来月の支払いやっちゅーに)、なんだか借金取りが来たようなあわてようだった・・・(笑)。まるで肉食動物が突然、草食動物の家を訪ねてきたような、そんなおののきと、生命の危機感を抱いたような様子のF君。最後の方は言いにくそうに、次の仕事の準備などをのたまっていた・・・。

ふん!

パニクリ男とのつき合い方、それは自分も一緒になってパニクらないこと。これが鉄則である。それができなければ、ただエネルギーを消耗し、疲れるだけだ。そして世の中のパニクり男というのは、皆草食動物である。私が肉食動物とは言わないが、そんな草食動物にはギャーギャー吠えても、笹でもやっておとなしくさせておくとしよう。

・・・・近頃、ますます図太くなっている気がするのは、自分だけでしょうか・・・?

| | コメント (2) | トラックバック (4)

ビバ!ドリームガールス

いや〜、映画「ドリームガールス」は面白かった。
ダイアナ・ロスのいたシュープリームスがモデルのこの話、60年代のモータウンの世界が全開で、歌も時代背景も黒人達のエネルギーも存分に楽しめる、素晴らしい楽曲からなるミュージカル映画である。ダイアナ・ロスの役をビヨンセが演じているが、これがまた美しい!実はビヨンセが黒人であることも知らず、顔自体よくわからんまま見に行った私にとって、ビヨンセの美しさは衝撃的。この映画のために10㎏も痩せたという、そのスレンダーなボディと整った顔立ちにはウットリしてしまった。

しかし、それ以上に際立っていたのはジェニファー・ハドソン。歌だけなら(ルックスがちとキビしいもんがあります・・・)、完全にビヨンセを超えている。めっちゃパワフルでずば抜けた歌唱力と存在感に、のっけから圧倒されてしまうのである。アカデミー賞の助演女優賞の最有力候補だそうだから、すっかりビヨンセを食ってしまった形だ。

同じく助演男優賞最有力候補のエディ・マーフィーも良かったが、私はジェイミー・フォックスが好きである。ビヨンセら3人グループを全米に轟くスターに育て上げるスゴ腕プロデューサーの役なのだが、狡猾で、強引で、欲張りで、最後はみんなから総スカンを食らう。とてもイヤなヤツなのだが、私には魅力的に思えた。なぜならそれぐらいのガッツとクレバーさがなければ、一枚のレコードを世に送り出すことなんてできないからだ。いくらいいモノを創っても、モノだけではだめなのだ。ヒットの裏側には、世の中に導火線を引くような優れたプロデュース能力が必ず存在することをつくづく痛感した。彼は当時白人が支配する世の中で、黒人のヒット曲を創り出すというビジネスモデルをはじめて成し遂げた人だとも言える。

この映画の楽しさは、60年代モータウン・ワールドの再現だ。劇場のスター誕生的公開オーディションの最初のシーンだとか、ジャクソン5など当時のスターとおぼしきミュージシャンの登場とか、ソウルフルなショウとか見ていてワクワクする。中でもどんどんスターダムにのし上がっていくビヨンセら3人グループの煌びやかなステージ。その時代の華やかな衣装、キュートなコスチュームで抜群の歌声を聴かせてくれるのがとてもエキサイティングだった。そして群を抜いてビヨンセの美しさと存在感は、もう感動ものである。

かつてキャサリン・ゼタ・ジョーンズがめちゃめちゃカッコ良かった「シカゴ」を観た時もかなり興奮したが、「ドリームガールス」はそれ以来の感動映画であった。ヘタにセリフをこねくり回す映画より、迫力ある歌と踊りでメッセージしてくれる映画の方がよっぽど面白いと思う。そして何より、こういう映画は映画館で観なければそのスケールと価値は半減してしまう。お金を払ってでも観るに値する映画である。

しかし私はふと、この映画を観ながらどこかで同じような情景を観た気がした。3人娘がスターへ登りつめる栄光と挫折。そう、そこにはあのキャンディーズとダブるものがあったのだ。最初はスーちゃんがセンターでリードボーカルやってたが、ランちゃんに代わってスターになっていったところもそっくりである。ドリームガールスが解散することになり、その最後のコンサートで歌う「今までありがとう」的歌(何というタイトルか、忘れました!)は、キャンディーズ解散時の「微笑み返し」かと思ったくらいだ。この映画をものすごーく低次元におとしめているかもしれないが、そんな思いを抱いた人はきっと私だけではないと思う・・・・^^;。

明日のアカデミー賞の助演女優賞はジェニファー・ハドソンが取るだろうか・・・。今年のアカデミー賞、大して興味はなかったが、初めてその結果が気になり始めた私であーる。

| | コメント (0) | トラックバック (3)

未来のBaby

Baby

Kちゃんの二人目の赤ちゃんが生まれた。
またもや男の子で(わかっていたが)、なんのかんの言っても無事生まれてほっとしているかと思いきや、二人目も帝王切開だったので、お腹が痛くてまたもや憂鬱そうなKちゃん。昨日切ったばかりではそら痛いやろ〜(>_<)見てるだけでもこちらが痛くなるほどであった。笑うと傷口が痛むので、Kちゃんはこらえるのに苦渋の表情を浮かべながら応じていた。産道を通っても、お腹を切っても、苦しみと痛みからは逃れられないのが、出産という偉業なのである。心の中で思わず手を合わせている私であった・・・。

それにしても、卓球部で毎日遅くまで練習していたあのおぼこかったKちゃんが、将来二人の男の子の母となることを誰が想像しただろうか・・・なんてしみじみ感じ入ってしまった。そーゆー私だって、女としての清く正しい道を大きく外れ、ライターなどという流れ者のような稼業を生業として1人逞しく(すぐにこけたり、弱ったりしますが・・・)働いておる姿など、自分自身が予想できないのに、一体誰が想像できただろうか・・・。

