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宝という運命

2007年を迎えた。
といって特に感慨があるわけではないが、こうして一年一年、年が重ねられていることは、つまり確実に歳をとっていることであり、ある時気がついたら中身も外見も「え〜、もうこんな事態に!?」てな具合に驚愕してしまうのである。歳月というのは、自覚症状がなく進行するから怖い・・・。

そんな風にぼ〜っとしているうちに歳が明けている、毎年変わりばえのないお正月。今回は家族で回し読みしていた算命術の占いがなんだか頭にやきついている。若い頃とは違い、結婚や転職など占ってもらうようなこともないので、とんと占いなどには耳を傾けなかったが、この間改めてあなたの宿命は?運命は?とか言われると、ふと感慨を持ってその言葉を聞くことができたのだ。

私は星は独立独歩、あくまでも仕事に生きる星らしい・・・(*_*)。それは大抵どんな占いでも出てくる結果なので、今更驚きはしなかったが、若い頃はこれに反発して自らの運命は自らで変えるものだと思って、あまりその言葉を深く捉えることはなく、自分の道を突き進んだものだった。今改めて聞くと、なぜか素直になるほどと思える。この宿命を受け入れ、逆らわずに生きることがずっと自分らしくエンジョイできる人生になるのではないかとさえ思えてくる。

そう思うように至ったのは、生きていく中には目に見えないルールや条理、風向きなどがあると感じているからだ。それらを無視しても、物事は決して上手くはいかない。そんな目に見えないルールや条理を学び、従う上で自分を発揮することが実はとても大切だと最近思えるのだ。宿命もそのひとつだと思う。性格や才能、家族や環境などは自分が選べるものではなく、個々が生まれ持ったものだ。要するにそれは、自分では変えられないものがあるということで、既に人にはある程度舞台や役は与えられているのだ。そこからストーリーを作っていくのが自分だということ。そんな原理をふまえて生きることは、より良く生きるための知恵になると思う。

話が新興宗教めいてきたが、こんな考えに至るのも、歳を食って半ばあきらめが出てきたからかもしれない。しかしあきらめというのは、何か答が見えてきたからあきらめられるのだと思う。若さはスピードがある分、視野が狭い。年齢を重ねる毎にスピードが落ちていくと、周りの景色が見えてきたのだと思う。

なんてちょっと年寄り臭い話に落ち着いてしまったが、歳を取って周りの景色が見えてくるのも悪くないな〜なんて思ったりしている。ちなみに算命術で私は宝という星で、磨けば磨くほど輝くらしい。つまり原石のままではただの石、苦労すればするほど、光るということである。

では、今年もすすんで苦労を買って出るとしよう・・・(><;)。
相変わらずトホホな気分の新年である。

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コメント

おねーさん、

今年もどうぞよろしゅうに^^。

あ、一月最終週になすっちが仕事でワイハや
からそっちいくよ。温泉&蟹計画よろちく~。

ちなみにあたしも『宝』やで。がははは~。

投稿: ぴー | 2007年1月 9日 (火) 16時40分

あけおめ〜!本年もどーぞよろしくぅ(^ ^)
え〜、ぴーちゃまも宝!?つーことはポリッシュ人間?
アタシの周りってやたら宝ばっかりなんやけど〜
砂利はみんないっしょくたになって荒波に磨かれろってことやろか〜
(一緒にすんなって?)
1月の最終週にお出ましになるの〜?わ〜い(^_^)
あやぴの年賀状にも温泉ツアー予約よろしくって書いてあった。言いだしといて、懸念されるのは私の仕事だけ・・・。実現できるよう、がんばりまふ(>_<)最悪は京都酔いどれツアーでよろしくね!

投稿: ねね | 2007年1月 9日 (火) 17時51分

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