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ケの日の料理

Gohan

今晩のメニューは、秋刀魚の竜田揚げ甘酢あんかけ、南瓜の煮物、青梗菜の炒め煮。
残り物でなんか食うか〜って時でもこんな料理ができるアタシってエライ・・・(^_^)
2匹で198円だった旬の秋刀魚、1匹は昨日焼き魚にしていただき、2日目は竜田揚げで。南瓜もお安かったが、みそ汁のネタや天ぷらにした後は煮っころがしで。青梗菜は炒めものの余りを使用。残り物だけど、十分においしく、栄養たっぷり。一人暮らしの食材というのはついついムダが出る。買った材料でいかに料理のバリエーションをきかすか、ロスを出さないか、それが料理人の腕にかかるのであーる。

冷蔵庫の中で変わり果てた野菜やカチコチになったハムを見ると、やっぱり哀しくなってしまう・・・(* *) だいたい私は賞味期限など気にしたことはないので、すぐに冷蔵庫にいろんなものが貯まってしまう・・・。放置されていくうちにやがて液体化した胡瓜や、青カビが繁殖し始めたごはんとか、以前は人の口に入るものだったとは思えないほど恐ろしい姿と化していく・・・(*_*:)。しかし見るからに腐ってしまうと、安心して捨ててしまってる自分にハッとした。それじゃー、冷蔵庫はただ腐るのを待つ場所なのか・・・。ゾンビーストッカーかよ、と。そんな醜い姿で葬られていくのは胡瓜も、お米も本望ではないはずだ。やっぱりシャキシャキサラダやホクホクおむすびなんかでちゃんと食べられて血となり肉となってこそ、命を投げ出した甲斐があるというものである。

そう考えるとやっぱり大切に使わなくちゃ。
以前なら使い切らないうちにあれやこれやと食料を買い込んでいた私も(おかげで冷蔵庫の中ではあちこちでモンスターが増殖していた・・・)、この頃はギリギリまで買い控え、残り物に知恵を絞っておいしいメニューを作り、冷蔵庫の食材を使い切った時に、なんかものすごい達成感を感じる・・・。冷蔵庫もキレイだし・・・(^ ^) 材料をふんだんに用意して、おいしいものを作るのはここぞ、という時にとっといて、ケの日(晴れの日に対して普段の日のこと)はこの限られた食材から何かをクリエイトすることに料理の楽しみを見いだしているのであーる(^ ^)。やっぱり私はハングリーなところから何かを成すということが好きなのかもしれない・・・。いや、ただビンボーだからっつうハナシもありますが・・・。

そう気持ちで料理していると、不思議と食材一つひとつに慈しむ気持ちが生まれてくる・・・。2匹で198円の秋刀魚も、ひと束88円の青梗菜も(なんかウチはすごいエンゲル係数低そうですが・・・)、大切に使っておいしい時間。ってなんか味の素かなんかのCMみたいですが・・・ま、そんな気持ちを抱きつつ、今日も一日お疲れさ〜ん・・・(●^_^●)

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ディナーショーに誘われて

「三輪明宏のディナーショーに行かへん?」
主婦Kちゃんから誘われた。三輪明宏なら歌もいいし、トークもおもしろそうだし(天草四郎の生まれ変わりらしい、というあの前世ばなしにも興味がある)、てっきりチケットが既にあるものだと思って二つ返事で行く行く〜と答えた。
で、よく聞くとチケットはないという。

え〜っっ!?

私はわざわざ3万も4万も出して、クリスマスのディナーショーに行く人の気が知れない。そんな高いお金を出すならワインをケースで買うとか、一泊でどこか温泉旅行へ行く方がよっぽどいい。それはちょっと・・・・と即座にお断りモードで「誰か他を誘って」と交わしてみても、費用はあんたの分も出すからとか言っていやにしつこく誘ってくる。「男友達じゃあるまいし、そこまでしてもらっていくもんでもないだろーが、たかだかディナーショーに」と思ってはみたのだが・・・・

子育て中の主婦というのは何かとストレスがたまっている。

その上彼女は今妊娠5ヵ月。一層行動が制限され、随分とストレスがたまっていることは言葉の端々からもこれでもかと言うほど伺い知れる。しかもこの間夫の浮気事件が勃発し(妻の妊娠中に浮気する男というのは本当に多い!)、もう1週間以上経った今でも、未だに顔も会わさず、口もきいていないということだ。さらにさらに、産婦人科で行った血液検査で、なんとエイズの「擬陽性」と言われ(なんかたまにそういうのが出るそうだ。ほとんどの場合大丈夫なのだそうだが)、再検査送りとされた。そんなこんなの出来事に、Kちゃんからは恐ろしい勢いで愚痴が連ねられたメールがたっぷり送られてきたばかりだ。

Kちゃんはきっとキレかかっているのだ。
妊娠中にジムへ行って運動するわけにもいかないし、フラフラ夜遊びすることももちろんできない。ショッピングを楽しもうにも、そんな体では合う服もない。そんな妻のストレスを理解できそうもない夫(だから浮気などしているのだろうが)は、自ら犯した浮気という罪にただひたすらバツが悪く、Kちゃんと顔を合わせるのを避けている始末である。つまり、ホテルでディナーショーというのはほどほどの息抜き&楽しみなのかもしれない・・・。再三の行こうぜ攻撃にやさしい心根の私は(^ ^)ついつい、

ほな、行こか〜・・・(* *;)

あ〜、遂に言ってしまった・・・!Kちゃんは大喜びしている。「これで12月19日までその楽しみで生きていける」などと言われてしまったら、今更撤回のしようもない。あんなに忌み嫌っていたクリスマスディナーショーへ、しかもお金を払って行くなんて・・・・!! アタシの人生であり得ないことが起ころうとしている・・・。なんだか玄関口で丁寧にお断りしていたセールスマンに、帰り際の1分で24回払いのローンを組まされたような気がしないでもなかったが・・・。こうなれば、出るものは皆腹におさめ、限界まで酒を飲み、三輪明宏のトークに何かを掴んで帰ってこなければならない・・・。むむむ・・・!! しかし一体何を着ていけばいいのだろう・・・。普段はスウェットやカジュアルな服ばかりで、最近はさすがに結婚式にもお呼ばれしなくなったので、そんな所へ着ていく服がない・・・。

ひゃ〜〜〜っっ!!

さらに出費が嵩みそうな2006年の暮れ。生半可なやさしさにつけ込む妊婦は、きっとあなたの周りにもいます。どうぞお気をつけあそばせ・・・・(*_*)。


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「無名」沢木耕太郎

Mumei

沢木耕太郎の「無名」を読んだ。
メディアで盛んに報道され、多くの会葬者やファンに送られて逝った著名な映画評論家(たぶん淀川長治)。映画評論家と同じ89歳で二日前に亡くなったその人は、生涯無名でひっそりと家族だけに見送られて逝った。それが著者のお父さん。お父さんの最期をノンフィクションライターらしくリアルに語ると共に、慈しむように紐解かれる一つひとつのお父さんとの思い出。地位や名誉を得たわけでもなく、とりたててドラマティックなこともなく、1合のお酒と1冊の本があればそれでいいという、そんな無欲な1人の男性の生涯が、これほど心に残るのはなぜなのだろう・・・。

何も望まず、何も成し得ず、無名を潔く受け入れ淡々と生きた人というのはどういうものだったのか。そう考えるに至った著者の気持ちはよくわかるような気がする。私も高校生の頃、いつも先生の言うことに従い主張をせず、目立たず穏やかにしている同級生を見て、「○○ちゃんはどんなことが楽しいと思って生きてるの?」と真面目に聞いたことがあった。別にバカにするとかではない。面白いことに大笑いしたり、悪さをして先生に呵られたり、テストの点数に悔しがってみたり、四六時中好奇心旺盛で喜怒哀楽のいずれかを全身で表している私のような人間は、他人も皆そういう構造だと思っているから、そういつも静かにしている人が不思議でならなかったのだ。彼女にとってはまったく失礼な話だったと思う・・・。卒業記念のサイン帳にも、そんな質問をされたことが随分衝撃的だったと書かれていた。本人はもうすっかり忘れていたのだが・・・。

お父さんの生き方を象徴する思い出がある。
著者自身が小学生の頃、悪さをして母親に出て行けと言われる。自分の非を認めていた著者は、野宿でもしなければならないと思い、新聞紙を持っていこうとした。「そんなもの持って行かずにすぐ出て行きなさい」という母親に対し、父親は「新聞紙ぐらい持って出て行ってもいいんじゃないかな」と言う。そんな場面でギャグのようにも聞こえるセリフだが、それがお父さんの物事のとらえ方なのだ。「なんてヤツだ!出て行け!」とお母さんを上回る勢いで罵声を浴びせるわけでもなし、「そこまでしなくてもいいじゃないか」と言って母親をなだめるわけでもなし、
出て行けと言われている状況をその通り受け止め、新聞ぐらい持っていってもいいよ、という実に淡々としたセリフが「新聞ぐらいいいじゃないか」なのである。