なんて思っていたらその晩、Crewをしていた頃のお友達Rちゃんから、海を越えて、同期のSちゃんと一緒に映った写メールが送られてきた。Rちゃんは今ヨーロッパ旅行中で(羨ましい!)、ロンドンに住むSちゃんの家に遊びに来ているのだ。Sちゃんも、Crewを辞めてからアメリカ人と結婚し、ずっと海外に住んでいる。今はなんとロンドン大学かどこかで美術史を教えてるというのだから、これまた全然予想できなかった姿である。

もっとすごいのは同じく同期だったTちゃんは、唯1人Crewとして働き続け、もうチーフパーサーも間近かという頃、運命の出会いをした。それは残念ながら男ではなく、"国"だったが・・・。なんとブータン王国に恋をしたのだった。経済や物質的価値基準ではなく、心の豊かさでGNPを宣言したあのヒマラヤ山脈の麓にあるブータン王国である。初めて訪れた時から、初めて来たとは思えないくらい居心地が良く、お休みの度にブータン王国へ赴いていた彼女は遂に一大決心をしたのだ。地位もお金も捨ててブータンへ移り住んでしまった。人生半ばでの大きな賭けである。周囲は仰天したが、私はそれほどまでに心惹かれるものに出会えた彼女は、すごく幸福者だと思った。現在はブータン唯一のエアラインで仕事をしながら、しあわせに暮らしているそうだから羨ましい限りだ。それこそTちゃんの未来は、誰にも予想できなかった大賞をあげたいくらいの大どんでん返しである。

結婚して母となった人、妻となった人、働いてる人、事業を始めた人、海を渡った人、再出発している人などなど、あの頃同じように学校へ行き、新入社員として働いていた仲間のその後の人生というのは、ひとくくりでは言えないいろんな姿がある。きっとその頃は皆一様に、適当に働いて、時期が来れば結婚して、子供を産むんだろうぐらいにしか考えてなかったのかもしれないが、人それぞれでいろんな「今」がある。人生にはそれだけいろんな選択肢や出会い、チャンスがあったということだ。

ある程度歳をとると、若かった頃のような劇的な変化は少なくなってきているが、あと10年、20年経つと、今の私達の未来もまた違うテンポでそれぞれに移り変わっているのだろう。またもや予想もしなかった未来が待ち受けているということも十分考えられる・・・。だけど、未来は「今」の積み重ね。今ここにある夢とエネルギーが、きっと未来のカンバスを塗り替えていくのだろう・・・。未来とは、なんと恐ろしく、素敵な可能性だろう。

「未来」という可能性を抱えきれないほど持って生まれた赤ちゃんの顔は、ほんとうに無垢である。
どんな未来を描くのかな〜、オバチャンにも見せて〜(^^)

Baby2

こちらはお見舞いに来ていたお友達の
もう一人のBaby
オトーさん似の美しいお顔立ち。
でも性格まで似ないでね〜(*_*)

| | コメント (4) | トラックバック (1)

花形の広報職

「広報」といえば、今や花形の職業である。
ファッション関係などそれ以前から人気はあったが、ホリエモンの乙田女史で広報と言う職業そのものが大ブレイク。日本ではなかなかPRという仕事が本格化してこないようなところがあったが、その重要性が知られるきっかけを作った。私などは職業柄、広報という職業に親しみやすいところにいるので(厳密に言うと広告と広報ではまったく違うのだが)、その仕事に全然抵抗を感じないが、慣れない人にとっては、いくら花形とはいえ過酷な仕事のようだ。

YちゃんはCrew時代の同僚である。結婚後は派遣などで仕事をしてきたが、最近とある機関の広報という職業に就いた。職場としても申し分のないところである。そういう仕事の話があると聞いた時、Yちゃんの反応は今ひとつだったが、私は「いいじゃん、いいじゃん」と大いにおすすめした。年齢と共に仕事の選択肢はどんどん狭まっている中、そんな花形的な仕事はなかなか得られないし、美人の彼女にもぴったりだと思ったのだ。その機関からも「ぜひウチの乙田さんのようになってください!」なんて言われ、思案した末結局彼女は広報の仕事を引き受けたのだが、ここのところあまり楽しそうではない・・・。

勤めた最初の頃は忙しくて毎日家へ帰るのが遅くなり、胃潰瘍ができかけたそうだ。え〜!?そんな忙しかったんだと驚く私。慣れない仕事で最初からそんなに忙しければ、繊細な彼女ならピロリ菌が増殖してしまうのかもしれない。今も仕事も6時7時にしか終わらないのがたまらなくイヤなのだそうだ。(私はここのところどんなにがんばっても、そんな時間に仕事を終えたことはないが・・・)いろんな人が取材にやってきてそれにつき合わされるのもすごくイライラするらしい(私なら楽しいと思うのだが・・・)。確かに、取材では話をすることもあるが、写真を撮ったり撮影をしている大半の時間は案内側の広報はボ〜ッと見ていることが多いかも知れない。しかし彼女と私の間ではかなり感覚のズレがあるようだ・・・。

そう言えば、以前英語のテクニカルマニュアルの校正の仕事を受けたことがあった。私にすれば複写機の細かい英語マニュアルの日本語との校正なんて、退屈すぎてとても一人ではムリ!と思って当時フリーだったYちゃんを巻き込んでやった。こんな面倒な仕事やってくれるだろうかと思ったが、彼女は嬉々として引き受けた。聞くと、彼女は電化製品や携帯などの"取説"は隅から隅まで読むほど、細かいチェック作業などが大好きなのだと言う。
・・・・・・電化製品や携帯などの"取説"なんて読んで使った試しのない私は、最後の方はもうほとんど彼女に丸投げしていた。

さらに彼女は言う。広報のような仕事って、自分があんまり好きな類の仕事ではないと・・・。なるほど、取説をきちんと読み、マニュアルの校正というような細かな仕事が得意な彼女である。確かに人と積極的にしゃべったり、自分で率先してPRするような広報の仕事は合わないかもしれない・・・。しかし、じゃ、なんでスッチーなんかやってたの!?と思うところだが、Yちゃん曰く基本的に接客は好きではないが、あの仕事も結構ルーティーンなので、慣れるとそれなりにこなせるようになるらしい。ま、それはある・・・。その中でも彼女が唯一好きだったのは、

機内での免税品の販売だという。
っっぎえ〜〜〜!!