すべてにおいてそういう姿勢なので、定職につけないことに嘆くわけでもなく、お金が十分ないことに愚痴るわけでもなく、まして子供にああしろ、こうしろとも一切言わない。ただいつも机に正座して静かに本を読んでいる。そんなお父さんを家族は誰も責めないし、恨まないし、むしろ敬意を持って接している。晩年になっても夜遅くまでテレビもつけずに話し込んでいるくらいの夫婦仲で、最期も3人の姉弟に一生懸命世話されて逝くしあわせなお父さんなのだ。

子供は親を選べない。どんな家に生まれるかもその子の運命で、その家のさまざまな環境や事情を自分自身のカラーとして生きていく。紛れもなくその親の子であり、間違いなく親の影響下で人間性が形成される。裕福か、貧乏か、大家族か、片親か、与えられた運命はいろいろだろうが、どんな場合であっても成長過程で親への愛情というのはしっかり育まれ、やがて尊いものとして遺っていくのだと感じる。お父さんは最期に「自分は(一生で)何も成さなかった・・」と呟くが、社会的な名誉という意味ではそうかもしれないが、一体そこにどんな意味があるのだろうか。思いやりあふれる家族というかけがえのないものを成せた人生に、名誉などとは比べものようもない価値があるように思われる。無名であることの有名以上の価値、お父さんの生涯にふれるうちに、そんなものを感じた。

生涯無名だった父親の最期に句集制作を思いつく著書。要所要所に出てくるお父さんの俳句がまたその人となりを表していてとても魅力的だ。
「その肩の無頼のかげや懐手」
著書が一番好きな句を取り上げて、博打や女遊びも放蕩もないお父さんのような生き方こそが無頼だったのではないかと語る箇所が印象的だった。

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やっぱり新庄はすごい!

日ハム日本一、一夜明けたら新庄、新庄、新庄、改めてあの男のすごさを感じた・・・。
監督よりも先に胴上げされた意味もよくわかる。やっぱり彼の果たした役割はすごく大きかったのだ(これまで苦労してきたヒルマン監督の影が薄くなって、ちょっと気の毒だけど・・・)。
観客動員数は今パ・リーグ一のソフトバンクを凌ぐ勢い。これまで日本シリーズではパ・リーグが4年連続優勝してるし、だいたいパ・リーグの試合の方がエキサイティングだし、ゲーム自体が面白いもん。
「メジャーでもなく、セ・リーグでもなく、これからはパ・リーグです」と、日ハム入団前に宣言した通りのことをホントにやってのけた新庄はやっぱりスゴイ!!たった1人の力で、チームを動かし、プロ野球界を動かした功績は、ある意味王さんや長島さんに匹敵するのではないだろうか。通年3割に届かなかった、特別優れた選手ではなかったにもかかわらず・・。

野球選手として立派な成績を残し、監督兼選手をやってるヤクルトの古田監督もすごいだろうが、新庄はその対局にいる選手だという気がする。古田監督がアタマで考え、努力でその地位を勝ち取ってきた正統な選手としたら、新庄はハートで感じ、運と愛嬌を武器にして登りつめてきた選手だと思う。人間にはいろんなタイプがあるのだということを改めて思い知らされる・・・。
しかも阪神にいたらこの成功はなかっただろうと思う。元々球場は満員だし、伝統あるチームだから、そんなタイプの選手は押しつぶされてしまう・・・。けどのびのびとした日ハムだから彼のキャラが生きた(そういう巡り合わせがまた新庄のすごいとこで、やっぱり理論で物事を考えない人には特別な勘が備わっていて、こういう運がついてくるのだろう)。観客動員数をなんとか増やしたい日ハムだったからこそ、新庄のエンターテイメント性&プレイが最大に生かされたのだと思う。阪神にいたら、人気はあってもこれほどの注目を浴びて引退する選手にはなっていなかったはずだ。

ヒーローインタビューがおもしろいと言われる日ハム。それも火付け役となったのが新庄だ。
「明日もがんばりますので、応援よろしくお願いしま〜す」なんてヒーローインタビュー、ファンは誰も聞きたいと思ってない、って指摘していた新庄には本当に才能を感じる。今まさに選手が思ってること、観客と共感するような言葉、そういうものがお立ち台で語られてこそ、観客も盛り上がる。それに賛同して選手みんなが自分の言葉で語るようになったことがまたすごい。それもやっぱり日ハムならでは。つまり新庄と日ハムの巡り合わせが最大の効果を発揮した結果なのだ、この日本シリーズ優勝は・・・。

阪神タイガースも見習って欲しいな、こういうのびのびさやエンターテイメント性を・・・。
いっそのこと、エンターテイメントコーチとしてタイガースに呼んではどうか。そんなこと考える阪神ファンは私だけだろうか・・・。

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日本ハム優勝!

おめでとう、日本ハム!!
第一戦は負けたものの、そこから4連勝のぶっちぎり。まさに勝ち取るべくして勝ち取った日本一。5回裏金子のスクイズの瞬間、セギノールのホームランの瞬間、そして新庄の最後のバッターボックスの瞬間、私は札幌ドームの観客と共に興奮した。あのダサくお客さんの集まらない日本ハムが北の大地で生まれ変わり、ホークスも、ライオンズも、そしてドラゴンズもぶっちぎって優勝した価値は大きい。さぞかし北海道は初の日本一に沸き上がっていることだろう。札幌に道頓堀はないだろうから、この喜びをオホーツク海にでも飛び込んで表現するのだろうか・・・。
それにしても駒大苫小牧高校といい、日本ハムといい、北海道という地はここ3年ぐらいで野球チームの急成長地区だ。一体どんな野球の神様がついているのだろうか・・・。野球の神様がいるかどうかは知らないが、日本ハムにはあの男がいる。2戦目以降ずっと勝利のツキがファイターズに傾いていた理由は、やっぱりあの男のせいだと思う・・・。

その男は新庄剛。
彼のいくとこ、いくとこ、なぜこんなにツキがあり、華があり、ドラマティックなのか。阪神の時はもちろん人気チームだから常に大観衆だし、メジャーへ行ってもそこそこ活躍してチームは優勝(日本人選手初)までするし、北海道へ来たらこの騒ぎ。野球以外でも華々しいスポットを浴びてはあちこちのメディアに露出している。まさに彼の人生には表街道しか存在しない。引退試合を、日本シリーズの優勝で飾る選手が一体どれくらいいただろうか・・・。
今回のペナントレースでも阪神が最後に猛スパートをかけた時には、この男のせいでもしかして阪神が優勝するのではないかと思った。だって日本ハムと古巣阪神との日本一決戦ほど、新庄にとって最高&絶好の舞台はない。そうなったら、阪神は間違いなく負ける。で、新庄の舞台を最高に盛り上げる完全な脇役と化して、きっと昨年同様また惨めな境遇に陥れられたに違いないのだ・・・。そうはならなかったが、もうちょっとでそうなりそうだったところが、やっぱりあの男のコワさだ・・・!

でも今日は最後涙で終わって欲しくなかったな〜

優勝の瞬間はやっぱりみんなではじけるように喜んでほしかった。そういう超happyな場でしょ、日本シリーズの優勝って。なんかいつまでもめそめそ泣いてたり、選手やコーチ1人ひとりとハグしたりしてると、場がしらけてしまう(お客さんだって、ちょっと間が抜けてた)。そういうのは楽屋裏でやってほしかった。だって新庄のための舞台じゃなく、日本ハムというチームの初の、晴れの舞台だもん。しめっぽくしてほしくない。

と、ついつい愚痴めいたことしか出てこないけど、新庄は大好きな選手だし、そのスター性はもちろん大いに認めている。阪神タイガース時代、ファンを沸かせたナイスプレイにどれほど感動したか。巨人の槇原が投げた敬遠のボールをヒットにしたプレイにどれほど楽しんだか。入団する時に福岡から初めて大阪に来た時、あまりの人の多さに「父ちゃん、今日は祭ばい」と驚いていた男も、今やモデルのようなボディとセレブ待遇で大勢のファンに取り囲まれている。これから彼の行く先にはどんな花道が待っているのだろうか・・・。どんな世界で、どんなアメイジングを見せてくれるのか、楽しみでならない。

PS:華の男新庄に対し、ヤクルト時代から地味ながら日本一4度の稲葉は、ウラ華男だ〜

PS:いつになったらセ・リーグのチームが、優勝すんね〜ん!!

PS:バレンタインといい、ヒルマンといい、外国人監督が観衆に向かって叫ぶ、「○○のファンは一番です!!」というセリフはもうええ加減辞めてほしい・・。アホのひとつ覚えみたいなそのセリフが発せられると喜ぶファンは、もっとアホみたいだ・・・。


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ナンバーポータビリティ傍観

携帯電話のナンバーポータビリティがスタートして、なんだか世間が賑やかだ。
ソフトバンクは通話料ゼロをこのタイミングを見計らって衝撃発表したし、新聞を開くと朝青龍や武豊がなんかの有名人がいっぱいならんだ、DoCoMoのちょっとイヤミな全頁広告がバ〜ンと出てるし、各社の熾烈な争奪戦がガンガン繰り広げられている。AUはDoCoMoよりずっとデザインがいいし、経済的だし(広告業界の人もAUユーザーが多いし)、ホントはは心惹かれる。ソフトバンクの通話料ゼロにはもっと心惹かれる・・・。

だけど、メールアドレスは変わっちゃうし、手数料などを入れたら変更に¥5000ぐらいかかるそうだ。通話料ゼロは魅力だけど、ソフトバンク以外にかけると他社に比べると高くつくらしい。残念ながら、ソフトバンクの携帯持ってる人なんて、私の周囲にはいないから、だったらあんまし意味ないよね〜、これ・・・。

おいしい話にはやっぱり裏がある・・・(-_-;)
そう簡単に得するハナシを消費者にばらまいてくれるワケがない。

って私が思ってるくらいだから、熾烈な争奪戦を繰り広げているほど、消費者の方は乗せらられてないない気がする・・・。シェア50%以上を占めるDoCoMoの一人勝ちのままでいいとは全然思ってないけど、DoCoMoから他へ移行するインパクトあるメリットがまだ感じられない。
というわけでこれから先、各社がしのぎを削り、ナンバーポータビリティの本質的な意義を見せてくれることに期待するとしよう・・・。

それにしても、この情報社会において、携帯電話の通話料だけが高すぎると思いません?
日本の携帯電話会社はまだまだ企業努力すべきだ・・・!!

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鳥と三つ葉のわさび醤油和え

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鳥と三つ葉のわさび醤油和え。
超簡単&ローカロリー&栄養&おいしいの4拍子揃ったおつまみ&おかず。
鳥の胸肉は火が通りやすいように、切り込みを入れて蒸す。蒸し上がり30秒〜1分前に三つ葉を入れてさっと火を通す(三つ葉は一袋)。蒸し上がった胸肉は食べやすいように手でさいて、切った三つ葉、わさび、お醤油で和える。あらかじめお醤油にわさびをといて、そこに材料を入れるとGood!。超簡単です〜!

いついもはササミでつくるんだけど、皮なし胸肉が安かったので代用。これでも全然問題なしです。ちょっと香ばしくしたいなら、蒸すのではなく網で焼いて使用してもOK!

ぷう〜んとわさびの良い香りがするけど、意外と味はマイルド。
私はわさび多めが好きですぅ・・・(^_^)  日本酒、焼酎、白ワインといずれにも合う突き出し感覚のおつまみ。春頃に歯触りの良い根三つ葉でつくってもまたおいしいよ〜ん。

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ワインの価値

最近箱に入ったオーストラリア産ワインを愛飲している。
ボトルワインだと開けるとすぐに飲んでしまわないといけない。でも箱入りなら一応一ヶ月は味が変わらないので(実際味は多少変わる)、毎日のちび飲みがきくのでデイリーユースには便利なのだ。箱入りワインを飲んでいると、たまに2〜3,000円のボトルワインを飲んだらその違いはよくわかる。やっぱり3,000円ぐらいのワインはおいしい。けど10,000円のワインと3,000円のワインをブラインドテストで飲まされたら、どっちが10,000円で、どっちが3,000円かはたぶん区別がつかないと思う。よくお正月番組なんかでも、芸能人がいろいろなワインを飲んでビンテージワインはどれかを当てるっていうのがあるが、ワイン通を自称する人も大抵は当たらない。ワインなんて実はそんなものなのかもしれない。

Wine

楡周平の「フェイク」という小説はまさにその盲点をついた話だ。
銀座の高級クラブに勤めるボーイがお店にある何十万もするような超高級ワインと、同じラベルを貼った中身3000円ぐらいのワインとを入れ替え、高級ワインの方を市場で売ってまんまと儲けるというもの。ウイスキーやブランデーというのはキープがきくから1日でキャッシュフローされない。だから今時の銀座のクラブやホストクラブでは、開けてすぐ消費される何十万もする超高級ワインやシャンパンが出てこそ確実に儲けにつながるのだそうだ。
なるほどテレビでよくやってるホストクラブの現場でも、ドンペリ・ゴールドなんかが一気飲みされしたりして、ほとんど味わって飲んでいる人などいない。ましてやソムリエでもない限り、出されたワインに対してこの味はちょっとおかしい、なんてゴージャスなお姉さんやお兄さんに囲まれた場で冷静に文句つける人なんてまずいないだろうし・・・。とにかくお客さんにスゲー高いワインやシャンパンを開けさせては処理するだけで、ホストやホステスが陰でゲーゲー吐いてるってこともあるらしいから、なんとももったいない話である・・・。

中身が3,000円のものにすり替わってもまったく影響を与えない、つまりは高級ブランドワインっていうのはお金に代えるためのネタであって、そこにワイン本来の価値というのが問われていないというのが実体だ。しかも湯水のように開けられてこそ喜ばれる。超高級ワインがそんな飲まれ方をしてる国って他にもあるのかどうかは知らないが、こういう話を聞くと、味もわからない人の間で高額でやりとりされる超高級ワインって一体何なんだろうと思う・・・。不景気だ、不景気だと言いながら、価値もわからない高額なワインをわざわざ外国からじゃんじゃん仕入れ、経済効果を海外に差し上げている日本人のバカさ加減が浮き彫りになっているような気がしてならない。

と、いうわけで今日も私は分相応のワインを飲み、分相応の食事をし、分相応の楽しみで心を満たしている(^_^)。自分のお金で買えるものをそれなりにおいしいと思って満足しているから、別に誰からも文句を言われる筋合いもないってもんだろう・・・。しかしながらこの分相応というのがここ十年くらい、少しもステップアップしていないところが私にとってはまた悩ましいところなので、あーる・・・。


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デパ地下味とおうち味

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そろそろお鍋の季節。
昼間は暖かいお山の上も、日が暮れるとすっかり肌寒くなり、お手軽1人鍋が大活躍。これは雪見鍋。おうどんより少し濃いめのお出汁に、豚のしゃぶしゃぶ肉、マイタケ、白ネギ、お揚げ、そして水菜を入れて煮込み、最後にたっぷりの大根おろしをかけていただく。雪が積もったような大根おろしの様から雪見鍋と言われている風流なお鍋。お出汁にささっと具を放り込むだけの、本当に簡単なメニューなのだが、ちゃんと作って食べるとなぜこんなにおいしいのか・・・。そこで思い出される昨日の疑問・・・。

昨日は仕事帰りに、久しぶりに大阪の阪神百貨店の地下を覗いた。阪神百貨店のデパ地下というと、大阪一の人気と食材を誇る場所。金曜の夜とあっていつも以上の人と熱気で、お祭りのような賑わいである。パンにワインに、お弁当にお惣菜・・・さまざまな食材がそれはもうあふれんばかりに並んで、店員さんの呼びかける声があちこちから聞こえる。まさに「飽食」という言葉がぴったりの世界。どのお店のどの食材を見てもとてもおいしそうなのだが、私はいつもなかなか手が出ない。

おいしそうだと思って買って帰っても、
家に帰って食べると必ずおいしくないからだ。

何度も裏切られているのに、ほとぼりが冷めるとまた手を出してしまうのは、デパ地下にはそれほどいつも食いしん坊ゴコロをくすぐる"おいしそう感"が充満しているからだ。
しばらく彷徨った挙げ句、サラダや今風お惣菜で有名なR1/Fで足を止めた。ワインのおかずに丁度いい、生春巻きやローストビーフ、マリネなど9種類ものお惣菜がきれいに詰まったものを購入。レジには会社帰り風の女、女、女の列。やはりOLには絶対的人気を誇っている店のようだ。買った時はどんな味か楽しみでワクワクしてるんだけど、家に帰って食べると案の定、

マズイ・・・・(*_*;)