だって、それはCrewの誰もが嫌う仕事である。日本人客の機内販売への熱情はすさまじく(特に私の記憶はバブル終わり頃なので)、商品が限られているので売り切れると恐ろしい非難と罵倒に合うほどである。それに通貨の計算もパパッっとできなければならないし、頭脳の明晰さも求められる。私はペイペイのうちに辞めたので免税品販売はヘルプしかやったことないが、何度かお客さんに罵倒されて泣いているパーサーを見たことがある・・・。

しかしYちゃんはこの仕事に俄然燃えるそうである。パパっと客をさばき、商品の計算をし、カートの中のものを全部売り尽くすのが何よりの快感なのだそうだ・・・。食事やドリンクのサービスを早く終えて、「早くアタシのカートで商いをしたい!」と、客にワインなどをにこやかに注ぎながらいつも思っていたそうだ・・・。

そのやさしい微笑みには商人の魂が隠されていたのか・・・!

マニュアル好きで、免税品売りに情熱を燃やすYちゃんにとって、自分で仕事を作っていくようなPRの仕事というのは確かにちょっとズレていたのかもしれない・・・。つまり彼女は限られたものを完璧にこなしたいタイプであり、限られないところに楽しみを見いだすタイプではないのだ。与えられた仕事を9時5時にきっちりやり終えて、ジムに行ったり、お買い物に行ったり、自分の時間を楽しむ。それがなければどんどんストレスは溜まっていく。まして1人体制でやってる現状の広報では、有給を取っておちおち海外旅行もできない。それは今後続ける上で最大の不安材料だそうだ。

う〜ん・・・今人気の仕事とはいえ、人には得手不得手があるものだ・・・。彼女はとても賢いので、そんな様子を職場の人にはおくびにも出していないだろう。けれどもその微笑みの陰には、砂時計の砂が落ちていくようにどんどんストレスが溜まっているのだ・・・。しかし辞めたところで、次のなり手はいくらでもいそうである。老後の安定を考えて、私も立候補してみようか、なんて思ってしまう・・・。しかし今から正社員になって、仕事覚える以前に、会社の規範についていけなそうな私なのであーる・・・(*_*)

| | コメント (0) | トラックバック (5)

ミニスカートの夢

今朝変な夢を見た。
年甲斐もなく結構短いスカートをはいてなんだかウキウキして町を歩く私・・・。確かあれは京都駅のターミナルだろう。そこを歩いていたら風が吹き、軽い生地だったスカートがめくれ、すごく恥ずかしい思いをした・・・。ふと周りを見渡すとバスの運転手さんだらけ。なんでバスの運転手なのかと思うのだが、皆同じ制服を着た運転手さんがウヨウヨいて、私は恥ずかしくて急いで地下への階段に走っていった。

変な夢のせいか今朝は寝坊してしまった・・・。

起きた時は夢と現実の狭間でまだうつろな気分である。久々に見た鮮明な夢だったが、こういう時、夢で良かったと心から安堵する・・・。現実でなかったことの安堵感は、なんだかすごく自分自身がリリースされる。そういう意味でも夢はストレス解消をしてくれているのかもしれない・・・。

私は夢をよく見る。そのためか夢の不思議な映像は何か意味があるような気がして、昔は夢日記をつけていたものだ。夢分析の本もいくつもストックしてある。大抵暗示的な物が多いので、注意して分析していると、心の状況を探ったりもできる。

夢の暗示はさほど遠くない未来に実現される。吉と出るか凶と出るか、ミニスカートをはいて風に吹かれる夢はどんな暗示をしているのだろうか・・・。心して見守ってみたいと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

イカリを下ろす男達

たまたま仕事先で元同僚のUさんに会った。
一年以上ぶりだったので、久々に近況を語り合った。なんとUさんは以前いた会社は辞めて、今は新しい会社にいるという。もともと私達がいた会社を辞めた後、一時はフリーで精力的に活動していたが、安定した暮らしを選んで再び会社に就職した。そして今は2度目に転職した会社にいるというわけだ。私は1度目の転職先で安定したサラリーマン生活を送っていると思っていたので驚いたが、そこは契約社員だったらしく、結構事情はいろいろあったのだろう。それでも40歳を過ぎて満足な就職先があるというのはとても恵まれていると思う。

「フリーの頃が懐かしい、あの頃が一番楽しかったな〜」

なんて郷愁めいたことを言うので「じゃあやればいいじゃん」というと、一旦フリーを辞めて会社に入るとブランクができて仕事のネットワークが途切れたので、それはもう無理だと言っていた。家族を養っていると、あまり冒険もできないということもあるのだろう・・・。簡単に「やってみれば」なんてセリフが出てくる自分が妙〜に軽く感じられた・・・。

今一緒に仕事をしているアートディレクターのHさんも、かつてはかなり先鋭的なアート関係の活動をやっていたトンガッた人だったそうだが、今ではそんな片鱗すら見られない。すっかり不動産広告専門の会社で立派なサラリーマン生活を送っている。そういえば数日前、久しぶりに電話がかかってきた幼なじみの男友達も、若い頃はいろいろと冒険もしたが、今は二度目の結婚をして落ち着いた暮らしを送っているようだった。会いはしなかったが、かなりオヤジになっている姿が瞼に浮かんだ・・・。やはり男の人というのは所帯を持ち、家族を養うと安定に向かっていく(ま、男に限らないが)。巣を作ったら、守っていくことが使命である。いつまでもトンガッてはいられないのだ・・・。

もしも彼らが所帯や家族を持たなければ、今頃はどんな大人になっていたのだろうか。ふとそんなことを考えてしまった。トンガり続けて、夢を追い続けて、今よりずっと魅力的な人になっているのだろうか。

・・・・そうとも思えない。自分の立場をわきまえ、しがらみを負い、丸くなった彼らは、それはそれでいい感じのオヤジ(失礼!)になっていると思う。面白味はなくなったが、その代わり懐の深さができたような・・・そこまで個人的に踏み込んでいないからわからないが、どうもそんな感じである。所帯を持ち、家族を持つということは、大海にイカリを下ろすようなものなのだろう。あっちこっちへ流れることなく、泰然と大波小波を見送っている船の姿が思い浮かぶ・・・。

未だに大海を漂う私は、そんな船を横目に見つつ、今日も沖へ進むのであった・・・(^_^)。

なんて言うので、じゃあ、フリーでやればいいのにというと、もう

| | コメント (0) | トラックバック (2)

切るか、切るまいか・・・。

髪の毛を切るか、切るまいか、とても迷っている・・・。
ここのところ、ずっとショート〜ミディアムショートぐらいが定番であったが、忙しくて髪を切りにいかないうちにどんどん伸びて結べるような長さになり、そうなるとこの髪型がとても便利なのを再確認しているのだ(歳を食うと、ポニーテールとは言えない・・・*_*)。

私は幼稚園の頃から前髪もすべて後ろで結ぶ"くくり髪"をしていたせいか、今でもこのヘアースタイルが落ち着く。髪の毛も大抵長かったし、長いと面倒と思われがちだが、短い方がよほど手間がかかると私は思う。朝起きたら必ず寝ぐせがついているし、私は猫っ毛なので髪にスタイリング剤を塗らないといけないのも面倒なのだ。ある程度の長さがあるとぱっと結ぶだけでスキッと身だしなみが整い、一日中髪の毛が顔にかからず仕事をしていてもまったく鬱陶しさがない。そして美容院代が半分で済むというのも経済的ではないか。

ずっとそういう髪をしていたのだが、ある程度の歳になると前髪を切り、世の流行にのっかってウルフカットのようなミディアムショートが定番になった。やはりいつもひっつめ髪をしていたら、額の横の髪がどんどん薄くなっていくようで、それでなくても広いおでこがこれ以上後退しては困ると思ったのがキッカケだった。これはこれで好きなのだ。なぜなら裾髪がアクセントになっていろいろな帽子が似合うからである。髪の毛をくくっていると、サンバイザーぐらいしかかぶれない・・・(ソフトボール選手か!)。もっと歳を取ったら、カッコイイベリーショートにするのも憧れだ。

ま、それはまだちょっと時間があるとして・・・

前髪を作ってみると、前髪を上げたヘアースタイルで顔を丸出しにするなんて最初はちょっと恥ずかしかった。でもやってみるとなんだかスッキリして、この髪型がやっぱり一番自分に合っているような気もした。帽子はかぶれないけどピアスは目立つようになる。歳はごまかせないが、その分潔い気分になる。時折髪をおろして変化を楽しむこともできる。

やっぱこのまま伸ばそうかな・・・
でもやっぱもう春だし切ろうかな・・・

毎日考え続けている私なのであーる・・・*_*

| | コメント (0) | トラックバック (1)

白茶の猫

私の住む家の周りは最近やたら猫が多い。
以前はダグ(犬)がいたので、猫も寄りつかなかったから知らなかっただけなのか、実はこの辺りは犬好きも多いが猫好きも多く、野良猫に餌をやるのであっちこっちで猫が出没する。飼い猫も併せると町内はもう猫だらけである。だいたい私は可愛げのない猫はあまり好きではないが、別にいても邪魔にはならない。しかし庭に糞尿をするので困るのだ。猫のは臭い!ホームセンターで売っている猫を寄せ付けない匂い袋や、コーヒーかすをまいたりしているが、雨がふったら効果がなくなるし、置いても置いても追いつかない。夏場などは匂いと怒りでムッとすることが多々ある。ったく・・・>_<

猫というのは自分の縄張りを毎日パトロールするらしい。
そういえば、ウチにも決まった猫が必ずやってくる。朝から庭をのそのそ横切るのはやたらデカい近所の飼い猫、隣のKさん宅の黒猫とキジトラ。最近は片目がつぶれた新たな一匹も登場する。そして玄関側の花壇の方には大小の白い猫が時間差でやってくる。彼ら彼女らは毎日必ずやってくるお馴染みさんであるが、一度も挨拶や愛想笑いをすることもない、全く可愛げのないヤツらである。

そういえばウチの常連で、隣のKさんから時々餌をもらっていた、白地に茶模様のヤツは最近見ない。私が時々餌をやってみたが、一向に慣れず手を出すとひっかかれたので、金輪際の縁を切った雄猫である。栄養が行き届いていないのか、いつまでたっても小柄で、それなのにKさん宅の黒猫を孕ませたとかで、その節操のなさから周囲の人の不快感を買っていた猫だ。Kさんもメスの黒猫とキジトラにはやさしく接していたが、白茶の猫には仕方なくついでに餌をやっていたぐらいで、時々その気になって入り込んできたりするとよくどやされていた・・・。今思えば可哀想な猫である。

「それがね、こないだウチの犬小屋で死んでたんや〜」

Kさんからそう聞いたのは一昨日。この頃見かけないと思っていたら、自分の家の庭で死んでいたそうである。Kさん宅の庭には、数年前に死んだジローという犬の犬小屋がまだそのまま置いてあるのだが、その中である朝白茶の猫が冷たくなっていたそうだ・・・。