見栄えも良くて、そこそこ手がかけられているのだが、どれ食べても同じような味でどれひとつおいしいと思えない。それなりの味を出してはいるんだろうが、冷たいし、人工的だし、なんだかちっともお口が喜ばないのだ・・・。
やっぱりまた失敗。なんでこんなに買ってきたお惣菜やお弁当っておいしくないんだろう・・・。マズイものでお腹一杯になるとヒジョーに空しくなる・・・・。何か口に入れてはいけないものでお腹を満たしたような、いやに不自然な違和感が残るのだ。どんなにおいしそうに思えても、絶対に期待を裏切られる買ってきたお惣菜。そして食べた後にはやけにかさばるプラスチックパックだけが残る・・・。だけどあんなにおいしそうな買ってきたお惣菜と、大して手をかけないでもおいしいおウチの料理は、味にどうしてこんなに差があるのだろう・・・。

それは規格化されているか否かの違いにあるのではないかと私は思う・・・。
大量生産で生み出されるこうしたデパ地下食材は、効率よく生産するために、きっとマニュアルにそってすべて事務的にすすめられる作業で成り立っているのだと思う。味も毎回一定でなければならないので、もちろん分量やレシピは固定される。それらはもう料理ではなく、作業と作業のコンビネーション。作業によって規格化された味だからマズイのではないかと思うのだ。
料理というのは、実は作業ではないのだと思う・・・。ジャガイモの皮をむくことも、お出汁をとることも、ひとつひとつは作業に違いないが、それらが作る人の手を介して調和したり、変化をつけたりするワザや裁量があるからこそおいしいものが出来上がる。そこに味の趣が生まれ、おいしいまずいは別にして「人に伝わる味」になるのではないだろうか。けれども作業やマニュアルによってできる味には趣がない。だからきれいに盛りつけられておいしそうに見えるお惣菜やお弁当でも、食べた後には不自然な違和感や空しさが残ってしまうような気がする・・・。

そういえば平松洋子さんの「買えない味」という本のタイトルには、なるほどと頷かされた。本を読んでないので本当の意味は知らないが、デパ地下のあふれんばかりの食材や街のそこ此処にある飲食店に慣らされている私達にとっては、今「買えない味」ってとても大切だと思えるからだ。簡単に買えてしまう味であふれている現代、人はどんどん食への感性と知恵を鈍らされている。「買えない味」というタイトルを見た時、買わないで工夫したり創造したりすることの楽しさが、その本には盛り込まれているような気がした。ま、そのあたりはまた実際に読んでからじっくり感想を書くことにしやしょう・・・。

なんて思っていると、裏に住むとても親切な老夫婦の奥さんの方が、なんと巻きずしと牡蠣フライを「たくさん作ったからどーぞー」なんてお裾分けしてくださった・・・(^_^)  「いつもすみませ〜ん」とか言いながら遠慮なくいただいた私は、今日は自分の手を介さず、食への感性も知恵も働かさず、まんまとご馳走をいただくことになった・・・。
こんな日もあっていいのです・・・。では感謝感謝で、いただきま〜す(^ ^)


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岩盤浴その後

昨日2ヵ月ぶりに岩盤浴へ行った。
はりきって回数券を買ったにも関わらずあまりにご無沙汰だったので、遂にお店から電話がかかってきて、行きがかり上予約することになった・・・。

メディアによる、岩盤浴の菌タタキ以来、

菌という菌にひじょーに弱いアタクシは、とても恐ろしくて行く気を失っていた・・・。でも「歌うせぇるすまん」という抗菌消臭メーカーの方のブログで、ちゃんと換気や掃除してあればほとんど問題なしらしいので、ちょっと勇気づけられながら久々に向かうことにした。道連れにYちゃんを誘って・・・。それでも直接確かめられずにはおられない私は、受付ですぐに聞いてみた。

で、どうなん?岩盤には菌がウヨウヨいるらしいハナシ・・・

「もう、ウチもそれで大打撃なんです〜」
と嘆きまくる受付嬢。やっぱり。夏頃はとても混み合っていたのに、今日は平日ではあるがいやにガランとしている。あれやこれやと取り沙汰されているうちに、お客さんがみるみるうちに減っていったらしい。そこでこの店は然るべき業者に検査をしてもらい、結果「問題なし」のお墨付きをもらったということ。それでもどんな検査なのかと突っ込むと、大学病院などの衛生検査をやる業者名を出し、大腸菌とかサルモネラ菌とか?そういう菌の種類が並んだ検査結果まで出して来て、論理的ではなく(説明ではなんら説得力はなかった)、情報開示によって必死に大丈夫を強調していた。

そもそも菌なんて普通でもその辺ウヨウヨしてるし、どこからが危険という判断基準を提示されない以上、たぶん何言われてもあまりピンとこなかったと思うが、ちゃんと検査までしてる姿勢にはちょっと安心・・・(^_^)。
安心したところで久々の岩盤浴でビシバシ汗をかいた。
やはり少し寒くなって、既に毛穴が閉じてしまっているのか、最初は汗の出が悪かったが、水をじゃんじゃん飲んで、3セット入って2ヵ月分の毒という毒をボタボタ絞り出してきた・・・。お肌もツルツルになって出てくると、受付で早速Yちゃんと共に来週も予約を入れた。

「歌うせぇるすまん」さんのブログでは、岩盤浴の細菌騒ぎがあったことは、

岩盤浴業界の成熟と健全化のためにはいいことだ。

と書かれていた。確かに、こーゆーことがあると経営側は衛生面に気を配ったり、サービスを向上させたり、ブームでおろそかになりがちな部分を一喝してくれる。利用者も正しい知識を身につけちゃんと選択できるようになってくると、切磋琢磨して質の良いお店だけが残っていくだろう。
しかし以前は岩盤欲が終了すると、帰り支度などしがてらサロンでお茶飲んで「あ〜、気持ちヨカッタ〜」とか言いながらさっさと帰れたところ、お客が減ったためか、客を見るや否や健康食品やら化粧品やら、あれやこれやとセールス攻撃に出るようになったのはいかがなものか・・・。衛生管理やサービス向上に力を入れるのではなく、
岩盤浴以外で稼ぐ、う〜ん、その手できたか・・・!

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美味くて恐〜い牡蠣

昨日は河原町三条の地中海料理「ノルマンディ」でおいしいごはんを腹一杯ご馳走になった。
Kさん、ご馳走様〜(^_^)  しかし、写真を撮り忘れたのでビジュアルは紹介できない。なんといっても昨日は店自慢の鳥羽直送の新鮮な生牡蠣が美味かった・・・。Kさんは何度か牡蠣にあたって以来、お召し上がりにならないのだが、それでも私は"旬""鳥羽直送"という言葉には勝てず、自分だけ厚かましくもオーダーした。期待を裏切らず、出てきた小ぶりの牡蠣にレモンをキュッと搾り、特製の酸っぱいソースにディップしてつるっと食べるともう最高!白ワインがぐいぐいすすむのであった・・・。

牡蠣にあたって以来、食べられないのよ・・・。

という可哀想な人は意外と多い。私の周囲でもあの人、この人、数えるだけでも片手は超える。牡蠣は美味いのだが、一方でかなりハイリスクな食べ物でもあるのだ。幸いにも私はまだ"ヒット"した経験はないが、牡蠣にあたった苦しみほど凄まじいものはないらしい・・・。しかし1回ぐらいではまだまだ甘い。上から、下からの凄まじい苦しみを乗り越えて、それでもまたシーズンになると「おーっ、美味そー!」と食べてる人というのはお友達になりたいタイプである。そういう根性ある人も結構いる。そして2度3度あたってさすがにトラウマになり、牡蠣を目の前にしても「明日の仕事の方が大事」と冷静に判断できる人を本物の"牡蠣嫌い"と認定したい。

とエラそうに語る私だが、自分自身「当たって砕けた」苦しみから意外と立ち直れないタイプなのかもしれないと思うことがある。あたりはしなかったが、過去に牡蠣を食べて「オエ〜ッ」となったイヤな経験があるからだ。あるレストランで牡蠣の料理を頼んで食べていたら、口に含んだとたん、

オエ〜ッ!!

なんじゃ、この味!?  吐きそうになりながら口から出てきたのはなんとタバコの吸い殻・・・!

お〜ら、どーゆーこっちゃ〜!!!!