何の病気で亡くなったのか、どんな最期だったのか、誰にも知られず、誰にも助けられず、ひっそりと死んでいった白茶の猫・・・。雄猫のくせに、勇敢なところはただ一度も見たことがなく、雄雌問わず他の猫からはいつも追っ払われてるような弱気な猫だったとKさんは言ってたが、自分ところの庭にある犬小屋を選んで亡くなっていたという事実に、幾ばくかの思いも寄せられていたと思う。

あっけなく死んでいった白茶の猫。その辺りのぬくぬくと育って、あれこれと手をかけられている猫とは違い、その死はあまりにも孤独と悲哀に満ちており、なんだか世の無常を感じてしまった。今頃は天国でお腹一杯おいしいものを食べて、メス猫をはべらせているだろうか・・・。せめてそんな猫の姿を思い浮かべようとする私であった。南無阿弥陀仏・・・・(-_-)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

極ウマ、カレー鍋

P1010025

今日は、近頃静かなブームのカレー鍋でおもてなし。
昆布と鰹でしっかりお出汁をとって、お醤油とみりんとお酒でうどんのおつゆを作ります。そこへ、カレーパウダー2種と片栗粉少々を水で溶いたものを混ぜ込んだら、カレー出汁の出来上がり。今日の具は、鶏肉、ホタテ、タラ、はまぐり、薄揚げ、エリンギ。お野菜は、キャベツ、白ネギ、水菜、もやしなどなど。牛肉も入れてみたが、やっぱり魚介や鶏肉の方が合うと私は思います。

カレーと聞くと、ちょっとしつこそうに思うかも知れないが、和風出汁ならカレーの味が上品にマッチング。あっさりしたホタテやタラが殊の外、カレー味とよく合い、キャベツ(この日は春キャベツ)の甘味や、もやしのサクサク感、ジューシーなお揚げも味を引き立てます。

そしてフィナーレを飾るのは、もちろんうどん。魚介類や野菜の旨味がたっぷりしみ出た、極上のカレーうどんがいただけるわけです。青ネギとお揚げを追加した、アツアツのカレーうどん。あ〜、今夜もまたもや客人を太らせてしまった・・・・ふふふ(^_^) そういえばAちゃん、ものすごい勢いで食べてたけど、ここのところ続けていたダイエットはどうなったのだろうか。会うたびに、高血圧の恐怖が薄れていっているようだが・・・(-_-;)

そうそう、その日Aちゃんと伊勢丹で開催中の「世界のチョコレート展」へ立ち寄ったのだが、満員のエレベーターのお客がどぁっと催し物会場で降りて行ったので、予想はしていたが、えらい混雑ぶりだった。ベルギー、スイス、フランス、イタリア、日本などから選りすぐりの品が勢揃いしており、そこには夢見るチョコに惜しみなく大金を払う女性達であふれていた。Valentine Dayというのは、もはや贅沢なチョコレートを味わう日で、彼氏にさし上げつつも自分で食べるというのも含めて、本質的な意味は形骸化しつつあるようだ。

アーモンドとチョコの組み合わせにめっぽう弱いAちゃんは、事前にねらい打ちでそのチョコを購入していたが、もうひとつ、スイスteucherのカカオ60%のチョコは、贅沢な味わいだったけど、さすがにカレー鍋の後のデザートとしてはちょっと甘味が足りなかったかもね・・・。

それにしても、すさまじいチョコレート展であった。チョコが宝石のように見えたのは私だけだろうか・・・。

| | コメント (2) | トラックバック (2)

しののめのちりめん山椒

P1010016

Rちゃんのお土産を送るついでに、自分も購入した「しののめのちりめん山椒」。
北大路にある小さなちりめんじゃこ屋さんだが、これがなかなか美味い。京都で売られている数あるちりめん山椒の中で、ここのが一番だと私は思っている。見た目からもわかるように、薄味で山椒がたっぷり。といって味が薄すぎることはなく、やさしい味わいがじゃこの味そのものを引き出し、カラッと煎ってあるので歯触りも良い。ごはんにかけて食べても良いし、そのまま食べてもヘルシーなお酒のおつまみとしてVery Goodなのである。母親などは福岡では珍しい上に、誰にでも喜ばれるというのでこちらに来る度に、たくさん買い込んで友人知人に配っている。私が紹介したら、会社のお遣いものにも使われるようになって、私はしののめファン拡大に相当貢献してきた。

昔、たまたまこの近所に住んでいたことから知った「しののめのちりめん山椒」だが、かつてはホントに人知れずささやかに家族の手だけでやっているようなお店だった。ところがいつの間にか人づてに人気を呼び、今はいつ来てもお客がいっぱい押しかけている。お中元、お歳暮の時期などは予約なしでは買えないようになってしまった・・・。

こうしてまたひとつ、密かなお気に入りの逸品がメジャーになっていく。

あ、そうそう、その近くにある「お漬物のタケダ」というところにも立ち寄ったら、やはりここも次々とお客が来店していた。「京都で一番小さな漬物屋」なんて暖簾やパッケージに書かれている小さなお店も、お取り寄せの特集なんかで紹介されているうちに、かなり人に知られるようになったようだ。お店の人にとっては喜ばしいことだろうが、昔からのファンにとってはちょっと淋しい気もする。

"京都ブランドの強さ"を改めて認識する私であった・・・。


| | コメント (0) | トラックバック (1)

極上、男前豆腐

昨日はブログのアクセスがなんだか調子悪くて、なかなか画面が切り替わらなかったので、やむなくギブアップした。どこかおかしくなったのだろうかと思ったが、今日は普通なのでちょっと安心。^^; なんなんでしょうか、あれは。素人なのでわかりましぇん。

P1010013_2

で、今日は夕方にお団子を2つも食べてしまい、それほど空腹感がなくごはん作るのも面倒だったので、豆腐で済ませることにした。ところがこれがなかなか正解。主役は最近流行の男前豆腐。おいしいとは知っていたが、今日は温かくして湯豆腐ではなく温やっこでいただいた。

美味い豆腐は塩に限る!