私よりも一緒にいた友人(女性です)が、ものすごい剣幕で店主を呼びつけた。平謝りする店主によると、牡蠣を殻から出す職人さん達がタバコを吸いながら作業をすることが多いので、運悪く吸い殻が混じってしまったのではないか、と声を震わせながら言い訳をしていた。私の口に残っていたのはフィルター部分。その先はきっと料理の中に混じっていたのだろう・・・。オエ〜ッ、あの味とあのフィルターを噛んだ感触が忘れられず、確かしばらく牡蠣は口にできなかった。私にも、意外と繊細なところもあることを今思い出したのだ・・・。

しかしそんなことはすっかり過去の話。
イヤな思い出はとうに記憶の隅に追いやった私は、今日もお買い得の牡蠣を見かけて買い込まずにおられず、フライにして二日連続で牡蠣を味わってやった・・・(^_^) 
 やっぱり、やめられまへん、あたるまでは・・・!

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ガケ書房

北白川通りにあるガケ書房を覗いてみた。
噂には聞いていたが、がれきの壁でできている外観がちょっと不気味だったのと、いつも車で通るためこれまで立ち寄ったことがなかった本屋だが、なかなか面白いとこだった。出版社毎に本がぎっしり並んでいる普通の本屋さんとは違って、女の人とか、魂とか、えほんとか、文芸日本人とか、という風なさまざまなカテゴリーで棲み分けされている。入り口に「だいたいこんな感じです」という手描きの店内見取り図があって、その見取り図といい、店内に掲げられている本の紹介POPといい(手描き)、実にユニーク。

入ってすぐ右手の「料理」のコーナーには、根本きこやはななど料理本でも独特のスタンダードによって選ばれている本ばかり。「女の人」のコーナーで目についたのは北欧やロンドン、パリなどのアパートで暮らす人達のインテリア本や編み物、おしゃれなどに関する本。女心をくすぐる微妙なチョイスがなかなか反映されている。大橋歩さんのArneもここにはずらっと揃っていたな〜

あとCDや漫画、それに雑貨、しかも手づくりっぽいものなんかもいろいろ売られていて、ここでライブも行われたりするというから驚きだ(あのスペースでどうやって!?)。本屋さんという域を完全に超えて、感性のワンダーランドって感じ。
奧の方に「みんなの棚」というコーナーがあった。ここは読んで欲しいと思う本を自分で発注してPOPを書いて置く棚なんだそうだ。ぞんざいにいくつかの本が並んでいたが、そのひとつに目がとまった。

「おかんもええけど、おとんもええで」

となぐり書きされたPOPの隣に沢木耕太郎の「無名」という本がぽつんと置いてあった。「おかん」というのはたぶん、ミリオンセラーとなったリリーフランキーの「東京タワー」のことを指しているのだと思う。私はこのPOPひとつに反応してしまい、沢木耕太郎の「無名」を手にとってしてしまった・・・。別にわざわざガケ書房で買う必要もない本だとは思ったが、このPOPの強烈な文句に笑ってしまって、結局そのままレジに向かった・・・。普通の書店だと特に惹かれることもなく、通り過ぎていただろうと思う。

こんな手法で購買意欲をつくガケ書房はやっぱりすごい!!

本のセレクションといい、いろんなコーナーの楽しさといい、店内POPといい、私は正直度肝を抜かれた。これまでの"本屋"にありがちな、知的を装わなければならないようなとりすました雰囲気や、出版社と販売店の力関係みたいなものが一切見られなく、肩の力の抜けた自由な本のディスプレイが素直に面白い。最近は「本屋が選ぶベスト1」とか、買い取りしなくても良いシステムが開発されたりとか、本屋さんも生き残りをかけて随分と主張するようになってきた。それでこそ本屋さんの存在する意義があるというもの、と私は陰ながら応援してきたが、ガケ書房のような本屋さんはその先端を行っている。

本屋だって、八百屋だって、「ただ置いて売る」だけの時代ではないのだ。どんな風にその商品に興味を抱かせるか、商品を通してどんな世界を与えられるのか、モノを売るというのはきっとそこまでを含めてが商売なのだと思う。ガケ書房の姿勢を私も見習っていきたいものだ・・・(-_-)

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憂鬱な衣替え

先延ばしにしていた衣替えを今日やっと決行した。
衣替えは私にとって本当に気の重い作業なのだ。たいした衣装を持っているわけではないが、タンスもクローゼットも服でいっぱい。しかし普段着ているのはほんの一部の服で、結局衣替えの度に袖を通さない服をせっせと春と秋に入れ替えているだけのような気がするからだ・・・。つまらんTシャツやタンクトップも山ほど、学生時代に買ったワンピースや形の古いスーツやパンツなども、破れたり変色したりしない限り捨てられないでいる。

やっぱり愛着があるし、

その時いいと思って買ったものは、結構後々まで気に入っていることが多い。こんなデザインは他にないと思いながら、どー考えてもこの形はもう着れんやろ、とわかっていても捨てられない・・・。それにスーツなんて生地もいいし、そんなに着てないのに、肩パットバリバリの形だからって、簡単に捨ててしまうのが可哀想な気がしてしまう。こんな色もう着ないよな〜、と思っていても、もしかして重ね着でいいコーディネートができるかも・・・とかなんとか思ってついついタンスにしまってしまう。服も男も、そうバッサバッサと切り捨てられるタイプではないから困ったものだ・・・。

だって「着ない!」とは断言できないもん。

そう、今までずーっと着なくても、着るタイミングがやって来るのも事実なのだ。現に学生時代に買ったスカートを今になって「なんか使えそ〜」と思ってはいていくと、「カワイー!」と若いコ達に褒められたことがある。ちょっと古くさい昔のブラウスも、その古くささが今のテイストに合っていたりすることもある・・・。こんな風に発掘されるチャンスというのは稀なのだが、それでもそんなことが一度や二度あってしまうと、またまた捨てられなくなってしまうのだ・・・。

だから衣替えというのは私にとって気の重い作業なのだ。ガラクタばかりの服を入れ替えるという徒労感、そして衣替えの度にいやが応でも自分の奥底に眠るビンボー臭さと向き合わなければならない・・・。
かくして、かさばる冬物で一層隙間のなくなったタンスやクローゼット。いらない服をバッサバッサと捨てられる人であれば、きっと私の人生はもっと違ったものになっていたのではないだろうか。そんな風に思わずにいられない毎年の衣替えである・・・。

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立ち飲み屋考

Tachinomi_1

久々に立ち飲み屋にやってきた。
この頃は立ち飲み屋が流行だそうだが、何を隠そう私は10年以上前からの愛好者である。
昔勤めていた会社の隣にある酒屋が、家の中の土間で立ち飲みをやっていたこともあり、このカジュアルなバースタイルに(!?)すぐさま馴染み、以来周りの人間を巻き込みながらさまざまな立ち飲み屋を飲み歩いた・・・。立ち飲み屋の良さは、なんといっても"飲みに行く"っていう気構えがまるでいらない、気軽さと安価なところ。乾きものやB級つまみも心そそるものがある。今日行った烏丸四条の清水屋も、気取らないサラリーマンやOLでよく繁盛していた。

しかし私の立ち飲み屋の原点となった「中徳」を超える店には未だ出会ったことがない。
京都独特の鰻の寝床。酒屋の店先から土間が続いていて、奧はその家の昔ながらの台所。石でできた流し台の脇や、ガスレンジの上、水屋の奧などグラスとビール瓶が置けそうなところで、めいめいが勝手に飲んでいる。店からビールと適当に乾き物のおつまみなどを選んで皆いつもの定位置で飲み始めるのだ。土間伝いには茶の間があって、水戸黄門なんかを見ながら酒屋の家族が夕食をとっていたりする。昔からそんな習慣だったのだろう、食事をする家族も、土間で立って飲む客もお構いなし。初めてこんなスタイルでお酒を飲むところがあると知った時は、かなりのカルチャーショックだった・・・。しかし連れてきてくれた上司が言うには、

「去年まで、ここに寝たきり老人だっていてはってんで」

と茶の間の奧を指す。げっ!!
なんだかすごすぎる・・・。食卓を囲む家族に、寝たきりのじいちゃん、そしてサラリーマンの客達が皆同じ空間でそれぞれの時間を過ごしているとは・・・。気取ったところの多い京都において、ここまであからさまな場所があるだろうか。私は異国情緒さえ感じてしまった・・・。しかし一見やる気のなさそうな立ち飲み屋だが、驚くことに松茸のシーズンだけは、おばあちゃんが作る特製土瓶蒸しが登場し、その時期お店はお客でいっぱいになる。たまにリクエストに応えてコンビーフ玉子焼という、それ以前もそれ以降も見たことのない料理を作ってくれることもあった。お勘定はいつもお婆ちゃんが、飲んだビール瓶の数を数え、おつまみの袋などを勘定して「ハイ、いくら」と明朗会計してくれる。

あの立ち飲み屋も今はコンビニに変わってしまった・・・。
今あると、きっと連日若いお客でいっぱいになっただろうにな〜
でもそんな店なら、私は通ってないかもしれないが・・・。


清水屋 錦
烏丸通錦小路西入ル


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イメチェン王、日本ハム

夜家に帰ってCSをつけたら、すっかり試合が終わった甲子園球場に歓声が飛び交い、阪神タイガースの選手達がグラウンドに立って挨拶をしていた。

今日はタイガースの今期最終戦だったのだ。

皮肉にも、優勝打ち上げ疲れの中日との試合だった(もちろん阪神の勝利)。この時期テレビ各局はもうすっかりプロ野球に興味をなくし、ゴールデンタイムは秋の特番ばっかで、優勝の決まった中日巨人戦すら放映してくれない(こんなことあっていいのだろうか・・・!)。もう野球は見れないのかと思ったら、最終戦だけはCSでやっていた。試合は見逃したものの、片岡選手の引退セレモニーを見て涙し、これで今年の阪神タイガースの見納めとなった。野球ファンにとってはこれから4ヵ月くらいは冬眠となる・・・。

淋しい〜・・・!!

一方放送中にパ・リーグのプレイオフの試合結果が速報で入り、日本ハムのパ・リーグ優勝を知った。今年は本当にパ・リーグの試合がこれまでにないくらい、エキサイティングでドラマチックだった。プレイオフのソフトバンク・西武戦も、昨日今日の日本ハム・ソフトバンク戦も、歴史に残るようないい試合だった・・・。

それにしても思うのは、日本ハムの見事な不死鳥ぶり。

私の印象に残っている日本ハムは、まだ東京を拠点にしていた頃で、巨人と東京ドームを共有し(つーか、一方は人気球団なので間借りしてた感が強い)、いつも観客席はがら〜んとして、電鉄や新聞社っていうスポンサーが多い中、

ハムって!?  え〜、なんか所帯くさ〜い!

って感じがしてならなかった。だいたい人気のないパ・リーグの中で最も人気や個性の感じられないチームという印象で、スポーツニュースを見ていても、日本ハムの試合だけは社会人野球のように思えた。ユニフォームも、コーポレートカラーがそうなんだろうが、赤っぽいオレンジ色で、まさにハムを包むビニールのイメージそのもの。ダサい、人気ない、弱い、と三拍子揃った最もイケてないチームだったのが、

どうしたことだ、現在のこのカッコ良さぶりは!!

新天地の北海道へ移ってからは、しっかり道産子(ちょっと田舎臭い?)の心をつかみ、まだ3年目というのに札幌ドームはいつも満員。選手も新庄をはじめ、小笠原やダルビッシュやマイケルといった面々は、どう考えてもわが阪神タイガースの選手よりもはるかにアカぬけてる男ばかりではないか。そしてユニフォームもすっかりスタイリッシュに一新している。あのハムの包みを思い出させるダサいユニフォームが自分の記憶違いだったのではないかと思わせてしまうくらい、モノトーンですっきりまとめられた都会的な印象。左右の袖部分のカラーが違っていて、12球団で唯一のアシンメトリーなデザインを取り入れている。むむむ・・・(- _ -;)

そしてペナントレースでは常時3位前後をウロウロしていたのに、最後1ヵ月ぐらいで浮上して逆転優勝し、ドラマチックに演出する役者っぷり。さらにプレイオフのソフトバンク戦も、歴史に残るような名試合を演じ、優勝の決まった今日なんてすごい試合だった(ニュースで見ただけだけど・・・ホークスの斉藤選手もあっぱれ!)。

暴れん坊将軍からマツケンサンバ、
山田孝之の電車男どころのイメチェンではない。
近年のイメチェンで最も成功したのは日本ハムファイターズだ!!

日本シリーズ、私は間違いなく日ハムを応援する・・・。
それは阪神の敵をとってほしいという気持ちだけではないと思う。

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クラムチャウダーの季節

Soup

クラムチャウダーをつくった。
肌寒くなってきたら、スープが食べたくなる。野菜やキノコをたっぷり入れて、つぶしたニンニクとベイリーフと共に煮込むこのクラムチャウダーは、定番中の定番。どこかでレシピを見たわけでもなく、誰に教えてもらったわけでもなく、なんとなく我流でおいしい作り方を身につけた。

そろそろストーブも必要になってくる。ウチのストーブはさすがにお山の上だけあって、煙突のある大きなストーブ。冬になるとこのストーブの上にシチューやロールキャベツなどを置いておくと、仕事をしている間にコトコト煮えて勝手においしく仕上がるのでとても便利だ。

最近流行のオール電化(実家がそうなんだけど)だと、こうはいかない。
ハイテク過ぎて、どうも情緒がない。長い時間使い続けていたり、グリルに水を入れなかったりするとすぐに警告が発せられるし、だいたい凸凹のないあの真っ平らな調理台っておいしそうな料理ができそうなシズル感がない。火も見えないし、料理は出来上がりだけでなく、作っている時から情緒があってほしいものだ。

とかなんとか言いながら、そんな上等なキッチンが持てなくともメゲずに今日もおいしいものづくりに励んでいる。
あぁ・・・アタシってえらい!
誰も言ってくれないので、自分で言っておこう・・・。

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ドラゴンズ優勝

2006年のセントラルリーグ覇者は中日ドラゴンズとなった・・・。
阪神の追い上げがすごいからといって、もちろんこの期におよんで逆転優勝するとは思ってはいなかったが、ドラゴンズ優勝となってしまうと、阪神ファンとしては心淋しい気持ちになるのは事実だ・・・。

しかし!!

ここまでセ・リーグの首位争いをひっぱった、タイガースの功績は大きいと思う・・・。ドラゴンズとの直接対決に負け越したものの(この時期にノーヒットノーランという記録まで気前よくプレゼントしてしまった、阪神の太っ腹具合にも天晴れである)、土壇場で9連勝し、ドラゴンズ選手やファンを焦燥と不安に陥れ、阪神ファンに夢と感動を与え、マスコミを騒がせたことはやはり見逃せない。決して、決して、阪神ファンだから言うわけではないが、ここまでペナントレースを盛り上げ、中日に価値ある優勝を与えたのは、ライバル阪神のお陰なのだ。

しかし!!

優勝インタビューで涙を見せる落合監督には、勝利の喜びよりを祝う気持ちよりもきっと誰もが不快感を感じたことは禁じ得ない。涙をぬぐう指に光るダイヤがちりばめられたいやにデカい金の指輪や、TVの画面に無理矢理入ってきた不必要な金のブレスレット(腕時計?)ばかりに目がいった人もきっと多いはずだ。奥様のコーディネートか何かは知らないが、あれではただの成金オヤジではないか(そういえば先月監督室で大金を泥棒されていた落合監督)。日本のスポーツの最高峰であるプロ野球の監督として、優勝した試合でお立ち台に立つ人間として、恥ずかしいくらい違和感を感じたのは私だけだろうか・・・。

やはり!!

今回のペナントレースを征し、優勝インタビューを受けるのに相応しいのは、我が阪神タイガースの選手監督だったのではないかという気がしてならない。そんなことを今更言うのは、ものすご〜く、未練がましく、偏った見解というのは百も承知だが、阪神ファンとしてひとつやふたつ、ケチをつけてもバチはあたらないだろう、今日だけは・・・。

阪神、来年こそは優勝や〜!

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心筋梗塞と夫婦の関係

近所に住むSちゃんのダンナさんが心筋梗塞で倒れ、緊急入院したそうだ。一週間ほど前の出来事だ。
ちょっと会わない間に、そんなことがあったなんて、ビックリこいた。高血圧で病院に駆け込み、突如ダイエットを始めたAちゃんに加え、またもや身近で"成人病の惨劇"があったなんて・・・!
どれほどの惨劇かと言うと、

7割の確率で死ぬ!