と思って最初は塩で食べた。塩が豆腐の大豆の甘味を引き立て、バリうま!
でもだんだん飽きてきた。そこで湯豆腐で有名な伊豆の旅館のマネをして、温豆腐に梅干しを乗せてみた(今日ちょうど蜂蜜入りの紀州のつぶれ梅をお買い得で購入したところだった!)。そこにパリパリの新海苔をちぎってふりかけ、大好きな旭ポン酢をひとたらしした。

うんめ〜!!

これ最高でした。結局豆腐をほとんど一丁食い尽くし、ビールも二本空けてしまった・・・。シンプルすぎるつまみだが、豆腐、梅干し、海苔、ポン酢、どれも厳選されたものを使うと極上の味わい。イソフラボンとミネラル、ビタミンCもバッチリよ^^  おいしいお豆腐のおかげで今日一日がご機嫌に終われそうです・・・・。

ところでネットでチェックすると、男前豆腐は京都の男前豆腐と三和豆友食品というところの2社が製造・販売しているようである・・・。「男前豆腐」や「風に吹かれて豆腐屋ジョニー」といった個性的なパッケージは、両社で微妙に違っている。京都の男前豆腐のホームページには「弊社は、三和豆友食品とは資本関係はなく、製造・原料も全く異なります」てな三和豆友食品とは一切関係ない宣言がなされている・・・。なんだか穏やかではない雰囲気。これだけの意表をつくヒット商品の背景には、やはりさまざまな思惑や確執が渦巻いているのだろう・・・。

一澤帆布店:信三郎帆布のように、これから華麗な対決を繰り広げるのだろうか。いがみあっていようが、牽制し合っていようが、とりあえず消費者はおいしいお豆腐だけを味わえたらそれでいい。ちなみに京都の男前豆腐のホームページは、豆腐屋とは思えないイカしたノリのサイトだった。男前豆腐は豆腐屋のイメージを粉々に砕き、新しい世界を切り拓いたようである。この世界観が適当かどうかは別として・・・。

京都男前豆腐  http://www.otokomae.jp/index_jpn.html

| | コメント (0) | トラックバック (2)

暖冬に思うこと

いや〜、今日もあったかかった。
寒がりの私にとって暖かいに越したことはないが、2月にこのぽかぽか状態はやっぱり異常である。昔なら、単なる暖冬で済んだかもしれないが、やはり地球温暖化の問題が深刻化しているだけに、とても脳天気に暖かい冬を楽しめる気分ではない。野菜は育ちすぎ、花は狂い咲き、熊は冬眠から目覚めてしまう。人間のせいで、生態系の秩序までも乱してしまっている責任は大きい。

もうすぐ二人目を出産するKちゃんと話をしていたら、母親の気持ちはさらに深刻のようだ。今の子供達が大きくなったら、一体地球はどんな風になっているのだろうか・・・。北極の氷は溶けて陸地が削られ、洪水や竜巻などの予測できない災害が増え、夏場はどんどん気温が上がり、都会ではヒートアイランド現象で砂漠状態。美しい日本の四季ももう伝説になっているかもしれない。子供を持つお母さん達は、子供達が大きくなった時に健やかに暮らせる場所が残されているのか、将来が本当に心配だと思う。

山が緑を湛え、川が流れ、これまで当たり前のように思えていたことも、決して当たり前ではないのだ。45億年もの遙かな歴史を重ねて豊かな自然を育んできた地球を、わずか50年〜100年ぐらいで変えてしまった人間の取り返しのつかない大罪。今私達は、地球という自然の舞台で生かされているのだという謙虚さを持つことは何よりも大切なことだと思う。一人ひとりの意識改革が、環境問題には大きな力となる。

自然の豊かな営みを、私達の世代で終わらせてはいけない。子供を持たない大人だって切にそう願っている。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

郷愁のジェットストリーム

仕事の関係でいつも東京のタワーレコードの方から時期のおすすめCDをいただけるので、私はグッドチューンな音楽には不自由していない。それらのCDもラテンやジャズ系の私の好みにぴったりなものばかりなので、これまた満足しているのだ。しかし今ちょっと心くすぐられるCDがある。それは、音楽の夜間飛行「ジェットストリーム」である。

ふかぶかとした夜の闇に心を休めるとき、
はるか雲海の上を音もなく流れる気流は、
たゆみない宇宙の営みを告げています。
・・・・・皆様の夜間飛行のお供をいたしますパイロットは、城達也です。

あの伝説的ラジオ番組の愛蔵版CD集が発売されたそうで、静かな話題を呼んでいる。学生時代に眠れない夜や遅くまで勉強をしていた時、ふとラジオからもれてきたあの渋いナレーションと「ミスターロンリー」の音楽。あの独特の世界は、不思議と心を落ち着かせ、ひととき異空間に浸らせてくれたものだ。当時ヘビーリスナーだったわけではないが、今改めて聴くとちょっと心動かされるものがある。

ナレーションの脚本はどなたが書かれておられるのか知らないが、普通に聴けばちょっとくどいような言葉で綴られる世界各地の街の情景や人々の情緒。しかしこれがまた、番組が生み出す独自の世界観を饒舌に語り、城達也氏の淀みないナレーションともぴったりで、本当にその世界へ誘われ、耳からリラクゼーションされてしまうのだ。夜という時間が、暗闇という世界が、なんと心地よいものであるか、あの番組を通じて何度もそう感じたことを今も強烈に覚えている。安易に流行の歌などを流さず、夜間飛行にふさわしい名演奏だけの構成はFMラジオという特性を120%発揮し、新しい世界観を築いた深夜番組だったと思う・・・。