と言われたほどの危機的な状況だったそうだ。運び込まれた病院の先生が驚くほど、とにかく血管がボロボロだったという・・・。もう少しで脳に影響が及び・・・そうしたらもう取り返しがつかない!!そういえばSちゃんもこの頃ダンナの顔がムクんでいるなあ、と思ってはいたそうだが、まさかこんなに事態が進行していたとは夢にも思わなかったらしい。一命はとりとめたものの、彼の心臓にはしっかりカテーテルが埋め込まれ、退院後はれっきとした4級障害者の仲間入りとなる・・・。

実は私はこんな事態を予測していた・・・。
Sちゃんのダンナは日頃から自他共に認めるヘビー不摂生者だ。
インスタント食品大好きで、コンビニのお弁当やお惣菜、スナックやアイスが常用食。仕事で忙しいSちゃんは無論ごはんなど作らないし、まさにダンナは野放しの食生活。お酒はあまり飲まないがたばこは手放せないし、移動はいつも車で運動はしない。仕事が遅くなってコテコテ背脂系のラーメンなどを食べてご就寝ということも度々あったようだ・・・。こうして書き連ねているだけで、自分の血液がどろどろになっていきそうな気がする・・・。

しかしダンナが生死をさまよったというものの、久しぶりに会うSちゃんはいたって元気だった。相変わらず飲むし、しゃべるし、たばこ吸うし、大笑いするし、悲しみや不安はみじんも見受けられず、そんな惨事があったとはとても思えない。

「山の上で倒れられても、救急車来るのに時間かかるし、
食事の面倒もみられへんし、もう実家に帰ってもらってるねん」

確かに命を保証するためには、Sちゃんの元にいるよりは実家に帰る方が賢明だろう・・・。
病気になったダンナを献身的にささえる妻。それは現実には妻に恩恵をもたらす夫の場合だけのようだ。家業がつぶれて以来、職を転々としているダンナは、確かに稼ぎがあまりよくないらしい。よって家計はほとんどSちゃんの収入でささえられている。かといって主夫になって家事を担当し、「おつかれ〜」と言って仕事から帰ってSちゃんにご飯でも出してくれるわけでもない。血も涙もない言い方のように聞こえるかもしれないが、彼女の気持ちを代弁して言うと、

稼ぎもなく、病気になったダンナというのは、これ以上ない面倒だ。

ギブ&テイクが健全に行われていない夫婦の間で「愛情」という言葉は、もはや死語、もしくは幻覚なのかもしれない。つまり仕事で忙しいSちゃんは、そんな幻覚には惑わされず、お互いに良いと思われる合理的な方法を選択して、現在前向きな別居中というわけだ。無理して今更良い妻ぶろうという気なんてさらさらないし、そんな理由も見つからないということだろう・・・。なるほど、Sちゃんのせいせいしている気持ちもわからないでもない。

今回私は心筋梗塞という、恐ろしい病気を目の当たりにしたと同時に、夫婦という厳しいパートナーシップの現実というのも見せつけられたような気がした。そして長年の不摂生が血液をドロドロにし、命を縮めていくように、夫婦間の不摂生というのも、互いの関係をドロドロにし、やがて危機を招いていくのだ・・・。

ひや〜〜っっっ!!

心筋梗塞と夫婦関係の恐るべき因果関係・・・。
発見したのは私だけだろうか・・・!?

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ケーキセットで打ち上げ

何度提出しても方向の定まらなかった案件が、今日やっと上手くいった。
提出したとたん、説明もしないうちにクライアントの担当者が、開口一番「いいですね〜」と言ったので、私達は思わず心の中でガッツポーズ!

もうそれ以上あまり説明することもなく、朝10時半のアポで、駐車場に戻って時計を見たら10時45分。
たった15分たらずでプレゼンは終了し、ダメ出しの場合の対策もあれこれ考えていただけに、ちょっと拍子抜け。上手くいく時というのはこういうものだろうか・・・。

よっしゃ、今日は一杯いくか〜!!

っていう時間でもないので、デザイナーのF君とカフェでケーキセットの打ち上げ。
わ〜い!(^_^)

っていうことで、平日のお昼前、アフタヌーンティーでちょっとテンション高めでケーキセットを食べていた男女は、私達です・・・。

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1〜1000を売ります。

今日は全国的に雨模様のよう。お山の上も一日中雨に降られていて、朝のゴミ出し以外一歩も外に出なかった・・・。ひたすらパソコンに向かって悶々と仕事をして一日が終わった。肩は張るし、目は疲れるし、天気は悪いし、なんだか冴えない気持ちでネットでウロウロしていたら、ちょっと面白い情報にヒットした。

1〜1000を売ります、というオンラインビジネス。

何じゃ、これ!?
と思うと、単に1から1000まで順にブルーの数字がペイントされた白いパネルを売るというもの。そのパネルは数字が小さければ小さいほど高く、大きければ大きいほど安く、そして早く買うほど安くなるらしい。

な、な、なんなんだ、これ?
って思ったけど、素直に笑ってしまう・・・(^_^)

アメリカの「One Thousand Paintings」というところが販売した商品(?)で、サイトの写真には826、423とかっていう数字の入った白いパネルが整然と並んでいる。そんなもん誰が買うのだろうかと思っていたら、二日間で300枚以上が売れたらしい。

これぞ発想の勝利!!
まだまだアタマが固いね、アタシなんか・・・。

最近あまりアメリカという国に好感を持てなかった私だが、そんなこと始める人達がいて、またそんなもんを買う人もいるアメリカっていいな〜と思ってしまった。

疲れた気分も最後にちょっと救われたのでした・・・。

詳しくは、海外の面白いドットコムサイトを紹介する「百式」で
http://100main.sakura.ne.jp/archives/2006/09/_one_thousand_paintingscom.html

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ズボラな毎日

サプリをのまない私は、二日に1度は納豆を食べることにしている。
もちろん冷蔵庫から30分以上おいて、50回以上はかき混ぜて、なるべく玉子も入れるようにしている(あるあるフリークではないが、見ると実行してしまう・・・)。

で、最近気づいたのだが、納豆の白いスチロールの容器には蓋のところに切取線があって、蓋部分をきれいにとって、そのまま器として使えるようになっている。色気がないが、食べた後もぬるぬるした容器をそのまま捨てればいいだけなので、「これは便利!」と思って、毎回味気ないスチロール器ごと食べている・・・。

そういえば最近のアタシは野菜を洗わずに使ったり、鍋ごとおかずをつまんだり、朝食のトーストは、お皿を使わなくていいよう食べ終わるまで持ち続けている・・・。

なんだか日増しにズボラになっている自分が恐い・・・・(- -;)

以前は自分の中でタブーだったことも、一度やってみると抵抗がなくなってしまい、いつのまにかズボラに対する平衡感覚がどんどん失われていくようだ・・・。一人暮らしには、超えてはならない一線があり、持ち続けなければならない緊張感が確かにある・・・。

ズボラ

音感といい、3文字の配列の妙といい、なんとズボラな印象のあるイヤな言葉だろうか・・・。

ズボラは外面にも現れる。
こんな仕事をしていると、一日中家にいることも多々ある。顔も洗わず、化粧もせずに、ジャージとかTシャツ+短パンとか、毎日同じ服のまま一日中過ごしており、鏡などが目に入ろうものなら、正視できない姿がそこに映っている・・・。クワバラ、クワバラ・・・。

数年前だが、病み上がりで、気持ちもやけくそになっていた時に、すっぴんのまま、いい加減な格好をして町に出た時、知り合いの人に出会っても、まったく気づかれなかったことがあった。変装もしていないのに、まったく気づかれないということは相当なことだ。一体自分はどんな姿を他人様に晒していたのだろうか・・・想像するのも恐ろしい・・・。手をぬくと、女の姿というのはそんなにも変わってしまうのだ。気持ちも含めて「装う」ことはある意味、食べることや寝ることに相当するくらい、女として社会で生きていくことに必要な要素なのかもしれない。

この先も女として生きていくためには、コエンザエムQ10を飲む前に、コラーゲン注射を打つ前に、私の場合はまず「装う」気持ちを失わないことから始めなければならない。そしてお鍋からおかずを食べようものなら、「コラ!」と呵ってくれるヒトが必要なのだと思う・・・(^ ^)


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デリケートなおハナシ

二人目の子供を妊娠したばかりのKちゃんが、この間ものすごく落ち込んでいた。
彼女は正真正銘の高齢出産だ。自ずとダウン症など、いわゆる先天性疾患を持って生まれる確率が高くなり、彼女はそれをとても恐れていて、事前に検査を受けることに決めていた。これは2段階あって、まずは血液中の4種類のタンパク質から、その可能性を予測する「クアトロ検査」というもの、もう一つは安定状態に入ってからお腹に針を刺して直接羊水を抜き取って分析する「羊水検査」というもの。私も今回初めて知ったのだが・・・。

Kちゃんの場合、クアトロ検査を受けた結果、確率がとても高かったのだそうだ。
普通の人は大抵2000分の1とか、1000分の1とかという確率がはじき出されるそうで、彼女の場合は90分の1だった。この話を聞いても、子供を産んだ経験のない私にはその深刻度が皆目わらない。だいたい何をもって確率を示すのかもわからなかったし、ただ2000分の1よりも90分の1の確率の方が高いというのはわかる。

早速家に帰ってクアトロ検査なるものをググッてみると、たくさんの情報にヒットした。読んでいると総じて、羊水検査の精度は99%以上だが、クアトロ検査の結果はそれほど確定的な結果に結びつくとは限らないということが書かれている。そして90分の1というのは90人に1人の割合で障害を持つ子が生まれるという可能性のことで、つまり89人は正常な子なのだ。50分の1や、19分の1の人でも元気な子を産んでいるではないか。