ジェットストリーム愛蔵版CD全10枚組は、
月々わずか1980円の15回払い

だそうである。う〜ん・・・
遙かな地平線も瞼に浮かんでまいります・・・という贅沢な世界が、月々わずか1980円の15回払いと言われてしまうと、やはり少々興ざめしてしまう・・・。そこでちょっと考えてみる。10枚組のCDを手に入れて、果たしてこれを私は毎日聞くだろうか。いつでもどこでも聞けるとなると、かえって聞かないような気がするのだ。眠れない夜や勉強の合間にふとラジオから流れてくるジェットストリームこそが、心に染みたのではないだろうか。やっぱりラジオ番組というのは、暮らしの中で生きていなければならないと思う。CDでいつでも聞けるとその価値が失われてしまうような気がする・・・。

満点の星をいただく果てしない光の海を
ゆたかに流れゆく風に心を開けば、
きらめく星座の物語も聞こえてくる
夜のしじまのなんと饒舌なことでしょうか。

夜の闇をぬって、そっと囁くような城達也のナレーションも、記憶の中に留めておく方が良いのだろうと思う・・・。


| | コメント (0) | トラックバック (2)

鉄の女「肝臓編」

昨日はCX時代の友人とごはん食べ。
4時からRちゃんと会うなり四条河原町の立ち飲みやで駆けつけ1杯、いや2杯。その後他の二人と合流し五条松原の「枝魯枝魯ひとしな」でおいしい創作和食を食べた。予約が取れないことで有名な祇園にあるお店の2号店としてオープンしたこの店、2階の5つのテーブル席は既に5時半過ぎるとびっちり満席。しかも私達のように「今日は仕事を忘れ、家事を忘れ、久しぶりに友人同士で美味いもん食べて日頃の憂さををはらしましょうよ」と言わんばかりの妙齢の女、女、女。カップルで来ていた男性が一人いたが、この男性は私達が発散する"憂さはらしオーラ"に圧倒され、かなり小さくなっておられたように思う。

評判のお店だけに、出てくるものがまた懲りに凝っていた。何がすごいかというと、そのちょこちょこぶりがすごい。先付けから碗物、ごはんなどなど、ちょこちょこと少量多彩の盛り合わせで女心を大いにくすぐるようになっている。何っていうメインはないが、ロール白菜のフォアグラ&里芋ソースがけとか、蟹とリンゴの和えものとか、お皿に5,6品、斬新かつやさしい味わいの料理が盛られて出てくる。給仕してくれる男の子がそれを一つひとつ説明してくれるのだが、昨今記憶力の後退が著しい私達は、聞いてるうちから、わ〜とか、へぇ〜とか言ってるうちに、一番最初に説明された物がなんだったか忘れてしまう、てな具合であった。唯一脳トレで鍛えているYちゃんだけは正しく復唱できていた・・・。

そんなちょこちょこ攻撃で、目も舌も満足し、生ビールに白ワイン2本空けて、すっかりご満悦の私達。7時半を過ぎると次の客がもう待ちかまえているらしく、「すみません・・・」という店主の催促で最後はあわてて店を出た。もうちょっとゆっくり食事ができるといいのだが、人気店だから仕方がない。この店は5時半から12時までやってるので、この分だと一晩で3回転である。枝魯枝魯経済効果はかなりなものである。

2軒目は近所にある「リバーオリエンタル」で飲むことにした。ウェイターの男の子をいじくりながら、ここでも赤ワインを1本、さらに追加でハーフサイズをもう1本オーダーした。その後帰り道でワインを買い、Rちゃんと家でさらに飲んだ。計4本半。他の二人はあまり飲まないので、3本半は確実に私とRちゃんで飲んでいる。

鉄の女Rちゃんは、鉄の肉体だけではなく、鉄の肝臓の持ち主でもある。

おんなじように飲んでいたら、私の方はもう大概ヘベレケ状態で、その日は二日酔いにならないようたくさん水を飲んで寝た。それでも翌朝はまだかなり酒が残っており、さすがにカラダもだるい・・・。しかし驚くことに、Rちゃんはトイレにも行かず、水も飲まず、昼前ぐらいまで爆睡し続けた後、何の疲れも見せずに爽快な表情で起きてきた。かなりヘビーなカラダをひきづって起きてきた私とは対照的なその健やかなお目覚めぶりに、思わず尊敬の念すら覚えた。

「もうすっかり酒は抜けて、今朝も爽快だよ!」

恐るべし鉄の肝臓、驚嘆のウルトラ分解力・・・。
しかし思えば彼女も昔からこんなにお酒が強かったわけではない。若い頃から酒好きではあったが、ルームメイト時代、幾度もヘベレケ姿を見ているし、かつて京都で飲んだときは正体を失い、えらい暴れたこともあった(ふふふ・・・懐かしい悪夢・・・^ ^)。それがどうだろう、肝臓というのは鍛えれば鍛えられるものなのだ。酒池肉林、酔眼朦朧、これまで相当な数と量をこなしてきたであろうことが伺える。肉体を鍛えると共に、肝臓の方も鍛えていたRちゃん。鉄の女はこうして出来上がったのである・・・。

その後すっかりお腹をすかせた私達は、飲んだ翌朝の定番コースとなった"魅惑のラーメン巡業"へ赴いた。事前に食べログで行ってみたいラーメン屋さんをチェックしてきたRちゃんは、私も知らなかった最近できた評判のラーメン屋へ案内してくれた。店の前には既に10人ぐらいは並んでいる。豚骨&魚だし スープ、全粒粉の独特の麺がかなり玄人肌なラーメン。30分以上待ってやっと入ってありついたラーメンにむしゃぶりつくものの、私はやはり胃が疲れていたようで、後半はかなり苦しかった。しかし隣のRちゃんを見ると、しあわせそうな笑顔。二人でシェアしようと頼んだ小ぶりの塩チャーシュー丼もきれいに平らげていた。

恐るべし鉄の胃腸・・・・。

こうしてよく飲み、よく遊び、よく食って夕方の新幹線に乗ってご機嫌で帰っていったRちゃん。とっても楽しい2日間だったが、ヤワな私の肉体と内臓はかなり消耗してしまった。今晩はさすがにアルコールを抜き、お付け物としじみのおみそ汁なんか食べておとなしく寝ようと思っていたら、Rちゃんからサンキューメールが届いた。

いろいろありがとうね。無事新幹線乗りました・・・。
ではこれから、缶ビール空けよっと!