な〜んだ、そんなに深刻な話じゃないじゃん。

Kちゃんの医者は検査結果の解釈の仕方をちゃんと説明してくれたのだろうか。せっかくのオメデタなのに、こんな状況ではちっともおメデタクない。私はすぐさま調べた結果を報告し、とりあえず心配するなら羊水検査してから心配するようにと言うと、絶望的な面持ちだった彼女は少しホッとした様子だったた。

ヨカッタ、ヨカッタ、と思いながらも・・・・なんだか腑に落ちない・・・・。

障害を持つ子供=×なんだろうか。
そんな厳然たる答を突きつけられているようで、どうも釈然としない。つまりそんな子供を育てることは苦労であり、不幸であるということが前提となっているから、検査結果に一喜一憂することになる。無論検査で障害がわかったら、赤ちゃんを葬ってしまうということだ。厳しい言い方をすれば障害を持つ子供は、検査によって産まれる前から抹殺することが可能になった、ということだ。検査をするということは、それを助長しているような気がしてならない。

しかしKちゃんの不安な気持ちも十分理解できる。
やっぱり障害を持つ子供を育てるのは大変だ。もうそんなに若くなければ体力的にも大変だし、第一一生その子の心配をして生きなければならない。自分だってその選択を迫られたらどうするかかなり悩むと思う。産むことも大変だし、産まない選択しても、子供の命を葬った事実からはずっと逃れられないし、障害心の傷になると思う。

これはとてもデリケートな問題である・・・。

今回調べてみて少し意外だったのは、クアトロ検査も羊水検査も、希望者だけに行われる検査だが、ネット情報ではこれらの検査を受けない妊婦さんが結構多かったということだ。

「生まれてくる子がどんな子供でも自分達の子供として受け入れたい」

検査を受けない人達は皆異口同音にそう語っている。私の心中は随分複雑な思いが駆けめぐっていただけに、この結果にはなんだか救われる気持ちがした・・・。どんな子供でも可愛い、ということをハッキリ示す人達がたくさんいる社会というのはなんだか安堵できるじゃないか。結婚しない、子供を産まない、といって自分達の生活を優先しすぎる傾向も取り沙汰されるいわゆる"産み時の女性達"だが、

産む時は結構根性座ってるじゃん!

産まなければ産まないであれこれ言われ、産めば産むでなんだかんだ問題のある昨今の高齢出産事情。既に他人事と化している私の場合、いや〜、子供を産むって肉体的にも精神的にも本当に大変なことなんだな、とつくづく痛感した。
Kちゃんの羊水検査の結果がどうであっても、私は必要以上に喜ぶことなく、必要以上に悲しむこともないようにしたいと思っている。

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最愛の男

頑固で、
わがままで、
その癖人一倍淋しがり屋。
お茶目で、
好奇心旺盛で、
人の集まる場所が大好き。

お腹はちょっと出てるけど
足が長くて、ドイツの血をひく男前。
それに根っからの女好きときたから、もう大変。

アイスクリームと苺が大好きで、
バナナはちょっと苦手。
ドライブ好きなアウトドア派だけど、
ジョギングは大嫌い。
雷と飛行機と、托鉢して回るお坊さんは怖い。

ヒマさえあれば、グーグーいびきかいて寝てるし、
ロクに働きもせずに食ってばかりの
いわゆるゴクツブシ。

食いしん坊で、
無鉄砲で、
ええカッコしいで、
自分勝手で、
浮気者で、
小心者で、
意地っ張で、
ホントに手のかかる男だったけど、

心から大好きだったよ、ダグ・・・。

アナタがいなくなってからもう1年。
まだアタシは他の男には心を許せないでいます・・・・。


Doug_1


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命をかけたダイエット

いつもこってりしたイタリアンやフレンチを好むAちゃんが、今日のご飯食べは和食へ行こうと言う。
意外な発言に驚くと、なんとダイエットを始めたと言う。もう何度目のチャレンジになるかわからないのでさして意表はつかれなかったが、どうせ続かないだろうという私の疑り深い視線を受け、「今度は続く」といやにキッパリと断言するAちゃん。そこで彼女は今回のダイエットの決意に至る顛末を話してくれた。

Aちゃんが言うには少し前に体調が良くなくて病院に行ったら、その時の検査で高血圧だということがわかったそうだ。それまでは120を超えることがない、正常の血圧だったからこの結果に大層彼女はショックを受けた。確かに、高血圧って聞くともう成人病へまっしぐらという気がする。そしてすかさず医者は付け加えたそうだ。

「でもアナタは太りすぎです。まず、痩せなさい!!」

アカの他人様からストレートに言われると、心に染みいる言葉である・・・。
さらにそれからしばらくして、会社の同僚と退社後ご飯を食べている時、なんだか少し気分が悪くなってきた彼女。頭の中は、このあいだ医者に宣言された「高血圧」という言葉で膨れ上がった。すると見る間に毛細血管に至るまで、体中の血という血が圧迫されてきそうな気がして、ますます具合が悪くなってきた。

「だめだ、なんかアタマの線がきれそう・・・!!」

え〜っっっ!?
驚いたのは、居合わせた同僚である。いつも元気なAちゃんの珍しく悲痛な叫びにうろたえる。「アタマの線が切れるって、どーゆーことー!?」。同僚は突如Aちゃんに訪れたその症状が今ひとつ理解できなかったが、青い顔をした彼女に付き添ってそのままタクシーで近くの救急病院に駆け込んだらしい。

検査を終えたら血圧がなんと160だったか、180だったかかなり高い数値が出たそうだ。仰天しているAちゃんに医者(ケミストリーの道珍に似た、思わぬ男前の先生だったことが収穫だったらしい)は冷静に言った。
「しかしね、アタマの線が切れたら、まずこの人差し指に焦点が合わせられませんから、ほら。」
といって先生は人差し指を差し出したが、いとも簡単にAちゃんの指はそれを捉えることができた。安心したところでもう一度血圧を測り直すと、なんと118だったそうだ。なんという緩急自在な血管だろう・・・。
「ま、一過性ということもありますんで」。最初からさして深刻にもとらえていなかった道珍似の医者は、すかさずその先を続けた。「それよりも・・・・」

「まず痩せてください!」

またしてもや同じ言葉を医者から浴びせられることになったAちゃん。しかも今日初対面の男性から、思わず目に星も浮かび上がった、若くカッコイイ先生の口からハッキリと「痩せろ!」と命じられるとは・・・。その時の彼女の心情をおもんばかると、私もいたたまれないものがある・・・。
でもまあとりあえず、Aちゃんはアタマの線も切れていないことがわかり、血圧が正常範囲に下がったことに一安心した。そして「一体どんな具合でアタマの線というのは切れるんだろうか」とか、「このまま入院、なんてことになった場合の仕事の段取り」などを想像しながら不安な面持ちで待っていた同僚と笑顔で合流。その日は無事家路へ向かったそうだ。

カラダの不調があると、すぐさま病院へ行き、不調の原因をつぶさに解明し、徹底的に撃退体制を整えるAちゃん。高血圧という診断に落とし前をつけるべく、数日後さらに精密な検査をしに地元の病院へも赴いた。
普段は繊細とは言い難いAちゃんであるが、自分の健康に関する恐ろしいまでの繊細さはまさにお父さんゆずりなのだ。今でもルームランナーで毎朝マラソンする健康オタクのお父様だ。ちなみにこのお父さんは阪神大震災直後、それほど被害のなかった京都にいながら、安全な寝場所を求めて近くにマンションを借りた。夜寝る時間になると家族全員を引き連れマンションへ移動し、枕元にはヘルメットと避難バッグを用意した就寝体制を命じた。Aちゃんはじめ家族はすぐに面倒臭くなって脱落したが、お父さんだけは「お前ら、地震がきてもしらんぞ」と言いながら、その後もマンション住まい(?)を長らく続けたそうだ。

しかし3度目の病院でも、血圧の話もそこそこに、またしても予期していた言葉が発せられた・・・。
「とりあえず、痩せなさい」

こうしてAちゃんのダイエットは始まった・・・。今度は続くかもしれない、と私もいつになく期待を持っている。なにせ命がかかってるのだから・・・。しかし昨日は和食を食べたものの、テーブルは注文した皿でいっぱいだった。その後のデザートは我慢したものの、家へ寄った時には栗まんじゅうを2つも食べていた。

Aちゃんの場合、アタマの線が切れそうな経験をあと5回ぐらいは経験する必要があるのかもしれない・・・。


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