そのアイアンぶりに、最初から最後まで圧倒されっぱなしの私なのであった・・・。


| | コメント (3) | トラックバック (3)

鉄の女「肉体編」

お〜〜、久々に雪が積もったお山の上。
今朝は雪道をサクサク歩いてゴミを出しにいきました・・・。雪かきのスコップも去年柄が折れて処分してしまっていたので、こうして急に雪が降ると困ってしまう。せっかく植えたパンジーもすっかり雪をかぶってフリージング状態・・・。人も花も凍り付く寒さでありました。

こんな週末に限って、お友達が泊まりに来る。明日横浜からRちゃんがやってきて、夕方からは他の友達と合流してごはん食べ。しかしこのRちゃんには驚かされる。ごはん食べの前にどこか観光地でも連れてってあげようかと思ったのだが、今ひとつ乗り気ではなさそう。

それよりも食前酒にしようよ、と言う。

おい、食う前にもう飲むのかよ!と、さすがの私も少し驚いたが、私以上に酒飲みである彼女の素直な提案に、正直言って心動かされた私。すぐさま同意し、明るいうちから飲める立ち飲みやで一杯やってからみんなと合流することにした。

ふふふ・・・^_^  
明るいうちからお酒をかっくらう贅沢。これはなかなか普段は味わえない。遠方から友達が来るので、積もる話もあるので、ってどーでもいい口実をつけて、要は飲んだくれたいだけなのである。

それだけに留まらず、Rちゃんはまたもや過激発言。明日大阪のお姉さん宅から京都へやってくるのだが、京都駅から待ち合わせの四条河原町まで歩いてくるというのだ。

え〜!!?京都駅から四条まで歩いてくる人なんて、今まで聞いたことない。
1時間ぐらいかかるから地下鉄でおいてといったのだが、電車で10分15分の距離はいつも歩くか走るかしているので大丈夫とサラリと言ってのけた。すぐそこまでの距離でもバスに乗る地元京都の人が聞いたら、仰天するに違いない。私もその肉体派の姿勢には「あっばれ」をあげたいと思う。

よく飲み、おいしいものにも目がないところは私と同じだが、それだけで終わらず普段からカラダを鍛え(スポーツジムに、バレエもやっている)、常にダイエットも心懸けているはRちゃんってえらい・・・。私も見習いたいところである。

やはりデキる女は体力がある・・・。

週3回ぐらいウォーキングして、最近サプリも飲み始めたりして自己満足している場合ではない。やはり京都駅から四条河原町まで、歩いて打ち合わせに出かけるぐらいの心意気がなくてはいけないのである!最もそれで体力を使い果たして、仕事がなんもできないでは困るのだが・・・。とりあえずウォーキングでもう少し鍛えてからやってみようと思う・・・・(*_*)。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

手紙のインパクト

今日帰ってみると、母から小さな荷物が届いていた。
開けてみると、温かそうな室内履き。やわらかなフリース生地のようなものでできていて、底に犬の足マークがついている。同封されている手紙には、お正月に行った旅行は楽しかったということに始まり、寒がりの私に良さそうなものを見つけたので買ったということ、健康や車の運転への注意書きなどが書かれていた。

ありがたい、ありがたい・・・(^ ^)

犬の足形のついたかわいい室内履きも有り難かったが、必ず添えられている手紙というのも心温まるものである。日頃離れて暮らしているからか、たまにもらう母親の達者な字で書かれた手紙というのは電話よりもよほどインパクトがある。

今や人から手紙を受け取るということがほとんどない生活。メールや電話ばかりがコミュニケーション手段になっていると、手紙というのはこれほど情感が伝わるものかと改めて思ってしまう。大したことが書かれているわけではないが、人の手で書いた文字というのは表情がある。キーボードで打った文字では感じられない、言葉の選び方、綴り方、文字の特徴といったものが書き手のパーソナリティとして如実に表れていて、そのメッセージ自体にリアリティが出てくるのだ。そしてその人の言葉が綴られた一枚の便せんは、パソコンや携帯の画面に出るメッセージとは違って、ひとつのハートとして届く・・・。

今の時代、手紙というのはなかなかの力を持つ媒体ある。
この先何かをお願いしたい時や自分の過ちを心から謝りたい時、好きな男に心を打ち明ける時などにはぜひ、私も手紙という手段を選びたいと思う・・・。ただそれにはひとつ問題がある。長年パソコンばかりを使っていると、字が恐ろしくヘタになっていることだ。もうそれは年々進行しており、ふとした時に自分の名前を書いた時など、その無様な姿に情けない思いをすること度々。そんなへたくそな文字だと品格のなさが露呈しそうで、どうも手紙を書くのはためらわれてしまう・・・。

私の手紙作戦を成功させるには、まずはペン字を習うことから始めなければならないようだ・・・。心を動かす手紙を書くための道のりはまだまだ長い・・・・(*_*)

| | コメント (0) | トラックバック (1)

« 2007年1月 | トップページ | 2007年3月 »